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2013年9月21日 (土)

『細谷四方洋 回想録 番外編』

細谷四方洋さんの回想録は前回でひとまず終了となりましたが、細谷さんのご厚意により読者の皆様からの質問を受け付けて頂けることになり、この度1件ご質問を頂いたので、その回答を回想録の番外編として掲載することにしました。
前回で終了した回想録はトヨタ2000GTを主題としたものでしたので、そちらでカバーできなかったレース時代のことなどについて、この番外編でフォローできればと思っています。
質問は引き続き受け付けていますので、細谷さんにお尋ねになりたいことがありましたら、コメント欄よりご質問をお願いします。

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(質問)
自分が乗っていた事も有りますが、トヨタスポーツ800はレースカーとしてどのようなご感想をお持ちなのか
伺ってみたいです。
空冷2気筒800ccと言う非力な車ですが、レースカーとしてどのような強化をして運転感覚はどのようなもの
だったのでしょうか。
投稿: スポーツ800さん | 2013年9月18日 (水) 午前 10時06分


(回答)
投稿者の方へ、ご質問有難うございます。
鈴鹿サーキットの第一回300キロレース・500キロレースは私がトヨタスポーツ800で優勝しています。
特に500キロレースはロータスレーシングエラン(瀧レーシング)を抑えての総合優勝をしました。
現役時代、直線で100キロ以上の速度差で追い越しをされたのは初めての事です。恐怖を感じました。
当時、怪物的存在のロータスレーシングエランに最初から勝負を挑む気持ちは無く、マイペースで自分の
車に合った走行ダイヤを作り、ダイヤ通りにレースを行うことです。
幸い前回の300キロレースでタイヤ・ガソリン等のデータがありましたので、かなり正確なダイヤが組まれ
ノンストップで500キロを走破することに決めてスタートしました。
日本初の長距離レースで、他車は給油を何回かしなければいけませんが、その給油の場所で順番待ちの
出る状態でした。
しかし、トヨタスポーツ800はそれを横目で見ながらモクモクと走り続けました。
トップのロータスレーシングエランが250キロを通過した時、我々3人、トヨタスポーツ800のドライバー
(細谷・田村・多賀)の3台の3番手走行の多賀選手が犠牲ピットインをして、タイヤ・ガスが500キロもつか
どうかの判断をし、最後まで細谷・田村号は走りきれるとのピットからのサインで、こちらも安心して
ダイヤ通りの走行をしました。
相変わらずガソリンスタンドは大混雑です。
確か450キロを過ぎたころは、細谷・田村号は総合2位と3位をキープしてました。
ロータスレーシングエランは我々を2周離してダントツの1位を走っていましたが、トラブルの為ヘアピンの
出口でストップ。
ここで細谷・田村号は総合1位と2位になり、そのままの体勢でゴールしました。
強豪のロータス・フェアレディ・スカイラインなどは給油の失敗で、ウサギと亀の競争で亀の我々
トヨタスポーツ800が総合優勝したのです。
トヨタスポーツ800で鈴鹿500キロレースの総合優勝は今では到底考えられませんが、例えばこれは
大相撲の本場所で幕下力士が優勝したのと同じ様なことです。
レース終了後、トヨタはガソリンタンク容量にインチキしているのではないかとクレームが出され
トヨタスポーツ800のタンク容量は70リットルが規定です。
すぐ皆の前で給油をすると給油量は55リットルで、インチキはしてないことが確認されました。
500キロ走行で燃料消費量が55リットルというのは、1リットルでおよそ9キロもレースで走っているのです。
又、ノンストップで500キロ走行は日本記録で、それ以降のレースは2人のドライバーになったので
この記録は破られていません。
TMSC参加のトヨタスポーツ800がエンジントラブルでピットインして、エンジン交換してコースインまでの
時間が確か15分そこそこだったと記憶していますが、それ以降エンジンの交換は元のシリンダーヘッドか
クランクシャフトを使うことが義務になりました。
この様にトヨタスポーツ800は燃費・修理の簡単さなどが大きな利点だったのですが、残念ながら馬力が少なく
走行テクニックはいかにコーナーリング中速度を落とさず、タイヤにストレスを与えないように走るかが
最大のテクニックでした。
非力な為、操縦安定性は余裕綽々でした。
当時のままのトヨタスポーツ800に150馬力以上の馬力があれば、ロータスレーシングエランと対等に
勝負できると思います。
今のトヨタの技術で素晴らしい車が出来ると思います。
非力な車ほどアウトインアウト・スローインファーストアウトを忠実に守れば良い結果が出ます。
答えになっているかどうかわかりませんが、トヨタスポーツ800もかなり高額な価格になって
います。
もし愛車でしたら大切に乗ってください。

      細谷四方洋    2013/09/20     10:00

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コメント

細谷様ご回答ありがとうございました。
好燃費と正確なダイヤを組んだ事が非力なトヨタスポーツ800がレースカーとして勝利出来た原因だったのですね。
レースカーで1ℓ9kmは凄い数字ですね。
私の乗っていた個体はコンポーネンツがパブリカの物に載せ替えられており、通勤に山2つ超えて(向ヶ丘遊園のあたりです)走っていたので、1ℓあたり19km位の燃費でしたが、オリジナルのエンジン、ギア、デフで乗っておられた方は、1ℓあたり21km~27km走らせていました。
このような好燃費がレースカーにも生かされたのですね。
私はサーキットでは富士と筑波でファミリー走行した経験しか有りませんが、私の感覚ではオーバーステアな車であると感じました。
しかし、スピードは出ませんので素人の私でもそれなりに走らせた記憶がございます。
私の乗っていた個体は富士の直線でメーター読みで140kmちょっとしか出ず、日野コンテッサに抜かれました(笑)。
残念ながら乗っていたのは5年間程で、今から20年以上前に手放してしまいましたが、また乗りたいとても楽しい車でした。
細谷さまのご健勝とますますのご活躍をお祈りしております。
ありがとうございました。

投稿: スポーツ800 | 2013年9月22日 (日) 午後 03時09分

肝心な事を書き忘れておりました。
このような素人に質問をさせて頂ける場を提供して頂いた、三妻自工様にも御礼申し上げます。

投稿: スポーツ800 | 2013年9月22日 (日) 午後 03時20分

>スポーツ800さん
コメントありがとうございます。
スポーツ800さんが質問を書き込んで下さったお陰で、細谷さんから貴重なお話を伺うことが
できたのですから、こちらこそお礼を申し上げないといけません。
スポーツ800さんは、当ブログの数少ない常連コメント投稿者さんでもありますし、いつもコメントを本当にありがとうございます。
不躾なブログですが、今後ともよろしくお願いします。

投稿: mizma_g@管理人 | 2013年9月23日 (月) 午前 09時53分

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