カテゴリー「TOYOTA 2000GTの真実」の記事

2009年5月18日 (月)

【トヨタ】スピードトライアルやボンドカーの映像【2000GT】

久しぶりの更新ですが、当方 只今体調が思わしくないため、やっつけの手抜きエントリーです…。(陳謝

それにしても、この腰痛はなんとかならないものですかねぇ。
10日ほど前、朝ベットから起き上がった時に腰に痛みを感じて以来、ずーっと痛みが治まりません。
のみならず、偏頭痛や歯痛、喉の痛みなどが次々に襲ってきて、先週一週間は近年まれにみる体調の悪さでした。

だけでなく、先週は飼い猫は居なくなるわ、その猫が戻ってきたと思ったら大怪我をしているわ、母親は強風に煽られて転倒し体を痛めてしまうわ、私の電動歯ブラシは壊れてしまうわと、悪いことばかりが続きました。
まったく困ったものです。

と、私の愚痴はこれくらいにしておいて表題の件。
なんと、ニコ動にトヨタ2000GTのスピードトライアルの映像が上がっていたました。

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2009年5月 7日 (木)

トヨタ2000GT/日産2000GTのヤマハ開発説などに関するいくつかの疑問

追記あり

相変わらず“A550X”や“日産2000GT”で検索して当ブログにお越しになる方が多いですね。
このエントリーを書いている時点で、左のサイドバーにある“検索フレーズランキング”の1位はA550X、日産2000GTは6位になっています。
4月25日のエントリーの最後に、“「トヨタ2000GTや初代フェアレディZのルーツは日産2000GT」なる説の妥当性について検証するエントリーを書く”と書きましたが、その前に、巷間で言われているトヨタ2000GT/日産2000GTのヤマハ開発説トヨタ2000GT=日産2000GT説について個人的に疑問に思ったことがいくつかあるので、それらを以下に列挙してみようと思います。

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2009年4月13日 (月)

21yamaha.comの記事をサルベージすることに成功

2008年3月31日に閉鎖されたヤマハのウェブサイト「21yamaha.com」にアップされていた、トヨタ2000GT関連の記事をサルベージすることに成功したので、メモがてらエントリー。

トップページ。
特集 ふる里に集まったトヨタ2000GT
http://web.archive.org/web/20071211141348/21yamaha.com/mc/historic/publish/index.html
※ 2003年2月15日に袋井テストコースで開催された「トヨタ2000GTを語る会」の模様をレポートしているページです。

インタビュー
http://web.archive.org/web/20071211141356/http://21yamaha.com/mc/historic/publish/interview/index.html
※ 長谷川武彦氏(トヨタ2000GT開発当時の役職:ヤマハ発動機株式会社 自動車部長)と戸塚 聰氏(トヨタ2000GT開発当時の役職:ヤマハ発動機株式会社 第2技術部第2管理課管理係)のインタビュー。

資料館

http://web.archive.org/web/20071211141336/21yamaha.com/mc/historic/publish/data/index.html
※ トヨタ2000GTに関する記事が掲載されている、当時のヤマハの社内報(PDFファイル)を閲覧することができます。
閲覧できるということは、保存することも可能です。
ご入用の方はお早めに…。^^;

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2009年2月13日 (金)

悲しい知らせが…

その昔、トヨタでデザイナーをされていた方のブログ「元自動車デザイナーの爺雑感」の昨日のエントリーによると、トヨタ2000GTのスタイリングを手掛けた野崎 喩氏が、お亡くなりになったようです。
まだ確認が取れていないので、ここでお悔やみを申し上げるのは差し控えますが、この情報が事実であれば残念というほかありません。。。

この件について何か情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、コメント欄にてご教示頂けると有難いです。
是非、よろしくお願い致します。

(09/02/14:追記)
↓こちらのページに拠ると、先月ご逝去されたようです。
http://www.toyota2000gt-go.com/2000gt/event1/topics1.html

野崎氏のご遺徳を偲び、哀悼の意を表します。

090214_

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2008年12月15日 (月)

トヨタ2000GTは日産2000GTの影響を受けていたのか

先日アップしたゲルツ氏のインタビューの中で、ちょっと気になった部分があったのでエントリーを書いてみます。

私が気になった部分ですが、それは「ヤマハがGTを作っていたよ。赤いGTでね。それがニッサン550Xだよ。ヤマハにとって、トヨタ2000GTを作るときに参考になったと思うよ。 」というところ。
果たしてゲルツ氏が言うように、本当に日産2000GT(A550X)はトヨタ2000GTを作る時に参考になったのでしょうか。

