カテゴリー「TOYOTA 2000GTの真実」の記事

2021年1月22日 (金)

オールドタイマー誌の付録カレンダーに・・・

オールドタイマー誌の付録カレンダーにトータス306(280A I型の1号車)の写真が掲載されているじゃないですか。
眼福、眼福。
210122_tortoise306 (クリックで拡大表示)
ところで、1971年5月に開催された「全日本鈴鹿1000Km自動車レース 」にトータス305という名前の車両が出場していますが、これは残念ながらトヨタ2000GTではありませんでした。↓
210122_tortoise305 (クリックで拡大表示)

1971年1月に開催された「全日本鈴鹿300キロレース大会 」に出場したシロキヤ6は、トータス306そのものだったんですけどね。
http://www.jaf.or.jp/CGI/msports/results/n-race/detail-result.cgi?race_id=1917&window_flg=1
210122_shirokiya6 (クリックで拡大表示)

ノスヒロ誌に取り上げられて有名になったレース仕様の2000GTの廃車体はトータス306なんじゃないか、と一部で囁かれているようですが、トータス306は280AのI型、廃車体はII型以降の量産型ボディなので、廃車体がトータス306ということはあり得ないですね。
残念ですけども。

 

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2020年5月 7日 (木)

廉価版トヨタ2000GT(390A)と初代フェアレディZ(S30Z)の共通点

390Aの開発が関東自工で始まったのは、トヨタ2000GTが発売される直前の1967年(昭和42年)3月頃で、ちょうどその頃、日産ではのちにフェアレディZとして結実するマルZ計画が進められていた。
両車の共通点は、アメリカ市場をターゲットにしていたことで、390Aの販売価格は米国で3,500ドル(国内100万円)、S30Zの販売価格は米国で3,000ドル(国内100万円)とほぼ同価格に設定されていた。
片や採算度外視の手作り工芸品、片やマスプロダクション製品として企画された大量生産車。この二車が同価格帯で販売される可能性があったことは、意外な事実といえよう。

以下は、S30Zのファイナルデザイナー田村久米雄さんから頂いたメール。
マルZ計画時の設定価格のソースと、2000GTとS30Zを比較した際に感じた氏の率直な所感が伺えます。

件名 細谷さんのトヨタ2000GTの記事
送信者 田村 久米雄
宛先三妻自工
日時2013年09月16日 21:54:35

三妻自工さんへ
私がブルーバード510やS30のデザインに従事していた’66〜’68年頃、トヨタと日産は自動車業界の覇権を争っており、レース活動も日産はプリンス自動車を併合して積極的に参戦していましたが、トヨタが自社技術でトヨタ7で挑戦していたのに日産はシボレーエンジンを持ち込んでレースに臨んだ時は「技術の日産」のプライドを捨てて広告宣伝効果だけを狙った戦術に社員として落胆したものです。トヨタ2000GTが4輪ディスクやDOHC、フルシンクロ、4輪独立懸架などの新メカを採用していることを知っていましたが、自分が担当しているS30が何処まで最新メカを採用してくれるのか不安に感じていました。マルZ計画(次期スポーツカーを2シーター/クローズドボディのデザインで開発せよと云うプロジェクトでは当初から3000ドルの販売価格が目標でした)では100万円が販売価格のターゲットでしたから、’69年のモーターショーでS20エンジンを搭載した「フェアレディZ432」がマグホイール装備で185万円の価格で発表された時には「嘘だろう!!」と思いました。今にして思えば担当デザイナーの居ない状況で生産展開をしなければならない状況だったのでやむを得ない事だったのでしょうが、輸出仕様、国内仕様がバラバラで発売しなければならなかった状況に胸が痛みます。



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2020年5月 5日 (火)

