« 埼玉製作所でのT360の塗装工程 | トップページ | 【最新版】初代フェアレディZ デザイン開発スタッフ一覧 »

2020年3月22日 (日)

510ブルーバードと初代フェアレディZのデザイン開発スタッフ一覧

(2020/03/28)初代フェアレディZの一覧を差し替えました

↓これは、510ブルーバードのデザイン開発に関わった方を、当時造形課の課長だった四本和巳さんが一覧としてまとめたものです。
200322_510design_staff (クリックで拡大表示)
四本さんが書かれているように、本来こういった情報は一般には公表しないものですが、デザイン系の専門誌に掲載される寄稿文だったため特別に公表したようです。
エクステリアのチーフを務めた飯塚英博さんは、フェアレディ1500(SP310)のスタイリングを手掛けた方ですね。
飯塚さんの下で510のエクステリアデザインの実務を担当されたのは、渋谷さん、清水さん、内野さん、増山さんの四名。
最終的に内野案が採用されたことは皆さんご存知の通り。
200322_510design (クリックで拡大表示)
そういえば清水さんの回想記が某旧車誌で連載されていますね。

↓こちらは、田村久米雄さんが生前、苦労して調べて下さった、初代フェアレディZ(S30Z)のデザイン開発に関わった方達の一覧です。
200328_s30design_staff_20200328212601 (クリックで拡大表示)
よく見ると、510の一覧に名前のある方が何名かいらっしゃいますね。

クルマは本体(ボディ)のみならず、付属する全ての造形物にそれをデザインしたデザイナーがいます。510やS30の場合は、それがここに名前の挙がっている方達でした。
興味のない方にとってはどうでもいいことかもしれませんが、彼らが時には悩み、時には迷いながら精励恪勤して下さったお陰で、今でも人気の高い510やS30Zが誕生した訳です。(もちろん、エンジニアリングを担当した技術者の方達の努力もありました)
影の功労者とも言えるこういった方達のお名前を、是非とも記録して後世に伝えたいものですね。

 

|

« 埼玉製作所でのT360の塗装工程 | トップページ | 【最新版】初代フェアレディZ デザイン開発スタッフ一覧 »

Nissan Fairlady Z(S30)秘められた真相」カテゴリの記事

コメント

日本の会社はこういった個人名をあまり公表しませんが(海外メーカーも?)、デザインには時代の息吹が有り今見ても独特の美しさが有る物ですね。トヨタスポーツは佐藤章蔵氏になっていますが、コンセプトは河野二郎氏、量産に至るまでの修正は関東自動車のデザイナーの手がかなり入っています。

投稿: スポーツ800 | 2020年3月23日 (月) 午前 08時46分

>スポーツ800さん
コメントありがとうございます。
昔も今も、デザイン開発の過程については割りとオープンに書籍などで公開することが多いですが、個人名を明かすことはあまりないですね。
上の510のように全メンバーを公表したのは、かなりレアなケースだと思います。
カーデザインもある意味"時代を映す鏡"で、その時代の流行やトレンドが反映されていますから、昔のクルマには現代のクルマにはない独特の美を感じられますね。
佐藤章蔵氏のご子息が公表したスケッチを見ると、スライドルーフのパブリカスポーツは、ほぼ佐藤氏のスケッチ通りに実車が製作されたようですが、量産型は関東自工のデザイナーさんが担当されたのですね。
コンセプトは、主査を務めた長谷川龍雄氏ではなかったでしたっけ?
トヨタスポーツの提案は、長谷川さんは自分がしたと仰っていますし、関東自工のお名前は失念しましたがある方は、こちらの提案にトヨタを巻き込んだ的なことを仰っていて、話が食い違っているのですよね。
果たして真相はどうなんでしょうか。
そういえば、トヨペットスポーツXとコロナスポーツクーペは関東自工の提案だったとどこか(たぶん古い自動車誌)で読みましたが、最近見つけた資料(トヨタ自工 技術部デザイン課 岩田 大 氏が執筆した記事)によると、コロナスポーツクーペはトヨタが企画したクルマだったようです。
調べものをする時は、ひとつのソースに頼らずに、複数のソースにあたってクロスチェックしないとダメですね。

投稿: mizma_g@管理人 | 2020年3月23日 (月) 午後 11時59分

長谷川龍雄氏でしたね。間違えてましたすみません。河野二郎氏はレースの方でした。

投稿: スポーツ800 | 2020年3月24日 (火) 午前 09時09分

>スポーツ800さん
コメントありがとうございます。
私が知らないだけで、もしかしたら河野さんもトヨタスポーツに関わっていたのかと思ってしまったのですが、そうではなかったのですね。
河野さんといえば、第7技術部を率いてトヨタのレース活動の陣頭指揮を執りましたが、なんといっても氏の一番の功績はトヨタ2000GTを企画して開発の了承を会社から取り付けたことだと思います。
トヨタスポーツは長谷川さんが、2000GTは河野さんがいたからこそ誕生した、トヨタを代表するスポーツカーですね!(耐久レースやスピードトライアルで鍛え上げられた2000GTは、名称はGTですがスポーツカーと呼んで差し支えないと個人的には思っています ^^)

投稿: mizma_g@管理人 | 2020年3月25日 (水) 午前 12時01分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 埼玉製作所でのT360の塗装工程 | トップページ | 【最新版】初代フェアレディZ デザイン開発スタッフ一覧 »