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2011年7月12日 (火)

【S30Z】最終案デザイナー田村久米雄氏に拠るデザイン解説【Datsun 240Z】

2012/01/16CA案の役員承認に至る担当デザイナーの心境へのリンクを追記しました。
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先般コメント欄にて、田村さんに初代フェアレディZ(以下、S30Zと表記)のデザイン解説をお願いしたところご快諾頂き、早速 解説文を送って頂きました。
田村さんから伺ったお話では、既に2年前にご自身でデザイン解説のエッセイを作成されておられたのとのこと。
また、そのエッセイは田村さんを支持されている方達に配布済みとのことです。
今回は、限定配布されたそのエッセイを、ブログ掲載用に改訂したうえで送って頂きました。

 
余談ですが、この田村さんが作成されたエッセイ、とあるルートから某人の手に渡り、エッセイの内容が某誌の記事に引用(盗用)されているとのことです。
他人の述べた形容表現を平気で盗用する神経が私には理解できませんし、それを看過して商業誌の記事に載せてしまう雑誌屋さんの神経も私には理解できませんが、そんなことをしても事実は曲げようがないのでは?、と個人的には思います。
というか、田村さんが書いた文章を盗用しないとS30Zのデザインを解説できないということは・・・まあ、そういうことですよね。
正当な主張をしている人間が、他人の書いた文章を無断で使ったりはしません。
“語る(書く)に落ちる”とは、まさにこのことだと思います。

それと、もうひとつ余談を。
旧造形課のOBの方達が集う「かたちの会」の親睦会が先日、表参道にある日産クリエイティブ・ボックスで開催され、田村さんは会に出席してこられたそうです。
かたちの会には、S30ZのC案や初期のCA案を担当された吉田章夫さんもお見えになっていたそうで、田村さんは吉田さんに、AC案の呼称をCA案に統一した旨を伝えられたとのこと。
また、テレビなどでも有名な中村史郎さんには、拙ブログのコピーをお見せしたそうです。
他にも色々とお話を伺ったのですが、ここにはちょっと書きにくいので割愛ということで…。
これはあくまでも個人的な印象ですが、旧造形課のOBの方達も田村さんと同じに認識を持っておられるようなので、今後は誤って広まっているヒストリーが修正される方向に動いていくのかな、と思いました。
まあ、学校の歴史の教科書もどんどん訂正されて、昔の常識は現在の非常識になっているくらいですから、旧車のヒストリーだって間違っているものはどんどん訂正されるべきで、古臭い言説にいつまでも拘泥する必要はないと思います。

ちょっと余談が過ぎましたので、早速、田村さんに拠るS30Zのデザイン解説を以下にご紹介します。
S30Zの最終案をデザインされた田村さんの魂の解説に、お目通しを是非よろしくお願い致します。
 

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私が在籍した40年程前から、車のデザインについて語られる時に、デザイナーから出てくる言葉は英字の略語だったり、英語でタイトルを付けたり、説明の中で英語や哲学的な言葉があったりで、一般の人には何を言いたいのか極めて伝わりにくいことが多く、私の属している「かたちの会」でも現日産のデザイン部署が新車の解説をしてくれているのですが、正直、何を言いたいのかさっぱり解りません。
私の頭が悪いのでしょうか。私がパーツ・デザインとして担当した510のDX用ホイールカバーは衛星として地球をゆっくり回転しながら周回する宇宙ステーションをイメージしてデザインしました。
また、SSS用のホイールカバーはローマ帝国時代の二輪戦車のスポーク・ホイールをイメージしてデザインしましたが、先輩の内野さんに俗っぽい表現はしない方がいいと言われました。
今回、40年の時を経てS30のデザインを担当していた人間がどんな思いでデザインしていたのかを正直な言葉で解説させていただくことにしました。
多くのファンに納得していただければ、デザイナーとして望外の喜びです。
青年時代に上司に冷たくあしらわれながら、後世まで残せるスタイリングを物にしたいと納得のゆく仕事をしたと思っており、それが40年も経って世界中にこんなに多くのエンスージャストを引き付けていることが私自身、信じられない出来事です。
皆さんに感謝です。
 (コメント欄より転載)

