カテゴリー「Nissan Fairlady Z(S30)秘められた真相」の記事

2015年4月18日 (土)

田村久米雄氏が逝去されました

日本を代表する名車、日産フェアレディZ(S30型)のスタイリングを手掛けられた田村久米雄氏が、今月16日に亡くなられたと連絡を頂きました。
葬儀は、本日ご家族のみで執り行われたとのことです。

田村さんは日産自動車の造形課に在籍し、前任者である吉田章夫さんの後を引き継いで、S30Zのエクステリアデザインをまとめ上げた、稀代の名デザイナーでした。
その偉大な功績を、一人でも多く方に称えて頂けたらと、願わずにはおれません。
田村さんの訃報に接し、非常に大きな喪失感を感じています。
そして、最後まで田村さんを支援できなかったことを、とても悔やんでいます…。
全ては、私の力不足のせいなのですが。。。

田村さんに、謹んで哀悼の意を表します。

Dsc01907 (クリックで拡大表示)
山形の旧車イベントで人前に立った時は、足が震えたと仰っていました。

F7ed378ff6 (クリックで拡大表示)
Ken Okuyamaこと奥山清行氏は、田村さんの功績を認めて下さっていた一人です。
「やっと本物が現れた」と仰った奥山さんの一言が、全てを物語っていると思います。
このイベントの時には、奥山さんは出張先から態々飛行機に乗って田村さんに会いに来て下さったとのことでした。

画像を拝見していると、涙が止まらなくなりますね。。。
本当に辛いです…。
    

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2014年2月28日 (金)

お詫びとお知らせ

当ブログのカテゴリー、「Nissan Fairlady Z(S30)秘められた真相 」で公開していたエントリーは、本日をもって公開を終了しました。
全くもって不本意ながら、田村久米雄氏から寄稿して頂いた文章は、コメント欄のコメントを含めて一切合切 、全て削除致しました。

このような事態になった理由は、私の気持が折れて外部からの圧力に抗いきれなくなったためです。
ヘタレ管理人で本当に申し訳ありません…。

尚、当ブログや田村氏を支援して下さっている協力サイト様、協力ブログ様にご迷惑が掛からないよう、削除した各エントリーにはWebキャッシュへのリンクを記載しておきました。
Webキャッシュは、当ブログとは全く無関係な外部サイトなので、不服や抗議、異議の申し立てなどは、当該サイトの管理者に直接行なって頂くようお願い申し上げます。
当方の管理下にない外部サイトに関して、当方は一切関知しませんし一切責任を負いませんので、あしからずご了承下さい。


    

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2013年8月22日 (木)

いつやるか? 今でしょう!

ここ数日考えていることを、備忘のために記しておきます。

話は初代フェアレディZ(以下、S30Zと表記)のデザイン開発に関することです。
私が耳にしたところでは、田村久米雄氏が拙ブログに寄稿して下さった内容に関して、事実であることが証明されていない、或いは裏が取れていないので信用できないというご意見があるようです。
なるほど、そうですか。
では、そういうご意見をお持ちの方達に伺いますが、松尾良彦氏がこれまでメディアに証言してきたことや、メディアを利用して松尾氏自身が発信してきた情報は、きちんと裏が取られて間違いなく事実であることが確認されているでしょうか?
されていませんよね。
私が知る範囲では、殆ど全てが松尾氏の証言を裏取りもせずにただ垂れ流すだけの記事であったり番組でした。

松尾氏の証言は、裏取りもせずに事実だと決めつけ、田村氏の証言は事実であることが証明されていないから信じない。
これは、典型的なダブルスタンダードですよね。
「人は自分が信じたいことしか信じない」とよく言われますが、まさにその典型的な例といえるでしょう。
こんなのはアンフェア、不公平としかいいようがありません。
あるいはご都合主義とも言えるでしょう。

少し話が横道に逸れますが、我が国の放送法第四条には以下のような条文があります。

第四条  放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一  公安及び善良な風俗を害しないこと。
二  政治的に公平であること。
三  報道は事実をまげないですること。
四  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
(出典:http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO132.html

これは放送事業者を対象にした法律ですが、マスメディアの一端を担う新聞や雑誌などの紙媒体も、編集に当たって当然遵守すべき事柄でしょう。
で、注目して頂きたいのが第四号の条文です。
“意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること”というのはつまり、複数の意見がある場合は全てを取り上げた上で、様々な角度から検証し論点を明らかにしなさいということです。
放送の場合は、必ずこうしなさいよということが法律によって決まっているのです。
これは逆に言えば、“特定の意見だけを取り上げるのはご法度だ”と解釈できるでしょう。