一般に広まっている俗説では、ヤマハが日産にスポーツカーの企画、或いは設計図を持ち込んで出来たのが日産2000GT(A550X)で、日産2000GTが完成したところで日産とヤマハの提携が解消され日産2000GTがお蔵入りになってしまったため、ヤマハは次にトヨタにスポツーカーの企画、或いは設計図を持ち込み、結果出来上がったのがトヨタ2000GTだと言われています。
企画、或いは設計図を持ち込んだのがヤマハだったため、両車の開発はヤマハが主導して行なったとも言われています。
これらの(誤った)事実関係から、日産2000GT(A550X)≒トヨタ2000GTではないかとか、ほぼ同じクルマとは言わないまでも、時系列を考えるとトヨタ2000GTは日産2000GTの影響を少なからず受けているのでは、と推測されることが多いようです。

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2008年12月12日 (金)

Goertz Interview 「アルブレヒト・ゲルツに聞く」

古いNostalgic Hero誌を読み返していたところ、アルブレヒト・ゲルツ氏のインタビュー記事を発見したので早速テキストを起こしてみました。
記事には、初代シルビアの“木村一男氏デザイン説”や、日産2000GT(A550X)・トヨタ2000GT・フェアレディZのデザインを手掛けたと言われていることに対しての氏の見解が記されています。
興味のある方は、ぜひご覧になってみて下さい。

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Q:失礼ですがあなたはゲルツさんですか?
A:いや、違うよ。あそこにいる女の子がそうじゃないか。

Q:私はBMW503、BMW507をデザインし、日産車のデザインにも協力したゲルツを探しているんです。
A:それは私だ。私がアルブレヒト・グラーフ・ゲルツだ。からかって悪かったよ。

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2008年12月 2日 (火)

現代版ボンドカー!

『クラシックカーフェスタ…唐沢寿明が 2000GT で100台を牽引』
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081201-00000034-rps-soci

11月29日に開催された「トヨタ博物館 クラシックカーフェスタ in 神宮外苑」では、約100台の現役クラシックカーが公道パレードを行なった。その100台の先頭を走ったのは、俳優・唐沢寿明さん。

唐沢さんが乗る車は、映画『007は2度死ぬ』に採用されたことで有名なスポーツカー、トヨタ『2000GT』。この車両はトヨタテクノクラフトによって今年夏に復刻製造されたばかりの車両。会場に詰め掛けたファンやマスコミに向けて挨拶をした後に、休日で賑わう表参道や青山、渋谷の街へと出発していった。

(後略)
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以上、ヤフーニュースより引用。

先週の土曜日に神宮外苑で行なわれたトヨタのイベントで、トヨタ2000GTのオープン仕様車がお披露目されたことは、Web上のあちらこちらで紹介されているのでご存知の方も多いと思います。
私はこのイベントを見に行ってはいないのですが、当日夕方のニュースでパレードの模様などを観ました。

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2008年11月 8日 (土)

トヨタに問い合わせてみました&新たに判明したこと

08/11/09 画像を追加

風邪をひいてしまって非常に体がしんどいので、手短に更新します。

まずは、先日「ボンドカーの謎解き」に関する補遺に追記した「HemisFair'68(サンアントニオ国際博覧会)」について。
昨日、トヨタに以下の2件を問い合わせてみました。
・HemisFair'68 にボンドカーは出展されたか。※出展されたのは間違いありませんが念のため訊いてみました
・出展されたとすれば、その期間はいつ頃か。

トヨタからの回答は「当時の資料が残っていないので分からない」でした。orz

HemisFair'68 は上にも書きましたが国際博覧会で、日本で言うところの大阪万博や筑波万博みたいなものでした。
そこに日本を代表する工業製品的な扱いで日本のパビリオンに出展されたとなれば、トヨタにとっては大変名誉なことですから、当時の社内報などに記録されていて然るべきだと思うのですが…。
もっと具体的に、社内報にHemisFairのことが載っていませんか?と訊くべきでしたかね。。。
まあ、あまり他人様のお手を煩わせては申し訳ないので、この件については何とか自力で調べようと思います。

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2008年10月30日 (木)

「ボンドカーの謎解き」に関する補遺

このエントリーは「ボンドカーの謎解き ~42年目の驚駭の真実~」の補遺です。
08/10/31 一箇所追記しました。
08/11/04 www.2000gt.net/さんの記述や読者様から寄せられた情報をもとに、
                  加筆・修整・画像の追加を行ないました。
08/11/08 一部訂正しました

