エスゴの量産現場はとても過酷だったようです
エスゴの量産試作/量産の現場で、エスゴのホワイトボディの組み立てをされた方のブログが面白いのでご紹介します。
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二十歳の試練
真夏のホワイトボディ組み立ては、かなり過酷だったようです。
それと、エンジン故障でメーカーに戻されたエスゴは、新しいエンジンに交換されたとのこと。
ということは、エスゴは車体よりもエンジンの生産台数の方が多かった訳ですね。
ここでひとつ疑問に思ったのは、新しいエンジンに載せ代えた場合、エンジンのシリアルナンバーが変わってしまうと思うのですが、製造銘板の機関番号の欄はどうしたのか、ということです。
やはり、換装後のエンジンのシリアルナンバーを打刻した新しい銘板に交換されたのでしょうか。
もうひとつ、↓こちらのエントリーも興味深かったです。
<楕円ピストンエンジンのお話があるエントリー>
夢追い鳥 Ⅲ
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コメント
三妻様こんにちは。
S500の話、リアルでつい読みふけってしまいました。
ろくに冷房も無い部屋で、体全体をやけどしながらスポット溶接していたんですね。
今ならロボットがやる事でしょうが、あの頃の日本はまだまだこんな環境で、先人の苦労に驚きます。
楕円ピストンも当時は凄いと思いましたが、結局根本的な問題が有ったんですね。
投稿: スポーツ800 | 2012年11月22日 (木) 午前 10時27分
>スポーツ800さん
コメントありがとうございます。
リンク先のブログ、面白いですよね。
S500を設計された方達の証言は、ホンダスポーツの専門書で読むことができますが、製造に関わった方の証言はなかなかお目にかかれませんから、これは是非紹介しないと!と思ってエントリーを立てた次第です。
'60年代というとまだ産業用ロボットは実用化されていなかったでしょうから、きっと何処のメーカーでもホンダと同様に、人間が大変な思いをしながらボディを組み立てていたのでしょうね。
まあそれにしても、作業の大変そうなことといったら…。
今だったら、労働基準監督署がすっ飛んできそうな劣悪な作業環境ですよね。
それと、スポット溶接の電流を上げ過ぎて(?)スポット溶接部が全部剥がれてしまい、クレームで戻ってきたなんて冗談のような話ですが、これが実話なのですからビックリです。
S500はホンダにとって初の四輪乗用車でしたから、製造も手探だったのでしょうね。
楕円ピストンは、"理に適っていないのでは?"と常々思っていましたが、やはりそういうことだったみたいですね。
それを指摘(提言)した方が左遷されるとは…あまりにも理不尽過ぎます。
その結果が数百億の開発費の浪費ですから、目も当てられませんね。。。
投稿: mizma_g@管理人 | 2012年11月22日 (木) 午後 09時25分