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2014年9月18日 (木)

'64年の東京モーターショーに展示されたレーシングS600は、ニュル500kmレース優勝車なのか?

2014.09.23追記)10081号車のボディが量産型S500のものだったことを確認できたので追記しました。
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世界の天才たちが挑んでも、100年もの長きにわたって解くことが出来なかった位相幾何学の大難題「ポアンカレ予想」は、ロシア人数学者グリゴリー・ペレルによって2003年についに証明されました。
国産旧車界に目を向けると、やはり長きにわたって謎となっている難問が散見されます。
そんな国産旧車界の難問の中に、「'64年の東京モーターショーに展示されたレーシングS600は、ニュルブルクリンク500kmレースで優勝した車輌か否か」というものがあり、著名なモータージャーナリストでもこの難問を解くことは出来ず、半世紀ものあいだ未解決になっていることは、エスマニアあるいはホンダエンスーならよくご存知のことと思います。
そんな難問に、不肖このワタクシが今回挑戦してみようと思います。

さて、世紀の難問に挑むに当たって、まずご覧頂きたいのは、下掲の画像です。

Nur500_01 (クリックで拡大表示)
この画像は、ニュルブルクリンク500kmレースでデニス・ハルムがドライブし、ホンダに勝利をもたらしたレーシングS600(以下、優勝車と表記)を写したもので、写真の一部を拡大しています。
まず注意して頂きたいのは、ハードトップの前端の角に傷が二つあることです。
もう一箇所、注視して頂きたいのは運転席の後部。
車体とハードトップとの間に、白い板状のものが挟み込まれているのがお分かり頂けると思います。
この白い板状のものは、助手席側にはありません。

今度は、1964年に開催された東京モーターショーに展示されたレーシングS600(以下、展示車と表記)の同じ部分を見てみましょう。
Nur500_02 (クリックで拡大表示)
小さい画像を無理やり拡大しているので、解像度が落ちてやや不鮮明になっていますが、ハードトップ前端の角には優勝車と同様の二つの傷が確認でき、運転席後部のハードトップと車体との間に、白い板状のものが挟み込まれていることも確認できます。
この展示車も、やはり助手席側には白い板状のものがありません。


今度は車体の後部を見てみましょう。
優勝車のリヤスカートを仔細に観察すると、右側のバンパーブラケットの下に汚れがあるかことが確認できます。
Nur500_03 (クリックで拡大表示)

では、展示車はどうでしょうか。
Nur500_04 (クリックで拡大表示)
※この画像は、Honda S800 Owners BelgiumのFacebookから拝借しました。

やはり、同じところに同じような汚れが確認できます。
ベルギー登録の証である“B”のステッカーの書体、貼り付け位置ともに優勝車に酷似していますね。

次は車体の前部を見てみましょう。
優勝車のフロントスカートには、よく見ると中央部分とライセンスプレートの下部に傷があることが分かります。
Nur500_05 (クリックで拡大表示)

展示車はどうでしょうか。
Nur500_06 (クリックで拡大表示)
はい、こちらも全く同じ場所全く同じ形状の傷があります。
写真をよく見ると、展示車のスカート部分の運転席側スリットに変形が見られますが、この変形はレース中かレース後に生じたものと思われます。
上の優勝車の写真は、レースがスタートする前に撮影されたものなので変形はありません。

どうでしょう。
展示車を仔細に観察すると、優勝車のみが持つ特徴を何箇所も見つけることができます。
なになに?
この程度では、まだ展示車が優勝車だったことは証明できていない?
そうですか、じゃあもうひと頑張りしてみましょう。


もう一度、優勝車のフロント部分をじっくりとご覧になってみて下さい。
Nur500_07 (クリックで拡大表示)
画像を見ていると、何か物足りなさを感じませんか?
そう、優勝車のフロントグリルには、縦の桟が見当たらないのです。
これは、優勝車のフロントグリルに縦桟がなかった訳ではなくて、黒くペイントされていたために、一見すると“ない”ように見えるのです。
この縦桟がないように見えるフロントグリルは、縦桟の部分が溶接で接がれているハンドメイドの試作品で、S500の試作車に使われました。

