2026年2月23日 (月)

【映画】黒の試走車 【放映情報】

明日(24日火曜日)の夜7時から、BS12で「黒の試走車」が放送されます。
興味のある向きはチェックしてみて下さい。
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https://www.tvkingdom.jp/schedule/200222202602241900.action

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2026年2月21日 (土)

バリ島のレプリカ車製作工房でトヨタ2000GTの2号車を製作中との由

動画の最後に1号車を購入した方の映像あり。
こちらも個人的なメモです。

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サウンドチェックしているRandy Rhoadsの映像

個人的なメモです。

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2026年2月10日 (火)

中華製AE86を入手した猛者が現れた

少し前に話題になったJiangsu Aodun Automobile Industry Co., Ltd(江蘇奥頓車業有限公司)製のAE86を、アメリカの好事家が手に入れた模様。


この動画内でも言及されているように、Jiangsu Aodun Automobile社がアリババでホワイトボディのレプリカを売り出した時点では、実は中華製AE86は存在せず「AE86のレプリカホワイトボディを販売する」という話自体がフェイクだったが、その後どうやら実際に製作したようだ。
ただ、このホワイトボディが100% Jiangsu Aodun Automobile社製なのかというと、どうもそれもちょっと怪しそう。
動画でも「ドアはドナーカー(本物AE86)のものと考えている」と述べている。本来 板厚が0.8mmの部分が1mmになっていたら、日本国内でも流通している台湾製のパネルかもしれない。
ホワイトボディの出来は、動画を観るかぎりではよくないですね。でも最後はちゃんと走ってます。
どんな感じかはビデオでチェックして下さい。^^

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2026年1月29日 (木)

「ホンダ学園」ラリー・モンテカルロ・ヒストリックへの挑戦

ホンダ学園の学生さんたちが初代シビックで参戦する「ラリー・モンテカルロ・ヒストリック」のスタートが段々近づいてまいりました。
ホンダ学園に車両を提供したM氏が、今回はチームドクターとしてホンダ学園チーム(チーム名は兆(きざし)とのこと)に帯同しており、現地から情報を送って頂いています。
今日はホンダフランスで作業をしているとのことです。
若い学生さん達の頑張りに期待したいですね。

ところで、東大OBチームは510ブルーバードで出場する予定だったのにクルマが届かないのだそう。
そこで、現地で車両を購入して何とかラリーに出場しようと奮闘されているようですが、不運が重なり工具もない状態とのことで大変なことになっているようです。
こちらの動向も個人的に気になっております。
何とか出場が叶うといいのですが。

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2026年1月20日 (火)

【マイナ免許証】運転免許証とマイナンバーカードを一体化してきた【常総警察署】

昨日、運転免許証とマイナンバーカードを一体化してきたのだけど、さあ出掛けようと思ってウチの"足グルマ2号"を見たら、何だか車体が傾いている。
おかしなぁと思って近づいてみると、右フロントのタイヤがパンクしていた。ガックリ・・・。
試しに空気を入れてみたら、サイドウォールから盛大に空気が噴き出した。トレッド面には著変無し。
ネクストリーってサイドウォールが柔らかくて、経年劣化でヒビが入りやすい気がするなぁ。
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結局、最寄りの常総警察署には別のクルマで行ってきた。
警察署に着いたのは午前9時ちょうど。月曜日だというのに署内は人でいっぱいだった。殆どが運転免許証の更新に来た人だと思う。
私は免許証の所有形態の変更なので、それらの人達とは手続きの順番や内容がちと違った。

最初に行ったのは、車庫証明の受付をする窓口の左隣のカウンター。
そこでマイナンバーカードに一体化したい旨を伝えると、運転免許証の提出を求められカードリーダーで免許証の読み込みが行われた。
で、受付番号の札を渡されて、次は車庫証明の受付の右側にあるタッチパネルの機械のところに行き、機械の説明係のお姉さんに言われるままに機械を操作。
その次は、会計の窓口に行って収入証紙代を支払ったのだけど、番号を呼ばれるまでしばらく待たされた。
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2026年1月14日 (水)

