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2012年1月16日 (月)

【S30Z】CA案の役員承認に至る担当デザイナーの心境

2012/01/21】 管理人の補足を修正しました。
2012/01/20】 追記&画像を追加しました。
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過去のエントリー『【S30Z】最終案デザイナー田村久米雄氏に拠るデザイン解説【Datsun 240Z】』の補遺として、CA案に関する解説文を田村久米雄氏に寄稿して頂きました。
その解説文を以下に掲載しますので、過去のエントリーと併せてご一読頂ければと思います!

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  私が吉田さんから CA案を引き継ぐことになった時は、興奮しました。なぜなら、それまでの造形課ではフルサイズのモデリングを担当出来るのは芸大、千葉大、京都繊維工科大出など、エリート大学のキャリアに限られており、高卒・途中入社の私にそのチャンスが巡って来るとは予想外の出来事だったからです。
 吉田さんの下でモデリングのサポートをしている間は、吉田さんの表現したいかたちを忠実に再現することに意を注いでいましたが、「さあ、これからお前がやれ!」と言われると、責任感がまるで違ってきます。全てを自分が主体的に指示しなければ前進できない状況なのです。
 既にこの時期、CA案は造形課内の総括展示でも最有力案でしたから、責任も重大でした。それまでも吉田さんの下でモデリングをしている間に、ふくよかなボディをもっとシャープに出来るのではないかと思っていましたが、いざ、自分がやることになると何処から手を付けたものか随分悩みました。そこで、当初から気になっていたボディサイドをシャープにするために、ボディサイドのショルダー部にキャラクターラインを加え、サイドシルにインバースラインを加えたのです。これも2回程のリファインを加えましたが、少々重たいイメージのあったボディサイドを一挙に軽快に変貌させることが出来ました。

 その直後、4気筒搭載を前提にしていたボディを6気筒搭載とし、全高が低くなり、全幅が広く、フードはアップすると言う仕様変更を告げられたのです。これはクレイモデルのベースからの創り直しで、急遽、木型から造り直し、旧CA案のモチーフを移植する作業が始まりました。
 この作業はウエストラインの高さをどうするか、ウインドーシールドの位置をどうするか、傾斜はどうするか、フード先端部を何処まで低くできるか、テールゲートの高さをどうするか、前後のフェンダーの絞り込みをどの程度にするかなど、解決しなければならない問題が沢山ありました。

120120_yca  120120_tca4

       【CA案/吉田案】                  【CA案(4気筒)/田村案】

120120_tca6
    【CA案(6気筒)/田村案】

 この時から、毎日、仕事が終わって退社してもモデルのことが頭から離れない日々が続きました。
 毎夜、睡眠する前に目をつぶるとモデルの気になっている部分の映像が次々に浮かんでくるのです。これが毎日10数か所以上も現れてくるのです。そのひとつひとつに「明日はこうしてみよう、こんな方法も有るな」とヒントを出して、翌日出社してからモデラー達に指示を出すのです。
 ヒントの出なかった部分は次の日に持ち越しです。最適な解決策の見つからなかった部分も数日すると必ず、解決策が見つかるのです。
 2週間も過ぎると気になっている部分は7〜8箇所になり、さらに5〜6箇所に減ってゆきます。
 この時期は毎晩、しっかり睡眠をとってデザイン処理のヒントを出すことが重要になっており、解決策のないままモデルを前にしても作業が前進できないのです。
 尚且つ、この時期はCA案のリファイン作業の他にE案のデザイン作業も抱えていましたから、前日の睡眠中にそれぞれのデザインの修正の方向を決めていかないと作業がスムーズに進まないのです。

   ここで当時のモデリング作業が進行するプロセスを説明しておきます。
通常、他のスタジオでは2〜3名の担当デザイナーがそれぞれの案をモデリングし、4〜5週間ごとに仕上げ、造形課の総括(係長クラス)・主任クラスによる「総括展示」が行われ、この案はさらにリファインの余地がある、この案は止めて別案を進めた方がいい、この案は廃止などと評価され、次の工程に進んで行くことになります。
 展示モデルの完成度が十分高いと認められると「部長展示」に掛けられ、「役員展示」の俎上に上げられます。
 そして、最終的に承認を得ると「生産展開GO!」のサインが出されます。

 私の場合はCA案と同時にE案のモデリングも担当しており、西川君のD案と共に3〜4回のリファインを進めていました。
 E案は新規のモデリングでしたので、比較的気楽にスタイリングが出来、1〜2度リファインするとまた別案をという形でモデリングを進めましたが、過去の文献を見てもそのうちの2案くらいしか全景写真が写っていませんが、モデルルームの情景写真にフロントビューの一部しか映っていないモデルは、フロントバンパーをグリルサイドまでラウンドさせたデザインで、翌年のモーターショーにトヨタが「セリカ」として発表したモデルとフロントビューが酷似したものでした。これを見た時に「センスのあるデザイナーは同じような事を考えるんだな」と思ったものです。
 この’67年6〜10月の間にデザインしたD案/E案は、その半年前迄モデリングされていたB案/C案に比べて実車としての存在感のあるレベルに到達しており、D案を担当していた西川君とはお互いに「おぬし、なかなかやるのう!」という共通認識がありました。

