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2012年6月15日 (金)

【トヨタ】ボンドカー予備車の行方【2000GT】

私、全然知らなかったのですが、ボンドカーの予備車に関する情報はずいぶん前に解禁になっていたのですね。

↓この通り、ボンドカーの予備車は現存しており、現在レストアが進められています。
120615_bond_spare

詳しくは、CARZYというネット配信されているカー雑誌をご参照下さい。
http://carzy.net/books/backnumber/2

そんな訳で、“予備車は存在しなかったのではないか”という福野礼一郎氏の推測は、誤りであったことが確定しました。
プロのライターさんの向こうを張って、“予備車は存在した!”と一貫して主張してきた素人の私の正当性が、こうして実車の存在によって立証されて、まずは一安心です。(ホッ

   
検索用:幻のボンドカー、発見! 

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TOYOTA 2000GTの真実」カテゴリの記事

コメント

¥500払って買いました。
シャシーはほとんど出来あがってますね。
以前写真で見せていただいた立体駐車場の個体でしょうか。
どの程度部品が残っていたのでしょうね。
ボディはまだデコボコながらもかなりレストアが進んでいるようですが。
トヨタ博物館の個体の用に試作車の部品が、量産車の部品に取りかえらえれてしまわないよう(ワイパーとかマフラーとか)願っております。

投稿: スポーツ800 | 2012年6月16日 (土) 午後 09時01分

>スポーツ800さん
コメントありがとうございます。
今回CARZY誌で披露された車輌は、あの立体駐車場の個体と同一車のようです。
ですから、エクステリアの状態はかなり悪かったと思います。
オープンカーですから、インテリアの状態も推して知るべし…でしょうね。
きっと、全体的に失われていたパーツが多かったんじゃないでしょうか。。。
この予備車は、生き残っていた事が自体が奇跡ですから、まずはそのことを喜ぶべきかもしれませんね。
それと、こういう特殊中の特殊なクルマを相当の費用を掛けて修復されるのですから、それなりにしっかりと考証はされるんじゃないかと思います。(こういうクルマに手を出せるのは、2000GTに造詣が深くて財力のある方だと思います)
レストアが完成した暁には、トヨ博の撮影車とのツーショットを是非見てみたいですね。(福野さんにとっては眼を背けたくなる光景かもしれませんが…)

投稿: mizma_g@管理人 | 2012年6月16日 (土) 午後 09時57分

 あの廃車体がスクラップにならず生き残っていたことを知り
嬉しいというか、なんかホッ、としますね。
どのような経緯で今日に至ったのかがとても興味の
あるところです。
トヨ博とのツーショットは見たいですね、

投稿: hideboy | 2012年6月17日 (日) 午前 12時48分

>hideboyさん
コメントありがとうございます。
本当に、あの廃車体にしか見えない個体が、よくぞ生き残っていましたよね。
映画のプロモーションのために欧州をどさ回りした予備車が、その後どのような数奇な運命をたどったのかについては、私も大いに気になります。
ひとつ確かなことは、“オーナーに恵まれた”ということでしょうね。
だから、本来廃却されるべき個体が生き残ったのだと思います。
これで撮影車と予備車の現存が確認されましたから、残されている写真が1枚もないと言われている2台のツーショットを、是非実現して欲しいですね!

投稿: mizma_g@管理人 | 2012年6月17日 (日) 午前 09時55分

CG誌8月号で、浅岡重輝氏がボンドカー製作の依頼は最初いすゞに来た。
それを、トヨタに移籍する福沢幸雄の手土産として、トヨタに持っていかせた。
と述べられていますが、広く周知されていることなのでしょうか?

投稿: ポンタン | 2012年6月30日 (土) 午前 12時55分

>ポンタンさん
コメントありがとうございます。
ボンドカーの件を福沢幸雄さんが仲介したことは色々な方が証言されていますが、移籍の際の手土産だったことや最初にいすゞにボンドカーのオファーがあったことは、初めて知りました。(この件が広く周知されているかどうかは、私には分からないです…)
確かトヨタの河野二郎さんの証言では、福沢さんがボンドカーの話を一度断ったところ、ブロッコリー氏から河野さんのところに直接電話が掛かってきて、何処だかのホテルのサウナで河野さんとブロッコリー氏が直接会って話をした結果、トヨタがボンドカーの製作を受けることになった、という顛末だったと思います。
トヨタ自販の方も、3000万円のタイアップ料を請求されたので一度断ったと証言されています。
それと、ボンドカーの話がトヨタに持ち込まれたのは、スピードトライアルの準備をしていた頃だったような?(因みに、ボンドカーが突貫作業で製作されたのは'66年5月のことです)
ちょっと調べたら、福沢さんのトヨタへの移籍は1966年1月だそうなので、手土産という話は時系列的にちょっと齟齬がある気がしますね。。。^^;

投稿: mizma_g@管理人 | 2012年6月30日 (土) 午後 02時42分

そうですか。
浅岡さんの証言では、知り合いの日本在住映画プロデューサー、マイク・ウォーカー氏から、いすゞでボンドカーを作ってくれないかとのオファーがあったそうです。
しかし、いすゞには適当な車がなく、トヨタ2000GTなら最高だと、トヨタ入りするサチオの手土産にして、話がトヨタに行ったとのこと。
ちなみに、福沢幸雄さんは浅岡さんの小学校時代からの弟分だったようです。
浅岡さんは現役のモータージャーナリストですが、日本のレース界の生き字引的な方ですから、いろいろと興味深い昔話を語っていただきたいですね。

投稿: ポンタン | 2012年6月30日 (土) 午後 05時04分

>ポンタンさん
コメントありがとうございます。
ボンドカーの件、もうちょっと詳しく調べてみました。
当時トヨタ側の窓口になったトヨタ自販事業部の田代氏の証言によると、“007に2000GTを使いたい”という話は東和映画というところから来たのだそうです。
ただし、“福沢さんが間に入ってパイプラインの役割をしたのは事実”と、ボンドカー製作の実作業を担当された塚越昇氏が証言されています。(以上のソースはモノマガジン誌No,323です。塚越氏と同様のことは河野二郎氏や野崎喩氏なども証言されています。)
それと、上の私のコメント中のブロッコリー氏というのは、007のプロデューサーのアルバート・R・ブロッコリ氏のことです。
Wikipediaによると、ブロッコリーではなくてブロッコリみたいですね。(汗
手土産というお話に関しては、時期的に数ヶ月合わないような気がしますが、福沢さんがトヨタに移籍して少し経ってから話を切り出したとすれば、辻褄が合うように思います。
また、最初はいすゞにオファーがあったということは、浅岡氏が記憶されているなら間違いなさそうですね。
恐らくこのいすゞの件は、これまで殆ど知られていなかったのではないでしょうか。
少なくとも、私がこれまでに眼を通したことのあるボンドカーに関する記述のある記事では、いすゞの件は見たことがありません。
仰るように、浅岡氏といえば本当に日本レース界の生き字引的な方ですので、覚えてらっしゃることはどんどん後世に伝えて頂けたら有り難いですね。


投稿: mizma_g@管理人 | 2012年6月30日 (土) 午後 10時18分

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