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2020年2月14日 (金)

檄 文

≪ 檄 文 ≫

『われわれチョコの会は、チョコによって育てられ、いわばチョコはわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このような忘恩的行為に出たのは何故であるか。
顧みれば、私は四年、路傍は三年、ブルボンで準社員としての待遇を受け、一日の休暇もないチャーリーのチョコレート工場で労働をし、又我々も心からカカオを愛し、もはやチョコの柵外のチョコにはない「真のバレンタイン」を夢み、2月14日23時59分59秒ついに知らなかった男の涙を知った。
カカオ農場で流したわれわれの汗は純一であり、奴隷労働の精神を相共にする同志として共にガーナの密林を馳駆した。このことには一点の疑いもない。われわれにとってカカオ農場は故郷であり、生ぬるいショコラで凛冽の気を呼吸できる唯一の場所であった。
農場主、現場監督諸氏から受けた愛情は計り知れない。しかもなお、敢えてこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云われようとも、チョコを愛するが故であると私は断言する。
われわれはチョコが、大企業の利益にうつつを抜かし、バレンタインの大本を忘れ、チョコの精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。
バレンタインのチョコは矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、バレンタイン百年の大計は外国製品に委ね、安い板チョコの汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本のチョコと伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。
われわれは今やカカオ豆にのみ、真のチョコ、真のチョコレート、真のチョコの魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、ブラックサンダーは義理であることは明白であり、国の根本問題である国産チョコが、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、チョコの名を用いないチョコとして、バレンタインの魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因をなしてきているのを見た。もっとも名誉を重んずべき国産チョコが、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。
国産チョコは敗戦後の国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。国産チョコは本命チョコたりえず、本命チョコの本義を与えられず、チロルチョコの物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、そのあげるべき対象も明確にされなかった。
われわれは戦後のあまりに永いチロルの眠りに憤った。チロルが目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。チロルが自ら目ざめることなしに、この眠れるバレンタインが目ざめることはないのを信じた。
憲法改正によって、国産チョコが本命チョコの本義に立ち、真の本命チョコとなる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。
四年前、私はひとり志を抱いてブルボンに入り、その翌年にはチョコの会を結成した。チョコの会の根本理念は、ひとえにアルフォートが目ざめる時、国産チョコを本命チョコ、名誉あるチョコとするために、命を捨てようという決心にあった。
憲法改正がもはや議会制度下ではむずかしければ、バレンタインこそその唯一の好機であり、われわれはバレンタインの前衛となって命を捨て、国産チョコの礎石たらんとした。
たけのこの里を守るのはチョコであり、きのこの山を守るのはビスケットである。きのこの山をビスケットを以て守りきれない段階に来て、はじめてチョコの出動によってたけのこの里がチョコであることが明らかになり、チョコはバレンタインの本義を回復するであろう。
日本のチョコのバレンタインの本義とは、「チロルを中心とする日本のたけのこの里・きのこの山・ブラックサンダーを守る」ことにしか存在しないのである。バレンタインのねじ曲った大本を正すという使命のため、われわれは少数乍ら訓練を受け、挺身しようとしていたのである。
