ホンダT360の生産ラインと出荷風景、及び最初期型の特徴
○ホンダS360やT360/S500の試作車について研究・考察している「三妻自工 Web site」はこちらです。
○Web site that researches and considers the concept model of HONDA S360 and T360/S500 is here.
考察系のエントリーを書く精神的余裕も時間的余裕もないので、本日はT360に関する珍しい写真を何枚かご紹介しようと思います。
T360の量産が始まった当初、埼玉製作所で完成車の組み立てが行なわれたことは、「AKマニア」を自称される方ならご存知かと思います。
埼玉製作所では他に、エンジン・トランスミッション・デフの生産も受け持ち、車台のみ鈴鹿製作所で生産されました。
埼玉製作所で量産が立ち上がったT360ですが、その後'65年4月に狭山製作所に生産が移管されます。
それで今回紹介する写真ですが、狭山に移管される前の埼玉製作所におけるT360の生産ラインの模様と出荷風景です。
写真が撮影されたのは、'63年もしくは'64年1月と考えられます。
それではまず1枚目。
(クリックで拡大表示)
キャビンの組み立て工程ですね。
キャプションには「溶接工場」と書かれていますが、前から2台目のキャビンから散っている火花は、恐らくディスクグラインダーによる研削で発生したものではないかと思います。
T360の生首…というよりも髑髏(しゃれこうべ)を作っているような感じですね。
2枚目。
(クリックで拡大表示)
これは、組みあがったエンジン&トランスミッションをナラシ運転したあと、テストベンチに掛けて「馬力・音・チェンジ操作」などのテストをしているところだそうです。
工場でナラシ運転をしていたとは、ちょっと意外ですね。
写真に写っているエンジンは全て最初期型のもののはずですが…残念ながらディテールは分かりません。
3枚目。
(クリックで拡大表示)
エンジンの取り付け工程を過ぎたシャシーに、キャビンやタイヤなどを取り付けているところです。
髑髏も生首に近くなって、段々見慣れたT360の姿になってきましたね。
バッテリーはユアサのものが純正装着されていたようです。
当時のユアサのバッテリーというと、ケースが深緑色のやつでしょうかね。
実は私、当時物のユアサのバッテリーを持っているのですよ。ケースが深緑色の。
もちろん、使えませんけどね。
でも、中身を取り出して外身(ケース)を現行のバッテリーに被せればレプリカを作れるのでは…、と思って捨てずに大事にとっています。(笑
4枚目。
(クリックで拡大表示)
これは有名な写真ですね。
10分間に1台の割合で完成したということですが、とすると1時間では6台、1日8時間ラインを動かしたとして日産約50台ですから、生産量としては然程多くはないですね。
それにしても、最初期型のT360がこんなにたくさん。。。
まさに宝の山ですね。(垂涎
5枚目。
(クリックで拡大表示)
T360の出荷風景です。
1台の積載車に7台のT360が詰め込まれて、全国に発送されたようです。
よく見ると、下段の一番前の車輌だけ車体色が違いますね。
この、他の車輌よりも色の薄いのが“ベージュ”で、濃いのが“メイブルー”でしょうか。
一番手前の、積載車に載せられていない車輌をよくご覧になってみて下さい。
リアウインドーの下にあるプレスラインが2分割になっていますね。
この仕様は、これまで試作車のみのものだと思っていたのですが、このように量産車にも適用されていたようです。
このプレスラインが2分割のタイプのT360は、果たして現存しているのでしょうかね?
灰皿がダッシュボードの上部に付くタイプの車輌が、これまで“最初期型”とされてきましたが、最初期型と言われる現存車の画像や写真を見てみると、プレスラインは1本ものばかりです。
と言うことは、灰皿がダッシュボードの上部に付いているだけでは、“最初期型”とは云えない事になります。
これまで“最初期型”を所有していると思われていたオーナーさんには迷惑な話かもしれないですが、“最初期型”の称号が与えられるのは、バックパネルのプレスラインが2分割の車輌のみですので、この機会に認識を改めて頂ければと思います。
それと、この写真に写っているのは最初期型で且つ出荷時の状態ですから、市販のT360としては一番Primitiveな姿と言えると思います。
ディテールをよーく観察してみて下さい。
プレスラインが2分割の車輌は、写真では出荷されていない!、あれはきっと撮影用に試作車を引っ張り出してきただけだ!、との反論がもしかしたらあるやも知れませんので、予め反証も提示しておきますね。(↓)
(クリックで拡大表示)
牛乳屋さんで配送に使われた最初期型のT360です。
ちょっと分かりにくいかもしれませんが、バックパネルのプレスラインは2分割になっています。
画像のサイズを大きくしておきましたので、こちらも細部をよーく観察してみて下さい。
出荷されたT360は、全国各地に点在したこんな小規模のホンダ販売店で販売されたのでしょうね。
(クリックで拡大表示)
ということで、本エントリーはおしまいです。
尚、このエントリーに使用した全ての写真はBOND様よりご提供頂きました。
写真の出典は1枚目から5枚目までが「フライング特集号 /昭和39年2月15日発行」、6枚目と7枚目が「フライング37号 /昭和39年9月25日発行」です。
| 固定リンク
「Honda T360 T500」カテゴリの記事
- 特定産業振興臨時措置法案(特振法)の功罪 プリンス スカイライン編(2025.12.28)
- ホンダエスのプラグカバーと部品供給に関する私の"ざれごと"あるいは"たわごと"(2025.08.28)
- 6月5日はT360の展示と試走が行われた日(2021.06.05)
- 狭山製作所におけるAK250・AK280の塗装工程(2021.04.11)
- T360が現役だった頃の高画質映像(2020.05.12)



コメント