前回のエントリーでボンドカーは2台存在したことを乏しい資料から立証してみましたが、ボンドカーが2台存在したとなると気になるのが、2台のボンドカーはどこでどのように使用されたかです。
これを乏しい資料のみで解明するのは非常に難しいのですが、取りあえず現時点で分かる、或いは推測できる範囲のことを以下にまとめてみます。
 
まずは、フラット車(=予備車)について。

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2008年10月26日 (日)

ボンドカーの謎解き ~42年目の驚駭の真実~

08/10/28 二箇所追記しました。
08/10/30 「ボンドカーの謎解きに関する補遺」をアップしました。
08/11/04 一箇所を訂正、一箇所追記しました。
08/11/04 「ボンドカーの謎解きに関する補遺」に加筆・修整・画像の追加を行ないました。

本題に入る前に、まずは注意書きを。
このエントリーは、福野礼一郎氏がF-ROAD誌に寄稿した「ボンドカーの謎 -42年目の驚愕の真相-」という記事に反駁するためのものであるため、当該記事のネタバレになる内容が含まれています。
ですから、福野氏の記事を未読で“ネタバレは困る”という方は、以下の内容を読まずに速やかにお引取り下さい。
もし読まれる場合は自己責任でお願いします。
 

では、本題です。

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2008年10月23日 (木)

【近日】ボンドカーの謎解き -42年目の驚駭の真実-【公開予定】

二月ほど前でしょうか、自動車ライターの福野礼一郎氏が執筆した「ボンドカーの謎 -42年目の驚愕の真実-」と題したトヨタ2000GTのオープンモデル(所謂、ボンドカー)に関する記事が、F-ROAD(エフロード)誌に掲載されました。
記事にはかなりセンセーショナルなことが書かれていたためネットでも話題になっていましたから、記事のことをご存知の方も多いんじゃないかと思います。

その“センセーショナルな記事”についてなのですが、実はワタクシ一言物申したいことがありまして、只今当該記事に関するエントリーを書くための準備を進めています。
ここのところブログの更新が滞っているのは、実はこのような事情があるためだったりします。

エントリーの具体的な内容についてはまだ秘密ですが、私のエントリーも福野氏の記事に負けず劣らずの驚愕なものになる・・・といいなぁと思っています。^^;
まあ、あちらはプロでこちらはド素人。
持っている情報の量にも質にも格段の差がありますから、端から相手にはならないと思いますが、私なりにというか私独自の着眼点でボンドカーの真実に迫ってみようと考えています。
是非ご期待下さい。

ということで、本編に行く前に軽くボンドカーに関する定説を2つほど覆しておこうと思います。
まず、「ボンドカーにはドアガラスがなかった」というのが定説ですが、撮影車には間違いなくドアガラスがありました。
081023_pdvd_024 (Click image for full size.)
 
また、「ボンドカーにはドアガラスが無いためウインドウレギュレーターが付いていなかった」というのが定説ですが、“装備”付きの撮影車にはレギュレーターが付いていました。
081023_bond_21 (Click image for full size.)

※画像はwww.2000gt.netさんからお借りしました。

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2008年5月30日 (金)

280A(トヨタ2000GT)開発年表

○ホンダS360やT360/S500の試作車について研究・考察している「三妻自工 Web site」はこちらです。
○Web site that researches and considers the concept model of HONDA S360 and T360/S500 is
here.

当ブログのカテゴリー「TOYOTA2000GTの真実」に書いたことの概略を、年表形式にまとめてみました。
当該カテゴリーをお読み頂く際に参考にして頂ければと思います。

080530_280a
                       (クリックで拡大表示)

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2008年4月22日 (火)

YAMAHA PROTOTYPES

○ホンダS360やT360/S500の試作車について研究・考察している「三妻自工 Web site」はこちらです。
○Web site that researches and considers the concept model of HONDA S360 and T360/S500 is
here.

当ブログには、「初代シルビア(CSP311)」「A550X(日産2000GT)」「トヨタ2000GT(280A)」に関するカテゴリがあります。(ご存じない方は左のサイドバーをご覧下さい)
この三車の共通点といえば、ヤマハ発動機(以下、ヤマハと表記)が開発に関わっていたことです。
国産旧車界のヒエラルキーに於いて間違いなく頂点に君臨する、その名を聞けば誰もが知っているトヨタ2000GTの開発にヤマハが一枚噛んでいたことは、ちょっと旧車を齧ったことがある方ならご存知ですよね。
また、トヨタ・日産といったメジャーな四輪車メーカーのヒストリーをご存知の方も多いと思います。
でも、これがヤマハの四輪に関するヒストリーとなると、詳しいことは殆ど分からないという方が大部分ではないでしょうか。

それが故か、Web上では「A550Xやトヨタ2000GTはヤマハが設計図(あるいは企画)を日産/トヨタに持ち込んで作ったクルマ」なる言説が広まっていて、現在では半ば定説化しています。

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2008年1月29日 (火)

名車を生む力

○ホンダS360やT360/S500の試作車について研究・考察している「三妻自工 Web site」はこちらです。
○Web site that researches and considers the concept model of HONDA S360 and T360/S500 is
here.