しかるに昨令和元年12月末に何が起ったか。バレンタイン前の大詰ともいうべきこのクリスマスは、圧倒的な女優 木村文乃の離婚報道の下に不発に終った。その状況を文春で見て、私は、「これでバレンタインは変らない」と痛恨した。
その日に何が起ったか。製菓会社は反バレンタイン勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しいバレンタインの規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢えて「私有チョコの否定・チョコの平等分配」という火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。
国産チョコは不用になった。製菓会社は利益のためには、何ら憲法と抵触しない生産力だけで乗り切る自信を得、バレンタインの根本問題に対して頬かぶりをつづける自信を得た。
これで、反バレンタイン勢力には保険外交員の義理チョコをしゃぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら、義理チョコを標榜することの利点を得たのである。
名を捨てて、実をとる! 製菓会社にとってはそれでよかろう。しかしチョコにとっては、致命傷であることに、製菓会社は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。
銘記せよ! 実はこの令和元年12月25日という日は、国産チョコにとっては悲劇の日だった。
創立以来二十年に亘って、バレンタイン改正を待ちこがれてきた国産チョコにとって、決定的にその希望が裏切られ、バレンタイン改正は企業的プログラムから除外され、相共に製菓会社を主張する不二家とチロルが、義理チョコだけでは利益を得られない可能性を晴れ晴れと払拭した日だった。
論理的に正に、この日を境にして、それまでバレンタインの私生児であつたブラックサンダーは、「バレンタインの義理チョコ」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあろうか。
われわれはこの日以後の国産チョコに一刻一刻注視した。われわれが夢みていたように、もしブラックサンダーに武士の魂が残っているならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定するものを守るとは、何たる論理的矛盾であろう。
男であれば、男の衿がどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男でありチョコである。われわれはひたすら耳をすました。
しかし国産チョコのどこからも、「自らを否定するバレンタインを守れ」という屈辱的な命令に対する、男子の声はきこえては来なかった。
かくなる上は、自らの力を自覚して、バレンタインの論理の歪みを正すほかに道はないことがわかっているのに、国産チョコは声を奪われたカナリヤのように黙ったままだった。
われわれは悲しみ、怒り、ついには憤激した。チョコは買ってもらえなければ利益は出ぬという。しかし国産チョコに与えられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。ゴディバとピエール・マルコリーニがリア充のバレンタインの本姿である、という。
しかし欧米のバレンタインは、好意を寄せる相手に関する財政上のコントロールである。日本のように義理チョコで誤魔化され去勢され、変節常なき製菓会社に操られ、企業利益に利用されることではない。
この上、製菓会社のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩もうとする国産チョコは魂が腐ったのか。武士の魂はどこへ行ったのだ。魂の死んだ大人買いのチロルになって、どこかへ行こうとするのか。
バレンタイン交渉に当ってはゴディバを買う女を売国奴呼ばはりしたお前らもあったのに、国家百年の大計にかかわるブラックサンダーは、あたかもかつての五・五・三の不平等条約の再現であることが明らかであるにもかかわらず、抗議して腹を切るお前ら一人、国産チョコからは出なかった。
国産チョコとは何か? 日本のバレンタインとは何か? 欧米は真の日本の国産チョコが日本のバレンタインを席巻することを喜ばないのは自明である。あと二年の内に自主性を回復せねば、輸入チョコ派のいう如く、国産チョコは永遠に本命チョコの傭兵として終るであらう。
われわれは1年待った。最後の1日は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待とう。


