【再考】ホンダ スポーツ500/S500の生産台数
(2026/04/08) 生産台数の一覧表を改訂版に差し替えて本文を加筆修正、画像を2枚追加
(2018/05/06) 生産台数の一覧表を改訂版に差し替え
(2015/04/05) 生産台数の一覧表を改訂版に差し替え
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S500の生産台数に関するエントリーは過去に何度か書いていますが、懲りもせず再挑戦してみます。
さて、↓これが今回、統計資料などを基にまとめたスポーツ500/S500の月別の生産台数を表にしたものです。
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年月欄の右隣にある「ホンダ 小型自動車 生産台数」は、古いモーターファン誌等に掲載されている、当時の生産台数に関する統計資料を、凄腕レストアラーのワンココさんがまとめて下さったものです。(安くない当時物の雑誌を買い集めて、統計をまとめて下さったワンココさんに感謝感謝です。)
尚、この数字の出典は日本自動車工業会(以下、自工会と表記)ですので、信頼性は抜群と言えると思います。
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この自工会の統計資料は、各メーカーの同一カテゴリーの機種を合計したもので、残念ながら機種ごとの生産台数は分かりません。
しかしながら、'63~'64年にホンダが生産した小型四輪乗用車はS500とS600の2機種だけなので、S600の各月の生産台数が分かれば、S500の各月の生産台数もおのずと判明します。
では、"S600の各月の生産台数はどうやって調べるのか"ということになりますが、これはラッキーなことに、今は無きホンダの公式サイト「ホンダ バーチャルピット」で公開されていたPDF版の「S500 S600 S600C パーツリスト」の中に、手書きで書き込まれていました。
書き込まれていたのは、ご覧のように生産台数ではなくて各月の生産車の車台番号(始番号と終番号)なのですが、始番号と終番号が分かれば生産台数は分かりますよね。
自工会の統計資料から、このS600の各月の生産台数を引けば、S500の各月の生産台数が判明するという寸法です。
(※2026/04/08追記)
2026年4月の時点でS600の5桁号機、12000番台の車両が2台現存していることが確認されています。この現実と整合をとるため、上掲の生産台数の表を一部訂正しました。
パーツリストの手書きの記述ではS600の生産は'64年2月から始まっていますが(参考までに、ホンダが運輸省に届け出たS600の車台番号打刻開始日は'64年1月22日)、下掲の和光工場年譜に拠るとS600用エンジンの生産開始時期は'64年4月とのことなので、2月~4月に生産された車輌はプリプロダクションモデルと考えるのが妥当かと思います。
(1964年のニュルブルクリンク500kmレースのために彼の地に送られたS600の内の1台(スペアカー)が10081号車なので、この時期に製造された最も初期のS600が所謂S5~600(エスごろっぴゃく))と呼ばれるモデルと思われます。S5~600は日本GPの技研ワークス車の他、鈴鹿サーキットやホンダレンタカーにおいてレンタル車として使われました。)
このプリプロダクションモデル104台分のエンジンは、S500用エンジンを拡大したものと考えられます。また、第2回日本GPの前という時期的なことを考えると、この104台はホモロゲーションの取得に必要な生産実績を作るために生産されたと推理できそうです。それが証拠に、ホモロゲーションの申請書類には"S500顔のS600"と"通常のS600"の両方の写真が掲載されています。
<和光工場年譜> <ホモロゲーション取得のための申請書類>
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<鈴鹿サーキットで試乗車として使用された最初期型S600(通称 エスごろっぴゃく)>
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<鈴鹿サーキットでレンタカーに供されたS5~600のフロントグリル>
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<ホンダレンタカーで使用されたS5~600(赤の2台)>
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そんな訳で、以前のエントリーでS600の量産立ち上げは'64年4月ではないかと推測しましたが、量産立ち上げが'64年2月、市販型車輌の生産開始が"'64年5月"というのがどうやら正解のようです。
それとパーツリストには、ご覧のように1で始まる5桁の車台番号(64-1****)だけが記載されています。
S500/S600の車台番号は、年式打刻制度が廃止になった'64年7月以降(パーツリストの記述に拠れば8月の初旬頃)に1で始まる7桁の車台番号に変更されたので、8月以降の各月の生産台数は分かりません。
でも、7月までの生産台数が分かればめっけもんですね。
自工会の資料には、浜松製作所でスポーツ500の生産が始まった'63年6月と翌7月の生産台数は、何故か記載されていませんでした。
記載のある'63年8月からS500の生産が終了した'64年9月までのスポーツ500/S500の各月の生産台数を合計すると、1,334台になります。これに、研究所で製作された、スポーツ360の半完成車を試作流用して作られた5台を加えると1,339台。
