« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »

2012年3月23日 (金)

茫然自失

メインで使っているPCのハードディスクが、昨日壊れてしまいました。
なんの予兆もなく、突然に…。
データのバックアップはしばらく取っていなかったので被害は甚大です。
自分の怠慢が悲劇を招いたのですから自業自得なのですが、それにしてもロストしたデータが多すぎて、しばらく立ち直れそうにありません。。。orz
自分で集めた資料類は仕方がないと諦めがつきますが、頂き物の資料やメールなんかはそうはいかないんですよね。
はぁ…もうタメ息しか出ません。

続きを読む "茫然自失"

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2012年3月15日 (木)

T360のフューエルフィラーキャップをカラーチャートと照合してみた

2012/03/18】 画像を2枚追加して説明文を追記しました。
*****************************************************************************


多忙につき、本文なしです。
手抜きエントリー、ご容赦を。。。
尚、全ての画像はクリックすると拡大表示します。
120314_img_0392

続きを読む "T360のフューエルフィラーキャップをカラーチャートと照合してみた"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月11日 (日)

念のため魚拓を取っておきます

(2012/09/30:追記)

MEEP! MEEP!さんの↓こちらのエントリーへの返答を、手短に書いておきます。
http://minkara.carview.co.jp/userid/926634/blog/27875438/ (リンク切れ)
http://megalodon.jp/2012-0930-0938-13/minkara.carview.co.jp/userid/926634/blog/27875438/(ウェブ魚拓)

○“公表された著作物”からの文章や写真等の引用は、日本の著作権法第32条で認められています。
 「2000GT本は海外出版だ」と反論されていますが、出版地に関わらず日本国内で流通したものについては日本の法律が適用されます。

○造形課の資料をデータ保存する作業は今まさに、かたちの会(だったと思います…)で古い車種から順に行われている最中で、私がお話を伺った時点ではまだS30Zには未着手とのことでしたので、仰るような理由での資料の流出は、S30Zについては考えられないと思います。
 また、私は“資料を盗んだ”等とはどこにも書いていませんので、発言の捏造はお止め頂ければと思います。

○コメント欄で、私に“中国人”と事実無根のレッテルを貼って人格攻撃をされていますが、これは貴殿が根底に中国人に対して差別意識を持っている証左で、自身がレイシストであることを告白しているようなものです。
 このような愚かな行為を、理性ある大人が公の場でするべきではないと思います。 

○“田村氏は線図工だった”と断定されるならば、そのことを個人の主観ではなく客観的な証拠を提示して立証するべきと考えます。
 田村氏の当時の仕事振りを覚えていらっしゃる造形課のOBの方は、かたちの会に複数存在します。
 また、意見と人格は別物です。田村氏の人格をいくら否定しても、それで田村氏の主張の正当性を否定することはできません。
 主張を否定するためには、主張の根拠が真実でないことを客観的な証拠を示して証明する必要があります。
 貴殿は既に、公衆の面前で田村氏の過去の功績を完全に否定しており、挙証責任が生じています。
 もし貴殿が、田村氏の主張の根拠が真実でないことを証明できなければ、貴殿の名誉が毀損されることになるでしょう。
 私はそのことを大いに憂慮します。
 
以上です。
---------------------------------追記ここまで-------------------------------





ココログがおかしいです。
本文を修正して保存ボタンを押すと、本文の一部が消えてしまいます。
ちょうど一段落分が丸々消えてしまう感じです。
以前にも同様のトラブルがあったのですが、その時はメモ帳に書いたものをコピペしていたので事なきを得ました。
でも、このエントリーは、記事の入力欄に直接書いていたので、バックアップがありません。orz
歯抜け状態の文章では意味が分からないでしょうし、今は消えてしまった部分を書き直す時間がないので、とりあえず全文を削除しておきます。
このページを開いて下さった方には、お詫び申し上げます。

ところで、↓このドラマのワンシーンに写り込んでいる黄色いクルマは、車体色がゴールドのトヨタ2000GTの廃車体でしょうか?
120928_oretabi (クリックで拡大表示)
(画像出典:テレビドラマ 俺たちの旅)

(2012/10/02:画像追加)
121002_hairpin_circus_a (クリックで拡大表示)
(画像出典:テレビドラマ 俺たちの旅)

121002_hairpin_circus_b (クリックで拡大表示)
(画像出典:YouTube)

   
  

続きを読む "念のため魚拓を取っておきます"

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2012年3月10日 (土)

MEEP! MEEP!さんで削除されてしまった私のコメントを再掲

トヨタ2000GTの写真集を自費出版したことで有名な吉川 信氏のブログ、MEEP! MEEP!にアップされたエントリー中に「ダットサンZ240のデザイナー松尾氏」との記述を見つけたため、つい反応してコメントを書き込んだところ、吉川氏から押し込み強盗との称号を得るに至ってしまいました。^^;
何故このようなことになったのか、事の次第はMEEP! MEEP!さんの当該エントリーをご参照頂きたいのですが、不思議なことに吉川氏は現在ご自身のコメントを全て削除されています。
氏が自身のコメントを削除されたのは、どうやら私が投稿したコメントが切っ掛けのようなのですが、その私が投稿したコメントも残念ながら現在は削除されています。
私のコメントが削除された理由はよく分かりませんが、何か不都合でもあったのでしょうかね。
私は自分の発言に後ろめたい部分は一切ありませんから、自分でコメントを削除することなどあり得ませんし、コメントが削除されたことは甚だ不本意です。
そこで、備忘も兼ねて自分が書き込んだコメントをこのブログに再掲しておこうと思います。
 