トヨタ2300GT(俗称)と390Aを混同している御仁が多いことが嘆かわしい

一般にトヨタ2300GTと呼ばれている輸出仕様の試作車(正式にはトヨタ2000GT/MF12L型)は、後期型がベースでSOHC 2,300ccの2M-B型エンジンを搭載しているのが特徴。
MF12L型を"廉価版"と説明する向きが多いが、これは誤り。米国向け廉価版として試作されたのは390Aである。
390Aは前期型をベースに、原価低減のため内外装を関東自工がデザインし直した(但しラフなデザイン案はトヨタが提示)試作車で、関東自工がボディの製作と艤装を担当する予定だった。
390Aの販売価格は米国3,500ドル、国内100万円に設定され、月産500台で5年間生産する計画であった。
試作予定台数は6台(初期の2台はヤマハ製ボディ、中期の2台はヤマハ製のボディパーツを関東自工で組み立て、後期の2台は関東自工がボディを製作)だったが、実際に試作されたのはLHD仕様の1台のみだったようだ。
ただし、RHD仕様のインテリアを写した写真が残っている。おそらくこれは、インテリアのモックアップであろう。
参考までに、トヨタ2300GTと呼ばれているMF12L型は9台(MF12LC型2台を含む)製造されたうち、S/N #1、#2、#6、#8、#9の5台の現存が確認されている。
200505_390a 200505_390a_2 (クリックで拡大表示)

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2020年4月25日 (土)

野崎 喩氏の寄稿記事について

4月11日のブログ記事で、ホンダスポーツのスタイリングを手掛けた河村雅夫さんがデザイン系の専門誌に寄稿された記事のことを紹介しました。
200425_kawamura (クリックで拡大表示)
今回は、トヨタ2000GTのエクステリアやインテリアのデザイン全般を手掛けられた野崎喩さんが、トヨタ2000GTが発売される直前に出版された「デザイン批評」誌に、河村さん同様 寄稿していたことを紹介します。
といっても、寄稿された文章の内容については言及しませんので、内容をお知りになりたい方は当該誌をご購入下さい。
200425_nozaki1  200425_nozaki2 (クリックで拡大表示)
因みに、私がこの本の存在を知ってから手に入れるまでに、3~4年掛かりました。なかなか売り物はないです。
ただ、なかなか見つからない探し物って、出てくるときはいっぺんにいくつも出てくるのですよね。
私は某ネットオークションでこの本を手に入れましたが、その直後、度々チェックしていたウェブの古書店に売り物が2点も出てきました。
欲しい時はなくて、不要になると出てくる。これもマーフィーの法則ですね。(苦笑


以下は、ただのぼやき。

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2020年2月 9日 (日)

【トヨタ2000GT】撮影車と予備車の特殊装備の相違点【ボンドカー】

前回のエントリーのコメント欄で、2000GTボンドカーに搭載された特殊装備が撮影車と予備車で違っていることをご教示頂いたので、両車の特殊装備の違いが一目で分かるように画像を並べてみようと思います。

まずは、グローブボックスの特殊装備から。
200209_bond_equipment01 (クリックで拡大表示)
これは撮影車を写したものです。
この機材は、"特選外車情報エフロード 2008年9月号"に掲載されている福野礼一郎氏の記事によれば、ソニーが1966年に発表した電池式携帯型VTRの試作機を使って、特別に仕立てられたものとの由。

予備車にも全く同じものが搭載されていましたが…。
200209_bond_equipment04 (クリックで拡大表示)

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2020年2月 8日 (土)

モーターショーに出展されたトヨタ2000GT ボンドカーの映像

1本目は、1967年開催のジュネーブショーに出展された2000GTボンドカー(予備車)の映像です。
https://www.britishpathe.com/video/motor-show-2
※ボンドカーの映像は0:32から。映像の右上の角の三角マークをクリックするとフルスクリーン表示になります。
予備車も特殊装備を"完備"していたことが分かりますね。
200208_007_geneva_show_1967 (クリックで拡大表示)

2本目は、1966年開催の第13回東京モーターショーに出展された2000GTボンドカー(撮影車)の映像です。
https://www.britishpathe.com/video/VLVA4394JBJ6WI8L0SSIK4Q74P62S-JAPAN-THE-13TH-TOKYO-MOTOR-SHOW/query/motor+show
※ボンドカーの映像は1:07から。同上
200208_007_tokyo_show_1966 (クリックで拡大表示)

最後におまけの映像を。
これは2000GTの映像ではなくて、1964年にオーストラリアで撮影された、日本人女性がオートレース用のバイク?に乗って、ダートトラックでドリフトをキメまくる映像です。
https://www.britishpathe.com/video/VLVACC3RI6JBIDVE9J2LVYSV237CM-JAPANS-SPEEDWAY-GIRL-IN-AUSTRALIA/query/Japan+Motor
いつの時代にも男勝りの女性はいるものですが、56年前にこれだけ豪快なライディングができる女性がいた事実に驚愕させられますね。
"おかもと ななえ"さん、お見事!