Old-time誌95号に、浜松製作所の生産実績台帳の数字が掲載されているので、参考までにそれも表に記載してみました。
こちらの生産記録は7月から始まっていますが、Old-time誌に掲載されている'64年1月までの生産台数を合計すると、自工会の統計資料と2台しか違いません。(自工会:248台 OT誌:250台)
何れにしても、スポーツ500/S500は、'63年7月頃から'64年9月までに1,300台強 生産されたと推測できそうです。
表の右端には、S500の車台番号の変遷も書き込んでみましたが、これはあくまでも当方の一考察に過ぎませんので念のため。
パーツリストで確認できる3で始まる5桁の車台番号は、S500の車台番号打刻開始日である'64年9月19日以前に使われたと推測してみました。
この推測を当てはめると、30036号車は9月に生産された事になり、何処にも齟齬が生じません。
1で始まる5桁の車台番号は、終番号が「10630」というのが定説ですが、アメリカのホンダ史研究家 ドン・ロートンさんは「10778」と主張されています。
私はパーツリストで「11631」という車台番号を見つけてしまいました…。
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他に「11364」、「10791」なんていう車台番号もあります。※10791はエンジンのシリアル番号なので取り消します
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定説の「10630」やロートンさんが主張されている「10778」が5桁車番の終番号ならば、4で始まる6桁の車台番号が始まったと言われている'64年4月に最終号車が生産されたことになり、タイミング的にはピッタリ合うのですが、終番号が「11631」以降となるとこのタイミングが合わなくなってしまいます。
そうなると、またひとつ謎が増えてしまいますね…。orz
最後に蛇足ですが、S600の1で始まる5桁の車台番号(64-1****)の終番号は「11904」というのが定説ですが、上掲のパーツリストの手書きの記述では「11933」までとなっています。し、パーツリストの本文中には「12241」が確認できます。※12241はエンジンのシリアル番号なので取り消します
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ホンダスポーツの車台番号は、調べれば調べるほどあちこちに齟齬が生じてしまって、正直訳が分からなくなりますね。
ともあれ、現時点で判明した暫定的なホンダ スポーツ500/S500の生産台数は上掲の表の通りです。
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コメント
久々のホンダ記事ですね!(^^)””
不明な部分が早く判明すればよいですね。
頑張ってください。(^~^)””
投稿: ワンココ | 2012年11月10日 (土) 午後 11時37分
>ワンココさん
コメントありがとうございます!
仰るように、久々のホンダに関するエントリーなのですが、実はこれはアメリカのホンダ史研究家さんからの問い合わせに返答するために書いたものなんです。
このエントリーを使って、これから説明のメールを書かないといけません。。。
でも、私は英語は全く不得手なので、説明文を書くのが大変で大変で…。orz
不明な部分、是非解明したいところですが、これは新たな資料を発掘できるかどうかに掛かっていると思います。
もしワンココさんが良い資料を手に入れられましたら、またご協力頂きたくよろしくお願いします!
投稿: mizma_g@管理人 | 2012年11月11日 (日) 午後 06時09分
蛇足の部分のS600に関する考察ですが、先日偶然ですがアメリカのオークションサイトで64-12053を見つけました。偶然ですがこれは別冊CGに書かれている5桁最終号機と一致します。永らくバーチャルピットでの最終号機64-11933との違いが気になっていましたが写真で確認できました。
https://bringatrailer.com/listing/1964-honda-s600-6/
また、パーツリストで確認できる12241ですが、当該のページはエンジンブロックのページなので12241はエンジン番号かと思われます。
ちなみに当方のS6は車台が11762、エンジンが12298です。
投稿: es | 2026年4月 7日 (火) 午後 07時24分
>esさん
S600の5桁号機車に関する情報をお寄せ下さってありがとうございます。
リンク先のS600の画像を見ましたが、製造銘板に打刻されている車台番号は確かに64-12053番ですね。この番号が別冊CGに記載されていることには気が付きませんでした。実は国内には、64-12053番よりさらに老番の個体が現存しています。フレームの打刻や銘板を確認しましたので間違いありません。車両のディテールは、某エスのスペシャリストの見立てでは全て64タイプとのことなので、浜松製造の車両と思われます。ホンダの社内資料に何故12000番台の車両が記録されていないのか、理由が分かりませんね。最老番のS600については理由があってこのブログでは取り上げていませんが、時機がきたら書こうと思っています。12241番についてはご指摘の通りなので、今夜にでも記事を修正しておきます。esさんは11762号車をお持ちとのこと。今となっては大変貴重な車両ですね! 最老番の車両には11900番台のエンジンが載っているので、この辺も"エスの謎"かと思います。
投稿: mizma_z | 2026年4月 8日 (水) 午前 06時56分
10年以上の間隔の空いたコメントに速攻で返事を頂けて驚きました!
