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2013年7月30日 (火)

日産の販売政策に関する疑問

田村さんから以下のような内容のメールを頂きました。
私は、60年代の自動車業界に関する知識がないので皆目見当がつきません。
もしこのブログの読者の中に、当時の業界の事情に詳しい方がおられましたら、コメントを頂けるとありがたいです。
是非、よろしくお願いします。

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私が日産に在籍当時(’64〜’70年)、足回りの装備に関してはトヨタ、三菱、ホンダ、マツダ、いすゞなどに比べて
ホイールのサイズやワイド化などの装備が日産は常に2〜3年遅れていると感じており、何故なのか造形課の先輩達に
聞いても納得のゆく返事を貰えませんでしたが、当時私は労組青年部の幹事(設計部副ブロック長をしていた)だったので
設計の仲間から聞いたのはトヨタなどはメーカー直系の販売網なので、理想的な仕様として出荷できるのだが、
日産の販売網は独立系の販売店でタイヤは二流ブランドのバイアスタイヤで出荷し、デーラーにオプション装備として
ラジアルタイヤ、ワイドホイールなどを売らせて販売店の増収策としているんだと聞きました。
S30の国内仕様は明らかにそのような気配を感じました。
独立系の販売店しか持たない他メーカーもあったと思うのですが、日産にメーカーとしてのプライド、良心はあったのかどうか
疑問を感じています。
業界の事情に詳しい諸兄の御意見を伺えればと思っています。

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2013年7月28日 (日)

【フェアレディZ】ビーム定規とマグネシウムホイール【S30Z】

初代フェアレディZ(以下、S30Zと表記)のエクステリアを手掛けられた田村久米雄さんから、細谷さんの回想録を読んだ感想と、S30Zのマグネシウムホイールに関するお話を寄せて頂きましたので、以下に掲載します。

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トヨタ2000GTの細谷四方洋さんのお話、非常に興味深く拝見しています。
線図を描く時にビーム定規(日産でもバッテンと呼んでいました)をバランス・ウエイトで挟んだり、抑えたりしてカーブを創って作業したことを思い出しました。
入社時からA550Xの開発でヤマハの板金職人のレベルが非常に高いものだったと先輩達から聞いていました。

それとホイールに関してですが、丸Z計画でデザイン開発を進めていた’67年時点では、アルミホイールやマグホイールは鋳造技術が確立しておらず(鋳造したホイールのリム部を切削加工した後、探傷テストをすると60%が不合格で)、コスト的に量産車には採用できない、と云うのが当時の日産車体設計、車軸設計の見解で、私が一貫してセットしていたZ専用の鉄チンホイールのデザインが認められるものと思っていました。
’68年当初、スタジオの桑原君が何やらホイールのモデリングをしているようだったので聞いたら、マグホイールのデザインだとの事。
量産ではないレース用のホイールだと思っていました。
過去のZの開発に関する資料には鉄チンホイールのデザインをトライしていた形跡が有りますが、’69年のモーターショーで発表されたモデルには、特別にデザインされた鉄チンホイールは無く、乗用車のホイールカバーをアレンジして装着し、スポーツカーらしくない幅の狭いクロスプライタイヤのまま、レース用だと思っていた桑原君のデザインしたマグホイール(何と!!標準車より85万円も高額の価格設定!で、機密性に問題が有ったようで、市販車は全てチューブ入りで販売されたようです。)が装着されており、私にとって????という姿でした。
’70年になると窒素封入?の鋳造法が普及したようで、各社アルミホイールが登場するようになります。
この辺りの日産の商品計画に多いに疑問を感じました。
 

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細谷さんの回想録 その1の中に出てきたバッテンという道具は、ビーム定規というものだったようです。
日産でもトヨタでも、ビーム定規をバッテンと読んでいたのは興味深い事実ですね。
もしかたら、工業デザイン界で共通の呼称だったのでしょうか。

それと、ヤマハの板金職人のお話で思い出しました。
ヤマハの西岡幹夫さんという凄腕の板金職人を“元日産の方”と以前のエントリーに書きましたが、これは誤りでした。
西岡幹夫さんは日産とは無関係の方でした。(某旧車誌に騙された…orz)
西岡幹夫さんがヤマハに入るまでの経緯については、のち程詳しく書きますが(結構面白い話です)、取り急ぎこの場でお詫びと訂正をさせて頂きます。
間違った情報を発信してしまい、大変申し訳ありませんでした。。。

