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2016年7月24日 (日)

【ホンダ】ボンネットにバルジか設けられた本当の理由【S800】

本来、S800は私の守備範囲外のクルマなので、これまで敢えてスルーしてきたのですが、毒吐きついでにS800のボンネットバルジに関する誤った通説を、一刀両断にぶった切っておこうと思います。
 
S800のボンネットバルジに関しては、現在「採用予定だった機械式インジェクションとの干渉を避けるために設けられた」という説が広く流布していることは皆さんご存知の通り。
でも、この通説は全くの出鱈目で事実ではありません。
では、あのバルジは何故設けられたのか?ということになりますが、その理由はバルジをデザインした張本人である岩倉信弥氏が、↓こちらで公開されている氏のコラムで詳しく述べられています。
 
または、↓こちらの資料にも同様の記述があります。
(※ ページ下部にあるPDFファイル(リンク)の7~8ページ)
 
詳しくはコラムやPDFファィルを読んで頂くとして、コラムの内容を三行にまとめると以下のようになります。
S600のマイナーモデルチェンジにあたり、設計部門からは「外板はいじるな」ときつく釘を刺されていた。
にもかかわらず外板をいじったのは、本田社長から「ボンネットに何か特徴が要るねぇ(ジロリ)」と暗黙の要求があったため。
設計の担当者からボンネットバルジは意味のない変更だと散々非難された。(実際にバルジは意味ありげなだけで機能的な意味合いはなかった)
 
ということで、岩倉氏のコラムには機械式インジェクションの機の字も出てこないどころか通説とは全く間逆で、設計からは外板をいじるなときつく釘を刺されていた、というのが真相です。(通説が事実であれば、設計からボンネットの形状変更を求めるリクエストがあったはずですよね)
機械式インジェクションの話がどこから出てきたのかは私には分かりませんが、S800のボンネットバルジをデザインしたご本人の証言を否定、あるいは覆せるエビデンスを見つけることはまず不可能でしょう。
つまり、ボンネットバルジの「機械式インジェクション回避説」の信憑性はゼロということです。

(結論)
S800のボンネットバルジは、本田社長の要求によって岩倉氏がデザインしたもので機能的な意味合いはなく、外観上の特徴を得るために設けられたものでした。
S800のボンネットにバルジか設けられた本当の理由、お分かり頂けたでしょうか。



(2016.07.26 追記)
余談ですが、せっかくエスハチを取り上げましたので、もうひとつネタを投下しておきます。
S800の発表は1965年に開催された「第12回 東京モーターショー」に於いて、というのが定説になっていますが、実際にS800の発表が行われたのはショーの数日前でした。(↓)
160726_s800 (クリックで拡大表示)
残念ながら発表会が行われた正確な日時は分かりませんが、第9回全日本自動車ショー(1962年( 昭和37年)10月25日〜11月7日開催)に出展されたスポーツ500、スポーツ360、T360の発表会が行われたのは、ショーが開催される5日前の10月20日(場所はホテルオークラ)でしたから、S800(や同時に参考出品されたN800)の発表会も同様にショー開催の5日程度前に行われたものと推察されます。
ということで、S800は第12回 東京モーターショーに先立って行われた発表会に於いて発表された、というのが正確な史実になります。
まあ、固定観念に囚われて古い誤った情報に拘泥する方達にはどうでもいい情報でしょうけれど、ちょっとだけお節介をやかせて頂きました。

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ホンダ エスの生誕○○周年に関する私見

(2016.08.13) リンクを1件追加

                            量産型プロトタイプの発表                発売時期               生誕50周年イベント
  
トヨタ2000GT       1966年(第13回東京モーターショー)   1967年5月16日    2016年にイベント実施の予定はなし
                              ※前年にはプロトタイプを出展
               
コスモスポーツ         1965年(第12回東京モーターショー)   1967年5月30日       2017年に実施予定  
                               ※最終生産型として展示   
         
スバル1000              1965年(第12回東京モーターショー)     1966年5月14日          2016年8月、「ボクサーエンジン50周年」をテーマにしたブースを出展
                                ※モーターショー開幕の8日前に
                                    発表会を実施
                                                                                 
トヨタ スポーツ800  1964年(第11回東京モーターショー)   1965年4月1日     2015年に生誕50周年を祝う会を実施
 
日産 初代シルビア  1964年(第11回東京モーターショー)       1965年4月1日        2015年に誕生50周年記念展示を実施
      
ホンダ S500            1963年6月16日、新聞紙上に於いて     1964年2月1日          2013年にホンダエス生誕50周年を祝う会を実施
               販売価格が決定した旨を発表                      
                             同時に量産試作車の写真を公開
                             同日、本社ビル及び国内各拠点に
             「四輪車生産開始」の垂れ幕を掲揚
              1963年7月21日、新聞紙上に於いて
                             販売価格と発売時期、量産試作車の
                             写真を発表
                             1963年7月22日、「価格当てクイズ」の
                             抽選会の会場に量産試作車の実車を
                             展示(抽選会の模様はTV放映された)
              1963年8月14日、荒川テストコースにて
                             プレス向けの試乗会を実施
                             1963年10月26日~、第10回全日本自動車
                             ショーに量産試作車を出展
 
本題に入る前に、まずS500が発表された時期を「1963年10月」とすることに、個人的にはすごく違和感を感じます。
何故なら、S500の価格や発売時期の発表、車両の写真や実車の公開は、上記のようにそれ以前に何度も行われていたからです。
当時、S500(当初の名称はスポーツ500)が自動車専門誌をはじめとしたメディアに大きく取り上げられたのは、「価格当てクイズ」と「プレス向け試乗会」が実施された後の二度でした。
第10回全日本自動車ショーが開催された時点では、既に大々的なプロモーションが済んでいて"旬"が過ぎていたことと、S500の発売延期が決まっていたことから、メディアへの露出は僅かだったようです。
(例えば、第10回全日本自動車ショーの特集記事が掲載されているモーターマガジン誌'63年12月号で、S500について言及している記事は、たった↓これだけです。)

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