チョコください。』



引用元: ジョンお姉さん(@jpn1_rok0) 
(当方が今年向けに一部改変しています)

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2020年1月 1日 (水)

新年のご挨拶

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2019年12月31日 (火)

深夜に独りで子猫を救出した話

11月26日の午前2時半頃、家の外から聞こえてくる子猫のニャーニャーという大きな鳴声で目が覚めました。
子猫の鳴声は、たぶんそれよりも前から聞こえていたと思うのですが、眠気の方が強く私が起きたのは結局この時間でした。
とりあえず、寝巻きの上にジャンバーを羽織って、いつも枕元に置いているLEDペンライトを持ち、鳴声のする場所を探してみましたが、子猫の姿を発見することはできず。
でも、その間も子猫は大きな声で鳴き続けています。
私の家の前には、深さ2.5m程の三面コンクリートの用水路があり、その付近から鳴声がするのですが、いくら探しても子猫の姿は見当たりません。
こっち岸で耳をそばだてると、向こう岸で鳴声がするように聞こえ、向こう岸に行ってみると、こっち岸で鳴声がしているように聞こえる…。
そんな状態だったので、用水路の向こうとこっちを何度も行ったり来たりして、寒さを堪えながら一生懸命探したのですが、一向に子猫は見つからず。
そんなことを30分もしていると体が冷えてきて、僅かながら雨も降っていたので、子猫を探すのを止めようかとチラッと思ってしまいました。
「ここで私が探すのを止めれば子猫は確実に死んでしまうだろう、諦めちゃダメだ」と思い直し、もしかしたら用水路に落ちているのかもと思って、ペンライトで用水路の底を照らして探してみました。
ところがペンライトの光量が不足しているためよく見えず、やはり子猫は見つかりません。
もうダメかと諦めかけた頃、一瞬、用水路の壁際で何かが動いたのが見えたので、そこを丹念に調べてみたところ、ようやく子猫の姿を確認できました。
でも、子猫がいるのは深い深い用水路の底。
ウチには用水路の底に降りられる長さの梯子はないので、さてどうしたものかと思案し、そういえば捕虫網があった…と思い出して、早速家に取りに帰りました。
捕虫網を持ってすぐに子猫のいるところに戻り、捕獲を試みますが、捕虫網の棒の長さが足りなくて全く届かず。
もう一度家に戻って、延長の棒を取付け、再度子猫の元に駆け寄ると、さっきまで必死に鳴いていた子猫は力尽き、水面に横たわっていました。
「間に合わなかったか…」
落胆する気持ちに鞭打って、取敢えず引き上げて、もし死んでいたら土に埋めてあげようと考え、ともすると流されそうになる子猫を必死に捕虫網ですくい上げました。
この間、子猫は微動だにせず。 
やっぱりダメだったのかな…と思いながら、引き上げた子猫を網から取り出そうとしたその瞬間、微かにニャーと鳴き声がしました。
「まだ生きていた…」
私は直ぐに家に子猫を連れ帰って、汚水にまみれた体を洗面の水道のぬるま湯(人肌くらいの温かさ)で洗い流し、体がきれいになった後もしばらくぬるま湯で体を温め続けました。
「がんばれがんばれ、生きるんだよ、死んじゃだめだよ、大丈夫大丈夫、助けてあげるからね」
そんな言葉を子猫にかけながら、しばらく洗面のぬるま湯で子猫の体を温め続けていると、少し手足をバタつかせるような動きをし始めたので、今度は体の水気をタオルでよく拭き取って暖房の効いた自室に連れて行き、ジャンバーのジッパーを下ろして子猫を懐に抱いて、私の体温で子猫を暖め続けました。
この間も、「大丈夫だからね、がんばろうね」と声を掛けながら、ずっと子猫の体をさすり続けました。
1時間も体をさすっていると、意識があまりはっきりしていなかった子猫はスヤスヤと眠りだし、「これは助かる」とようやく私も安堵できました。
時間はちょうど午前6時頃だったでしょうか、子猫は眠りから覚め、ヨタヨタと立ち上がると私の腿の上を伝って直ぐそばのPCデスクにひょいと飛び移り、PCデスクの上の狭い隙間の中に入り込んでしまいました。
そして警戒した表情でこちらを眺め、私が手を伸ばして捕まえようとすると、シャー!!!と威嚇してきて、まったく近寄らせません。
どうやら、助けた子猫は人間に慣れていないようです。
この子猫に次に触れられたのは、1週間後のことでした。
詳しいことは割愛しますが、子猫には兄弟が1匹いて、用水路に落ちる何日か前から2匹で隣家の近くをうろついていたようです。
現在は、この兄弟猫との再会を果たし、チビさん達2匹で仲良く過ごしています。

以上、私が先月経験した子猫の救出劇でした。

(おしまい)

191231_20191126_145102 私が助けた子猫ちゃんです

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2019年12月30日 (月)

我がビートの今年のメインテナンス履歴

3月に右リアキャリパーよりフルード漏れが発生したため、分解修理を実施。
キャリパーを分解すると、ピストンに腐食による虫食いが発生していることを確認。(フルード漏れの原因はピストンシールの破損)
しかし、虫食いは軽微だったため、ピストンを再使用するか否か逡巡し、最終的に交換することを決意。
制研のOHキットを使ってOHを実施。併せてブレーキパッドも社外品に交換した。
また、フロントブレーキ・キャリパー及びディスクローターを、他機種のものに交換しアップグレード(ローター径及びパッド面積の拡大)を図った。
これは、ビートの純正ブレーキはパッドとローターの当たりが悪く、パッドの全面がローターに接触しない状況が発生しやすいので制動力不足となるため、このアップグレードによって制動力不足の解消を図った次第。
ブレーキのアップグレードは効果覿面で、常々思っていた「ビートはブレーキが効かない」という印象を払拭できた。
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ピストンの錆具合を確認せずにねじ込まれたため、ピストンシールに傷がついてフルードだだ漏れ
誰がこんなことをしたかは、当該人物の名誉のため口チャック

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新品のピストンを組んだところ
リアキャリパーのO/Hは、心得のない人間がやると元に戻せなくなるのでご注意を

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リアブレーキのO/H完了の図
ブレーキホースは純正よりステンメッシュの方が安かったので、迷うことなくステンメッシュをチョイス