マグネシウムホイールは、60年代の時点ではまだ製造するのが難しかったみたいで、しかもコストがバカ高だったとくれば、トヨタ2000GTへの採用はかなりの英断だったと推測できそうです。
ただ、トヨタ2000GTはトヨタのイメージリーダーカーとして、ある程度コストを度外視して作られたようですから、高価なマグネシウムホイールの採用も理解できますが、トヨタ2000GTとは対極の大衆向けスポーツカーだったS30Zへの採用は、少し解せないところがありますね。
もしかしたら、レースのレギュレーションなんかが関係していたのでしょうか。

それにしても、こんな場末の泡沫ブログに、カーデザイン界のレジェンドとレース界のレジェンドのお二方から寄稿して頂けるなんて、本当に夢のようです。
旧車マニア冥利に尽きますね。
ただ、こういう状況になるのは、裏を返せばマスなメディアが正確な情報の発信をしてこなかった証左ですから、ヒストリアンとしては手放しでは喜べません。
しかしながら、詳しいことは書けませんがトヨタ2000GTに関しては、心ある方が正確な史実を後世に残すために、今後尽力して下さるので心配は無用のようです。
一方のS30Zの方は、果たしてどうなるのか…。
メディアの機動力をもってすれば、当時の関係者に片っ端から取材することで、何が真実なのか真相を確認することは可能なはずです。
きっと残された時間はそう多くないと思うので、手遅れにならないうちに、気概のあるメディアが現れて、正確な史実を後世に残してくれることを願ってやみません。

(1時間掛けて書いたエントリーが、投稿に失敗して消えてしまい、もう一度最初から書き直しました。メモ帳に下書きしなかった時に限って投稿に失敗するのはなんなのでしょうね…。)

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2013年7月25日 (木)

昨夜のカーグラフィックTV

昨夜のカーグラフィックTVの番組前半で、ホンダT360がフィーチャーされていましたね。
130725_cgtv_ak1 130725_cgtv_ak2
130725_cgtv_ak3 130725_cgtv_ak4  (クリックで拡大表示)
田辺さんと松任谷さんが番組中で語っていた、T360の誕生の経緯が間違いだらけだったのには苦笑してしまいましたが、たかが軽トラがこうして格調高い番組で取り上げられたことは、大いに喜ぶべきですね。
さて、T360の発売日まで残すところあと1週間となりましたが、どうもこの“発売日”を受け入れてもらうことは叶わなかったようです。
私独りで8月1日に「生誕50周年だ!」とはしゃいでも寂しいかぎりなので、以前告知したプレゼント企画は取り止めにして、ホンダが四輪市場に参入して50年目の記念日(ホンダが四輪メーカーとしての歩みを始めた日)として個人的にお祝いしようと思います。
特定の車種の発売日より、こちらの方が意義深い出来事ですからね。

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2013年7月23日 (火)

『細谷四方洋 回想録 #3』

細谷さんの回想録 その3です。
細谷さんのパソコンが壊れてしまうというアクシデントがあったのですが、本日無事にメールを頂きましたので、こちらに転載します。

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トヨタ2000GTの図面作成は主査室の壁に原寸大の用紙を張り付け、野崎さんが図面を書き上げた事は先回述べましたが、
その図面に前面・上部・側面からの輪切りの線を書き入れます。(病院のMRIの写真の様に体を輪切にした状態)
この図面を元にモックアップ(実物大の模型)を作り、一方では実寸のエンジンや足まわりが書き込まれるといよいよ実感がわいてきた。
ただ、エンジンの場合、エアークリーナの入る場所があまりにも狭く通常の車ならエアークリーナはキャブに直接付いているが、
トヨタ2000GTは苦肉の策で左フェンダーの中に装着する事になり、右フェンダーの中にバッテリーを入れることになった。
外観で目立つのが、1号車だけドアーの取っ手がクラウンのものを流用しています。
ストップランプはコースターのものを流用してます。

1号車と2号車以降の違いは後日書きます。

トヨタ2000GTの透視図があるので添付します。
20130723_2000gt (クリックで拡大表示)
           細谷四方洋    13/7/23    15:00
20130723_hosoya (クリックで拡大表示)
    『流線の彼方』より拝借