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’67年4月に第4スタジオに私、西川、桑原が配属され、西川、桑原は吉田さんの下でCA案のサポートをし、私はアメリカの安全対策上、ウインドシールドを高くし、ロールバーを装着したSRの脱着式ハードトップ・ルーフのデザインを担当することになりました。
このデザイン作業は実車のSRを定盤上に固定しモデリングをしたのですが、この時に重要なことに気付いたのです。
従来、クレイモデルでは、艤装仕上げをするときに、ウインドー部に黒ケント紙をベースにし、塩ビシートを張って仕上げる必要から、ウインドー面を円錐形(すなわち、縦方向を直線にする)に仕上げていましたが、高さ60cm程のフロント・ウインドー・グラスは曲面状にカーブしていたのです。
旭硝子に問い合わせたら、グラスは成型後、硬化するタイムラグで一定の曲面になるとのことでした。
だったらこの曲面に合わせてルーフのラインをデザインしなければならないと気付いたのです。
この時の経験が後のCA案を担当した時に生きてくることになります。(詳細は後述)
[写真A]

110712_sr (クリックで拡大表示)
画像出典:ネコ・パブリッシングFairlady Volume−1

このハードトップ・ルーフのデザイン(モデリング、艤装仕上げ、線図化作業を一人で仕上げました)が終わると、吉田さんの下でCA案のリファイン作業をサポートしました。
[写真B]

110712_caclay__b1 (クリックで拡大表示)
画像出典:Nostalgic Hero Vol,96
110712_caclay__b2 (クリックで拡大表示)
画像出典:The Internet Z Car Club

このモデルが完成すると間もなく、吉田さんが第二造形課に転籍することになり、私がCA案を引き継ぐことになり、ボディサイドをもっと軽快に出来るんではないかと思っていたので、ウエスト部にキャラクターラインを加え、サイドシルにインバースしたラインを入れた修正をしました。
[写真C]

110712_caclay__c (クリックで拡大表示)
画像出典:The Internet Z Car Club


私がCA案を担当することになってから、スポーツカーにはホイールカバーなど無い方がいいと思っていましたので、車軸設計の倉庫に行って、ホイールを探していたらプレジデント用の丸穴のある14インチのホイールを見つけ、これをシルバー塗装をして使うことにしました。
従って、基本的にこのプロジェクトではシルビア(CSP311)のホイールカバーを装着しているのは吉田デザイン、スチールホイールにセンターキャップを装着しているのが田村デザインです。
西川君も私の持ち込んだスチールホイールが気に入ったようで、私とは違う塗装をして使っていました。
スタジオ・チーフのMさんは担当者同士のこんな情報のやり取りに気付かず、過去の文献に掲載している彼の写真のコメントは間違いだらけです。
写真Cはとりあえず、ボディサイドを軽快にしたいとキャラクターライン(ドアハンドルは410のもの)を入れた始めのモデルで、バンパー周りは吉田デザインのままのラウンド・バンパーで、クウォーターパネルは直線的な硬い印象で、クウォーターウインドーのカットも硬く、私としては納得できてはいませんでした。
ところが、総括展示でこれでプロトタイプを作ったらどうか言うことになり、小修正(ドアハンドルを510のものに変更し、キャラクターラインを強調し、クウォーターパネル部を柔らかく、テール部を絞り込んだ)して下掲の写真Dのモデルが出来上がりました。
これは、このプロジェクトで始めて製作したプロトタイプでした。
[写真D]

110712_caclay__d (クリックで拡大表示)
画像出典:The Internet Z Car Club


プロトタイプが出来上がる間もモデルの修正を続け、クウォーターパネルの修正、バンパーの前面にラバーを付けたり、ホイールハウスのフランジを修正したりしました。
[写真E]

110712_caclay__e (クリックで拡大表示)
画像出典:三樹書房FAIRLADY Z STORY

この直後、6気筒エンジンを搭載することになり、ゼロからクレイモデルを造り直すことになりました。すべてをデザインし直したのでモデルが大変身したのですが、ここから先の約5ヵ月間、装着タイヤの変更に伴うホイールハウスの修正、安全基準に合致させるべくランプハウス周りの修正など3〜4回もモデルを変更しているにも関わらず、ファイナルのプロトタイプ[写真F] 以外、過去の文献でも写真が全く公表されていません。
[写真F]

