Z432の車名の由来 (その2)
以前のエントリーで、“Z432の車名の由来は会議室の番号である”という新説は眉唾物だと書きましたが、先般、日産のエンジン博物館(旧本社の建屋)で開催された510ブルーバード発売45周年記念ミーティングに参加された田村さんが、この新説に該当する建物が実際に存在するかどうかを改めて見分してきて下さいました。
その結果を以下にご紹介します。
果たして、新説の運命や如何に!
以下、田村さんから送って頂いたリポートです。
『日産エンジン博物館・ゲストルームは、何と戦前(昭和9年)の本社建屋を保存、再利用したものでした。(港湾部にあったために、連合軍もここは爆撃しなかったようです)1階は事務所フロア(現在はエンジン、その他の展示スペース)、2階は講堂と10位の会議室フロア(現在は、旧社屋の写真、復元模型、資料展示スペース)、3階は役員室(現在は狭いホール)のエリアでした。
※ ↓こちらが日産エンジン博物館(旧本社社屋)です。(画像提供:田村久米雄氏)
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資料展示でも本社社屋以外には2階建ての事務棟が2棟あっただけ(現在は駐車場になっていました)で、それ以外は工場だけでした。
従って、4号棟は存在せず、4階はどこにもありませんでした。ですから、432のネーミングは単なる都市伝説であったことが判明しました。
旧本社社屋から1.5Km離れた第3地区と呼ばれた場所に旧設計センターがあり、この旧設計センターの建物が4階建てですが、商品企画や広告宣伝、販売計画などの販売に関わる打ち合わせは設計で行われるはずもなく、本社サイドで決定されるものです。
仮に旧設計センターが該当の建物だとしても「32」の説明が付きません。(各フロアには10を超える会議室はありません。
※ ↓こちらが旧設計センターの外観です。(画像提供:田村久米雄氏)
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因みに、旧設計センターの4階部分が旧造形課フロアです。』
ということで、やはりZ432の車名の由来となったと言われている“432号”の会議室がありそうな建物は存在しませんでした。
皆さんは、この結果をどう受け止められるでしょうか?
もちろん、何を信じるも個人の自由ですから、オレはあくまでも新説を信じる!という方がいても構わないと思います。
ただ、「根拠は何ですか?」と尋ねられた時に新説支持者の方は困ると思うのですが、きっとこう答えるでしょう。
「日産の社員だった人が言うのだから間違いないっ!」
私はこの返答に対してこう反論します。
「田村さんも元日産の社員ですよ? 造形課の四元四本課長も、CG誌'70年2月号の58頁に“160という馬力標示はこの直後に4バルブ3キャブレター2カムシャフトの432に変わった”という一文を書かれていますよ?」と。
元日産の社員の方の証言を信じるのならば、田村さんや四元四本課長の仰ることも信じないとダブルスタンダードになってしまいますよね。
でも、新説を支持される方は従来の定説は否定するわけですから(でないと、新説が成り立たない)、結局 これは元社員さんの証言を信じているのではなくて、単に自分が信じたい情報を信じているに過ぎないのではないでしょうか。
だからダブスタになる…。
果たして、このようなご都合主義者が信奉する説が、他者から支持されるでしょうか。
私はそんなことはないと思います。
旧車マニア(特に歴史派マニア)には、賢明な方が多いですからね。
田村さんから旧モデルルーム建屋(幅25m,長さ100m位のスレート葺き建屋)の画像も送って頂いているので、最後にそれを紹介してこのエントリーの締めとさせて頂きます。
(クリックで拡大表示)
この場所で、名車S30Zのスタイリングが産み出された訳です。
そう考えながらこの画像を見ると、感慨深いものがありますね。
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コメント
四本課長のお名前の記載、誤りではないでしょうか?
投稿: | 2012年6月 2日 (土) 午後 10時36分
>匿名さん
ご指摘ありがとうございます。
早速、訂正しておきました!
投稿: mizma_g@管理人 | 2012年6月 3日 (日) 午後 12時02分