ところが、私の知る範囲での話ですがある旧車専門誌の二誌が、田村氏の意見は取り上げないことを明言しています。
今の段階では、その二誌の誌名は明かさないでおきますが、悲しいかなこれが現実です。
理由は、どうやら松尾氏と懇意にしている関係で、松尾氏の立場が悪くなるような記事は掲載できない、ということのようです。
メディアが守るべきルールよりも、お友達関係の方が大事だとは、何ともお粗末な話ですね。
そんなことはともかく、意見が対立している問題については両論を併記する、これが報道の大原則といえるでしょう。
意見を恣意的に取捨選択することは、結果的に事実を枉げることになりますから、絶対にするべきではありません。
もし松尾氏の意見を取り上げる場合は、田村氏の意見も取り上げるべきですし、田村氏の意見を取り上げないのならば、事実であることが確認されていない松尾氏の意見も、同様に取り上げるべきではありません。
それが、公平な報道というものです。
私のこの主張は、間違っていますかね。

再び話が横道に逸れますが、トヨタ2000GTのバイブル本の著者として有名な吉川信氏は、以前 以下のようなことを私に語られました。

・松尾氏とも永い付き合いですね。今日もZの開発の話を色々聞きましたよ。
・当時から追浜には私自身出入りをしておりました。
・この方々(管理人注:S30Zのデザイン開発に関わったデザイナーやモデラーの方達)は存知あげておりますよ、そしてこの方々がお持ちでない資料やデザインスケッチ、更に当時のマル秘資料も段ボール箱に5箱も持っております。
・S30Zの本を出すとすればトヨタ2000GTの本の3倍くらいのボリュームになり既に原稿は仕上げています。
(以上、すべて原文ママ)

ご覧のように、吉川氏は既にS30Zに関する本の原稿を書き上げていて、その分量はなんとトヨタ2000GT本の3倍にもなるそうです。
しかも、吉川氏は当時から追浜に出入りしていてマル秘資料も沢山持っているとのこと。
吉川氏は、S30Zの本を出すつもりはないと言っていましたが、もし出版されれば、トヨタ2000GT本での実績から考えて、きっとS30Z研究の第一人者と言われることになるでしょう。
そんな吉川氏の主張は“松尾氏こそS30Zの真のデザイナー”で“田村氏は偽物”というものです。
しかし、私が吉川氏とやり取りする中で、吉川氏が田村氏の主張に対して論理的に反駁したことは只の一度もなく、松尾氏が真のデザイナーであることを何がしかの証拠を示して証明することもありませんでした。
もっと言えば、S30Zのデザイン開発に関する具体的な話はひとつも出てこず、対人論証に終始していました。
対人論証というのは、「主張の内容ではなく、相手の人格を攻撃することにより、主張・反論の代わりにしようとする詭弁」です。
詭弁にも色々種類がありますが、対人論証はまあ、一番下品でレベルの低いものと言えるでしょうね。(苦笑
そんな訳で、S30Z研究の大家とも言える人物でさえも、具体的な証拠を挙げて松尾氏の意見の正当性を立証することはできなかったのです。
田村氏の意見に対して論理的に反駁して、田村氏を論破することはできなかったのです。
これは紛うことなき事実です。
私と吉川氏とのやり取りをご覧なった方は、恐らく沢山いますよね。(あの時の拙ブログへのアクセス数は相当なのもでしたし、吉川氏も自身のブログのアクセス数が増えたと言ってましたから)
上掲の、吉川氏の証言(元はブログのコメント)は、既に吉川氏によって削除されていますが、私は消される前に当該エントリーを丸ごと保存しておいたので、いつでも何度でも吉川氏の証言を再現することができます。
私がここに書いた事が事実であることを証明するのは、容易いことです。

ということで、松尾氏擁護派の中で恐らく一番の実力者であり最も沢山の情報を持っているであろう吉川氏をもってしてもこのような按配でした。
他に誰が、松尾氏の主張が絶対無謬の真実であることを証明できるでしょうか。
これまで誰も、その主張の正当性を証明できなかった松尾氏の意見を、メディアが“事実”として報道してきたことの是非を、我々旧車ファンは大いに議論すべきではないでしょうか。

ここで誤解して欲しくないのは、これは個人の功績の奪い合いという小さな話ではないとうことです。
田村氏も松尾氏も、S30Zのデザイン開発の現場に立ち会った当事者です。
その両名の意見が相違しているのですから、何が真実なのかをきちんと調査するべきだ、というのが私の考えであり熱望していることです。
誰の功績であるか、誰が虚言を述べて世間を欺いたか、ということを明らかにすることは、当ブログの本旨ではありません。
それらは、真実・真相が詳らかになればおのずと判明することですから、敢えて目を向ける必要はないのです。
そして、先に述べたように、S30Zのデザイン開発をメディアが取り上げる場合は、必ず田村氏と松尾氏の両論を併記して論点を明らかにするべきで、一方の意見を取り上げないのならばもう一方の意見も取り上げないようにして常に公平公正を期して欲しい、というのが私のもう一つの望みです。
繰り返しになりますが、意見の取捨選択を恣意的に行なえば、事実を枉げることになり良いことは何もありません。
誰かの都合で国産旧車史を捻じ曲げるようなことは、もうして欲しくないのです。
これは、全ての旧車ファンが望むことでしょう。

私が以前、YouTubeにS30Zに関する動画を投稿した際、Zフリークが集う海外のフォーラムにその動画を主題にしたトピックが立ちました。
そのトピックでも、やはり松尾氏擁護派が多かったのですけれど、そんな中でS30Zのヒストリーにかなり詳しいと思しき方がこんなようなことを言っていました。
「優秀な子供には、沢山の親が現れる」
松尾氏擁護派の急先鋒のような人でしたから、松尾氏が本物の親で、田村氏は功名心に駆られて現れたニセ親だと言いたかったようです。
でも、残念ながら松尾氏も、所詮は産みの親を自称しているだけですよね、現時点では。
とすれば、今必要なのはきちんとDNA鑑定をすることでしょう。
少なくとも田村氏はDNA鑑定が為されることを望んでいますし、松尾氏にしても長年 ご自身が主張してきたことが事実であることを証明されるよい機会ですから、これを拒むことはないはずです。
S30Zの愛好家の方達も、(自分が信じたいことしか信じないご都合主義者でなければ)DNA鑑定がなされて真相が明らかになることを、喜んで受け入れてくれるはずです。
幸い、当時S30Zのデザイン開発に関わった当事者の方達の多くはご存命なので、鑑定士には事欠きません。
誰の不利益になる訳でもないのですから、これをやらない手はないですよね。

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2013年7月30日 (火)

日産の販売政策に関する疑問

田村さんから以下のような内容のメールを頂きました。
私は、60年代の自動車業界に関する知識がないので皆目見当がつきません。
もしこのブログの読者の中に、当時の業界の事情に詳しい方がおられましたら、コメントを頂けるとありがたいです。
是非、よろしくお願いします。

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私が日産に在籍当時(’64〜’70年)、足回りの装備に関してはトヨタ、三菱、ホンダ、マツダ、いすゞなどに比べて
ホイールのサイズやワイド化などの装備が日産は常に2〜3年遅れていると感じており、何故なのか造形課の先輩達に
聞いても納得のゆく返事を貰えませんでしたが、当時私は労組青年部の幹事(設計部副ブロック長をしていた)だったので
設計の仲間から聞いたのはトヨタなどはメーカー直系の販売網なので、理想的な仕様として出荷できるのだが、
日産の販売網は独立系の販売店でタイヤは二流ブランドのバイアスタイヤで出荷し、デーラーにオプション装備として
ラジアルタイヤ、ワイドホイールなどを売らせて販売店の増収策としているんだと聞きました。
S30の国内仕様は明らかにそのような気配を感じました。
独立系の販売店しか持たない他メーカーもあったと思うのですが、日産にメーカーとしてのプライド、良心はあったのかどうか
疑問を感じています。
業界の事情に詳しい諸兄の御意見を伺えればと思っています。

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2013年7月28日 (日)

【フェアレディZ】ビーム定規とマグネシウムホイール【S30Z】

初代フェアレディZ(以下、S30Zと表記)のエクステリアを手掛けられた田村久米雄さんから、細谷さんの回想録を読んだ感想と、S30Zのマグネシウムホイールに関するお話を寄せて頂きましたので、以下に掲載します。

