フランスに現存するT360/T500の来歴
フランスのホンダスポーツ研究家、Bernard FOURNOLさん(以下、バーナードさんと表記)に教えて頂いた、フランスに現存しているT360とT500の来歴を以下にご紹介します。
どのような経緯で遥か遠くフランスに日本製のミニトラックが渡ったのか、また2台の T はフランスでどのような車生を送ったのかを、多くの方に知って頂けたら幸いです。
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1963年、ホンダはフランスに進出しパリの“Georges V 通り”にオフィスを構えました。
1964年8月には、フランスホンダが正式に発足します。
同年9月、フランスホンダはパリの西部、Boulogne Billancourtの“Sevres通り”(ルノーの工場があることで有名な場所)にオフィスを移しました。
また、フランスホンダはパリの東部 Montreに倉庫を所有していました。
この倉庫は、バイクと電動器材を保管するために使用されていました。
オフィスと倉庫が離れていたこの時期、T360とT500は重要な役目を果たします。
2台の T は、Boulogne BillancourtのオフィスからMontreの倉庫に物を運ぶために使われたのです。
ホンダは1965年に、初めてパリモーターショーに自社の製品を出展しました。
1966年、フランスホンダのオフィスは、パリのRue d'Aubervilliers に移転しました。
T360については、「Honda France, Rue d'Aubervilliers, Paris(注)」で知ることができます。
Rue d'Aubervilliers のオフィスは、1967年まで使われました。
1967年、フランスホンダはオフィスをBagnoletに移し、そこで1980年まで活動します。
Bagnoletで活動していた時期に T は役に立たなくなり、パリ南部のThiaisにあったSMACガレージに売却されました。
SMACガレージは1969年秋にT360を登録します。
この時交付されたナンバープレートは「94 05AV 94」でした。
SMACガレージがEric Offenstadtによって経営されていたことは、注目に値すると思います。
SMACガレージは1975年に閉店しました。
その後 T は、Christian Vandelle氏に引き取られます。
Christian Vandelle氏はJura地域の著名なホンダ専門家であり、また優秀なドライバーでした。
彼はフランスに無限のパーツを輸入していました。
Christian Vandelle氏は90年代の初めに、Group A のVTEC Civicでラリーに出場中、事故で亡くなりました。
その後 T は、現在のオーナーであるBruno Pascalin氏に90年代中頃に買い取られました。
2台のTのエンジンは、残念ながら失われています。
注:フランスホンダが製作した出版物でしょうか?
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以上、ワタクシの拙い訳ですが、大体の経緯はお分かり頂けたのではないかと思います。
2台の T は、どうやら荷物の運搬用としてフランスに送られたようです。
もしかしたら、ヨーロッパでのテストを兼ねていたのかもしれませんが、残念ながら真相は分かりません。
ただ、ご覧頂いたように、2台の T がフランスで実用に供されていたことは間違いありません。
パリの街を駆け回った日本製のミニトラックは、果たしてパリジャンやパリジェンヌの目にどのように映ったのでしょうね。
下掲の画像は、バーナードさんが送ってくれたフランスのT360とT500の画像です。
フランス仕様車の証である、シリアルプレートの画像もアップしておきますのでご覧下さい。(都合により一部を画像処理しています)
(クリックで拡大表示)
(クリックで拡大表示)
それと余談ですが、私のメル友のザナンさんは現在、フランスのマニ-クール(Magny-Cours)・サーキットで今日と明日開催されるClassic Daysというイベントに、ご自身のS600で参加されています。
こちらは、Classic Daysのオフィシャルサイト。
http://www.classic-days.fr/
こちらは、参加車輌のリストです。(メーカー名をクリックして下さい。物凄い台数です…)
http://www.classic-days.fr/2009/pages/en/drivers&cars_mqe2009.php
ホンダSだけでも14台も参加するようです。
http://www.classic-days.fr/2009/pages/en/drivers&cars_car2009.php#Honda
このClassic Daysの画像を撮ってきてくれるとザナンさんが仰っていたので、もしかしたらここでご紹介できるかもしれません。
あまり期待せずにお待ち下さい。^^;
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コメント
おじゃまします。。。甲高いSの咆哮が聞こえ「どこだどこだ」とワクワクしてると、
ケロヨン顔の豆粒のようなトラックが見え、それが、いつまでも大きくならない。
そんな子供の頃の想い出を考えると、パリ人達も大きい音の小さなトラックを見ていたのでしょうね
発売当時、厚岸や利尻で積載量をはるかに超えても昆布が運べると評判が良かった(完調時)T360。
引退後もナンバー抹消し、場合によっては屋根も切られて、急勾配のミカン畑を登れた唯一の360cc。
これからも、色々とエントリーなさって下さい。楽しみにしております。
投稿: nash | 2009年5月 2日 (土) 午前 09時19分
>nashさん
コメントありがとうございます。
ファニーフェイスの小さなトラックに、よもやツインカムエンジンが搭載されていたとは、パリっ子も気が付かなかったでしょうね。
そうそう、馬力のあったAKは無茶な使い方をされることが多かったようです。
ホンダの社内報には、石屋で酷使されたAKの話が載っていました。
確かにAKは馬力がありますが、それは高度なメカニズムに頼ったもので、実はガラスの心臓だったりするので、本当はあまり無理が効かないのですけどね。
ブログネタは色々とありますので、今後ともご期待下さい。
但し、更新のペースは相変わらず遅いと思います。。。^^;
投稿: mizma_g@管理人 | 2009年5月 2日 (土) 午後 09時35分
今考えたら 私も新車T360のオーナーでした。ただし 4歳くらいの時 ティントーイの(笑)。記憶だとやはりブルーだったはず。たしかタイヤが外れて廃車に… そのまま持ってればよかったよかった…
投稿: ろくりん | 2009年5月 4日 (月) 午前 09時59分
>ろくりんさん
コメントありがとうございます。レスが遅くなりまして申し訳ありません。。。
なんと、ろくりんさんは4歳にしてT360のオーナーでしたか。^^;
僅か4歳で軽トラをチョイスされるとは、かなりマニアックなちびっ子オーナーさんだったのですね。
廃車にしてしまったのは残念でした…。
T360のティントイは、↓こんな錆々のボロでも高額で取り引きされているんですよ!
http://page5.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e91779491
投稿: mizma_g@管理人 | 2009年5月 5日 (火) 午後 01時51分