****************************************************************************

続きを読む "MEEP! MEEP!さんで削除されてしまった私のコメントを再掲"

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2012年3月 5日 (月)

第4スタジオ “スタジオチーフ”の職務と権限

2012年2月26日にアップしたエントリーの『【用語解説】造形課に於ける“チーフデザイナー”とは』の補足として、第1造形課第4スタジオのスタジオチーフの職務と権限について田村久米雄氏に解説して頂いたので、以下にそれを掲載します。
とかく誤解されがちな、松尾良彦氏の肩書きと職務内容について、一人でも多くの方に正しい知識と認識を持って頂けましたら幸いです。
この部分を誤解したままで、S30Zのデザイン開発史の正しい考証・考察はできないと個人的には思います。


***************************************************************************

過去のS30に関する多くの文献の記述をみると、取材者の多くはチーフデザイナーはその車種の開発全般に亘って権限があり、他部署にも自由に提案が出来るデザイン部署の責任者で、ジェネラル・マネージャーとしてデザイン開発全てに関与していた役職であったと解釈しているように感じます。
何度も繰り返しますが、このブログのエントリー「造形課の組織図」をご覧頂けばお分かりのように、造形課にはデザイン実戦部隊として「カラーリング・スタジオ」「インテリア・デザインスタジオ」「エクステリア・デザインスタジオ」があり、エクステリア・デザインスタジオは第1〜3スタジオにはスタジオ・チーフ(
総括:係長)と担当デザイナー、アシスタントデザイナー数名が配属されて居ました。

スポーツカー担当の第4スタジオは松尾チーフ(
主任)、モデル案の担当デザイナーとして吉田章夫(ふみお/’67年4月下旬に第二造形課に転籍)、千葉 陶(いつき/本人の証言を得られていないので詳細は確定できませんが、’65年’〜66年半ばまで第4スタジオ、以降インテリア・スタジオに移動)、田村久米雄・西川暉一・桑原二三雄(’67年2月配属)でエクステリア・デザインを進めていました。
吉田さんが担当していたCA案(過去の文献ではA案と記載されていますが)を私が引き継ぎ、’67年11月、役員承認を得て、線図化作業、生産展開に移行します。従って、松尾さんはスタジオのマネージャーとして
人員配置、作業の進行管理、他部署からの仕様に関する条件変更などのデザイナーへの伝達を担っていました。松尾さんは当時、総括職ではなく主任でしたので他部署との折衝は課長の四本さん、課長補佐だった猶井さんを経由しなければ出来ない立場にありました

過去の文献でブルーバードやセドリックなどのH/Tデザインに松尾さんが関与したと記述がありますが、彼は第4スタジオ(マルZ計画スタート以前は前身であるアドバンス・スタジオ)に所属しており、
他のスタジオのデザイン作業に関わることはできなかったはずです。(他のスタジオには担当デザイナーがおり、セダンのデザイン終了と共にH/Tデザインを担当しますので、わざわざよそのスタジオの年配のデザイナーに依頼する訳もなく、そのような話は聞いたことも有りません。)


   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月 4日 (日)

【S30Z】日本語版の年表を修正版に差し替えました【240Z】

2011年11月26日に投稿したエントリー【S30Z】年表と写真で見るデザイン開発の経緯【Datsun240Z】に掲載した、デザイン開発に関する年表の日本語版の方を加筆修正したものに差し替えました。
今回の年表のアップデートは、田村久米雄氏から寄せられた下掲の解説文を基に行ないました。
年表と併せて、こちらの解説文もご一読頂けましたら幸いです。
尚、英語版の方も後程、加筆修正して差し替えます。

----------------------------------------------------------------------------

阿部君達の線図化作業を監理しながら、’68年1〜3月頃にはエクステリア・パーツの線図的要素の強いバンパー、オーバーライダー、横バーグリルの図面化作業とオーバーフェンダー、テールスポイラーのモデリングを進めていましたが、(この頃、桑原君がマグホイールのモデリングをしている姿を目撃しています。)この時期に日産車体への出張(1週間)、IBMのコンピュータ講習の受講(1クール1週間)が3回と立て続き、会社に戻ってもモデルルームに行く時間的余裕は無く、スタジオで図面化作業をしていました。従って、この時、最終プロトタイプが出来上がり、造形課に搬入されていたはずですが私は見ていませんでした。(当然、ホイールがどう処理されていたのかも知りませんでした。)
ランプハウス、サイドマーカー、テールランプ類、ウインドーモール類はこの時点では全く手を付けてはいませんでした。
私はそんな動きでしたから、既にこの時期、モデルルームではオープン、タルガトップ、2by2などのプロジェクトの命題にないモデルの作業が西川君、桑原君を使って進行していたのだろうと思います。(これは、田村がモデルルームに降りてくる機会が無いので、出来ることだったのだと思います。)
IBM講習の3回目を合格すると、すぐに技術電算課に出向するよう要請され、1〜2週間で出向しましたので、私が第4スタジオを離れたのは ’68年4〜5月だったと思います。

続きを読む "【S30Z】日本語版の年表を修正版に差し替えました【240Z】"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月 2日 (金)

訂正のお知らせ

2011年12月26日にアップしたエントリー「イギリスのT360は凄い個体だった! 」の本文の一部を訂正しましたのでお知らせします。

当該エントリーでは、イギリスに現存しているT360のオリジナルの塗色をベージュと表記しましたが、再考した結果これを取り消すことにしました。
理由については、上記リンク先をご参照下さい。
120302_beigeak

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »