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2013年9月16日 (月)

『細谷四方洋 回想録 最終回』 (追悼文を掲載しました)


(2013/09/23)
**の部分を追記しました
(2013/09/16)**の部分を追記しました
(2013/09/17)本日逝去された豊田英二 トヨタ元社長への、細谷さんの追悼のお言葉を掲載しました

私の不躾なお願いから始まった、細谷四方洋さんによるトヨタ2000GTの連載記事も今回で最終回ということになりました。
本当は間にもう一回、エントリーをアップする予定だったのですが、原稿がうまく届かないという事態に遭いまして(原因はメールのファイル容量オーバーでした)、今回二本分の原稿を一度に公開することと相成りました。
そんな訳で、急な最終回となってしまいましたが、スピードトライアル終了後の1号車の顛末や、チームトヨタに関するお話をご一読頂けたら幸いです。

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10月4日16時09分に長いナガーイ超ロングドライブが無事終わりました。
2日目からの台風には本当に悩まされました。
一時、大会実行委員会が開催され、台風のため中止をと意見も出されたが、私たちドライバーの意見が
尊重されて「少しのスピードダウンで世界記録更新が出来るのであれば、このまま走行をさせて下さい」と
お願いをして、無理をしないことを条件に続行が決定され成功しました。
    
私が10月1日10時にスタートしてから不眠不休で、トヨタ2000GTは5名のドライバーで10000マイルを
約78時間で走破に成功。

130916_2000gt_record (クリックで拡大表示)
エンジンの冷却を待って直ぐエンジンの精密な部品チェックが始まりました。
一番大切な気筒容積チェック、ボアXストロークは特に厳密に測定され、新品と全く同じ気筒容積で
磨耗部品はなかったと報告されました。

130916_inspection_after_the_trial (クリックで拡大表示)
トライアル終了後の検査を待つトライアルカー

※余談になりますが、車体にステッカーが貼られたのはスピードトライアルのスタート30分前とのことです。
  下左の写真はスタート前に撮影されたもので、まだボディにステッカーが貼られていないことが確認できます。
130916_check_before_the_trial 130916_pit_work
     
本番前検査中のトライアルカー         本番中のピット作業

130916_trial_logo
(クリックで拡大表示)
     
スピードトライアル用のロゴ(資料提供:トヨタ広報)

10月5日朝からトライアルカーの清掃に掛かり、昼から東京に送り出しです。
行く先は晴海ふ頭で、10月7日から始まる第13回東京モーターショーに出展するためです。
モーターターショーでは私がトライアルカーの説明をすることになりました。
10月7日は東京モーターショー 初日の特別招待日で、11時ごろ会場に昭和皇太子様(平成天皇様)が
ご来場下さり、「台風の中大変でしたね、記録オメデトウ」とのお言葉を頂き感激致しました。
時間は1分少々だったと思いますが、あんな緊張は初めてでした。
130916_13th_tms
(クリックで拡大表示)
緊張の面持ちで皇太子殿下に説明をされる細谷さん

この世界記録は66年12月13日に、FIA(世界自動車連盟)より正式に認定され、我々TEAM TOYOTAの
メンバーとトヨタ2000GTは自動車速度世界記録を樹立したのです。
この公認書により、河野二郎さんの最初の構想と理想の車ができたのです。 


*
<<トヨタ2000Gの開発コンセプト>>
*  高性能で本格的なスポーツカー
*  レース専用のレースマシンではなく日常の使用を満足させる高級車
*  輸出を考慮する
*  大量生産を主眼とせず仕上げの良さを旨とする
*  レースにも出場し好成績を得られる素地を持つ事
*

(トヨタ2000GTに採用された最新技術)
*四輪ディスクブレーキ     (日本初)
*マグネシュウムホイール    (日本初)
*リトラクタブルヘッドランプ   (日本初)
*DOHCエンジン    
*フル・シンクルメッシュ5速ギアボックス
*ラック&ピニオンステアリングシステム
*ダブルウッシュボーンを採用した四輪独立懸架のサスペンション

これだけの技術を織り込んだ車を、ヤマハさんと共同で僅か1年で完成させたことは、今から考えれば
奇跡に近いと思います。
第13回モーターショーも盛大に終わり、その後トライアルカーは全国のディーラーを展示して回りました。
大変好評だったと耳にしています。
 