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フロントもキャリパーをO/Hした上で組付け
因みに、ビートの純正ローターはソリッドディスク、今回の流用品はベンチーレーテッドディスク
どうせ街乗りしかしないんですけどね

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2017年1月 1日 (日)

あけましておめでとうございます

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Canon IXY Digital L

 

 

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2016年12月31日 (土)

よいお年を

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今年は、というか今年も母の介護に明け暮れた1年でした。
とても疲れました…。
5月には、精神的にかなり参ってしまって衝動的に家を飛び出し、無断外泊をしたこともありました。
後始末が大変でしたが、介護から開放された1日弱の時間は、私にとって至福の時でした。
他には何があったかな?
そうそう、捨て猫を2匹保護しました。
1匹は2月29日に、物置の奥に隠れているところを発見し保護しました。
見つけた時はまだ子猫でしたが(生後3ヶ月くらい?の雄)、現在は立派に成長して雄ネコの任務である自分のテリトリーの哨戒作業に毎日精を出しています。
もう1匹はつい最近で、11月1日に我が家の玄関脇で保護しました。
こちらは雌猫で、発見時の体の大きさは片手に乗るくらい。生後でいうと2ヶ月経った程度の小さな小さなニャンコでした。
雄ネコの方は、物置に寝床を作って外ネコとして飼っていますが、雌のチビちゃんはさすがに小さ過ぎて外で飼うのは気候的に無理そうだったので、家の中で飼っています。
寝床は私の布団の枕の横。 毎晩一緒に寝ています。
この子猫に癒されているお陰で、何とか介護を頑張れている感じです。
でも、こんな生活いつまで続くのかなぁ…。
先のことを考えると気が滅入るばかりなので、とにかく1日1日を淡々とこなしていくしかありません。
来年もそんな感じだと思います。
殆ど放置状態の当ブログですが、来年もよろしくお願い致します。
それでは、皆様よいお年をお迎え下さい。

管理人 mizma_g

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2016年4月30日 (土)

遅れ馳せながら…

平成28年熊本地震で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
また不幸にもお亡くなりになられた方々には、謹んで哀悼の意を表します。
被災地の一日も早い復旧及び復興を、心よりお祈り申し上げます。
   
当方が居住している常総市も、僅か7ヶ月前に水害により被災したばかりなので、
今回の震災は他人事とは思えず、TVに映し出される惨状を目にするのは本当に心苦しく辛いです。
とにかく一刻も早く、地震活動がおさま.ることを願って止みません。
報道によれば、震度1以上の地震が発生した回数は既に1000回を超えたとか。
これは物凄い回数ですね。
 
東日本大震災の時もだいぶ揺れて、私は「ふわふわ眩暈」というものを発症してしまいました。
「ふわふわ眩暈」って何?と思われる方も多いと思います。
眩暈というと回転系の、所謂"目が回る"状態のものが一般的で、実際に経験された方も多いと思いますが、
「ふわふわ眩暈」というのは垂直方向の感覚がおかしくなる眩暈です。
普通、人が歩くときは時は体が上下に動きますよね。そして、体の下向き方向の動きは足が地面に
接地した時点で止まりますが、「ふわふわ眩暈」になると足が地面に接地しても、体がさらに下に移動(沈下)して
いるような感覚になってしまいます。
その感覚はちょうど、柔らかいスポンジの上を歩いているかのようなもので、体がフワフワと浮いているような感覚に
囚われるため「ふわふわ眩暈」と呼ばれているんじゃないかと個人的には愚考していますが、この感覚はなってみると
分かりますがとにかく不快です。
固い地面の上を歩いているのに、スポンジの上を歩いているように感じてしまうのですから…。しかも、歩いている間中ずっと。
 
今回の平成28年熊本地震で、もしかしたらこの「ふわふわ眩暈」を発症している方が多いのではないでしょうか。
とにかく、余震の大きさと回数が半端ないですからね。
でも、心配ご無用です。
「ふわふわ眩暈」は放っておけば、いずれ完治します。(脳の疾患によって発症した場合はこの限りではありませんのでご注意下さい)
被災された皆さんは、不便な避難生活や大切な財産を失った喪失感、先の見えない不安感などから、毎日強いストレスにさらされて、
身体的にも精神的にもまいっておられる事と思います。
そして、ストレスから様々な身体的症状が出ていてると思いますが、地震由来の「ふわふわ眩暈」に関しては、何も心配はいりません。
「そのうち治る」と軽く考えて、これからの復旧・復興に頑張って頂きたいと思います。
私も募金くらいしかお手伝いは出来ませんが、常総市民も街の復興に向けて現在も前進していますので、
九州の被災地の皆さんも前向きに努力を続けて頂ければと思います。