車台番号と機関番号の差が増えたり減ったりするのは全く謎ですね。教えて頂いた確認されている5桁最終号機の番号差もそうですが、現在オークションに出ているS6のメーカーズプレートをご覧になってみてください。当方思わず二度見しました
投稿: es | 2026年4月 8日 (水) 午後 07時14分
>esさん
コメントありがとうございます。
オークション見てみましたが、7桁の9号車とはレアですね!若番好きのマニアさんには堪らない1台だと思います。
仮にシャタバンがレアでなくても39年式の浜松製造車というところに魅力を感じられる方もおられでしょうし、注目のオークションでしょうね。
惜しむらくは書類があれば・・・。この点がちょっと残念でした。
気になって国交省の自動車登録ファイル(原簿)に記録があるか調べてみましたが、こちも残念ながら記録なし。再登録はなかなか難しそうです。
エンジンの通し番号が前後する謎は私には解明できませんが、アテにならない推理をすると、埼玉製作所で組まれたエンジンは番号が若い順にトラックに積まれて浜松に運ばれます。浜松で降ろす時は老番のエンジンから降ろされることになりますね。製造ラインに運ぶのは降ろした順。これだと番号が前後しますし、降ろす順番が積み込みの時のピッタリ逆ではなく、割とランダムに降ろしていたとすると、番号がキレイに並ばなくなるかなぁと。これをトラック毎にやっていれば、車台番号の進み方に対して、エンジンの通し番号は短いスパンで前後しながら全体的には進んでいくと思います。10年くらい前のことですが、エンジンの組立て時にネジ山を潰してしまい、修整のために一時ラインから外される、という場面をテレビで観たことがあるので、こんなことでも通し番号はズレそうです。まあ正直よく分からないですね。(^^;
投稿: mizma_z | 2026年4月 8日 (水) 午後 09時12分
やや不鮮明ですが、7桁9号車の機関番号を見てみてください
ボディカラーも白に上塗りされていますが、元色メタリックで、トランクエンブレムが、HondaなのでSM?ってクルマです
書類が残っていれば面白いのでしょうが…
投稿: es | 2026年4月 9日 (木) 午前 09時50分
カラーはPB-18だそうですのでメタリックでは無いとのことでしたSMでは無いですね。失礼しました
投稿: es | 2026年4月 9日 (木) 午後 12時11分
>esさん
7桁9号車の機関番号は「12047」のようですね。
5桁号機車の生産台数が二千数十台なので、7桁9号車に2047番目のエンジンと言うのは、マッチング的にはあり得なくはないと思います。
64-11057
E-11352
64-11324
E-11675
オークションの個体
285-1000009 (通算だと二千数十台目の生産車)
E-12047
esさんのエスロク
64-11762
E-12298
確認出来ている中で5桁最老番の個体
64-120**
E-119**
エスの初期の生産車では、エンジンのローラーベアリングから異音が出るトラブルが発生したそうで(ローラーがすりこぎ運動をすることで偏摩耗し異音が出た由)、ホンダはエンジンの異音で入庫した車両を浜松製作所に集めて"エンジン交換"でこのトラブルに対処したそうです。このエンジン交換によって、車台番号と機関番号が大きく離れてしまった個体もありそうです。
ボディカラーはご指摘の通り色替えされているようですが、浜松ではメタリック塗装はやらなかったと思います。運転席フロアの色からすると、元色はハーバーブルー(PB-18)でその上に水色を塗装、さらにその上に白を塗装と2回塗り替えられているんじゃないでしょうか。
7桁9号車、書類が無いのが返す返すも残念ですね。
(追記)
2026-04-09 12:11:44に投稿されたコメントを見逃していました。こちらこそ、失礼いたしました。
投稿: mizma_z | 2026年4月 9日 (木) 午後 01時20分
こんにちは連日の訪問ですみません。
既に御存じかもしれないですが、S600/S600Coupeについて、1965年1月からの各月 車台番号何番から始まったかかの資料がありますので、拙い当方のみんからですが当該ページをお知らせしておきます。
(バーチャルピットの資料と画像を統合していますが・・・)
https://minkara.carview.co.jp/userid/408423/car/328170/5342886/photo.aspx
これと上の表の自工会の台数から逆算すると11月末(浜松最終)の時点で42台、狭山が1001742からとすれば12月で16台 数が合わないですが、自工会の資料は台数なので車台番号は割り当てたものの欠番になったのか 手直しによって翌月以降にラインオフになったりしたら分からないですね。
また、バーチャルピットの資料の手書き部分「以後7桁No」を当方は勝手に『以後=9月』と解釈していたのですが、文としては8月の部分の注釈という事を理解させていただきました。(7桁にします というお知らせが8月のパーツニュースにありますのでそれと符合します)
当方のS6は2台とも 8月生まれらしいってことも分かりました(感謝)
投稿: es | 2026年4月10日 (金) 午後 12時58分
>esさん
コメントありがとうございます。
esさんのみんカラのページ、拝見しました。 S600とS600クーペの毎月の始番号が分かる資料が存在したのですね! 素晴らしい!!!
