訂正とニッケイタローのその後
【2011/11/13 追記】
× ニッサン・コンスタック号
○ ニッケン(日建)・コンスタック号
…です。ご参考まで。
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7月23日のエントリーに『これまで、「日本自動車工業が改称して日本軽自動車になった」というのが定説だったが、この定説は改める必要がありそう。』と書いたが、この部分の根拠とした広告(↑)をよくよく見ると、「発売元 日本自動車株式会社」と書いてあり「日本自動車工業」ではないことに気付いた。
発売元が日本自動車工業ではないと言うことは、つまり日本軽自動車と日本自動車工業が同時期に存在していたことを証明できなくなる訳で、残念ながら定説は覆らなくなってしまった。
早合点をして、なんともお恥ずかしいかぎり…。
さて、日本軽自動車は、第四回全日本自動車ショーに2台のニッケイタローを出展したあと、間もなく倒産してしまう。
しかし、生産設備は日建機械工業(株)に移り、車名をコンスタックに変えて1961年まで生産された。
(コンスタックの画像は「404notfound コンスタック」で検索すると見られる)
ニッケイタローは1956年と1957年の2年間に186台生産されたと言われているが、コンスタックの生産台数は定かではない。
コンスタックは果たして、何台くらい生産されたのだろうか?
現在も生き残っている個体はあるのだろうか?
最終モデルであるコンスタックの生産が終了してから45年経過した現在、NJ号やニッケイタロー・コンスタックの名を知る人は極僅かだろう。
すっかり歴史の中に埋没してしまったと言っていい。
そんな忘れ去られた存在のクルマに、少しでもスポットライトを当てて衆目に晒したいと思ってこのブログを始めた。
しかし、マイナーなクルマはあまりにも資料が少なくて、ムギ球程度の光しか当てられていないのが現状である。
それでも、自分が今出来る精一杯のことはしていきたいと思っている。
次回は、軽自動車の始祖「オートサンダル」を取り上げる予定。
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