ホンダがHマークのデザインを変更する件について

『ホンダが四輪事業のシンボルとして新デザインの「Hマーク」を適用  webCG』
https://www.webcg.net/articles/-/53257

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↑の1963年のHマークをデザインしたのは社内デザイナーの河村雅夫氏です。河村氏が最初にデザインしたHマークは、1969年のHマークのように幅が狭く縦長のものでした。
この形状のHマークに10mmの脚をつけて、ボンネットマスコットとしてS500のご先祖様であるスポーツ360(TAS260/1962年発表)のノーズに取付けましたが、本田社長に"洗車の時に手を引っ掛けて怪我をするから駄目だ"とドヤされたため、横長のフラットなデザイン(七宝焼きのエンブレム)にしたとのことです。
河村氏は縦長のHマークによほど拘りがあったのか、スポーツ360(TAS260/AS250)やスポーツ500(1962年発表)のステアリングエンブレムに縦長のHマークを使っています。
それとこれは私見ですが、最初の縦長のHマーク(ボンネットマスコット)は、二輪のウイングマークと同様にサモトラケのニケの翼をモチーフにしていると思います。
後方に向けて先すぼまりになるようにテーパーを付けた長い一対の造形物は、翼を抽象化しているように私には見えます。つまり、"Hマークもウイングマークもルーツは一緒"ということです。
今回、原点回帰とも言えるデザイン変更を実施する理由は、webCGの記事に記述されているのでご参照下さい。

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サモトラケのニケ
画像出典:https://note.com/chi_eko131/n/n933758ee4c2a

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2026年1月 7日 (水)

"コーションプレート"なるものの正式な呼称

国産メーカーが製造銘板(一般にコーションプレートと言われるもの)をどう呼んでいるか、調べて一覧にしてみました。
ご参考まで。
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世迷言。
日本全国どこにでもある踏切には必ず「CAUTION 踏切注意」と書かれた"コーションプレート"が掲示されている。誰でも見たことがあるはずだし、意味も分かるだろう。(※) さて、型式や車台番号などが打刻された銘板をコーションプレートと呼ぶのは正しいのだろうか。これらは同類のものか?  違うよね。
いわゆる製造銘板をコーションプレートと呼ぶのは日本人だけだ。こんな誤用が日本では一般化している。よその国の人達は、こんな日本を、日本人を見てどう思うだろうか。簡単な英単語の意味も知らない、理解できない、正しく使えない日本人。そんな風に思われても仕方ないよね。情けないけれども。
(※ Cautionの意味は注意、用心、警戒、警告など ) 
260107_img_0011 (クリックで拡大表示) 

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2025年12月31日 (水)

馬力は技術的には存在しません by Toyota USA

エンジンの馬力は「エンジントルク×回転数×定数(0.00136)」で求められますが、これは言い換えると"馬力は計算でしか求めることが出来ない"ということです。
トルクや回転数はエンジンの物理的な動作を計測した"測定値"ですが、エンジンに馬力という物理的な動作はありません。つまり、計算で数値を求める以外に方法がないのです。
馬力は単なる"計算値"で観念的なもの(※)ですから、馬力がクルマを動かすことはなく、またクルマを走らせても乗員が馬力を感じ取ることもできません。
(※ ワットが「75kgの物を1秒間に1m動かす仕事量」を1馬力と定義したことで馬力という概念が生まれました。仮に馬力という概念がなかったとしても、エンジンの動作とは全く無関係なので何の支障もなくエンジンは回ります)
トルクについても、人間がエンジンの出力軸や車両の駆動軸に直接触れることはできない(やってやれないことはないが怪我をするだけ)ので、トルクを"直接"感じ取ることはできません。
しかし、クルマを走らせた時に力のようなものを感じるのは事実ですね。

クルマを動かす力の源泉はエンジンの出力ですが、実際にクルマを動かすのはタイヤが路面を蹴る力であるところの駆動力(正確には走行抵抗分を引いた余裕駆動力。駆動力はエンジントルクに変速機ギア比、終減速比、伝達効率を掛けてタイヤの動荷重半径で割ることで求めることができる)です。
そして、乗員が馬力やトルクと感じるものの正体は、余裕駆動力によって生じた加速度(G)です。
アクセルを踏めば加速度が、ブレーキを踏めば負の加速度が、ステアリングを操舵すれば遠心加速度が車両には生じます。
これらはそれぞれ、Driving force(駆動力)、Braking force(制動力)、Centrifugal force(遠心力)によるものです。
シャシダイナモメーターでパワーチェックをしている(エンジンが最大出力を発生している)車両の中にいても、馬力やトルクを感じられないのは車両が加速度運動をしないからです。
人間にはGセンサーのような機能は備わっていますが、残念ながら動力計やシャシダイのような機能は備わっていません。

馬力(Power)は仕事率、クルマを動かす力はForce(余裕駆動力)、人間が体感するのは加速度(G)と覚えましょう。
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 画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=gqK3dCpwzxE

 

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2025年12月30日 (火)