 総括展示で常に最有力候補だったCA案は、主要諸元が変更となったものの、吉田さんからモチーフを引き継いで5〜6回もリファイン作業を経ていましたから、D案、E案に比べて練成度が格段に進歩しており、ボディのあらゆる部分の完成度をさらに高めるレベルになっていました。
 前夜の瞑想中に現れた部分を翌日、モデルを前にして眺めてもそれ程違和感を覚えないのですが、その部分を掌で撫でると、「もっと削り込んだ方がいいのかな」「もう少し、ふくよかなラインにした方がいいのだな」と伝わって来るのです。
 特に、ライン部のRは指先でなぞって行くと、「ここは小さく、ここは少し大きく、ここは一挙に大きく」ということが解るのです。
 この感覚は独特で、何百年の年輪を重ねた大木でもなければ、何万年も堆積された大理石でもない、張りぼての木材の上に数センチの可塑性の樹脂と硫黄で造られたインダストリアル・クレイなのに、「これでいいの?」という挑戦を私に仕掛けてくるのです。
 仏師が大木から仏像を掘り起こすように、このクレイモデルは、毎晩、私に「ここはどうなの?」「ここはどうするの?」と問いかけ続けてくるのです。そんな毎日で仕上げていましたから、生意気なようですが「部長展示」を通るのは当然、「役員展示」も絶対にクリアすると信じていました。
 CA案が承認されると線図化作業と同時に生産展開が始まります。
 モデラーによる線図化作業の監理と併行して、バンパー、オーバーライダー、横バーグリルのアウトラインの図面化を進めていましたが、これらの作業中に、IBMのコンピューターの講習を受験してくるように命令されました。
 講習会で合格するとそのまま技術電算課に出向するよう命じられ、スタジオを離れてしまいますので、ランプハウスはどうなったのか、テールランプはどうなったのかを知らないままでしたので、残念ながら私はチーフデザイナーとしての職責を果たせずじまいです。
最近、創ったプライベート名刺でも「チーフデザイナー」とは言えないので「プラットフォーム・ファイナル・スタイリスト」と表記しています。
 未だに、ランプハウス、テールランプは誰がデザイン、図面化したのかが不明のままです。


2012/01/20 追記)
私がCA案/E案を掛け持ちしてD案の西川/松尾デザインに対抗できたのか? その回答は、ポイントが幾つかあります。
第一は松尾さん、西川君が共に当時新婚で、定時になるとさっさと退社してしまうので作業が遅いことでした。
第二は、私は毎日、前日にリファインすべきポイントをチェックして作業に臨んでいましたから、モデラーへの指示も的確で、無駄のない指示をしていましたので、モデラーも作業がし易く、リファイン作業がスムーズに進められたのです。モデラーも感情を持った人間ですから、同じような作業を何度もやり直しをさせられたら嫌になってしまいますが、私の指示で的確にデザインが進化していることが理解できれば、しっかりと仕事をしてくれます。第三はモデラーのリーダーだった阿部君とのコンビです。
プライベートでのバンド活動では阿部君がリーダーでしたが、業務では私が担当デザイナーで、彼はモデラーのリーダーという立場でお互いにその領域を踏み外すことが無かったことです。デザインに関して毎朝、私が阿部君に「ここはこうしたい」「この部分はこうしたい」「これをこんな型で変更したい」と伝えると、彼がアシスタントのモデラーに指示を出し、修正作業が始まり、私がチェックをしながら作業を進めるのです。この連携ができていましたから2案を同時に担当していても無駄な動きは無く、スムーズにモデリングが進行していました。
「総括展示」でもいつもCA案が最有力候補で、次いで私の担当していたE案がNo.2でしたが、いつも松尾さんがE案ではなくD案をと粘っていました。私は練成度からしたら、やっぱりCA案だと思っていましたからいいのですが、松尾さんがD案に固執しているのが不思議でした。
当時、バンド活動では私が司会をし、ボーカルを担当していましたが、私はこのポジションが苦痛だったのですが、阿部君はステージ上で話したり、ボーカルのできる私がうらやましかったようで、「デザインモデルの自動化システム」が動きだすと、自ら手を挙げて販売店の営業職への転出を申し出たのです。彼は横浜日産で優秀な成績を挙げ、10年も営業マンとして実績を残し、再開したバンド活動で司会、ボーカルまでこなし、有名グループサウンドのメンバーだった人を従え、リーダーとして活動しています。前回のライブでベースギターを担当していたメンバー(個人で音楽教室を主宰しているプロ)が抜けたのですが、ベースのキーボードのセッションを阿部君がキーボードでやることになり、先日はその出来栄えをチェックしてくれと付き合わせられました。510ブルの時代からS30まで私と一緒にモデリングを担当してくれた阿部君の真面目さに感服です。
 
