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2010年6月 6日 (日)

トヨタ2000GTの真実 その1

070412_toyota2000gt
 
Webで日産2000GT(A550X)を調べていると必ず出くわすのが「トヨタ2000GT」の名前です。
どんな風に出てくわすかというと…
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
■トヨタ2000GTのデザインは「トヨタ自動車デザイン部」によるものとされていますが、
ゲルツ氏が関わった日産2000GTから流用した部分も大きかったのかもしれません。
ttp://www.geocities.co.jp/MusicStar-Guitar/7004/z31-02.html
 
■(トヨタ)2000GTは、トヨタ・ヤマハの共同開発と言うより、元は日産のようです。
ソースは猫出版の本など複数あるので、事実に近いでしょう。
確か、(トヨタの)第七技術部の技術者も、日産の図面を元に設計したことを認めているはずです(非公認の発言でしょうけど)。
日産と提携を解消したヤマハはトヨタに接近。日産からの注文であった「A550X」の生産をトヨタに提案、トヨタは設計を買い、ヤマハがこれを生産することで、「トヨタ2000GT」となる。
ttp://blog.livedoor.jp/xl1200/archives/50723821.html
 
■2000GTのデザインがGoetzさんであるのは事実です。
当初2000GTは日産が全米で発売するスポーツカーのためにデザインされたのですが、製造にコストがかかり過ぎるために日産から却下されたために、再度氏によりデザインされたものがZとして後に発売されることになりました。
2000GT(当初は日産のZとしてデザインされた)はその後にヤマハを通じてトヨタに持ち込まれました。
正確に言えば野崎氏はGoetz氏のデザインを基本として商品をまとめた人。
松尾氏も同じです。
NHKの人気番組でトヨタ2000GTを特集したものがありましたが、あの中でデザインに合わせたカーブを出すための材料をひらめいたなどとありますが、あれもデタラメな内容です。
当時は米国のGMやフォードはすでにFRPを使用した車種を販売しており、Goetz氏のデザインにはFRPの使用を前提にしており、日本ではまだその実績がなかったために「どこに作らせるか」を悩んだだけの話です。
常識的に考えて当時の他の車種のデザインと比較すれば日本人がデザインしたかくらいは
容易に判断が付くと思います。
 
189 :名無しさん : 2007/02/22(木) 03:23:51
つーかトヨタ2000GTは、設計から生産から全てヤマハ。
最初、ヤマハは日産に打診したが、日産は取り付かず。
トヨタに話を持ち込んだら、話に乗った。
だからトヨタ社内に、2000GTのデザイン画像やら、設計図書などの重要書類が一切無い。
 
190 :名無しさん : 2007/02/22(木) 03:45:54
>>189
>最初、ヤマハは日産に打診したが、日産は取り付かず。
 
違う。最初は日産で日産2000GTとして開発していたが、その過程で
意見の食い違いが起きてご破算。ヤマハがその企画をトヨタに持ち込み
2000GTと相成った。
ttp://bbs001.garon.jp/test/read.php/car-movie/1156212388/
 

■トヨタ(笑)の直6は、誰がみてもプアマンズBMWだろ。
プアマンズポルシェを目指したのは、日産もトヨタも同じ。
当時、ヤマハはより高級路線で行きたかったから日産とは折り合いがつかなくなった。
ポルシェの半額が設定価格だったから。
トヨタは、反故になった企画を買い取っただけ。
ヤマハ案よりコストさげて2000GTが産まれトヨタが販売した。
ttp://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/auto/1164699234/
 
■ヤマハは日産の次にすぐさまトヨタと『技術提携』を結び・・・・
わずか10ヶ月程で2000GTの試作車を完成させたのです。
普通はそんな短期間じゃ作れません・・・・・なんと『TOYOTA2000GT』は
『NISSAN2000GT』の改良型だったのです!!
トヨタは『赤字覚悟』で市販に踏み切り、値段を238万円に設定!!
販売数はわずかに留まったのですが、
『横流し品』でまんまとトヨタの『ブランドイメージ』を確立・・・・・
ttp://blog.yahoo.co.jp/toshi88104/archive/2006/12/4
 
■39: 他力本願 : 2006/10/20 08:24
昔、2000GTについて興味があり調べた。
あれは100%、YAMAHA製。一号車完成が一年以内だったのは、以前にNISSANとYAMAHAがGT車を試作した経験があったから。その計画がとんで困ったYAMAHA。
ハブリカ・クラウンしかないTOYOTAと渡りに船のような引き合わせ。
NISSAN試作車A550XはZとしてデビュー。2000GTとZは見た目似てないが、ロングノーズ・ショートデッキだし、以外と寸法は近いモノがある。
YAMAHA楽器のデザインあってこそであり、初代シルビアをデザイン指導したアルブレヒト.ゲルツが居たからこそ、現在に至る。
ttp://www.hashiriya.jp/bbs2/test/read/mmtoyota/1158705417/l50
 