細谷四方洋 回想録 #4』に続きます。
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2013年7月22日 (月)

『殺人マシン・トヨタ7 福澤幸雄に何が起きたのか?:反米嫌日戦線「狼」』の嘘を暴く

先日、「トヨタ7」というキーワードでググッたんです。
検索した結果は以下の通りでした。
20130722_7search (クリックで拡大表示)
ご覧のように、検索1位がWikipedia、2位が画像検索結果、そして3位は「殺人マシン・トヨタ7 福澤幸雄に何が起きたのか?」というタイトルのブログエントリーでした。
4位の「殺人マシン・トヨタ7 - フィアット500大作戦!!」は、3位のブログと同一の人物が運営しているブログで、書かれている内容は3位のエントリーとほぼ一緒です。

で、この「殺人マシン・トヨタ7 福澤幸雄に何が起きたのか?」というタイトルのエントリーの中身ですが、簡単に言えば福澤幸雄さんの事故の件をダシにしたトヨタ批判です。
態々アクセスして読むほどの内容ではありません。(したがって、当該エントリーへのリンクは省略します)
でも、こうして検索の上位にきているということはアクセスが多いということですから、こんなくだらないエントリーを読んでいる人が沢山いるのでしょうね。orz
となれば、このエントリーの中でどうしても捨て置けない記述があるので、ここで指摘しておこうと思います。

私が捨て置けないと思った記述は、↓こちらの中で朱書き及び太字で強調されている部分です。
20130722_bsyblog (クリックで拡大表示)

このように強調していることから、ブログ主がこの部分を読者にアピールする意図があることは明らかですね。
そこで私も、この部分に的を絞って反証してみたいと思います。

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2013年7月15日 (月)

『細谷四方洋 回想録 #2』

細谷さんの回想録 その2です。

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野崎さんの使用した道具は、定規・コンパス・バッテン・鉛筆が主な道具になります。
再度確認のために念を押しますが、デザインは野崎さんです。
私の仕事は野崎さんのアシストと河野さんの運転手で、ほとんどトヨタとヤマハ発動機・鈴鹿サーキットの移動は一緒でした。
一番の思い出は、トヨタ2000GT一号車の受け取りにトヨタのお盆休みに私が大型の幌のついたトラックで河野さんと
ヤマハ発動機に行き、昼飯をご馳走になり積み込んでトヨタのテストコースに着きました。
3時頃だったと記憶していますが、待機していた写真室の皆さんが撮影に係り、無事撮影も終わりました。
この時のトヨタ2000GTの写真がカタログ等に掲載されて、皆様の前に発表されたのです。
約2時間位で撮影が終わり、テスト走行が始まりました。
栄誉な最初の走行をした時の感激は今でもしっかり頭にあります。
テストコースを数周して河野さんにバトンタッチ、その後再び私がハンドルを握り徐々にスピードアップしていきました。
このままでテストが終われば目出度しめでたしですが、問題が発生したのです。
ホイールのスポークに緩みが発生して、走行時にローリングがおきたのです。
2台分のホイールは出来ていたのですが、3号車以降もスポークホイールで仕掛けてあるので、河野さんの判断で
スポークは諦める事になり、野崎さんが一晩で鋳造製の図面を書き上げました。
私の頭にはロータス23やロータスレーシングエランの美しいマグネホイールが有ったので、ホイールの材料はマグネシュウムと進言し
マグネに決まりましたが、これが私の一生の不覚で、レースに使用するのは軽量で優れているのですが、経年劣化があるので
市販車にはマグネは不向きだったのです。
まさか45年も走行し、現在も元気で走り続けているとは思いませんでした。
生産台数330台あまりの中、100台以上の現動車がある事は大変な驚きです。
今のデジタル車と違って、トヨタ2000GTはアナログの車です。
10年前のデジカメ等は、ほとんどメディアが違って使えない物が大部分です。
オーナーの方々の愛情ある整備さえ行えば、後50年やそれ以上の走行が可能です。
1号車のその後は後日書きます。