貴重な資料を公開して下さってありがとうございます。早速 保存させて頂きました。
私がまとめた上の生産台数の表ですが、S600の8月と9月の数字は確証がありません。というのも、5桁号機の最終車が何番だったか分かりませんし(表は最老番を最終車と仮定して台数を割り出しています)、9月のS500の生産台数も7桁車の35台を暫定的に当てはめただけで、こちらも確証がある訳ではありません。それ故に表を(暫定版)としています。
自工会の生産台数と車台番号の進み具合が一致してくれるとよいのですが、何故かこれらは合いませんね。
四輪ニュースでは、S39年の7桁号機車は1002013番まで生産されたと読めますが、自工会発行の「車台番号一覧表」では1002031番まで生産されたようになっています。
出典が異なると車台番号(始番号~終番号)も変わってしまうので、考察するうえで非常に悩ましいです。
もしかしたらご存じかもしれませんが、車台番号は車両製造者の届け出によって、国土交通大臣(当時は運輸大臣)から車両1台ずつに付与される個別の識別番号、というのが制度上の建前になっていて、当時ホンダが運輸省に届け出た車台番号のリストが自工会発行の「車台番号一覧表」に掲載されています。それ故、ホンダにS600やS800などの古い機種の製造証明書を請求すると、「車台番号一覧表」の当該機種が記載されているページ(コピー)に、手書きで「上記の通り製造した事を証明致します.」と記入して会社のハンコをついたものが送られてきます。
因みに、「車台番号一覧表」に記載されているS600の各年の車台番号(始番号~終番号)は↓こんな感じです。
1964年/S39年 1000001~1002031
1965年/S40年 1002032~1009314
1966年/S41年 1009315~1009353
四輪ニュースのものと大きくは違いませんが、完全に一致はしませんね。と思ったら、1009353番が合っていますね。S600はS41年8月まで生産されたと思いますので、国内向けの最終車が1009353号車だったのかもしれません。国内の販売が終了すると、海外向けの生産が続いていても「車台番号一覧表」には記載されなくなってしまいます。
ということで、四輪ニュースも「車台番号一覧表」も信用できるソースだけに非常に悩ましいですね。
それと、バーチャルピットの手書きの一覧、8月の終番号が11733なのか11933なのか最初分からなくてずいぶん迷ったのですが、後に119●●番(下二桁は伏せられていました)の39年式S600が売り出されているのを発見して11933と断定しました。私がブログに掲載しているバーチャルピットの手書きの一覧表は、手を加えて9と読めるようにしています。
esさんは所有されていエスロクのシャタバンで9と判断できたでしょうね!
貴重なエスロクを2台も所有されているとは羨ましいです。^^
投稿: mizma_z | 2026年4月10日 (金) 午後 09時22分
こんばんは
四輪ニュースやサービスニュースの写真、保存されるのであればもう少し鮮明にしたものをUPしました
https://minkara.carview.co.jp/userid/408423/car/328170/5355485/photo.aspx
S500とS600が併売されていた時期があるので、自工会の小型自動車で括られた資料では内訳が推測の域を出ないという事なのでしょうか
先程 自工会のHP見てきましたが、古い時代の資料は直接紙の資料を見ないといけないってことでしょうか
投稿: es | 2026年4月11日 (土) 午後 07時52分
>esさん
コメントありがとうございます。
諸々、メールにて返答いたしました。
よろしくお願いいたします。
投稿: mizma_z | 2026年4月12日 (日) 午前 12時23分