先日、某ネットオークションで↓こんな本を買いました。
080129__01  080129__02   

名車を生む力』 いのうえ・こーいち 著 二玄社

目次:
○野崎喩が描いた軌跡のグラントゥリズモ(知りたかったことは教えてもらえなかった/25年目の再会でふたたびトヨタ2000GTについて/1960年代はじめの自動車王国で見聞きしたもの ほか)
○木沢博司が考えた世界のベイシックカー(ホンダがホンダらしかったころホンダのイメージの原点/ホンダ1300という個性的なクルマその反動がシビックにつながった/乗り手にすり寄ってはくれない骨太の前衛的クーペ ほか)
○立花啓毅が欲した生のオープン・スポーツカー(いきなり登場した真打ち キイマンは無類のクルマ好き/消費の時間と蓄積の時間積み重なってこその「車道」/モノがひとを育てる「蓄積」の成果として備わる「器」 ほか)
 
『トヨタ2000GT、ホンダ・シビック、ユーノス・ロードスター――。たとえクルマ好きでなくとも、この三台の日本車の名前に聞き覚えのある人は多いだろう。いずれも日本の社会状況が大きく変容を遂げようとしていた時期に開発されたクルマであり、それぞれの時代を映す鏡とも言えるモデルである。

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2007年6月25日 (月)

トヨタ2000GTと日産2000GTに関する追記

ホンダS360やT360/S500の試作車について研究・考察している三妻自工 Web siteこちらです。

ココログにはデフォルトでアクセス解析が装備されているのですが、昨日そのアクセス解析をいじくっていたら、「okaz::だめにっき」さんが拙ブログを引用して下さっていることに気が付きました。
引用されているのは、トヨタ2000GT(280A)と日産2000GT(A550X)に関するエントリーです。
詳しくは「okaz::だめにっき」さんの当該エントリーを読んで頂くとして、「okaz::だめにっき」さんに以下の点を指摘されましたので、ちょこっとエントリーを書いてみます。

>しかし個人的に気になったのは「本当にトヨタ2000GTがA550Xと無関係か?」という話。
>「三妻自工 Blog」さんではトヨタ側の資料を元にして解説してるが、そもそもロータス・エランを
>お手本にしたと思われるバックボーンフレーム方式や、ホイールベース・トレッド数値とかが
>トヨタ2000GTとA550Xとで非常に似通ってる部分については全く言及されてないのが気になる。

まずはバックボーンフレームについて。
とあるサイトには、トヨタ2000GTも日産2000GTもバックボーンフレームであったかのように書かれていますが、これは間違いです。
日産2000GTの車体は、「ボディはモノコック構造で、これにサブフレームを追加しました。」(ヤマハ側のスタッフとして車体設計に関わった花川 均氏 談)とのことで、バックボーンフレームは使われていません。
件のサイトには、他にも間違いがあるので、ここで指摘しておきましょうかね。

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2007年4月21日 (土)

トヨタ2000GTの真実 その3

トヨタ2000GTはトヨタで企画され、初期の設計もトヨタが行っていたことは前回書きました。
また、トヨタとヤマハが業務提携を結んだのは、’64年末ではないかという推測も前回書きました。
それでは、年が明けた’65年以降のトヨタとヤマハの関係は果たしてどうなっていたのでしょうか。
  
’64年12月28日にトヨタのスタッフがヤマハを訪れて、日産2000GT(A550X)を見学します。
そして年が明けると、トヨタからヤマハに1/5基本計画図と線図が送られます。
1月15日からは、トヨタのエンジニア、山崎(シャシーと全体レイアウト担当)、高木(エンジン担当)、野崎(デザイン担当)の3名が、週4日(火曜日~金曜日)ヤマハに出張するようになり、これ以降トヨタ2000GTの本格的な開発作業が始まります。
  
ヤマハ側のスタッフは、統括責任者:安川 力部長、エンジン:遠藤嘉徳課長、シャシーと車体設計:福田課長をリーダーに花川 均氏と岩佐主任。
その他艤装関係も含めても、ヤマハ側のスタッフの総数は20名に満たなかったそうです。
 
