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2020年2月29日 (土)

【Old-timer】公開校閲その2【171号】

今回は校閲というよりも、個人的に気になった点や気づいた点について書きます。

30頁下段のモノクロ写真のキャプションに"(シルバーの車両か?)"との記述がありますが、左前輪の汚れ方が同頁上段のカラー写真と全く同じなので、両車は同一の車両、つまりボディカラーは赤と分かります。
もしくは、ボンネット先端のエンブレムが白地のものなので、ボディカラーは赤だと判断できます。
200229_emblem_white (クリックで拡大表示)
ホンダスポーツ/エスのボンネットエンブレムの色には規則性があって、ボディカラーが濃色ならばエンブレムは白地、淡色ならばエンブレムは赤地と決まっていました。(赤地のエンブレムはTypeRだけの特権ではないのです)
実際にボディカラーがシルバー(淡色)のスポーツ360には、↓このように赤地のエンブレムが取付けられていました。

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2020年2月26日 (水)

【Old-timer】公開校閲その1【171号】

本日発売のオールドタイマー誌171号は巻頭がホンダ特集ということで、早速購入して読みました。
内容について気づいた点が多々あったので、徒然なるままにブログという公の場で公開校閲をしたいと思います。
当方の校閲に誤りがあれば、遠慮なくコメント欄にて指摘をお願いします。

まずは25ページ左上の、本田社長の写真のキャプション中に「運輸省認定時は492ccであったが…」と、S500の認証取得時のエンジン排気量を492ccとしていますが、正確には531ccです。
492ccというのは、1962年開催の第9回全日本自動車ショーに出展された、ナローボディのスポーツ500に搭載されたエンジンの排気量です。
スポーツ500/S500のエンジンの仕様には、当方が知るかぎり大別して以下の4つがありました。

・ボア52mm×ストローク58mm 492cc 40HP/8,000rpm :1962年製造、技研製自動車ショー出展車(ナローボディ)
・ボア52mm×ストローク59mm 501cc 40PS/8,000rpm :1963年製造、技研製ワイドボディ車(アメリカテスト車や54号車など)
・ボア54mm×ストローク58mm 531cc 44PS/8,000rpm :1963年製造、浜松製量産試作車(型式認証取得車)
・ボア54mm×ストローク58mm 531cc 47PS/8,500rpm :1963年8月14日開催メディア向け試乗会の試乗車(カムプロフィールを変更した出力向上型)


続いて26ページ下段に木村昌夫氏の「エンジンブロックや部品表面を電気ペンで溶かし選手名を漢字で書き込んでいました。これは日常的に行われていたんです。」との証言があり、この前段には「島崎選手車両も一部変更後、ニュル予備車として欧州に送った記憶があります。」との証言もあります。

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2020年2月21日 (金)

"日産 初代シルビアはランチア・フルビアのパクリ"説の嘘を暴く

日産の初代シルビア(CSP311)はランチア・フルビアのパクリだ、との言説に接したのはもう10年以上前、日韓翻訳掲示板でのことだったと思う。
このおかしな言説を見るたびに誤りを指摘したが、反日に狂った韓国人には正論だとか物の道理は通用せず、とにかく相手が呆れて反駁するのを止めるまで、同じ内容の投稿を何度も何度も何度も何度も繰り返す。これが彼らの常套手段だった。
こちらが反駁することを止めれば、"日本人が反論しないのは自分達の主張が正しいから!"というロジックで勝利宣言するので、本当に厄介な隣人だなぁというのが当時の私の感想。
日本人と韓国人が丁々発止やりあっていた日韓翻訳掲示板も程なく閉鎖され、私もその手のサイトは見なくなったのだが、昨今はこの古臭い捏造パクリ論が、日本のブログやSNSなどで拡散されている。
もうね、呆れるしかないですよ。全くバカらしい。
でも、"嘘も100回言えば真実になる"の諺どおり、嘘を放置すると悪貨が良貨を駆逐するが如く、真実は嘘に覆われ蓋をされてしまうので、面倒でもしっかりと反駁しておかなければならない。
 
このパクリ説を騒ぐ人間は、まず「シルビア(1964)、フルビア(1963)」と主張するが、1963年に発表されたのはフルビアのセダンモデル"ベルリーナ"で、シルビアとフロント回りの意匠に類似性があるフルビア・クーペの発表は1965年。
こうやってサラッと嘘を混ぜて、パクリ説を捏造しているのである。
因みに、シルビアが発売されるまでの経緯は以下の通りで、フルビア・クーペがトリノショーで発表される前々年には、シルビアのプロトタイプがヤマ発の手で製作されていた。
したがって、フルビア・クーペの意匠を日産がパクることは物理的に不可能。
だから、パクリを喚く連中はベルリーナの発表年を使うというワケ。姑息でしょ。