特定産業振興臨時措置法案(特振法)の功罪 東洋工業(ロータリーエンジン)編

特定産業振興臨時措置法案(特振法)とは何ぞや?という方は↓下掲の画像の赤枠部分か、前回の「特定産業振興臨時措置法案(特振法)の功罪 プリンス スカイライン編」をご参照下さい。
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(出典:山本健一氏 内燃機関の革新とバンケル・ロータリー・エンジンの開発)

では本題。
特振法は、国内自動車メーカー(正確には特定産業の企業)の合併や整理統合を促進し、企業規模拡大による大規模生産体制を構築することで、国際競争力を高めることを目的としていた。
合併や整理統合を行うということはつまり、特振法が成立すれば規模の小さな会社は大きな会社に取り込まれて独立を維持できなくなる、ということである。業界が注目したのは、どの会社が生き残り、併呑されて消えるのはどの会社か、であった。
ここで"消える会社"として名前が挙がったのが東洋工業(現マツダ)である。"特振法が成立すれば東洋工業は他社に吸収合併されてなくなってしまう"という話は、当時 業界筋でかなり多く語られたようだ。
これは東洋工業にとって風評被害以外の何物でもなかったが、人の口に戸は立てられず、噂は瞬く間に広まってしまった。こういった風聞は会社にとって死活問題である。社内の士気は下がるし、販売面への影響も大きい。
そこで、松田恒次社長はどうしたか。

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2025年12月28日 (日)

特定産業振興臨時措置法案(特振法)の功罪 プリンス スカイライン編

昭和36年(1961年)5月、通産省は「自動車行政の基本指針」を示した。この「自動車行政の基本指針」は後に特定産業振興臨時措置法案(以下、特振法)※となるものだ。
戦後十数年を経て日本の復興と経済成長が進み、海外から市場の開放を求める声が高まってきた。いつまでも敗戦国として保護貿易を続ける訳にはいかなくなってきたのである。
日本は1963年に"GATT 11条"の適用国となることが決まっており、貿易(輸入)が自由化されれば性能や品質面で優れた外国車が大量に日本に入ってくることが予想された。そうなれば、外国車に市場を席巻されて日本の自動車産業は立ち行かなくなる、と通産省の役人は考えた。そこで既存の自動車メーカーを量産車グループ、特殊車(スポーツカーや高級車等)グループ、軽自動車グループの三つに分けて統廃合を促し、国際競争力を強化することを企図した法案を立案した。これが特定産業振興臨時措置法案(特振法)である。
特振法には新規参入を制限することが盛り込まれていたため、本田宗一郎は猛反発した。
特振法は1963年3月に閣議決定された後 3度国会に上程されたが、いずれも審議未了で廃案となり、通産省の思惑は外れてしまった。
外国製乗用車の輸入自由化は1965年から始まったが、予想されたほど輸入台数は増えず、また国内自動車メーカー各社が値下げの断行や新型車を投入するなど企業努力を怠らなかったことで、折からの高度経済成長とモータリゼーションの波にも乗り、この時期に国産車の生産/販売台数は急激に増えていった。
乗用車需要は1965年の59万台が1970年には237万台に増え、年平均32%の成長を遂げた。国内の自動車保有台数は、1965年の630万台が1967年には1,000万台を突破。また、生産台数も1965年の188万台が1967年には315万台となり、西ドイツを抜いて世界第2位の自動車生産国に躍進し、続く1968年には400万台を突破する生産台数を記録した。」(トヨタ自動車75年史より引用)

※特定産業に指定されたのは自動車(乗用車と自動車用タイヤ)、特殊鋼、石油化学の三分野

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2025年12月21日 (日)

【情熱2000GT】トータス306のレース戦績と外観の変遷

・予備知識
「280A/I型(トヨタ2000GTの一次試作車)の第一号車」=「スピードトライアル車(速度記録車)」=「トータス306」
※全ての画像は、クリックすると別ウインドウで拡大表示されます※
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-------------------<1970年>-----------------

〇撮影時期は不詳。背景の枯草や人物の服装などから1969年末~1970年初頭(1月から3月頃)と推定。
撮影場所などの詳細が分かる方がいらっしゃいましたら、是非ご教示頂きたく・・・。
この時点ではリアフェンダーのアーチ部分の形状がスピードトライアル車と同一で変更されていない。また、フロントフェンダーのアーチ部分の形状もスピードトライアル車と同一。
ラジエターグリルの開口形状もスピードトライアル車と一緒。
右のリアクウォーターウインドウにエアアウトレットが付いているのもスピードトライアル車と一緒。
つまり、外観はほぼスピードトライアル車のままで、カラーリングのみ変更されているように見える。おそらく、スピードトライアル終了後、車両は手を加えられることなく保管されていたのだろう。

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