その後のトライアルカーはどの様に処分されたのか、誰も答えられる人はいませんし、私たちの耳にも
入ってきません。
しばらく経ってトヨタ博物館のオープンのため八方手を尽くして探しましたが、残念ながら発見は
できませんでした。

*国際記録を樹立したトライアルカーが失われてしまったことは返す返すも残念で、トヨタ2000GTは
設計原図も既に無く、トライアルカーに関する資料も残されていないことは、大変不名誉なことだと思います。
*
また、トヨタは不要になれば直ぐスクラップにする傾向があります。
その為、トヨタ博物館の創設の時は歴代の車がなく、同車種を探して全国を回りました。
トヨタは2000GTをアメリカのシェルビーに3台渡していましたが、その内の1台のレース用車を引き取り、
新明工業さんに持ち込んで、私も作業場で付き切りでレプリカのトライアルカーに改造し、トヨタ博物館の
オープンに間に合わせました。
130916_replica (クリックで拡大表示)

  トライアルカーのレプリカ車と細谷さん
トヨタ博物館のオープン当時上映されていたビデオに、動態保存の車を動かしている映像がありましたが、
あれは全て私が動かしました。  
トライアルが終わり年が変わってからは、生産型のトヨタ2000GTでレース参加をしました。
チームトヨタが活躍した時代です。
トヨタ2000GT・トヨタ1600GT・トヨタ3ℓセブン・トヨタ5ℓセブン・トヨタニューセブン5ℓ・トヨタニューセブン5ℓターボと
活躍しましたが、1970年のオイルショックと川合稔君の事故が重なってレース活動は一時中止となり、
現在に至っています。

40数年間、TEAM TOYOYAに関する書き物はほとんどありません。                  
TEAM TOYOYAはなかったことにされていました。
2012年11月23日のTGRFで、初めてTEAM TOYOYAの名前で当時のメンバー表が発表されました。
これが唯一つのTEAM TOYOYAのトヨタ自動車による公式文書ですが、今パソコンで検索して探しても、
トヨタのモータースポーツ史の中にTEAM TOYOYAは出てこず、とても残念です。
130916_achievement_of_team_toyota
(クリックで拡大表示)

私の場合、1963年開催の第一回日本GPのパブリカ28馬力から、1970年のトヨタセブンターボ約1000馬力まで乗りました。
ターボは800馬力と公表されましたが、これはウソ800(嘘八百)でNAが630馬力ですからターボを付けて
800馬力では付ける意味がありません。
私のレース参加時代は8年間ですが、光栄だったのはトヨタ自動車の発展のため、豊田英二様と共に
製品開発が出来たことです。
日本GPではトヨタが3ℓセブンを開発すれば、ニッサンは6ℓシボレーエンジンを搭載したニッサンR381を
出場させました。
この時、私がトヨタもベンツのエンジンでも買って搭載したらどうですかと言ったら、豊田英二様に「細谷君、
トヨタがレースをするのは技術の開発と蓄積を行う事が目的で、将来はガラスとタイヤを除きすべての部品を
自前で作ることが目標だ」と諭されました。

*また、「資質の高いテストドライバーを育成することも大切だ」とも仰られ、私はレーシングドライバーの職を
辞した後、テストドライバーの教育やシステムの確立、運転指導員の教育、PKO職員の運転指導などにも
携わりました。(詳しくはこちらのサイトをご参照下さい)
*
レースではニッサンに惨敗でしたが、我々がレースを通じて開発した技術や学んだ哲学が、現在のトヨタの
車に生かされています。
130916_president_toyoda
(クリックで拡大表示)
豊田英二社長(当時/中央)
*河野二郎監督(右)*と談笑する細谷さん(左)
            
この度は少し間が開きましたが やっとトヨタ2000GT 1号車の構想から試作・テスト・自動車速度世界記録・
第13回東京モーターショー・全国の販売店展示・その後行方不明とは無念と、思い出したことを羅列しました。
約半世紀前のことなので、中には時系列の前後があるかも知れませんが、ご容赦お願い致します。

今回はトヨタ2000GTのことだけを述べましたが、またチャンスがあれば投稿させて頂きます。
三妻自工様には色々お世話をかけました。
有難うございました。

    細谷四方洋        2013/09/15      11:00
20130723_hosoya (クリックで拡大表示)
      『流線の彼方』より拝借


(2013/09/17 掲載)
本日17日のお昼のテレビでチームトヨタにとって神様の存在であった
豊田英二様が100歳で永眠なされたことを知り驚愕いたしました。
謹んで心からご冥福をお祈りいたします。
   チームトヨタ  キャプテン  細谷四方洋