それでは、トヨタとヤマハの具体的な役割分担はどうなっていたのでしょうか?
幸いなことに、手元にシャシーに関する設計分担の一覧表があるので、それをご紹介します。

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2007年4月13日 (金)

トヨタ2000GTの真実 その2

トヨタ社内でトヨタ2000GT(開発コード:280A)の基礎研究が始まったのは’64年9月のことでした。
トヨタ2000GTのプロジェクトリーダーを務めたのはトヨタの河野次郎氏。
河野氏により社内から生え抜きのエンジニア3名(野崎 喩/デザイン担当、高木英匡/エンジン担当、山崎進一/シャシーと全体レイアウト担当 ※のちに細谷四方洋がテストドライバーとして加わる)が選ばれ、280Aは以下のコンセプトで開発が進められました。
 
1.世界トップレベルの動力性能と高いクオリティを備えた本格的スーパースポーツ。
2.マシンでなく、日常的なハイパフォーマンスカー。
3.国内市場のみならず、海外市場の要件も十分に満たしたスポーツカー。
4.量産車ではなく、贅を尽くしたハイクオリティカー。
5.GTレースに参戦しても十分に通用する高いポテンシャリティ。
 
トヨタ2000GTの具体的な開発スケジュールは以下の通りです。
070413_2000gt_01
 
作業の進め方はタッグマッチ方式が採用されました。
タッグマッチ方式とはどんなものかというと、各エンジニアがひとつの図面に順々に書き込んでいく方式です。
このタッグマッチ方式が実際にどのように行われたかについて、シャシーを担当した山崎氏が証言している資料があるので、以下に引用します。

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2007年4月12日 (木)

トヨタ2000GTの真実 その1

070412_toyota2000gt
 
Webで日産2000GT(A550X)を調べていると必ず出くわすのが「トヨタ2000GT」の名前です。
どんな風に出てくわすかというと…
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
■トヨタ2000GTのデザインは「トヨタ自動車デザイン部」によるものとされていますが、
ゲルツ氏が関わった日産2000GTから流用した部分も大きかったのかもしれません。
ttp://www.geocities.co.jp/MusicStar-Guitar/7004/z31-02.html
 
■(トヨタ)2000GTは、トヨタ・ヤマハの共同開発と言うより、元は日産のようです。
ソースは猫出版の本など複数あるので、事実に近いでしょう。
確か、(トヨタの)第七技術部の技術者も、日産の図面を元に設計したことを認めているはずです(非公認の発言でしょうけど)。
日産と提携を解消したヤマハはトヨタに接近。日産からの注文であった「A550X」の生産をトヨタに提案、トヨタは設計を買い、ヤマハがこれを生産することで、「トヨタ2000GT」となる。
ttp://blog.livedoor.jp/xl1200/archives/50723821.html
 
■2000GTのデザインがGoetzさんであるのは事実です。
当初2000GTは日産が全米で発売するスポーツカーのためにデザインされたのですが、製造にコストがかかり過ぎるために日産から却下されたために、再度氏によりデザインされたものがZとして後に発売されることになりました。
2000GT(当初は日産のZとしてデザインされた)はその後にヤマハを通じてトヨタに持ち込まれました。
正確に言えば野崎氏はGoetz氏のデザインを基本として商品をまとめた人。
松尾氏も同じです。
NHKの人気番組でトヨタ2000GTを特集したものがありましたが、あの中でデザインに合わせたカーブを出すための材料をひらめいたなどとありますが、あれもデタラメな内容です。
当時は米国のGMやフォードはすでにFRPを使用した車種を販売しており、Goetz氏のデザインにはFRPの使用を前提にしており、日本ではまだその実績がなかったために「どこに作らせるか」を悩んだだけの話です。
常識的に考えて当時の他の車種のデザインと比較すれば日本人がデザインしたかくらいは
容易に判断が付くと思います。
 
189 :名無しさん : 2007/02/22(木) 03:23:51
つーかトヨタ2000GTは、設計から生産から全てヤマハ。
最初、ヤマハは日産に打診したが、日産は取り付かず。
トヨタに話を持ち込んだら、話に乗った。
だからトヨタ社内に、2000GTのデザイン画像やら、設計図書などの重要書類が一切無い。
 
190 :名無しさん : 2007/02/22(木) 03:45:54
>>189
>最初、ヤマハは日産に打診したが、日産は取り付かず。
 
違う。最初は日産で日産2000GTとして開発していたが、その過程で
意見の食い違いが起きてご破算。ヤマハがその企画をトヨタに持ち込み
2000GTと相成った。
ttp://bbs001.garon.jp/test/read.php/car-movie/1156212388/
 

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