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2020年2月17日 (月)

【売却済】友人フランクさんのホンダコレクション【Sold Out】

(2020年2月18日追記)
本日フランクさんから、コレクションの売却が決まったと連絡がありました。
コレクションはフランスに残ることになったとのことです。
このエントリーは取り消しますので、よろしくお願いします。


先日、フランスの友人 Franck ZANINさんから、自身のホンダ車のコレクションを整理したいと連絡がありました。
彼は数台の車両だけを手元に残して、他はすべて売却したいとのことです。
そして、できれば手放すコレクションは日本に戻したい。また、全車をまとめて購入してくれる方を探したいとのことでした。
販売車両のリストは以下の通りです。
販売車両の画像は、グーグルフォトにアップしてあります。https://photos.app.goo.gl/
興味ある方は、Franckさんに直接問い合わせるか(メアドは以下の2つ)、私にご連絡下さい。(このページの左上にあるプロフィール欄からメールを送信できます)

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2020年2月14日 (金)

檄 文

≪ 檄 文 ≫

『われわれチョコの会は、チョコによって育てられ、いわばチョコはわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このような忘恩的行為に出たのは何故であるか。
顧みれば、私は四年、路傍は三年、ブルボンで準社員としての待遇を受け、一日の休暇もないチャーリーのチョコレート工場で労働をし、又我々も心からカカオを愛し、もはやチョコの柵外のチョコにはない「真のバレンタイン」を夢み、2月14日23時59分59秒ついに知らなかった男の涙を知った。
カカオ農場で流したわれわれの汗は純一であり、奴隷労働の精神を相共にする同志として共にガーナの密林を馳駆した。このことには一点の疑いもない。われわれにとってカカオ農場は故郷であり、生ぬるいショコラで凛冽の気を呼吸できる唯一の場所であった。
農場主、現場監督諸氏から受けた愛情は計り知れない。しかもなお、敢えてこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云われようとも、チョコを愛するが故であると私は断言する。
われわれはチョコが、大企業の利益にうつつを抜かし、バレンタインの大本を忘れ、チョコの精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。
バレンタインのチョコは矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、バレンタイン百年の大計は外国製品に委ね、安い板チョコの汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本のチョコと伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。
われわれは今やカカオ豆にのみ、真のチョコ、真のチョコレート、真のチョコの魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、ブラックサンダーは義理であることは明白であり、国の根本問題である国産チョコが、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、チョコの名を用いないチョコとして、バレンタインの魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因をなしてきているのを見た。もっとも名誉を重んずべき国産チョコが、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。
国産チョコは敗戦後の国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。国産チョコは本命チョコたりえず、本命チョコの本義を与えられず、チロルチョコの物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、そのあげるべき対象も明確にされなかった。
われわれは戦後のあまりに永いチロルの眠りに憤った。チロルが目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。チロルが自ら目ざめることなしに、この眠れるバレンタインが目ざめることはないのを信じた。
憲法改正によって、国産チョコが本命チョコの本義に立ち、真の本命チョコとなる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。
四年前、私はひとり志を抱いてブルボンに入り、その翌年にはチョコの会を結成した。チョコの会の根本理念は、ひとえにアルフォートが目ざめる時、国産チョコを本命チョコ、名誉あるチョコとするために、命を捨てようという決心にあった。
憲法改正がもはや議会制度下ではむずかしければ、バレンタインこそその唯一の好機であり、われわれはバレンタインの前衛となって命を捨て、国産チョコの礎石たらんとした。
たけのこの里を守るのはチョコであり、きのこの山を守るのはビスケットである。きのこの山をビスケットを以て守りきれない段階に来て、はじめてチョコの出動によってたけのこの里がチョコであることが明らかになり、チョコはバレンタインの本義を回復するであろう。
日本のチョコのバレンタインの本義とは、「チロルを中心とする日本のたけのこの里・きのこの山・ブラックサンダーを守る」ことにしか存在しないのである。バレンタインのねじ曲った大本を正すという使命のため、われわれは少数乍ら訓練を受け、挺身しようとしていたのである。