120120_tamuraabe
クリックで拡大表示)
   田村氏(左)と阿部氏(右)の近影

管理人からの補足です。
田村氏によるCA案のリファインで、モデルがどのように変化したのかがよく分からないという方のために、GIF動画を製作しました。
まず、↓こちらは吉田氏の後を受け継いだ田村氏によりリファインされたCA案のクレイモデル(ソリッドモデル)です。
120120_caclay__c (クリックで拡大表示)

そして↓こちらは、さらにリファインが加えられた後に製作されたプロトタイプ(FRPモデル)です。
120120_caprototype__d (クリックで拡大表示)

パッと見た感じだとよく似ている2台ですが、これを交互に見てみると…。
120128_ca_70_800
(画像をクリックするとGIF動画が表示されます)
テール(リアオーバーハング)部分の造形をよく見比べてみて下さい。
クレイモデルの方は、ルーフから降りてきたラインがテールの高い位置で終っているので若干腰高な印象があり、またテールが角をひとつ設けて突き出したカタチになっているため尻重な印象が拭えず、低くシャープなフロントとのデザイン的な整合性という意味でミスマッチな感じが否めませんが、プロトタイプはテールトップの位置が低められて、お尻が逆スラントにバッサリと切り落とされた造形になっているため(所謂コーダ・トロンカというやつですね)腰高感が解消されており、エッジの効いた造形になっているのでフロントのデザインともマッチしています。
テールの腰高感が解消されたことで、全体の印象も軽快になっていますね。
小さな画像で見てもこれだけの違いがあるのですから、原寸で見たらその違いが相当なものであったことは想像に難くないと思います。
それと、こうして比較すると、田村氏のリファインによってデザインが確実に進化していることがお分かり頂けるかと思います。
また、S30の艶っぽいお尻は田村氏の手によるものだった事も、このGIF動画でご理解頂けたかと思います。




 

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コメント

ご無沙汰しております。流石、現場の第一線で実際に手を動かして物を作ってらした方のお話は、迫力というか迫真度というか、ダイナミズムがあって興味が尽きません。
このような貴重な「証言」が寄せられるのも、ひとえに貴Blogが、真摯に丹念に「事実」を掘り起こしてこられた、その信頼によるものではないかと思います。
ところで、つい先ほど随分と久しぶりにウィキペディアのトヨタ2000GTの項目を「いつまであんなハンパな誤情報のまま放置しておくつもりなんだろうなぁ」と思いつつ閲覧してみたところ、なんと!全面的な改稿がなされていて吃驚しました。
時間は掛かったかもしれませんが、貴Blogが根気強くコンテンツを維持し、史料を示し続けたことの成果が、或いはあったのではないかと喜ばしく思います。
末永くこのブログを継続して下さいますよう祈念しております。

投稿: 惰眠 | 2012年1月17日 (火) 午前 02時03分

>惰眠さん
どうもお久しぶりです。コメントありがとうございます。
やはり、リアリティのある証言というのは、インパクトがありますし、有無を言わさぬ説得力がありますよね。
こういった、真に迫った証言をこのブログで公開できることは、とても光栄なことですし、また名誉なことだと思っています。
ただ、このような大変貴重な証言を、一般にはまたく無名な私如きが扱っているのは、メジャーな商業誌が“真相の追究”を放棄して、誰かさんの提灯持ちをしていることが原因ですから、それを考えると手放しには喜べません。
日本のモータージャーナリズムの現状を考えると、暗鬱とした気持になってしまいます。。。

ただトヨタ2000GTに関しては随分状況が変わってきていて、仰るようにWikipediaの記述はかなりまともになりましたし、自動車関連の掲示板などを見ていると「トヨタ2000GTは実はヤマハ2000GT」的な書き込みをすると、直ぐにそれを嘲笑するようなレスが付いて、どうやらヤマハ2000GTなどと書くこと自体が、己の無知を曝す恥ずかしいことのようになってきているようです。
私がトヨタ2000GTのエントリーを書いた頃に比べたら、信じられないほど状況が良い方向に変わってきているので、もしこのブログが多少なりとも貢献できたなら、こんな嬉しいことはありません。
やはり“継続は力なり”なのでしょうね。
このブログを長く続けられているのは、惰眠さんのような友軍/援軍の存在があるからです。
S30に関しても、援護射撃をして頂けたら有り難いです。
今後とも、是非よろしくお願い致します!

投稿: mizma_g@管理人 | 2012年1月17日 (火) 午後 08時05分

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