« 日産在籍時の田村久米雄氏のカラー映像 | トップページ | イギリスのT360に関する情報 »

2011年11月26日 (土)

【S30Z】年表と写真で見るデザイン開発の経緯【Datsun240Z】

2012/03/04】日本語版の年表を修正版に差し替えました。 
2011/12/11】動画を修正版に差し替えました。
2011/12/08】動画を修正版に差し替えました。
2011/12/01】動画を修正版に差し替えました。
2011/11/28】動画を修正版に差し替え、本文に画像を追加しました。
***************************************************************************


CARグラフィック誌 '70年2月号に掲載されている、初代フェアレディZ(以下、S30Zと表記)のデザイン開発に関する記事(当時、第1造形課長だった四本氏が監修)から、開発年表とスケッチやクレイモデルなどの写真を拝借してまとめてみました。
S30Zのデザイン案の変遷をご覧になってみて下さい。

<English version>
111126__4

                               (Click image for full size)

<日本語版>2012/03/04up
120304__120304
 
                             (クリックで拡大表示)
2012/03/04 追記
※年表に、誰がどのデザイン案をいつ頃担当したかが判るよう、色分けして書き加えました。
但し、開発初期のデザイン案に関しては、誰がどのスケッチ或いはクレイモデルを担当したかが、現時点では判然としていないため未記入としました。
このような事態になったのは、第4スタジオの初期のメンバーである千葉 陶氏が「事情を察して欲しい…」との理由で、エクステリアに関しては一切コメントをして下さらないことと(そのため、千葉氏のエクステリアスタジオの在籍期間とインテリアスタジオに移った時期は不明です)、同じく初期のメンバーである吉田章夫氏が「A案は松尾さんです」とのコメント以外は、一切黙して語って下さらないためです。
吉田氏はこのような証言をされていますが、下掲のCARグラフィック誌'70年2月号に掲載されているスケッチをご覧頂くと判るように、千葉氏もA案に関与していたことは間違いありません。
となると、吉田氏の証言を元にA案を松尾氏だけが担当したように年表に書き込むことは、無用の誤解を招きかねずうまくありません。
そういった事情から、今回は敢えて“未記入”とした次第です。
もし、この未解明の部分について確かな情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご教示頂けると有り難いです。
------------------------------------------追記ここまで------------------------------------

         
111126__3 (Click image for full size)
※下掲の動画中の写真に付した番号は、開発年表中の番号に対応しています。

↓こちらの動画を再生すると、記事中の写真が順次表示されます。 

『An example of the design change by Tamura』 (GIF-Movie)
120128_ca_70_800(Click image for full size)
Please pay attention to the molding of the tail. 



各モデルの解説は、後でアップする予定です。(少し時間が掛かると思います…)
CARグラフィック誌 '70年2月号をお持ちの方は、以下の田村氏の解説をご参照下さい。
--------------------------------------------------------------------------

CARグラフィック誌'70年2月号に掲載されている、当時 造形課課長だった四本さんが監修した記事が最も信頼できるものです。
この記事の詳しい解説は後に譲ることとして、概要についてコメントします。

・記事の表紙のカラー写真は取材が入ることとなり、モーターショウの発表後、撮影されたもので、全員ネクタイをしているのはそのため(スケッチや図面を描いているとネクタイが汚れてしまうので、通常はノーネクタイでした)で、壁面のスケッチの多くは後描きされたものです。左下の写真は空力テスト用の1/4スケールのFRPモデルをクレー色に塗装して、テーブルをカラーリングスタジオに運んで、モデリング作業をやっているポーズを撮影したものです。左が私、右がマグホイールのデザインを担当した桑原君です。
111126_cg70_1 (Click image for full size)

・2頁目のスケッチの内、開発初期のスケッチは上から3枚目の千葉さんの手になるものだけで、1~2枚目はレンダリングの上手い吉田さん(この時、彼は第二造形に転籍していた)に頼んで描いてもらったもので、彼はファイナルモデルを見ているので至る所にファイナルの要素が描かれています。4番目はスタジオ・チーフだった松尾氏が開発末期に描いたもので、CA案のデザインエッセンスをあまり理解してくれていないためか、ご覧のようにファイナルの要素が描かれていません。
111126_cg70_2
(Click image for full size)
111126_cg70_3 (Click image for full size)


・ここ(このエントリーの冒頭)に示された開発年表が最も正確なものです。
・写真No.20はC案としての最終モデルで、このモデルをクローズアップ
*しているのは、四本さんがファイナルとなったCA案の原型であると認識していたからです。
111126_plan_c4 (Click image for full size)
<*管理人注: このNo.20の写真は、他の案の写真の約4倍の大きさで掲載されており、写真が2ページに亘っているため写真に折れ目が入っています>

・マルZ計画が正式にスタートする以前はオープンモデルや2+2や4シータなどもトライしたようですが、承認されたプロジェクトは「2シータ+クローズド・ボディの次期スポーツカーを開発せよ」というものでしたから、2+2やオープン・モデル(この時、モデルルームにはこれらのプロトタイプが出来上がっていた)には一切言及していません。
・年表の上段の解説文の後半に「コンピューターの応用などのテストを行った」とあるのは、私が出向して開発に加わった「線図の自動化システム」でS30のデータで始めてトライしたことを指しています。このシステムをフル採用できたのは2代目サニーからですが、世界の自動車メーカーで初の成果でした。






|

« 日産在籍時の田村久米雄氏のカラー映像 | トップページ | イギリスのT360に関する情報 »

Nissan Fairlady Z(S30)秘められた真相」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/158972/43155649

この記事へのトラックバック一覧です: 【S30Z】年表と写真で見るデザイン開発の経緯【Datsun240Z】:

« 日産在籍時の田村久米雄氏のカラー映像 | トップページ | イギリスのT360に関する情報 »