しかるに昨令和元年12月末に何が起ったか。バレンタイン前の大詰ともいうべきこのクリスマスは、圧倒的な女優 木村文乃の離婚報道の下に不発に終った。その状況を文春で見て、私は、「これでバレンタインは変らない」と痛恨した。
その日に何が起ったか。製菓会社は反バレンタイン勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しいバレンタインの規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢えて「私有チョコの否定・チョコの平等分配」という火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。
国産チョコは不用になった。製菓会社は利益のためには、何ら憲法と抵触しない生産力だけで乗り切る自信を得、バレンタインの根本問題に対して頬かぶりをつづける自信を得た。
これで、反バレンタイン勢力には保険外交員の義理チョコをしゃぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら、義理チョコを標榜することの利点を得たのである。
名を捨てて、実をとる! 製菓会社にとってはそれでよかろう。しかしチョコにとっては、致命傷であることに、製菓会社は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。
銘記せよ! 実はこの令和元年12月25日という日は、国産チョコにとっては悲劇の日だった。
創立以来二十年に亘って、バレンタイン改正を待ちこがれてきた国産チョコにとって、決定的にその希望が裏切られ、バレンタイン改正は企業的プログラムから除外され、相共に製菓会社を主張する不二家とチロルが、義理チョコだけでは利益を得られない可能性を晴れ晴れと払拭した日だった。
論理的に正に、この日を境にして、それまでバレンタインの私生児であつたブラックサンダーは、「バレンタインの義理チョコ」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあろうか。
われわれはこの日以後の国産チョコに一刻一刻注視した。われわれが夢みていたように、もしブラックサンダーに武士の魂が残っているならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定するものを守るとは、何たる論理的矛盾であろう。
男であれば、男の衿がどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男でありチョコである。われわれはひたすら耳をすました。
しかし国産チョコのどこからも、「自らを否定するバレンタインを守れ」という屈辱的な命令に対する、男子の声はきこえては来なかった。
かくなる上は、自らの力を自覚して、バレンタインの論理の歪みを正すほかに道はないことがわかっているのに、国産チョコは声を奪われたカナリヤのように黙ったままだった。
われわれは悲しみ、怒り、ついには憤激した。チョコは買ってもらえなければ利益は出ぬという。しかし国産チョコに与えられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。ゴディバとピエール・マルコリーニがリア充のバレンタインの本姿である、という。
しかし欧米のバレンタインは、好意を寄せる相手に関する財政上のコントロールである。日本のように義理チョコで誤魔化され去勢され、変節常なき製菓会社に操られ、企業利益に利用されることではない。
この上、製菓会社のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩もうとする国産チョコは魂が腐ったのか。武士の魂はどこへ行ったのだ。魂の死んだ大人買いのチロルになって、どこかへ行こうとするのか。
バレンタイン交渉に当ってはゴディバを買う女を売国奴呼ばはりしたお前らもあったのに、国家百年の大計にかかわるブラックサンダーは、あたかもかつての五・五・三の不平等条約の再現であることが明らかであるにもかかわらず、抗議して腹を切るお前ら一人、国産チョコからは出なかった。
国産チョコとは何か? 日本のバレンタインとは何か? 欧米は真の日本の国産チョコが日本のバレンタインを席巻することを喜ばないのは自明である。あと二年の内に自主性を回復せねば、輸入チョコ派のいう如く、国産チョコは永遠に本命チョコの傭兵として終るであらう。
われわれは1年待った。最後の1日は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待とう。


チョコください。』



引用元: ジョンお姉さん(@jpn1_rok0) 
(当方が今年向けに一部改変しています)

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2020年2月11日 (火)

【消防車の赤を】アメリカテスト車のモノクロ写真をカラー化してみました(2)【塗るなよ】

2200211_1963_honda-s500_test_usa_05 (クリックで拡大表示)
8時間内で25台の半量産体制となった狭山工場でも相変わらずこの赤色が生産の主力であった。この塗装作業での難点は塗料の下地の色を隠す能力である隠蔽力が低いのを如何にカバーするかであった。一方メーカーの日本ペイントもこれを改善し維持するために顔料配合に四苦八苦していた。ややもすると黄色味の色あしの入った赤色になり勝ちで、本田社長から「消防車の赤を塗るなよ」と再三注意をうけていたものだった。」(当時、塗装の生産技術を担当されていた方の著書より引用)

