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2015年9月17日 (木)

常総市民よりご報告

一週間ぶりにインターネット回線が復旧して、PCをネットに繋げるようになりました。
ライフラインで最初に復旧したのは電気、次いで電話回線、その次がネット回線でした。(ウチはオール電化なのでガスは使っていません)
残念ながら水道はまだ復旧せず…。 大変不便な生活を強いられています。
と書けば、私の居住地がバレてしまいますね。(苦笑
 
そうなんです、私の家は常総市にあります。
しかも堤防が決壊したのは鬼怒川の上流側の隣町(つまりウチは決壊地点の下流側にある)で、我が家は鬼怒川の堤防から100m程度しか離れていません。
そんな立地なので、洪水が起きた日には、若宮戸地区で越水したという情報を得た時点で貴重品の持ち出しの準備を始め、燐市に住む弟の家に避難させてもらえるように連絡を入れ、濡れては拙い家財道具を二階に運び上げて、三坂町で堤防が切れたという情報を区長さんから電話で知らされた時点で、要介護状態の母親や子供たちを弟の家に避難させました。
因みに、この時既に市は鬼怒川の東側の住民に鬼怒川の西側に避難するよう「避難指示」を出していたのですが、正常性バイアスが働いてしまった人達が多かったようで…。
ウチよりも下流側の住民が自衛隊や海保、警察などのヘリコプターのご厄介になっている光景を沢山目撃しました。
私は他の家族よりも少し遅れて避難しましたが、堤防が決壊してから約二時間後の段階でも、水はウチから1km以上上流のあたり(圏央道のインターチェンジのあたり)にしか来ていなかったので、浸水したエリアの大部分の住民は逃げる時間が十二分にあったはずなのですけどね。
こんなことを言っては何ですが、"避難勧告"よりも強制力のある"避難指示"が発令されているのに避難しようとしないのは、あまりにも呑気過ぎますし危機意識がなさ過ぎると思います。
まあ、これが正常性バイアスの怖さなのでしょうけれど…。
 
そんな訳で、ウチの家族は全員無事でしたが、三坂町は同じ学区で友人知人が沢山いる場所なので、あの惨状を見るととにかく言葉がありません。
また先々のことを考えると、暗鬱とした気分になります。
被災生活も一週間が経過して(火事場泥棒を警戒して、私は洪水が発生した翌日には家に戻りました)、心身ともに疲労もピークです。
発災の前から体調を崩していたところに、この災害ですから本当に体がしんどくて仕方がないのですが、家や家族を失った人たちの苦労に比べたら、自分のしんどさなんて大したことではないですから頑張らないといけませんね。
でも、どこまで頑張れるかな…。
まあとにかく、私は無事ですということをご報告させて頂きます。
それにしても被災地には、不審者や野次馬観光、火事場泥棒、押し売り、怪しいリフォーム業者などなど、不逞な輩が大勢集まってきますね。


   

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