  
ここからは私信です。
@mx2.et.tiki.ne.jp宛に送って頂いたメールに、先月から返信できなくなっています。
連絡が先月届いたので、忘れないうちにやっておこうとプロバイダーのHPに掲載されている説明書きの通りにメールソフトの設定を
変更したところ、メールの送信が一切出来なくなってしまったためです。
考え付くことはすべてトライしてみたのですが、どうしてもメールを送信することができません。。。
しかも当方、今年は不幸続きで、1月にはツレが交通事故に遭い、2月には愚弟が急病により入院、3月にはツレの近親者がやはり
急病で入院し、しばらくICUに入っていました。
母は今年に入ってから足腰が急に弱ってしまって、現在は車椅子を使う生活に…。しかも、この数ヶ月で何度も転倒しています。
先週には、出血を伴うような激しい転倒をされて、家族一同肝を冷やしました。
そんな訳で、心配事や母の世話で毎日精一杯で、PCをいじっている暇がなく、メールの不通状態をしばらく放置してしまい、多方面に不義理をしてしまっています。
この場を借りてお詫びいたします。。。
入院した二名は現在は退院し社会復帰したので安堵できました。しかし、毎日毎日毎日絶え間なく続く母の介護からは逃れられず、
私は心身ともに疲れきっていろんな意味で現在ダメダメな状態です。
頑張らないといけないのはわかっているのですが、もう頑張りがききません。orz
メールの復旧を早めにするつもりですが、時間が掛かってしまったら申し訳ないです。(と、前もって陳謝しておきます)
 
下掲の画像は今月、気分転換に出掛けた時に撮影したものですが、この撮影場所も去年の水害時には2mくらい冠水しました。
それでも、水没した桜はご覧のように今年も見事に咲いてくれました。
Dsc02540
今は辛い思いをされている熊本や大分の皆さんの周りにも、いずれ必ず希望の花が咲くと思います。
そのことを信じて、同じ被災者同士励ましあいながら復旧復興に邁進していきましょう!
 

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2015年12月30日 (水)

ねもいがう ねてしいらあて

今年も残すところ、あと1日とちょっとになってしまいました。
今年は全くブログの更新ができなかったですね。(反省
2015年を振り返ると頭に思い浮かぶのは、毎日毎日、来る日も来る日も母の介護をしたことと、9月の水害のことだけです。
水害は、皆さんも報道などでよくご存知のように大変な出来事でしたが、私にはそれ以上に母の世話をすることの方が大変でした。
母は常に情緒が安定しないので面倒を看るのは大事(おおごと)なんです。
しんど過ぎて頭がおかしくなりそうになります。
介護鬱という言葉があるそうですが、今年は私もそれに片足を突っ込んだような感じでした。
…などと年の瀬に愚痴ってもしようがないですね。(苦笑
 
正直毎日がしんど過ぎて、先の事を考える余裕がありません。
なので、来年の抱負なんて頭の中にこれっぽちも浮かびません。(^^;
まあ、明日は明日の風が吹くということで、きっとなるようになるでしょう。ケセラセラです。:
今年は近親者を亡くしているので、新年の祝いはしない予定です。
年賀の挨拶もここにアップしませんので、予めご承知おき頂ければと思います。
 
ということで、今年のブログ更新はこれにて終了と致します。
皆様におかれましては、くれぐれもお風邪など召されませんように、よいお年をお迎え下さい。
明年も相変わらぬご厚誼の程、お願い申し上げます。
 
三妻自工管理人 mizma_g
 
 
最後に、ウチのチビちゃんから皆さんにメッセージです。

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2015年11月23日 (月)

Facebookに関してお知らせ

またまた久しぶりの更新になってしまいました。。。
ブログネタがない訳ではないのですが、親の介護のため精神的にも時間的にも余裕がないので、ブログの更新をオサボリしている次第です。
何卒ご理解頂きたく、お願い申し上げます。
 
