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2010年3月31日 (水)

謎の試作車、ホンダスポーツX (前編)

ボンドカーのエントリーの続きを書きたかったのですが、エントリーに書くことを纏めていたメモを紛失してしまって書くことができません…。
もしかしたら、暮れの大掃除の時に、誤って捨ててしまったのかも…。orz
前回のエントリーを書いてから大分時間が経過しているので、どんなことを書こうとしていたのか、すっかり忘却の彼方です。
そこで、本日は予定を変更してホンダスポーツに関するエントリーを書こうと思います。
ボンドカーのエントリーは、またの機会に…。

  
  
さて、ホンダスポーツと言えば、数多ある国産旧車の中でも超がいくつも付くくらい有名な車種であり、また人気車種であることは周知の通りです。
それ故、ホンダスポーツに関する書籍はこれまでに数多く刊行されており、そのヒストリーは既に語り尽くされていると言っても過言ではないでしょう。
ですから、私のような俄か研究者が、ホンダスポーツに関する新事実を発掘するのは、容易なことではありません。
そもそも私は、ホンダとは縁もゆかりもない門外漢ですし、また出版社などとのコネクションもないズブの素人なので、入手できる情報は極僅かです。
ズブの素人が新事実を発掘することなど、ほぼ不可能と言っていいでしょう。
しかしながら、このようなブログをやっていると、時に思いがけない情報を齎されることがあります。
見慣れぬホンダスポーツの画像をブログの読者様から送って頂いたのは、去年の2月のことでした。
100331_sports50054 (クリックで拡大表示)

どうでしょう、この画像。 何となく違和感を感じませんか?
車輌はバンパーやグリルの形状からS500だと分かります。
見慣れぬ形状のフロント・ターンシグナルや、放射状にスリットの入ったホイールキャップから、試作車だと直ぐに推測できるでしょう。
そして、そこはかとなく感じる違和感は、妙に小さなタイヤ/ホイールを履かされていることが原因かもしれません。
フェンダーミラーも、この位置に付いているものは他にありません。
'62年に製作されたナローボディのスポーツ500はもっと後ろ(フロントウインドウに近い位置)にフェンダーミラーが取り付けられていましたし、市販型のS500や量産試作車はもう少し前(フェンダーに取り付けられたエンブレムよりも前方)にフェンダーミラーが取り付けられていました。
このフェンダーミラーの取り付け位置は、この車輌特有のものと言えるでしょう。

ところで、この写真が撮影された場所は何処なのでしょうね。 もしかたしら、鈴鹿サーキット?
それと、写っている人物は一体誰なのでしょうか。
色々と興味の尽きない写真ですが、この写真に関する情報は全くなく、皆目見当がつきません。
とにかく、“ちょっと変わったS500の試作車”が写っていることは間違いありませんが、それ以上のことは分からず、私は悶々としていました。
ところが、この写真に関する情報は、後日 意外なところから齎されました。

それは、遥か遠くユーラシア大陸の西の果てに近いフランスからでした。
ある日、既に何度かメールのやり取りをして懇意になっていた、フランスでホンダ史について研究をされているバーナードさんが、「このS500について、君はどう思う?」と雑誌記事をメールで送ってくれたのです。
その雑誌記事でフューチャーされていたのが、偶然にもこの“ちょっと変わったS500の試作車”でした。
100331_s500_suzuka (クリックで拡大表示)

駄菓子菓子、ご覧のように記事は全文フランス語で書かれており、産まれてこの方 フランス語を勉強したことなど全く無い私には解読できません。
ウェブの翻訳サービスを使用してみましたが、吐き出される訳文は意味不明なものばかり。
でも、いくらかは翻訳に成功して、多少の情報を得ることができました。

まず、写真が撮影された時期ですが、第1回日本グランプリが開催された日の翌日で、'63年5月5日です。
場所は鈴鹿サーキット。
写っている人物は、左の背の大きい方が記事を執筆したJose Rosinski(ホセ・ロジンスキー)氏。
右の帽子を被った方は、S500の試作車で'63年の「リェージュ - ソフィア - リェージュ・ラリー」に出場し、不慮の事故で亡くなられた鈴木儀一氏です。

そして、この車輌のスペックも分かりました。
謎の試作車のスペックは以下の通りです。

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●エンジン
水冷直列4気筒
シリンダーヘッドとシリンダーブロックはアルミ合金製
クランクシャフトの軸受けはローラーベアリング
二本のカムシャフトは、チェーンにより駆動
ボア×ストローク 52mm×59mm
排気量 501cc
京浜 4キャブレター
最大出力 40ps / 8000rpm

●トランスミッション 

前進4段 (2,3,4, シンクロ)

●シャシー
2つの縦通材と床によるプラットホームは、溶接により接合されている。
そして、鋼の板金でできているケースが膨らみを作って溶接されている。
三角形(Aアーム?)による独立したフロントサスペンションは、トーションバー、伸縮自在のショックアブソーバーを重畳します。
独立したリアサスペンションは、ホイールを引き(ステーショナリー・ブリッジからのチェーンによる伝達)ます。
テレスコピック・ショックアブソーバーとスプリングは、ソーセージを食べます。(ソーセージが何の誤訳かは不明)
ブレーキは、ドラムを備えています。
タイヤ ダンロップD2  5,20×12 

●装備
速度計、回転計(10,000rpm)、電流計、燃料計、水温計、総トン数はガス(意味不明)
燃料タンクの容量: 30リットル

●ディメンション
全長 300cm 
全幅 147cm
ホイールベース 200cm
トレッド  118cm (Voieの意味は不明)
全高 110cm
天幕を持っています: 75cm

●テスト:
日付: 1963年5月5日、不利な気象条件: 雨と霧
最大速度: 140km/h(メーカー公表値?)
仲介者が読んだ速度: 1速 40km/h - 2速 70km/h -3速 100km/h。
消費: 6,5 l./100km(メーカー公表値?)