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トヨタ2000GTの細谷四方洋さんのお話、非常に興味深く拝見しています。
線図を描く時にビーム定規(日産でもバッテンと呼んでいました)をバランス・ウエイトで挟んだり、抑えたりしてカーブを創って作業したことを思い出しました。
入社時からA550Xの開発でヤマハの板金職人のレベルが非常に高いものだったと先輩達から聞いていました。

それとホイールに関してですが、丸Z計画でデザイン開発を進めていた’67年時点では、アルミホイールやマグホイールは鋳造技術が確立しておらず(鋳造したホイールのリム部を切削加工した後、探傷テストをすると60%が不合格で)、コスト的に量産車には採用できない、と云うのが当時の日産車体設計、車軸設計の見解で、私が一貫してセットしていたZ専用の鉄チンホイールのデザインが認められるものと思っていました。
’68年当初、スタジオの桑原君が何やらホイールのモデリングをしているようだったので聞いたら、マグホイールのデザインだとの事。
量産ではないレース用のホイールだと思っていました。
過去のZの開発に関する資料には鉄チンホイールのデザインをトライしていた形跡が有りますが、’69年のモーターショーで発表されたモデルには、特別にデザインされた鉄チンホイールは無く、乗用車のホイールカバーをアレンジして装着し、スポーツカーらしくない幅の狭いクロスプライタイヤのまま、レース用だと思っていた桑原君のデザインしたマグホイール(何と!!標準車より85万円も高額の価格設定!で、機密性に問題が有ったようで、市販車は全てチューブ入りで販売されたようです。)が装着されており、私にとって????という姿でした。
’70年になると窒素封入?の鋳造法が普及したようで、各社アルミホイールが登場するようになります。
この辺りの日産の商品計画に多いに疑問を感じました。
 

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細谷さんの回想録 その1の中に出てきたバッテンという道具は、ビーム定規というものだったようです。
日産でもトヨタでも、ビーム定規をバッテンと読んでいたのは興味深い事実ですね。
もしかたら、工業デザイン界で共通の呼称だったのでしょうか。

それと、ヤマハの板金職人のお話で思い出しました。
ヤマハの西岡幹夫さんという凄腕の板金職人を“元日産の方”と以前のエントリーに書きましたが、これは誤りでした。
西岡幹夫さんは日産とは無関係の方でした。(某旧車誌に騙された…orz)
西岡幹夫さんがヤマハに入るまでの経緯については、のち程詳しく書きますが(結構面白い話です)、取り急ぎこの場でお詫びと訂正をさせて頂きます。
間違った情報を発信してしまい、大変申し訳ありませんでした。。。

マグネシウムホイールは、60年代の時点ではまだ製造するのが難しかったみたいで、しかもコストがバカ高だったとくれば、トヨタ2000GTへの採用はかなりの英断だったと推測できそうです。
ただ、トヨタ2000GTはトヨタのイメージリーダーカーとして、ある程度コストを度外視して作られたようですから、高価なマグネシウムホイールの採用も理解できますが、トヨタ2000GTとは対極の大衆向けスポーツカーだったS30Zへの採用は、少し解せないところがありますね。
もしかしたら、レースのレギュレーションなんかが関係していたのでしょうか。

それにしても、こんな場末の泡沫ブログに、カーデザイン界のレジェンドとレース界のレジェンドのお二方から寄稿して頂けるなんて、本当に夢のようです。
旧車マニア冥利に尽きますね。
ただ、こういう状況になるのは、裏を返せばマスなメディアが正確な情報の発信をしてこなかった証左ですから、ヒストリアンとしては手放しでは喜べません。
しかしながら、詳しいことは書けませんがトヨタ2000GTに関しては、心ある方が正確な史実を後世に残すために、今後尽力して下さるので心配は無用のようです。
一方のS30Zの方は、果たしてどうなるのか…。
メディアの機動力をもってすれば、当時の関係者に片っ端から取材することで、何が真実なのか真相を確認することは可能なはずです。
きっと残された時間はそう多くないと思うので、手遅れにならないうちに、気概のあるメディアが現れて、正確な史実を後世に残してくれることを願ってやみません。

(1時間掛けて書いたエントリーが、投稿に失敗して消えてしまい、もう一度最初から書き直しました。メモ帳に下書きしなかった時に限って投稿に失敗するのはなんなのでしょうね…。)

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2013年7月10日 (水)