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2020年1月 5日 (日)

Toyota 2000GT 280AI型 五態

トヨタ2000GTの最初期の試作車「280A I型」は"5台程"生産された、というのがトヨタの公式アナウンス。

「"程"ってなんだよ!」と思わず突っ込みたくなりますが、要するに5台くらいは造りましたよ、ということなんでしょう。
そこで、5台の280A I型を正月早々じっくり観察してみたりなんかしたりして。

まずは生産第1号車。この車輌は作りが荒っぽいのが特徴ですね。
200105_280ai_1 (クリックで拡大表示)
ホイールアーチの裾、凹ましたの誰だよ!(プンプン)

続いて生産第2号車。この車輌はTMSに出展されましたね。
200105_280ai2 (クリックで拡大表示)
明らかに1号車よりも出来がよくなっています。

次は生産第3号車になるんでしょうか。左ハンドルです。
200105_280ailhd (クリックで拡大表示)
フロントフェンダーのメインテナンスパネルにキーシリンダーが付いていません。
早くもコストダウンに着手したんでしょうか。

次の2台は、言わずとしれたアルミボディーの競技用車輌 311Sです。
200105_280ai_311s (クリックで拡大表示)
サメのエラのようなフェンダーのルーバーが格好いいです。痺れます。

と、こんな感じで確かに280A I型は少なくとも5台は生産されたようです。
果たして6台目の280A I型は存在したのでしょうか。
そして、上の5台のうち、車体のほんの一部でも現存している車輌はあるのでしょうか。
興味は尽きません。
トヨタ2000GTにもバリエーションは数々あれど、やはり最初に造られたこのスタイリングが個人的には一番好きです。
ただし、洋式トイレの便座のフタのようなリトラクタブルライトの形状だけはイタダケませんが・・・。




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コメント欄の返信用の画像です。
210311_2000gt_comment (クリックで拡大表示)



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2019年12月15日 (日)

ドンカメ306 (ドンガメ306?)

Facebookのとあるグループで、珍しいトータス306のカラー写真を見つけました。
191215_tortoise306
ゼッケンナンバーが6番ということは、全日本富士1000kmレース(1970年7月26日開催)で撮影されたものでしょうかね。
因みに、「トータス306」=「スピードトライアル 速度記録車」=「280AⅠ型の試作1号車」なので超希少な車輌なのですが、現在その所在は不明との由。
果たして、まだどこかに存在するのか、それとも既に廃却済みなのか…。
ぜひ生き残っていて欲しいものですが、どうですかね。


 

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2016年10月 6日 (木)

【祝】「トヨタ2000GTを愛した男たち」 細谷四方洋 (著)【出版】

2000gtlove_2  (クリックで拡大表示)

細谷さん渾身の一冊、「トヨタ2000GTを愛した男たち」が9月30日に三恵社より出版/発売されました。
トヨタ2000GTファン必携必読の"バイブル"だと思います。
売り切れ絶版になる前に、是非お買い求め下さい!

<内容紹介>
普遍的な美しさを持つ奇跡の名車「トヨタ2000GT」は謎に包まれている。
トヨタ2000GTが誕生した'60年代は、高度成長期のエネルギーに満ちあふれていた。
白熱する自動車レースで数々の勝利を刻んだレジェンド・ドライバー細谷四方洋がトヨタ2000GTの開発&レースに関わった日々のすべてを、証言者と共に語った。
著者の半生が日本モータリゼーション黎明期の歴史そのものなのだ。

単行本(ソフトカバー): 200ページ
出版社: 三恵社 (2016/9/30)
言語: 日本語
ISBN-10: 4864875642
ISBN-13: 978-4864875646
161008_2000gtlove  (クリックで拡大表示)
併せて、ヤマハ発動機のオフィシャルサイトで公開されている「YAMAHA MOTOR HISTORY」の12ページ(下記リンク先)を一読することも強くお奨めします。

