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2013年8月 1日 (木)

『細谷四方洋 回想録 #4』

細谷さんの回想録 その4です。
今回は原寸大のモックアップの写真を送って頂きましたので、本文の中に掲載します。

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やっと探していた写真が見つかりました。
本来ならばこちらを透視図より出したかったのですが、写真の整理がうまくないので探すのに時間が掛かり
今回モックアップの写真を送ることができました。
130731__2  (クリックで拡大表示)
この写真が撮影されたのは'65年の初めで、運転席に座っているのは当時25歳の私です。
この1枚の写真で判ると思いますが、視認性・ハンドル・メーター類・チェンジレバーの位置・レバー類の位置などの
最終決定をして1号車の製造に掛かりました。
メーターパネルはヤマハピアノなどに使用するローズウッドの特級品、スイッチレバーはエレクトーンの最高級品と、
ヤマハさんの技術と製品をふんだんに使用しました。
前期型トヨタ2000GTのメーターパネルは一 品物で、同じ模様はありません。

'65年のお盆に完成するようにヤマハさんは技術の粋を投入して頑張って下さり、トヨタ2000GT一号車が完成。
受け取りにトヨタの夏休みの8月14日に、豊田から河野さんと私でヤマハまで大型幌つきのDAトラックで、
東名がまだ開通前だったので国道1号線を使って浜松まで行きました。
構想から1年未満でトヨタ2000GTが完成したことは脅威的な事です。
昼に車を積み、ヤマハの安川さんをはじめ多数の方々に見送られて直ぐにヤマハさんを出発しました。
トヨタテストコースに着いたのは午後の4時前だったと思います。

続く
                 細谷四方洋     13/7/30      13:00
20130723_hosoya (クリックで拡大表示)
    『流線の彼方』より拝借

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自動車の開発期間は、90年代前半頃で国内メーカーの場合、外観デザイン決定から量産開始まで平均で約30ヶ月(欧米では約40ヶ月)掛かったそうです。
90年代終盤にはそれが約20ヶ月まで短縮されて、00年代前半には日産の場合 約15ヶ月、トヨタは派生車を10ヶ月で開発したとのこと。
トヨタ2000GTの場合は、基本構想に着手したのが'64年11月1日で、全設計図が出図されたのが'65年4月。
河野さんと細谷さんがヤマハ発動機でトヨタ2000GTの1号車(280A)を受領されたのは'65年8月14日です。
CADも用いずに、この短期間でトヨタ2000GTが開発されたという事実にとにかく驚かされますね。
しかも、トヨタ自動車・ヤマハ発動機の両社とも、トヨタ2000GTの開発にそれ程多くの人員を投入した訳ではありませんでしたから、その点を勘案するとさらに吃驚です。
僅か9ヶ月ほどで、試作1号車の完成に漕ぎ着けたのは、トヨタ2000GTの開発に関わった全ての方達の情熱の賜物でしょうね。


  

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コメント

これは貴重なお写真ですね。
しかし、これだけの短期間で完成してしまうのは関係者の情熱もさることながら、企画時にすでに明確なイメージが出来上がっていたからではないでしょうか。
河野二郎氏はこれを浮谷東次郎に見せたかったとおっしゃっていましたが、1号車受領が14日、浮谷が鈴鹿で事故に遭ったのが20日(翌日逝去)、すれ違いだったんですね。

投稿: スポーツ800 | 2013年8月 1日 (木) 午前 10時05分

>スポーツ800さん
コメントありがうございます!
本当に、この写真は貴重ですよね。
それと、仰るようにトヨタ2000GTは企画の段階で、コンセプトがはっきりと決まっていました。↓
1.世界トップレベルの動力性能と高いクオリティを備えた本格的スーパースポーツ。
2.マシンでなく、日常的なハイパフォーマンスカー。
3.国内市場のみならず、海外市場の要件も十分に満たしたスポーツカー。
4.量産車ではなく、贅を尽くしたハイクオリティカー。
5.GTレースに参戦しても十分に通用する高いポテンシャリティ。
このコンセプトを目標に、皆さん奮励努力されたのでしょうね。
浮谷さんが亡くなったのは、トヨタ2000GTが完成した直後でしたか…。
タイミングさえ合えば、浮谷さんがトヨタ2000GTを運転する機会もあったと思いますが、これも巡り合わせなのでしょうね。。。

投稿: mizma_g@管理人 | 2013年8月 1日 (木) 午後 07時47分

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