【日産】生産展開とは【用語解説】

当ブログに田村久米雄氏(以下、田村さんと表記)が寄稿して下さったエントリーの中には、生産展開という言葉がよく出てきます。
この生産展開という言葉の意味は、部外者である我々にはなかなか分りにくいものですので、田村さんに解説をして頂きました。
少しばかり順番があべこべになってしまいましたが、用語について知識があることは、決して無駄にはなりませんので、是非ご一読頂ければと思います。


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CA案が役員承認を得た後、直ちに線図化作業に入り、プラットフォームの形状をモデラー3人(S30を担当したのはモデリングを担当していた阿部君、漆原君、鈴木君)に実作業をしてもらい、私が監修しながら進めます。
その間、担当デザイナーはEXT.Design(エクステリア・デザイン)のフィッティングパーツのデザインをリファインしながら設計に引き渡せる図面にして行きます。
この作業が生産展開です。
 
通常のセダンで有れば、ラジエーターグリル、テールランプなどが重要なデザイン上の要素になるのでこれらのデザイン作業を先行しますが、S30の場合、スポーツカーなのでバンパー、オーバーライダー、ラジエーターグリル、テールランプ、ホイール、またはホイールカバー、ランプハウス、ウインドーモールディングの図面化を進めます。
デザイン処理上の難点があると作業が滞ってしまうので、重要度の順に3~
4点を同時並行で進めていました。
バンパー、オーバーライダーの図面化を終了した頃に、スタジオチーフからレース仕様にラジアルタイヤを履かせるので、オーバーフェンダー、リアスポイラーのデザインをせよと命じられて、フルサイズクレイでこれらのモデリングをしました。
フロントのスポイラーについてはまだ私の中でベストの解決手法が決まっていなかったので後回しにしていました。
 
 

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2012年11月19日 (月)

田村久米雄氏のオリジナルTシャツ販売開始!

田村さんが描かれたS30Zの線画があしらわれたオリジナルTシャツが、Z-Car YAMAGATA Projectさんより発売されました。
今回発売なったTシャツのデザインや購入方法などは、Z-Car YAMAGATA ProjectさんのHPをご参照下さい。
 
Z-Car YAMAGATA Project 

Z-Car YAMAGATA ProjectさんのHPをご覧頂けば分かるように、今回製作されたTシャツは背面に田村さんのイラストが、胸元にはS30Zのエンブレムがあしらわれています。
イラストは、S30Zを真正面から描いたもので、ポップな雰囲気が漂っていますね。
胸元のエンブレムは、本来は諸林氏が手掛けたものが採用されるはずでしたが、初期ロットのみ、リデザインされた後のエンブレムがプリントされています。
なので、諸林氏のエンブレムに拘られる場合には注意が必要です。
初期のエンブレムに拘りがない方には、リデザインされたエンブレムの方が愛車とマッチする場合が多いかもしれませんね。
尚、エンブレムのデザインの使用許諾はきちんと日産から得ていますので、着用に際して後ろめたさを感じる必要は一切ありません。
そこいらで売っている版権を無視した紛い物だとそうはいきませんから、これは大事なポイントですね。

Tシャツは国内トップシェアのPrintstar社のもので、私は普段PrintstarのTシャツを愛用していますが、襟や袖口が伸びにくくてなかなかよいTシャツです。
Z-Car YAMAGATA ProjectさんのTシャツが手元にあるので確認してみましたが、肩にはテーピング加工が施されています。
また、袖や裾はダブルステッチになっていて、しっかりした作りです。

ご紹介した田村さんのTシャツ、もしお気に召しましたらZ-Car YAMAGATA Projectさんよりお買い上げの程、よろしくお願い致します!

121119_t (クリックで拡大表示)





    

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2012年6月16日 (土)

田村久米雄氏と奥山清行(Ken Okuyama)氏のトークセッションin 山形

【2012/07/12】画像を追加しました
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去る6月10日、山形県寒河江市の最上川ふるさと総合公園で開催された「Nostalgic Car Meeting 2012」に、田村さんは特別ゲストとして招待される光栄に与りました。
このイベントのために、田村さんはクレイモデルのサンプルやクレイモデルを製作する際に使用するツールをずいぶん前から準備されていて、カーデザインの手法を広く知ってもらおうと意気込んでおられたのですが、何と当日はあの世界的に著名な工業デザイナーである奥山清行(Ken Okuyama)氏が態々出張先から駆けつけて下さり、期せずして新旧デザイナーによるトークセッションが行われる事となったそうです。
奥山さんがイベントに駆けつけて下さった理由が素敵なのですが、それは本文の方でご紹介するとして、やはり功成り名を遂げた方というのは、物事の本質を見抜く眼力をお持ちなのですね。
今回、奥山さんの凄さを改めて思い知りました。(この理由も本文を読んで頂くと分かります)

