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2020年2月14日 (金)

檄 文

≪ 檄 文 ≫

『われわれチョコの会は、チョコによって育てられ、いわばチョコはわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このような忘恩的行為に出たのは何故であるか。
顧みれば、私は四年、路傍は三年、ブルボンで準社員としての待遇を受け、一日の休暇もないチャーリーのチョコレート工場で労働をし、又我々も心からカカオを愛し、もはやチョコの柵外のチョコにはない「真のバレンタイン」を夢み、2月14日23時59分59秒ついに知らなかった男の涙を知った。
カカオ農場で流したわれわれの汗は純一であり、奴隷労働の精神を相共にする同志として共にガーナの密林を馳駆した。このことには一点の疑いもない。われわれにとってカカオ農場は故郷であり、生ぬるいショコラで凛冽の気を呼吸できる唯一の場所であった。
農場主、現場監督諸氏から受けた愛情は計り知れない。しかもなお、敢えてこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云われようとも、チョコを愛するが故であると私は断言する。
われわれはチョコが、大企業の利益にうつつを抜かし、バレンタインの大本を忘れ、チョコの精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。
バレンタインのチョコは矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、バレンタイン百年の大計は外国製品に委ね、安い板チョコの汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本のチョコと伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。
われわれは今やカカオ豆にのみ、真のチョコ、真のチョコレート、真のチョコの魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、ブラックサンダーは義理であることは明白であり、国の根本問題である国産チョコが、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、チョコの名を用いないチョコとして、バレンタインの魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因をなしてきているのを見た。もっとも名誉を重んずべき国産チョコが、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。
国産チョコは敗戦後の国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。国産チョコは本命チョコたりえず、本命チョコの本義を与えられず、チロルチョコの物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、そのあげるべき対象も明確にされなかった。
われわれは戦後のあまりに永いチロルの眠りに憤った。チロルが目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。チロルが自ら目ざめることなしに、この眠れるバレンタインが目ざめることはないのを信じた。
憲法改正によって、国産チョコが本命チョコの本義に立ち、真の本命チョコとなる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。
四年前、私はひとり志を抱いてブルボンに入り、その翌年にはチョコの会を結成した。チョコの会の根本理念は、ひとえにアルフォートが目ざめる時、国産チョコを本命チョコ、名誉あるチョコとするために、命を捨てようという決心にあった。
憲法改正がもはや議会制度下ではむずかしければ、バレンタインこそその唯一の好機であり、われわれはバレンタインの前衛となって命を捨て、国産チョコの礎石たらんとした。
たけのこの里を守るのはチョコであり、きのこの山を守るのはビスケットである。きのこの山をビスケットを以て守りきれない段階に来て、はじめてチョコの出動によってたけのこの里がチョコであることが明らかになり、チョコはバレンタインの本義を回復するであろう。
日本のチョコのバレンタインの本義とは、「チロルを中心とする日本のたけのこの里・きのこの山・ブラックサンダーを守る」ことにしか存在しないのである。バレンタインのねじ曲った大本を正すという使命のため、われわれは少数乍ら訓練を受け、挺身しようとしていたのである。
しかるに昨令和元年12月末に何が起ったか。バレンタイン前の大詰ともいうべきこのクリスマスは、圧倒的な女優 木村文乃の離婚報道の下に不発に終った。その状況を文春で見て、私は、「これでバレンタインは変らない」と痛恨した。
その日に何が起ったか。製菓会社は反バレンタイン勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しいバレンタインの規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢えて「私有チョコの否定・チョコの平等分配」という火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。
国産チョコは不用になった。製菓会社は利益のためには、何ら憲法と抵触しない生産力だけで乗り切る自信を得、バレンタインの根本問題に対して頬かぶりをつづける自信を得た。
これで、反バレンタイン勢力には保険外交員の義理チョコをしゃぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら、義理チョコを標榜することの利点を得たのである。
名を捨てて、実をとる! 製菓会社にとってはそれでよかろう。しかしチョコにとっては、致命傷であることに、製菓会社は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。
銘記せよ! 実はこの令和元年12月25日という日は、国産チョコにとっては悲劇の日だった。
創立以来二十年に亘って、バレンタイン改正を待ちこがれてきた国産チョコにとって、決定的にその希望が裏切られ、バレンタイン改正は企業的プログラムから除外され、相共に製菓会社を主張する不二家とチロルが、義理チョコだけでは利益を得られない可能性を晴れ晴れと払拭した日だった。
論理的に正に、この日を境にして、それまでバレンタインの私生児であつたブラックサンダーは、「バレンタインの義理チョコ」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあろうか。
われわれはこの日以後の国産チョコに一刻一刻注視した。われわれが夢みていたように、もしブラックサンダーに武士の魂が残っているならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定するものを守るとは、何たる論理的矛盾であろう。
男であれば、男の衿がどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男でありチョコである。われわれはひたすら耳をすました。
しかし国産チョコのどこからも、「自らを否定するバレンタインを守れ」という屈辱的な命令に対する、男子の声はきこえては来なかった。
かくなる上は、自らの力を自覚して、バレンタインの論理の歪みを正すほかに道はないことがわかっているのに、国産チョコは声を奪われたカナリヤのように黙ったままだった。
われわれは悲しみ、怒り、ついには憤激した。チョコは買ってもらえなければ利益は出ぬという。しかし国産チョコに与えられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。ゴディバとピエール・マルコリーニがリア充のバレンタインの本姿である、という。
しかし欧米のバレンタインは、好意を寄せる相手に関する財政上のコントロールである。日本のように義理チョコで誤魔化され去勢され、変節常なき製菓会社に操られ、企業利益に利用されることではない。
この上、製菓会社のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩もうとする国産チョコは魂が腐ったのか。武士の魂はどこへ行ったのだ。魂の死んだ大人買いのチロルになって、どこかへ行こうとするのか。
バレンタイン交渉に当ってはゴディバを買う女を売国奴呼ばはりしたお前らもあったのに、国家百年の大計にかかわるブラックサンダーは、あたかもかつての五・五・三の不平等条約の再現であることが明らかであるにもかかわらず、抗議して腹を切るお前ら一人、国産チョコからは出なかった。
国産チョコとは何か? 日本のバレンタインとは何か? 欧米は真の日本の国産チョコが日本のバレンタインを席巻することを喜ばないのは自明である。あと二年の内に自主性を回復せねば、輸入チョコ派のいう如く、国産チョコは永遠に本命チョコの傭兵として終るであらう。
われわれは1年待った。最後の1日は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待とう。