ところで、現在Facebookの私のアカウントに2件 3件の友達リクエストと1件のメッセージを頂いているのですが、当方のボロPCがある時からFacebookにアクセスするとハングアップするようになってしまったため、友達リクエストを承認したりメッセージに返信を書くことができなくなっています。
思い切ってPCを買い替えればよいのですが、情けないことに先立つ物がなくて…。
今しばらくFacebookの方は放置状態になりそうです。
友達リクエストやメッセージを下さった皆さんには本当に申し訳ありませんが、このような事情ですので、当方の不義理を何卒ご寛恕頂きたく、お願い申し上げます。

先般の水害より二ヶ月以上経過しましたが、復興の方はまだまだという感じです。
現在も避難所で生活されている方が200人以上居るようです。
何より、人や企業が去っていってしまうことが、非常に寂しく悲しいですね。
二ヶ月前に完全に水没した水田地帯は(↓)
151123_ggl (クリックで拡大表示)
現在は完全に水が引き、水害前の風景に戻りましたが(↓)、稲は刈り取られずに放置されたままです。(白い星印の所が下掲の画像の撮影場所です)
151123_beat01 151123_beat3 (クリックで拡大表示)
PCもボロですが、クルマも車齢24年を超えて、あちこちガタがきています。
PGM-FIのチェックランプが点灯してしまったのを早く直さないとなぁ。。。
(11/25追記:チェックランプ点灯の原因は、エラーコード#9[シリンダ判別センサーの異常]でした orz)



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2015年9月17日 (木)

常総市民よりご報告

一週間ぶりにインターネット回線が復旧して、PCをネットに繋げるようになりました。
ライフラインで最初に復旧したのは電気、次いで電話回線、その次がネット回線でした。(ウチはオール電化なのでガスは使っていません)
残念ながら水道はまだ復旧せず…。 大変不便な生活を強いられています。
と書けば、私の居住地がバレてしまいますね。(苦笑
 
そうなんです、私の家は常総市にあります。
しかも堤防が決壊したのは鬼怒川の上流側の隣町(つまりウチは決壊地点の下流側にある)で、我が家は鬼怒川の堤防から100m程度しか離れていません。
そんな立地なので、洪水が起きた日には、若宮戸地区で越水したという情報を得た時点で貴重品の持ち出しの準備を始め、燐市に住む弟の家に避難させてもらえるように連絡を入れ、濡れては拙い家財道具を二階に運び上げて、三坂町で堤防が切れたという情報を区長さんから電話で知らされた時点で、要介護状態の母親や子供たちを弟の家に避難させました。
因みに、この時既に市は鬼怒川の東側の住民に鬼怒川の西側に避難するよう「避難指示」を出していたのですが、正常性バイアスが働いてしまった人達が多かったようで…。
ウチよりも下流側の住民が自衛隊や海保、警察などのヘリコプターのご厄介になっている光景を沢山目撃しました。
私は他の家族よりも少し遅れて避難しましたが、堤防が決壊してから約二時間後の段階でも、水はウチから1km以上上流のあたり(圏央道のインターチェンジのあたり)にしか来ていなかったので、浸水したエリアの大部分の住民は逃げる時間が十二分にあったはずなのですけどね。
こんなことを言っては何ですが、"避難勧告"よりも強制力のある"避難指示"が発令されているのに避難しようとしないのは、あまりにも呑気過ぎますし危機意識がなさ過ぎると思います。
まあ、これが正常性バイアスの怖さなのでしょうけれど…。
 
そんな訳で、ウチの家族は全員無事でしたが、三坂町は同じ学区で友人知人が沢山いる場所なので、あの惨状を見るととにかく言葉がありません。
また先々のことを考えると、暗鬱とした気分になります。
被災生活も一週間が経過して(火事場泥棒を警戒して、私は洪水が発生した翌日には家に戻りました)、心身ともに疲労もピークです。
発災の前から体調を崩していたところに、この災害ですから本当に体がしんどくて仕方がないのですが、家や家族を失った人たちの苦労に比べたら、自分のしんどさなんて大したことではないですから頑張らないといけませんね。
でも、どこまで頑張れるかな…。
まあとにかく、私は無事ですということをご報告させて頂きます。
それにしても被災地には、不審者や野次馬観光、火事場泥棒、押し売り、怪しいリフォーム業者などなど、不逞な輩が大勢集まってきますね。


   

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