この思いがけないサプライズがあったイベントの模様を、私は田村さんからお手紙で知らせて頂いたのですが(手紙は私を含めた数名のサポーターにのみ送られました)、我々が読んでハイおしまい、では田村さんがせっかく書いて下さったお手紙が非常に勿体ないので、私の方からお願いしてブログへの転載の許可を頂きました。
私のように当日会場に行けなかった方も、幸運にも行くことが出来た方も楽しめる内容だと思います。
田村さんによるイベントリポートを、是非ご一読頂ければと思います。

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2012年5月22日 (火)

Z432の車名の由来 (その2)

以前のエントリーで、“Z432の車名の由来は会議室の番号である”という新説は眉唾物だと書きましたが、先般、日産のエンジン博物館(旧本社の建屋)で開催された510ブルーバード発売45周年記念ミーティングに参加された田村さんが、この新説に該当する建物が実際に存在するかどうかを改めて見分してきて下さいました。

その結果を以下にご紹介します。
果たして、新説の運命や如何に!
以下、田村さんから送って頂いたリポートです。

続きを読む "Z432の車名の由来 (その2)"

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2012年3月 5日 (月)

第4スタジオ “スタジオチーフ”の職務と権限

2012年2月26日にアップしたエントリーの『【用語解説】造形課に於ける“チーフデザイナー”とは』の補足として、第1造形課第4スタジオのスタジオチーフの職務と権限について田村久米雄氏に解説して頂いたので、以下にそれを掲載します。
とかく誤解されがちな、松尾良彦氏の肩書きと職務内容について、一人でも多くの方に正しい知識と認識を持って頂けましたら幸いです。
この部分を誤解したままで、S30Zのデザイン開発史の正しい考証・考察はできないと個人的には思います。


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過去のS30に関する多くの文献の記述をみると、取材者の多くはチーフデザイナーはその車種の開発全般に亘って権限があり、他部署にも自由に提案が出来るデザイン部署の責任者で、ジェネラル・マネージャーとしてデザイン開発全てに関与していた役職であったと解釈しているように感じます。
何度も繰り返しますが、このブログのエントリー「造形課の組織図」をご覧頂けばお分かりのように、造形課にはデザイン実戦部隊として「カラーリング・スタジオ」「インテリア・デザインスタジオ」「エクステリア・デザインスタジオ」があり、エクステリア・デザインスタジオは第1〜3スタジオにはスタジオ・チーフ(
総括:係長)と担当デザイナー、アシスタントデザイナー数名が配属されて居ました。

スポーツカー担当の第4スタジオは松尾チーフ(
主任)、モデル案の担当デザイナーとして吉田章夫(ふみお/’67年4月下旬に第二造形課に転籍)、千葉 陶(いつき/本人の証言を得られていないので詳細は確定できませんが、’65年’〜66年半ばまで第4スタジオ、以降インテリア・スタジオに移動)、田村久米雄・西川暉一・桑原二三雄(’67年2月配属)でエクステリア・デザインを進めていました。
吉田さんが担当していたCA案(過去の文献ではA案と記載されていますが)を私が引き継ぎ、’67年11月、役員承認を得て、線図化作業、生産展開に移行します。従って、松尾さんはスタジオのマネージャーとして
人員配置、作業の進行管理、他部署からの仕様に関する条件変更などのデザイナーへの伝達を担っていました。松尾さんは当時、総括職ではなく主任でしたので他部署との折衝は課長の四本さん、課長補佐だった猶井さんを経由しなければ出来ない立場にありました

過去の文献でブルーバードやセドリックなどのH/Tデザインに松尾さんが関与したと記述がありますが、彼は第4スタジオ(マルZ計画スタート以前は前身であるアドバンス・スタジオ)に所属しており、
他のスタジオのデザイン作業に関わることはできなかったはずです。(他のスタジオには担当デザイナーがおり、セダンのデザイン終了と共にH/Tデザインを担当しますので、わざわざよそのスタジオの年配のデザイナーに依頼する訳もなく、そのような話は聞いたことも有りません。)


   

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