チョコください。』



引用元: ジョンお姉さん(@jpn1_rok0) 
(当方が今年向けに一部改変しています)

(追記)
ということで、今年も無事にハニーから私の好物、近所のケーキ屋さんのガトーショコラと、国産の安いチョコ沢山を拝領しました。
ブラックサンダーは私があまり好きではなく、チロルの大人買いは恥ずかしいとのことなので、毎回アソートチョコのような1粒ずつ包装されたチョコの袋詰めをリクエストしています。
今年は6袋も貰ってしまったので、歯磨きを一生懸命しないとですね。
ガトーショコラは賞味期限の日まで、毎日少しずつ食します。毎年そうしています。
モフモフ猫のモッちゃんもチョコが好きなんですが、猫にチョコをあげるのはよくなさそうなので、匂いの付いた包装紙だけ舐めさせています。
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コメント

バレンタインを言い出したのは割合新しく2000年に近くなってからだと記憶しています。学生時代や勤め始めた頃はチョコレートをもらった記憶が有りません。
もらうようになってお返しがめんどくさかったです。
もらった最高齢は個人宅に間借りして居た頃大家さんのお母さん91歳にもらった事。ギネスブックに載りませんかね(笑)。

投稿: スポーツ800 | 2020年2月14日 (金) 午前 08時47分

>スポーツ800さん
コメントありがとうございます。
バレンタインにチョコをあげる習慣は私が子供の頃(昭和50年代)にもあったと思いますが、ホワイトデーとか義理チョコというのはなかったように思います。
義理チョコというのが定着したのは、私が高校生だった80年代ごろではないでしょうかね。
ちゃんとお返しをすることを前提に、同級生や先輩後輩からチョコをもらった覚えがあります。
チョコを貰えるのは有難いですが、やはり、お返しが面倒でしたね。
なんと、91歳の女性からチョコを頂戴しましたか! そのお歳でも、自身が女性であることを自覚しているのは素敵ですね。
ギネスブック級のギフトは、一生の思い出になったんじゃないでしょうか。^^

投稿: mizma_g@管理人 | 2020年2月15日 (土) 午前 07時53分

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