ホンダがニュル500kmレース挑戦のために、2台のレーシングS600をベルギー・ホンダのアロスト工場に送ったことは、皆さんご承知の通り。
では、スペアとなったもう1台のレーシングS600と思われる車輌を見てみましょう。
Nur500_08 (クリックで拡大表示)
この写真はSports Car Graphic誌 1964年11月号に掲載されたもので、ご覧頂けばすぐ分かるように、こちらには縦と横の桟が一体成型(プレス成型)された量産型のフロントグリルが取り付けられています。
このプレス成型されたフロントグリルは、横桟の縦桟と交差する部分に“節”があるのが特徴です。

では、展示車のフロントグリルはどうであったか、もう一度写真で確認してみましょう。
Nur500_09 (クリックで拡大表示)
140918_front_grille (クリックで拡大表示)
はい、ご覧のように試作タイプのフロントグリルが取り付けられています。
この試作タイプのフロントグリルですが、見た目は量産型のそれに酷似していますが、形状が微妙に違うため、量産型のボディにはフィットしません。
ということは、量産型のフロントグリルが取り付けられているスペア車と思われる車輌に、試作タイプのフロントグリルを取り付けることは出来ないということです。
試作タイプのグリルと量産型のグリルには互換性がありませんから、このグリルの違いがニュル500kmレース挑戦のためベルギー・ホンダに送られた二台のS600レーシング夫々の固有の特徴となります。
であるならば、試作タイプのフロントグリルが取り付けられている展示車は、優勝車そのものである、と結論付けられる訳です。
先述の、優勝車固有の細部の特徴が展示車と一致している事実も、展示車=優勝車であることの有力な証拠となるでしょう。


如何でしょう?
半世紀の間解けなかった難問は、これで解けたでしょうか?
ポアンカレ予想を証明したグリゴリー・ペレルは、他の天才たちとは全く違うアプローチで世紀の難問を解いたのだそうです。
私は、ホンダにも当時の関係者にも全くコネのないズブの素人ですから、モータージャーナリストやプロのライターさん達のような機動力を発揮した取材をすることは出来ません。
したがって、彼らとはちがうアプローチ、即ち手元にある僅かな資料のみを使って、この難問に挑み解いてみました。
私のこの証明が正しいか否かの検証作業は、識者の皆さんにお任せしようと思います。
お手数でもよろしくお願いします。

最後に蛇足ですが、ベルギー・ホンダに送られた2台のレーシングS600は、第二回日本GPでロニー・バックナム選手と北野 元選手選手がドライブした車輌だと言われています。
仮にこの話が事実であるとすれば、当時の写真を見るとバックナム車(15号車)には試作タイプのフロントグリルが、北野車(21号車)には量産型のフロントグリルが装着されていましたから…
Nur500_10 (クリックで拡大表示)

日本GP優勝車(バックナム車)=ニュル500kmレース優勝車='64年東京モーターショー展示車

日本GP準優勝車(北野車)=ニュル500kmレース予備車=Sports Car Graphic誌 掲載車=ミハエル・オルトマン氏所有車(現在は日本人の所有)

…となるかと思います。
現在日本に戻っているニュル500kmレース予備車と思われる車輌の車台番号は、モノの本によればAS285-64-10081とのことですから、元々はS600の量産試作車として1964年3月に浜松製作所で製造された車輌と考えられます。
1964年3月といえば既にS500が発売されていましたから、生産ラインに流れていたのは量産型S500のボディで、S600の量産試作にはこの量産型S500のボディがそのまま使われたと推理できますし、実際に10081号車には量産型のフロントグリルが付いています。
ニュル500kmレース優勝車には試作タイプのフロントグリルが付いていますから、ボディはS500の試作車として1963年に製造されたものである可能性が高そうです。(ただ、フロントスカートにスリットがある点が少々解せませんが…)