1965-1967 「トヨタ2000GT」の試作から生産へ

但し、トヨタ2000GTはヤマハが企画・開発したと信じて止まないアンチトヨタ厨の皆様には見るに堪えない非情な内容となっておりますので、リンクを踏まずにPCをそっ閉じすることを、これまた強く強くお奨めしておきます。
真実はいつも残酷なものなのです。
妄想の中に生きる人達にとっては…。

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2014年12月31日 (水)

『歴史の証人 細谷 四方洋』@ベストカー

今年も残すところあと9時間ほどとなりました。
今年は殆どブログを更新できず、反省することしきりの年の瀬でございます。。。
 
ところで、今年2014年は、トヨタ2000GTの開発が始まってちょうど50年目の記念すべき年だったのですが、皆さんお気づきだったでしょうか。
50年前の今頃は、トヨタ社内での初期設計作業が終了して、3日前の12月28日にはトヨタの開発メンバーだった河野さん、野崎さん、細谷さん、高木さん、山崎さんがヤマハを訪問して、ヤマハとの技術提携の契約を結びました。
この時、開発メンバーの皆さんが日産の幻のプロトタイプ A550X(通称 日産2000GT)を実見したことは、有名な話ですよね。
トヨタ社内でトヨタ2000GTの開発プロジェクトが始まった時の詳細については、すでにこのブログに書いていますし、開発メンバーの一人だった細谷 四方洋さんが当時のことを回想した記事を寄稿して下さっていますので、敢えてここで触れる必要もないと思いますが、なんと!記念すべき50周年の年に、細谷さんの証言がベストカー誌に四回に渡って連載され、活字となって記録されたのです。
細谷さんご自身が記した回想文はこのブログで読むことが出来ますが、ブログは所詮“消え物”であって恒久的に保存されるものではありません。
ですから、自動車に関する書籍では発行部数日本一を誇るベストカー誌に細谷さんの証言が記録された意義は大きいと思います。
さて、その細谷さんの証言が掲載されたベストカー誌ですが、既にバックナンバーになってしまっています。(ご紹介するのが遅くなってしまって申し訳ありません…)
ただ、一部の号はAmazonで新本を購入することが可能です。
興味のある向きは、お早めにお買い求め頂ければと思います。
ベストカー 2014年 11/26号  在庫切れ
 
ベストカー 2014年 12/10号 在庫あり

141231_01 (クリックで拡大表示)

記事の内容ですが、トヨタ2000GTの開発史の他に、第一回日本GPやスピードトライアル、チームトヨタのレース活動やメンバーについて、トヨタ7のことなど盛りだくさんです。
ネタバレになりますが、ひつとだけ紹介させて頂くと、チームトヨタのメンバーだった福澤幸雄さんが事故で亡くなった時、細谷さんは直ぐに事故現場に駆けつけて、福澤さんの救助にあたられたそうです。
細谷さんは福澤さんをコクピットから助け出そうとしましたが、シートベルトが外れず助け出せなかったのだとか…。
この時、細谷さんは腕に火傷を負い、その火傷の痕は今も細谷さんの腕に残っているそうです。
どこぞのデマブログが、トヨタは消火活動をしないで福澤さんを見殺しにしたかのように吹聴していますが、それがまったくの出鱈目であることは、細谷さんの体に残った火傷の痕が証明してくれています。
因みに、記事のタイトルは「クルマ界 歴史の証人」でして、細谷さんはまさに歴史の生き証人な訳です。
141231_02 (クリックで拡大表示)
そんな貴重な細谷さんの証言が、活字として記録されたことは本当に喜ばしいですね。
既に在庫切れになっている号も中古本が手に入りますし、新本が補充される可能性もあると思いますので、まめにAmazonをチェックしてみて下さい。
そうそう、細谷さんのご配慮で、記事の最終回には当ブログのことも取り上げて頂きました。
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場末の泡沫ブログが、メジャー誌に名前を載せてもらえるなんて、こんな光栄なことはありまん。
殆ど活動しなかった当ブログの、今年最大のトピックとなりました。
細谷さん、ありがとうございました。
 
親の介護で忙しくて、来年もあまりブログの更新は出来ないかもしれませんが、ネタはありますので暇をみて投下致します。
来年もご愛顧のほど、よろしくお願いします。
それでは皆さん、よいお年をお迎え下さい。




    

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