この記述から本田社長は"黄色味の色あしの入った赤"、換言するとオレンジ色っぽい赤を好んでいなかったことが伺えるので、アメリカテスト車のモノクロ写真をカラー化するにあたっては、ボディの赤色を真紅っぽくしてみました。
余談ですが、Googleで"真紅"を検索すると、ページの右側にスカーレットの色見本と説明書きが表示されます。

取付けられているライセンスプレートには「CALIFORNIA JPA 328」と表記されているので、撮影地はカリフォルニアの太平洋を望む丘陵地帯と推測しまして、それっぽい雰囲気に着色してみました。但し、このライセンスプレートは撮影用の小道具で、本物ではなかったようです。
オフホワイトの幌カバーやタン(色)のシート表皮なども拘って着色しているのですが、あまりよく見えませんね。

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2020年2月 9日 (日)

【トヨタ2000GT】撮影車と予備車の特殊装備の相違点【ボンドカー】

前回のエントリーのコメント欄で、2000GTボンドカーに搭載された特殊装備が撮影車と予備車で違っていることをご教示頂いたので、両車の特殊装備の違いが一目で分かるように画像を並べてみようと思います。

まずは、グローブボックスの特殊装備から。
200209_bond_equipment01 (クリックで拡大表示)
これは撮影車を写したものです。
この機材は、"特選外車情報エフロード 2008年9月号"に掲載されている福野礼一郎氏の記事によれば、ソニーが1966年に発表した電池式携帯型VTRの試作機を使って、特別に仕立てられたものとの由。

予備車にも全く同じものが搭載されていましたが…。
200209_bond_equipment04 (クリックで拡大表示)

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2020年2月 8日 (土)

モーターショーに出展されたトヨタ2000GT ボンドカーの映像

1本目は、1967年開催のジュネーブショーに出展された2000GTボンドカー(予備車)の映像です。
https://www.britishpathe.com/video/motor-show-2
※ボンドカーの映像は0:32から。映像の右上の角の三角マークをクリックするとフルスクリーン表示になります。
予備車も特殊装備を"完備"していたことが分かりますね。
200208_007_geneva_show_1967 (クリックで拡大表示)

2本目は、1966年開催の第13回東京モーターショーに出展された2000GTボンドカー(撮影車)の映像です。
https://www.britishpathe.com/video/VLVA4394JBJ6WI8L0SSIK4Q74P62S-JAPAN-THE-13TH-TOKYO-MOTOR-SHOW/query/motor+show
※ボンドカーの映像は1:07から。同上
200208_007_tokyo_show_1966 (クリックで拡大表示)

最後におまけの映像を。
これは2000GTの映像ではなくて、1964年にオーストラリアで撮影された、日本人女性がオートレース用のバイク?に乗って、ダートトラックでドリフトをキメまくる映像です。
https://www.britishpathe.com/video/VLVACC3RI6JBIDVE9J2LVYSV237CM-JAPANS-SPEEDWAY-GIRL-IN-AUSTRALIA/query/Japan+Motor
いつの時代にも男勝りの女性はいるものですが、56年前にこれだけ豪快なライディングができる女性がいた事実に驚愕させられますね。
"おかもと ななえ"さん、お見事!

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2020年2月 6日 (木)

【Honda】アメリカテスト車のモノクロ写真をカラー化してみました【Sports500】

↓このモノクロ写真が・・・
200206_1963_s500_testusa_bw1024(クリックで拡大表示)

↓こうなりました。
200206_1963_s500_testusa_color1024 (クリックで拡大表示)
この写真、めちゃくちゃ格好良くないですか? 日本で見るエスとはちょっと雰囲気が違いますよね。

さて、せっかく手間ひま掛けてカラー化しましたが、残念なことにアメリカテスト車のパーキングライトレンズは透明なのでした。
私はアンバーに色付けしてしまったのでこの写真はボツです・・・。
ボディカラーも、アメリカテスト車はこういうオレンジ色っぽい赤ではなくて、茜色のような赤ーい赤が正解のようなので、この点も気をつけつつ、またカラー化に挑戦してみようと思います。

(追記)
"アメリカテスト車はこういうオレンジ色っぽい赤ではなくて" なんて書きましたが、所詮は出版物に掲載された"印刷された写真"しか見たことがない身ですから、アメリカテスト車の赤が本当はどんな色だったかなど分かるはずがありません。
なので、上の当該部分は取り消します。
↓こんな赤でも"らしく"見えますから、結局はカラー化の作業をする人間の主観的なイメージで色を決めるしかないのでしょうね。
200206_1963_s500_testusa_color_t2 (クリックで拡大表示)

 

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