■Nissan 2000GT の存在を皆さんご存知でした?私はたいへん驚きました。
Geortzデザインの日産シルビアの後、FairladyZの前1964年頃に計画されたA550Xというプロジェクトらしく、トヨタ2000GTと同様にヤマハが関与してようですね。(フランス語でしょうか。詳しい意味はわかりません。どなたか訳してください。)
ヤマハがトヨタに話を持ち込む前に日産に持ち込んだといわれるものですね。
詳しい経緯はわかりませんが、日産はこの話を断わり、それならばとヤマハはトヨタにこの話を持ち込み、それがトヨタ2000GTになったというストーリーだったと思います。
想像ですが、当時はトヨタよりも日産のほうが技術的ないいイメージもあって、ヤマハはまずは(一番いっしょに組みたい)日産に…という事ではなったのかなと思います。
ttp://ash-institute.cats.st/bbs/bbs39.cgi/bbs39.cgi?num=30
 
■39:名無しさん (06/04/23 09:55) No.5590
トヨタ2000GT 。もともとは日産自動車とヤマハ発動機の共同プロジェクト。
ボディーデザインはイタリアの某デザイナー。
試作車を作った段階で日産の上層部が計画中止を決定。
巨額な開発費を無駄に出来ないヤマハはこのプロジェクトをトヨタ自動車に持ち込んだ。
当時トヨタは大衆車やトラック等の製造しかしておらず、DOHCエンジンをはじめとする高性能車製造の技術を持っていなかったためDOHCヘッドはヤマハが製造を担当。
トヨタは、この車に関してはかなりの赤字であったが、その代わり数々の技術を得る事となった。業界では有名な話。
ttp://www.unexpectedprices.com/main-466.html
 
■トヨタ2000GTってトヨタ製と呼ぶべきか否か僕は疑問に思ってるんです。
だって、実際の開発・製造はヤマハでしょ?
生産に移す資金力がなかったヤマハがトヨタに図面を持ち込んで、
トヨタのお金の力で実現化したのが2000GTという車。
ttp://plaza.rakuten.co.jp/dino246/diary/200603250000/
 
■しかしこの車にはとんでもない? 秘密がある。
この車は1967年4月に発売され1970年10月に発売中止されるまで337台が生産された。日本初の本格2シータースポーツカーである。
それに先立つこと1960年に日産はドイツ系アメリカ人のデザイナー、グラーフ・アルブレヒト・ゲルツ元伯爵にスポーツカーの設計・デザインを依頼した。
ゲルツは一台の2シータースポーツカーを設計し、日産はその試作を当時提携していたヤマハに依頼した。
しかしその後、日産は計画を自社設計のSPフェアレディ1600に変更してしまう。
ヤマハ自身も日産との提携を解消し、1964年にこの計画をトヨタに提案し、トヨタはこれに乗った。ヤマハは設計を渡す代わりに生産を行う契約であったという。
この車のエンジンはヤマハ製だというのは知っていたが車の設計そのものがアメリカのデザイナーでヤマハが全面的に関わっていたとは知らなんだ。
そのうえひょっとしたら日産2000GTになってた可能性もあったわけだ。
従ってこの車は本当はヤマハ2000GTなのである。
その後ヤマハは4輪社メーカーを目指すがその夢かなわず4輪社メーカーにはなれなかった。
ttp://blog.kansai.com/gekikaracolumn+kdc_category+1
 
■106 :卵の名無しさん :2007/03/04(日) 14:26:54 ID:TOMzQq2Q0
>>87
トヨタ2000GTは実はトヨタの車ではなかった。
という話が福野礼一郎の本に載っている。
実はヤマハ製なのだ。
しかも当初ヤマハは日産に話を持ち込んだらしい。
デザインは初代Zと同じ人。
ttp://society6.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1169551544/l50
 
■ヤマハ2000GTだろ。
あのM型エンジンをはじめとするパッケージは、最初日産に提案されたものなのよん。。。  
 

これ知ってる奴は相当オヤジか通。
ttp://72.14.235.104/search?q=cache:5RrthSh8fvIJ:hobby2.2ch.net/auto/kako/1040/10404/1040481608.html+%E6%97%A5%E7%94%A32000GT%E3%80%80%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%8F&hl=ja&ct=clnk&cd=314
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
…と、こんな感じです。
 
  
読んでるだけで頭がクラクラしてきますが、これらを要約すると...
・ヤマハが日産に持ち込んだスポーツカー(日産2000GT/A550X)の企画がポシャッたため、今度はトヨタに持ち込み見事に結実。トヨタ2000GTが誕生した。
・ということで、トヨタ2000GTはヤマハの企画。
・設計もヤマハが担当。(ヤマハが開発を主導)
・エクステリアデザインまたはエクステリアデザインの原案を考えたのはAlbrecht Goertz。
...となると思います。
 
これらは果たして本当でしょうか?
日産2000GT(A550X)がヤマハの企画ではなかったこと、開発を主導したのは日産だったこと、エクステリアデザインを手掛けたのは木村一男氏だったことは「日産2000GTの真実」で述べたとおり。
これらを踏まえると、日産2000GTとトヨタ2000GTの関係はかなり希薄になるのですが、これだけでは日産2000GTとトヨタ2000GTの関連を否定する根拠としては些か弱いですね。
 
  
そこで次回は、トヨタ2000GTの開発の経緯をできるだけ詳細に解説して、Web上に蔓延しているこれら誤った俗説を完膚無きまでに論破しようと思います。(A550Xと違って詳細な資料があるので強気です ^^;)
乞うご期待。



2007/04/12 20:05    

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