110712_caclay__f (クリックで拡大表示)
画像出典:Datsun510&240Z/グランプリ出版
 
2012/01/16追記)
CA案のデザイン解説の補遺として、「CA案の役員承認に至る担当デザイナーの心境」と題した解説文を寄稿して頂きました。
リンクをクリックすると、当該ページが別ウインドウで開きます。
このエントリーと併せてご一読頂くと、より理解が深まると思います。
-----------------------------------追記ここまで-----------------------------------------

  
それまでのA案、B案、C案はその都度、完成モデルの写真は公表されているのにCA案はこの5ヶ月間のリファインモデルの写真が一切発表されていません。
突然、ファイナルモデルがすんなりと出来上がったかのような印象になってしまっています。
なぜかスタジオ・チーフだったMさんがこのプロジェクトで撮影された全てのネガを所持しているようですが、私がCA案をリファインする作業にあまり関心を持っていなかったようで、どの段階でどのように修正が加えられたかを説明できないので、この間の写真を公表しないのだろうと思います。
サーフェイスのあらゆる面やラインがどんどんグレードアップしていることに気付かなかったのか、大して変わっていないと思っていたのかわかりませんが。
吉田さんの担当していた時からCA案はランプハウス・カバーを装着した状態でフェンダーの完成形と思っていましたので、クレイモデルでは常にカバーのままモデリングをし、フェンダーのハイライトがフード先端部に集約されるデザインを意識していました。

[イラストA,B]
 

クレイモデルでは塩ビのカバーを両面テープで止めるしか手段が無かったため[イラストC‘]のように処理しましたが、生産仕様では[イラストC”]のようにランプハウジングを一体化してフェンダーと面一に装着する構想を持っていました。

生産展開時には私はプロジェクトを離れてしまっていたので、この設計に関与できませんでしたが、生産仕様では[イラストC”’]のようにカバーがモールで囲まれてフェンダーの上にカバーされている形になっていました。
CA案のモデリング中、私を悩ませていたのはクウォーターパネルの処理とクウォーターウインドーのアウトラインをどうするかが課題でした。
モデリングの最後になってサイドウインドーから斜め後方に跳ね上げるラインに到達し、やっと納得できる形とすることが出来ました。
[イラストD]

 
6カ月に及ぶモデリングが完成し、艤装仕上げのためにフロントウインドーとテールゲートのグラスセクションは円錐形でモデリングしていましたが、
線図化作業に取り掛かる前に、実際のガラスのカーブに合わせるために、ルーフ部分を修正しました。
予め、旭硝子にどの位のカーブになるのかをデータを貰っていましたので、このカーブに合わせるべく修正を加えました。
[イラストE]

110712_illustration (クリックで拡大表示)
イラスト提供:田村久米雄氏

クレイモデルでは扁平なカーブでしたが、実際のカーブに合わせることで、ゲート部の曲線が力強く改善されました。
[写真D]

110712_d (クリックで拡大表示)
写真提供:田村久米雄氏   

 
前任者の吉田さんはあまりお好みではないようですが、私はボディサイドに加えたウエスト部とサイドシル部のキャラクターラインがボディを軽快な印象に変えることができ、結果的に総括展示でプロトタイプ化する評価をされたと思っています。
当時、フラットデッキのデザインが一般的になっていましたが、スポーツカーには逞しいイメージが必要で大きなエンジンを搭載することになったためにパワーバルジが強調されることになりましたが、フードの両サイドをより深く切り下げ、バルジの先端を削り込んでフードにフィットさせて一体感を出すように工夫しました。
フード上に無造作に乗せたようなパワーバルジにはしたくなかったからです。

[写真H,K]
 

ランプの照射角(下方、内角側)を確保するために、ランプを思い切って上方、外側に移動しましたので、結果的にフェンダーがより逞しく、肉感的に仕上がることになりました。
[写真J,K]