    2013/9/17    13:30

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ということで、細谷さんの回想録もこれにて大団円となりました。
このような場末の個人ブログに、レース界のビッグネームでありレジェンドである細谷さんからご寄稿頂けたことは、管理人冥利に尽きる幸せです。
操作に慣れていないと仰られていたPCを使っての原稿書きは、本当に大変だったと思いますが、貴重なお話をご寄稿下さって誠にありがとうございました。
今回の連載はこれにて終了となりますが、もしレース時代のことなどで質問があれば、できるかぎり回答しますと、細谷さんから言付けをあずかっています。
読者の皆様の中で、もし細谷さんに何かお訊きになりたことがある方がいらっしゃいましたら、コメント欄に質問を寄せて頂ければと思います。
ただし、くれぐれも失礼のないように、節度を持ったご質問をよろしくお願いします。

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コメント

そういえばTEAM TOYOYAについてあまり語られる機会が少ないようにも思えます。
福澤氏、河合氏の事故のようなマイナス面が表に出て、スピードトライアルのようなチームによる大事業の達成が語られる機会が少ないように感じます。
今回の細谷さんの回想録は大変貴重な証言かと思います。
メーカーが直接チームを持っていた時代の熱気を感じて何か熱いものがこみあげて来ます。

投稿: スポーツ800 | 2013年9月17日 (火) 午前 10時45分

豊田英二元社長がお亡くなりになりました。
ご冥福をお祈り申し上げます。

投稿: スポーツ800 | 2013年9月17日 (火) 午後 01時10分

>スポーツ800さん
豊田元社長の訃報をお知らせ下さってありがとうございました。
昨日、このエントリーに豊田元社長が社長をされていた時のお元気な姿の写真をアップして、細谷さんからもお電話で当時のお話を伺ったばかりだったので、本日の訃報には本当に驚きました。
御歳は100歳だったとのことですから、まさに大往生だったと思います。
私も及ばずながら、哀悼の意を表したいと思います。。。

細谷さんの回想録は、残念ながら今回で最終回となってしまいました。
細谷さんと言えば、雑誌などでお見かけすることも多く、細谷さんの証言はライターさんの手によって記事として沢山まとめられていますが、ご本人が直々に当時のことを記された記事というのは他にないんじゃないかと思います。
そういった意味で、この回想録は大変貴重なものだと思いますし、こんな泡沫ブログで紹介させて頂く機会を得たことを、大変光栄に思っています。
やはり生の証言というのは、ライターさんがきれいにまとめた文章からは感じられないような生々しさや迫力、リアリティなどが伝わってきて心を揺さぶられますよね。
TEAM TOYOYAについては、仰るように福澤さん河合さんの事故について語られることが多いような気がします。
で、両名の事故の件はトヨタ批判に利用されている印象が強いですね。
今回の細谷さんの回想録は2000GTについてだけ書いて頂きましたが、レースに関することで質問があれば受け付けますと仰って下さっていますので、この機会にTEAM TOYOYAのことについても細谷さんに是非おおいに語って頂けたらと思うのですが、私はレースの方は不案内で…。
スポーツ800さんは、細谷さんにお聞きしたいこと何かありませんか?

投稿: mizma_g@管理人 | 2013年9月17日 (火) 午後 11時08分

そうですね。自分が乗っていた事も有りますが、トヨタスポーツ800はレースカーとしてどのようなご感想をお持ちなのか伺ってみたいです。
空冷2気筒800ccと言う非力な車ですが、レースカーとしてどのような強化をして運転感覚はどのようなものだったのでしょうか。

投稿: スポーツ800 | 2013年9月18日 (水) 午前 10時06分

>スポーツ800さん
コメントありがとうございます。
細谷さんへのご質問は、やはりトヨタスポーツ800に関することなのですね。
回想録の中に記述がありましたが、細谷さんは鈴鹿500kmレースでスポーツ800を駆って優勝されていますから、おそらく当時の事を覚えておられると思います。
早速 細谷さんにご質問の件を尋ねてみますので、ご回答を頂けるまでしばしお待ち下さい。

(9月20日 PM8:39 追記)
細谷さんから本日回答を頂いたのですが、今夜は用事があって忙しいので、明日回答を掲載させて頂きます!

投稿: mizma_g@管理人 | 2013年9月18日 (水) 午後 09時34分

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