« 日産の販売政策に関する疑問 | トップページ | 【祝】ホンダT360生誕&ホンダ四輪市場参入50周年 »

2013年7月31日 (水)

『細谷四方洋 回想録 #4』

細谷さんの回想録 その4です。
今回は原寸大のモックアップの写真を送って頂きましたので、本文の中に掲載します。

***************************************************************************
やっと探していた写真が見つかりました。
本来ならばこちらを透視図より出したかったのですが、写真の整理がうまくないので探すのに時間が掛かり
今回モックアップの写真を送ることができました。
130731__2  (クリックで拡大表示)
この写真が撮影されたのは'65年の初めで、運転席に座っているのは当時25歳の私です。
この1枚の写真で判ると思いますが、視認性・ハンドル・メーター類・チェンジレバーの位置・レバー類の位置などの
最終決定をして1号車の製造に掛かりました。
メーターパネルはヤマハピアノなどに使用するローズウッドの特級品、スイッチレバーはエレクトーンの最高級品と、
ヤマハさんの技術と製品をふんだんに使用しました。
前期型トヨタ2000GTのメーターパネルは一 品物で、同じ模様はありません。

'65年のお盆に完成するようにヤマハさんは技術の粋を投入して頑張って下さり、トヨタ2000GT一号車が完成。
受け取りにトヨタの夏休みの8月14日に、豊田から河野さんと私でヤマハまで大型幌つきのDAトラックで、
東名がまだ開通前だったので国道1号線を使って浜松まで行きました。
構想から1年未満でトヨタ2000GTが完成したことは脅威的な事です。
昼に車を積み、ヤマハの安川さんをはじめ多数の方々に見送られて直ぐにヤマハさんを出発しました。
トヨタテストコースに着いたのは午後の4時前だったと思います。

続く
                 細谷四方洋     13/7/30      13:00
20130723_hosoya (クリックで拡大表示)
    『流線の彼方』より拝借

***************************************************************************

自動車の開発期間は、90年代前半頃で国内メーカーの場合、外観デザイン決定から量産開始まで平均で約30ヶ月(欧米では約40ヶ月)掛かったそうです。
90年代終盤にはそれが約20ヶ月まで短縮されて、00年代前半には日産の場合 約15ヶ月、トヨタは派生車を10ヶ月で開発したとのこと。
トヨタ2000GTの場合は、基本構想に着手したのが'64年11月1日で、全設計図が出図されたのが'65年4月。
河野さんと細谷さんがヤマハ発動機でトヨタ2000GTの1号車(280A)を受領されたのは'65年8月14日です。
CADも用いずに、この短期間でトヨタ2000GTが開発されたという事実にとにかく驚かされますね。
しかも、トヨタ自動車・ヤマハ発動機の両社とも、トヨタ2000GTの開発にそれ程多くの人員を投入した訳ではありませんでしたから、その点を勘案するとさらに吃驚です。
僅か9ヶ月ほどで、試作1号車の完成に漕ぎ着けたのは、トヨタ2000GTの開発に関わった全ての方達の情熱の賜物でしょうね。


  

|

« 日産の販売政策に関する疑問 | トップページ | 【祝】ホンダT360生誕&ホンダ四輪市場参入50周年 »

TOYOTA 2000GTの真実」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/158972/52688611

この記事へのトラックバック一覧です: 『細谷四方洋 回想録 #4』:

« 日産の販売政策に関する疑問 | トップページ | 【祝】ホンダT360生誕&ホンダ四輪市場参入50周年 »