2014.09.23追記
デニス・ハルム氏が、1989年に10081号車をドライブした際に撮影された写真を手に入れました。
その写真をよく見ると、10081号車の右インナーフェンダーには、シュノーケルタイプのエアクリーナーカバーとの干渉を避けるために設けられた“凹み”が確認できます。(↓)
140918_inner_fender (クリックで拡大表示)
画像提供:
Philippe Georges様
この写真で、10081号車のボディが量産型S500のものだったことが確定しました。
それと全くもって余談ですが、研究所で製作されたエスロク顔のS600の試作1号車にも、シュノーケルエアクリ用のエスゴボディが流用されていました。
140918_s600me_ (クリックで拡大表示)
この写真をよく見ると、S500の試作エンジンが載ってるんですけど…。            
-----------------------------追記ここまで------------------------------


S500の試作車の証であるドアキャッチ上の“ツノ”が確認できれば、この推理が正しいことを証明できますし、S500の量産型ボディを使いまわされたと思われる予備車との識別点として利用できるのですが…。
下掲の画像で、あなたには“ツノ”が見えますか?
Nur500_11 (クリックで拡大表示)
残念ながら私には、この写真では判別できません。。。(^^;

優勝車や展示車の“ツノ”の有無が確認できる写真を、もしお持ちの方がいらっしゃいましたら、見せて頂けると助かります。
是非よろしくお願いします。

このエントリーは、ニュルブルクリンク500kmレースでS600が優勝してからちょうど50年目の今月6日にアップしたかったのですが、なかなかブログを書く時間がとれなくて6日には間に合いませんでした。
まあ、半世紀という長い長い時間の経過と比較すれば、二週間のズレなんてほんの僅かな誤差でしかありませんから、何卒ご容赦頂ければと思います。
何はともあれ、
エスロクのニュルブルクリンク500kmレース制覇50周年、おめでとう!!!

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コメント

素晴らしい!! さすがです。長年の溜飲が下がりました。

投稿: えすまにあ | 2014年9月20日 (土) 午後 09時30分

>えすまにあさん
コメントありがとうございます。
乏しい資料をもとに私が調べた結果では、こんなことになりました。
実は、この件はかなりデリケートな問題を含んでいるので、ブログで公開しようかしまいかと、
結構長いあいだ逡巡していたのですが、今年は50周年の節目の年なので、思い切って公開しました。
これにて一件落着となればよいのですが、これを切っ掛けに論争が巻き起こってしまったらどうしようと、
実はガクブルしております。(^^;

投稿: mizma_g@管理人 | 2014年9月21日 (日) 午前 08時34分

Mizuma様へ

通りすがりの者です。
一番目立つ部分なのですが、右フェンダーミラー後部に貼られた「エントリー・ステッカー」の事に触れられていませんが、何か理由がありますか?

投稿: 通りすがりの者 | 2014年11月13日 (木) 午前 09時52分

>通りすがりの者さん
初めまして、コメントありがとうございます。
お尋ねの件ですが、理由は二つあります。
一つは、この件について調べている方なら当然目を通していると思われるCG誌306号に掲載されている吉田匠さんの記事で、ご指摘のステッカーについては既に触れられているからです。
それともうひとつの理由は、そもそもこのエントリーの本旨は、「優勝車と予備車には試作ボディと量産ボディという決定的な相違点があり、その相違点からモーターショー出展車=優勝車と結論付けられる」というものであって、両車の見た目の共通点に関しては、正直エントリーの導入として書いただけで、誤解を恐れずに言えば別にどうでもよいことなので、見れば誰でも分かるような部分には触れなかった次第です。
他意はございません。

投稿: mizma_g@管理人 | 2014年11月13日 (木) 午後 02時01分

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