          細谷四方洋    13/7/12   18:00
20130723_hosoya
(クリックで拡大表示)
    『流線の彼方』より拝借


細谷四方洋 回想録 #3』に続きます。 
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トヨタ2000GTのバイブル本で有名な吉川 信氏が、以前私に「トヨタ2000GTもS30Zと同じように、我こそがデザイナーだという人間が2人いるのだ」というようなことを言っていましたが、細谷さんの認識はご覧の通りです。
トヨタ2000GTのスタイリングを手掛けたのは、野崎 喩さんで間違いないでしょう。
そして、初めて2000GTをテストした時のお話は電話でも伺ったのですが、電話口での細谷さんお話し振りが本当に嬉しそうだったことが、とても印象的でした。
そして一転、ホイールの件では、材質をマグネシウムにするよう進言してしまったことを、本当に申し訳なさそうにお話されていました。
流石に、数十年先まで使われることを見越してクルマを設計するなんて、現代でもあり得ませんから、マグネシウムホイールを選択したことは決して誤りではなかったと私は思います。
まあ、2000GTのオーナーさんの場合には、またちょっと違った見解になるのかもしれませんが…。
次回は1号車のお話になりますが、細谷さんの負担にならないよう、週一くらいのペースで書いて頂くことになりましので、ブログへのアップは少し先になると思います。
鶴首してお待ち下さい!



  

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2013年7月13日 (土)

『細谷四方洋 回想録 #1』

人生にサプライズはつきものですが、今回私が経験したサプライズには本当に吃驚しました。
なんと、トヨタの純ワークスチーム「チーム・トヨタ」でキャプテンを務められ、トヨタ2000GTやトヨタ7を駆って大活躍された、元レーシングドライバーの細谷四方洋(ほそや しほみ)さんが拙ブログをご覧下さって、そのご感想を、トヨタ2000GTのレプリカ車製作で有名なロードスターガレージさんを介して私に伝えて下さったんです。
のみならず、電話でお話をする機会を設けて頂きまして、トヨタ2000GTが開発された当時のお話を色々と伺う光栄に与かりました。
こんなチャンスは願ってもなかなかあるものではありません。
間を取り持って下さったロードスターガレージさんに感謝感謝です。

それで、話はこれで終わりではなくて、細谷さんは電話で私に聞かせて下さったお話を、何と不慣れなキーボード打ちをして文章にまとめて送って下さいました。
あとで説明する機会があるかと思いますが、実は細谷さんは2000GTの開発プロジェクトに初期段階から関与されていて、開発メンバーになったのはデザイナーの野崎喩さんよりも早かったのだそうです。
また、細谷さんは野崎さんのアシスタントを務められた関係で、タッグマッチ方式で図面が描かれた場にも立ち会っており、トヨタで行なわれた初期の開発作業を熟知されています。
トヨタ2000GTの開発の本拠がヤマハに移った後も、プロジェクトリーダーの河野二郎さんと共にヤマハに通われたとのことで、細谷さんはトヨタ2000GTの開発史を知る、まさに生き証人と言える方です。

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2013年7月10日 (水)

【日産】生産展開とは【用語解説】

当ブログに田村久米雄氏(以下、田村さんと表記)が寄稿して下さったエントリーの中には、生産展開という言葉がよく出てきます。
この生産展開という言葉の意味は、部外者である我々にはなかなか分りにくいものですので、田村さんに解説をして頂きました。
少しばかり順番があべこべになってしまいましたが、用語について知識があることは、決して無駄にはなりませんので、是非ご一読頂ければと思います。


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CA案が役員承認を得た後、直ちに線図化作業に入り、プラットフォームの形状をモデラー3人(S30を担当したのはモデリングを担当していた阿部君、漆原君、鈴木君)に実作業をしてもらい、私が監修しながら進めます。
その間、担当デザイナーはEXT.Design(エクステリア・デザイン)のフィッティングパーツのデザインをリファインしながら設計に引き渡せる図面にして行きます。
この作業が生産展開です。
 
通常のセダンで有れば、ラジエーターグリル、テールランプなどが重要なデザイン上の要素になるのでこれらのデザイン作業を先行しますが、S30の場合、スポーツカーなのでバンパー、オーバーライダー、ラジエーターグリル、テールランプ、ホイール、またはホイールカバー、ランプハウス、ウインドーモールディングの図面化を進めます。
デザイン処理上の難点があると作業が滞ってしまうので、重要度の順に3~
4点を同時並行で進めていました。
バンパー、オーバーライダーの図面化を終了した頃に、スタジオチーフからレース仕様にラジアルタイヤを履かせるので、オーバーフェンダー、リアスポイラーのデザインをせよと命じられて、フルサイズクレイでこれらのモデリングをしました。
フロントのスポイラーについてはまだ私の中でベストの解決手法が決まっていなかったので後回しにしていました。
 