110712_ghjk (クリックで拡大表示)
写真提供:田村久米雄氏

コクピットに座った時、ドライバー自身がこのスポーツカーのパワーと躍動感を味わえなければだめだと感じていましたので、パワーバルジとフェンダーの流れるような躍動感を実感できるようにコクピットからの見え方も拘ったのです。
[写真L]
 

競泳のスイマーが腕をあげて、今まさに水面に飛び込む緊張感を演出したかったのです。
バンパーはスポーツカーですから、あくまでシャープにまとめたく、モデルでは前面にラバーを装着して切れ味の鋭い日本刀をイメージ出来るようにデザインしていたのですが、実車ではラバーを外されてシャープさが今イチになってしまいました。
[写真M]

110712_lm  (クリックで拡大表示)
写真提供:田村久米雄氏

このモデルで最も拘っていたのはクウォーターパネル部で、壁のように硬い印象にはしたくないと思っていました。
リアゲートのパーティングラインと絞りこんだリアフェンダーの限られたスペースでいかにセクシーにまとめるか、何度も何度も修正を加えました。
ここは、和服を着た女性の襟足のセクシーさをイメージしており、イヤリングのようなオーナメントなど付けたくはありませんでした。
エアアウトレットはクウォーターウインドのサッシの後端の裏側にスリットを設ければ解決できると思っていました。
この部分のセクシーさに気付かずにオーナメントを付けられてしまったことが残念です。
[写真N]

110712_n (クリックで拡大表示)
写真提供:田村久米雄氏

モデリングの始めの頃は、このテール部分が重い印象でしたが、リアフェンダーを絞り込み、アウトラインを可能な限り薄く造形し、やっとバランスのとれた軽快感にまとまったと思っています。
私のデザインではテールランプはもっとアウトラインぎりぎりまで角ばらせていたのですが、丸まった感じになってしまったのはなんだかな、と思っています。
[写真Q]

110712_q (クリックで拡大表示)
写真提供:田村久米雄氏

いずれにしても、小さいボディながら風格があり、決して重さを感じさせないフラットフォームに仕上がったのではないかと思っています。
この車は、言ってみれば「鍛えあげられた女性アスリート(短距離ランナー)の肉体」をイメージし、トップレベルのアスリートは体は大きくないのにオーラを発しているのと同じだと思っています。

      

         

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コメント

フェアレディZは発売直後から、ラリーやレースに出場し、好成績を残すべき運命を担っていました。サーキットを疾駆する姿もカッコよかったのですが、ラフロードを泥まみれになってドライビングしているZはもっとカッコいいと感じました。車としてのデザインのレベルが高いとどんな姿でもスタイルの良さが伝わるんだな、と街中のいろんな車を観察すると、新車なのに埃を被っているだけなのに、でれっとしていたり、重そうな印象に見える車があることに気付きました。グッドデザインは汚れていてもカッコイイのです。
それから40年、クラブS30のメンバーにZをリストアしている板金工場に案内してもらった時、塗装も剥がされ、ドアもフードもないストリップのZのプラットフォームを見た時に、「カッコいい!」と思ったのです。
ハリウッドの女優がターザンのような姿をしていても、いい女のオーラを発しているのと同じだと思いました。この魔力が、何としてもこれをリストアしてハンドルを握りたいと思わせているんだな、実感しました。

投稿: 田村久米雄 | 2011年7月13日 (水) 午後 08時32分

>田村久米雄さん
コメントありがとうございます。
そういえば、ロングノーズ・ショートデッキ・ファストバックスタイルのスポーツカーで、オン/オフ両方のレースで活躍したものって、国産車ではあまり例がありませんね。
仰るように、どちらのレースシーンでもそのスタイリングが映えて見えるのは、やはりデザインの妙なのだと思います。
Zのスタイリングは日本の風景にも合いますし、アメリカ西部の抜けるような青空と荒涼とした大地にも絶妙にマッチします。
普遍の美を具現化したデザインというのは、どんなシチュエーションの下でも、また時代を超越してその魅力を如何なく発揮するのでしょうね。

  

投稿: mizma_g@管理人 | 2011年7月14日 (木) 午後 12時21分

投稿: mizma_g@管理人 | 2015年5月 3日 (日) 午後 07時08分

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