 

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【ホンダ】発売日のソース 第二弾【T360】

極初期型のT360を所有されていて、現在はマツダR360クーペのレストアに取り組まれている凄腕レストアラーのワンダーコッコさんが、ホンダT360の発売期日が記載されている当時の自動車誌の画像を送って下さいました。(ワンココさん、いつも素晴らしい資料を送って下さいましてありがとうございます!)
その画像は↓こちらです。
20130710_gk6309_01 (クリックで拡大表示)
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                     (クリックで拡大表示)

ご覧のように、これは「自動車工学'63年9月号」で、記事に記載されている内容は、モーターマガジン'63年9月号と一致しています。
モーターマガジン誌よりも紙幅に余裕があったのか、生産工場や目標月産台数などまで記されていますね。
そして、問題のT360の発売期日ですが、やはり(1963年)8月1日となっています。

記事をよく見れば、500ccトラックの発売時期が“12月頃”となっており、この表現はモーターマガジン誌と完全に一致していますね。
これは、両誌ともホンダのプレス発表(リリース)を見て記事を書いたために生じた一致であることは想像に難くありません。
もし、記事執筆者が“書いたモン勝ち”的に主観で記事を作成していれば、このような完全な一致ということは起こらなかったでしょう。

両誌の記事の内容が一致するということは、つまり記事の内容が当時ホンダがプレス発表したものであると考えて間違いなく、故にT360の発売日はやはり1963年8月1日ということになるかと思います。

8月1日といえば、あと20日とちょっとですね。
T360の50回目の記念すべき誕生日を、是非 多くのT360愛好家の方達に祝って頂きたいものです。
私は、T360の生誕50周年記念として、読者の皆様にプレゼントを用意していますので、是非お楽しみに!
まあ、喜んで頂けるかビミョーなものですけれども。。。(^^;





 

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2013年7月 4日 (木)

【ホンダ】発売日のソース【T360】 (追記あり)

「ホンダT360友の会」さんのBBSに さいたまさんが投稿された下掲の書き込みは、おそらく私のブログ記事をご覧になって書かれたものと思いますので、私からちょっとだけ補足説明をさせて頂こうと思います。
 
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
ホンダT360発売50周年 投稿者:さいたま  投稿日:2013年 7月 3日(水)08時20分37秒  返信・引用 編集済 

(前略)
>雑誌が有力かと言うと、そうでもなく記者が勝手に書いちゃうケースが多く
>雑誌に書かれているのはいわゆる書いたもん勝ち的なところがあり雑誌に書かれているとそれが一般的に通ってしまうので疑問も多いようだ
>したがって、ホンダT360の発売日は不明のようです、

(後略)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

まず、雑誌の記事には大別すると二種類あると思います。
一つは、記事執筆者の主観が混じった記事。
もう一つは、客観的な事実だけが記述された(執筆者の主観が混じっていない)記事。
前者の場合、さいたまさんが仰るように、記事の内容を鵜呑みにしてはいけないことは言わずもがなです。
しかしながら、後者の場合は雑誌の記事であっても記事の内容を額面通りに受け取って、別段 差し障りはないのではないでしょうか。

ということを踏まえて、私がホンダT360の発売日のソースとした記事をご覧下さい。
20120704_mm6309 (クリックで拡大表示)

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2013年7月 3日 (水)

ホンダの軽オープンスポーツに期待!

ホンダが現在、鋭意開発中の軽のスポーツカーはオープンモデルだそうです。
伊藤社長がまたまた言及されました。↓
http://autoc-one.jp/special/1416135/page01.thtml

この軽オープンスポーツが発売されるのは2014年と噂されていますので、個人的には是非、エスの発売50周年記念モデルとして売り出してもらいたいと思うのですが、やっぱり無理でしょうかね…。
S2000が創業50周年の記念モデルとして、エスの名を冠して発売されましたから、今度の軽オープンスポーツもエスの発売50周年を記念するモデルとして、エスの名を冠して発売されたらサイコーなのですけど。

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