100331_54_list_of_specifications (クリックで拡大表示)
Small Car Magazineより引用


**************************************************************************

拙い訳で意味不明な部分もありますが、この諸元表で注目すべきはエンジンスペックです。
『ボア×ストローク 52mm×59mm、排気量 501cc』というエンジンが確認されたのは、今回が初めてではないでしょうか?
因みに、ナローボディの'62年型スポーツ500は『52mm×58mm、492cc、40ps以上/8000rpm』、量産型のS500は『54mm×58mm、531cc、44ps/8000rpm』です。(※44ps以上と表記されているカタログもあり)

そんな訳で、どうやらこれまで知られていなかった試作エンジンが過去に存在したようです。
この試作車のエンジンは、ナローボディの'62年型スポーツ500のエンジンとボアが共通で、ストロークのみ1mm違いますから、もしかしたら'62年型のエンジンをストロークアップしたものだったのかもしれません。

それと、車体が全長300cm(3.0m)というのはあり得ませんね。
画像を見る限り500のボディですから、これは記事を執筆したロジンスキー氏が勘違いされたのだと思います。
全幅1.47mというのも、他に例がありませんね。もしかしたら、大きめのバンパーでも付いていたのでしょうか。
そして、妙に小さく見えたタイヤ/ホイールですが、ご覧のように12インチのものが装着されており、やはり量産試作車や市販車の13インチよりも小径でした。

このように、一般に知られているものとは違うスペックを持ったS500の試作車が、過去に存在したことは紛れもない事実です。
これぞ、埋もれた事実の発掘だと思うのですが、如何でしょう。
まあ、エスの研究をされている方は世の中にたくさんおられますから、既知の方には「何を今さら…」と言われてしまうかもしれません。
でも、この試作車に関する情報がウェブで公開されるのは、このエントリーが初めてだと思いますので、そういった意味では画期的なエントリーなのではないかと、手前味噌ながら思っています。

さて、この54号車ですが、実は当時の映像を観ることが出来ます。
前にもどこかのエントリーで紹介しましたが、Hino Samurai.orgさんの↓こちらのページで第1回日本グランプリの映像が公開されていまして、その映像の初めの方に、カメラの前を右手前から左奥に向かって横切る54号車が写っています。
興味のある方はご覧になってみて下さい。
http://www.hinosamurai.org/Contents/motorsports/video_Japan_GP_1963/video_Japan_GP_1963.html

Hino Samurai.orgさんのトップページは↓こちらです。
http://www.hinosamurai.org/Contents/welcome.html

まだ続きます。
少し話が飛びますが、私はHPの方に『3XAS250(Sports360)は浜松製作所で’63年4月~6月の間に8台製作されています。各月の完成台数は年表に記した通り。 4月の生産分で、「半完成車5台」というのがありますが、これは研究所の依頼により作られたもので「フレーム+足まわりのみ」の車輌でした。 半完成車は全て研究所に送られ、車体サイズや排気量が拡大された“拡大版スポーツ500”(OT誌風に言うとワイドトレッド型)の試作開発に流用されています。』と書いています。
http://mizma.tuzikaze.com/sports500/s360s500_biography.html

また、量産工場である浜松製作所でS500の量産ラインが稼動し、1号車が完成したのは '63年6月17日のことでした。
以上のことから、'63年5月3~4日に開催された第1回日本グランプリに姿を現した54号車は、浜松製作所で製作されたスポーツ360の半完成車をベースに作られた試作車だと推測できます。
このことを裏付けるように、54号車にはSports360と同じサイズのタイヤ/ホイールが装着されており、またホイールキャップもスポーツ360と同形状で、タイヤのホワイトリボンもSports360に使用されたものと同様に幅が広くなっています。 100331_wheel_b
                                (クリックで拡大表示)
           

つまり、この54号車の存在は、拙HPの記述の妥当性を担保してくれますし、また、浜松製作所でSports360が製造されていたことを裏付ける物証にもなります。
まあ、証拠といっても傍証程度ですけれども、それでも浜松製作所の生産記録を裏付ける証拠が見つかったことは大発見と言えるのではないでしょうか。

ということで、長々と書いてきましたが、実はこの54号車は本題に入る前の前フリでしかありません。
この54号車を踏まえて、皆さんにご覧頂きたい謎の試作車が別にあるのです。
エスのヒストリーは、とんでもなく奥が深いんですねぇ。
でも、少々長くなりましたので、本日はここまで。
続きは、(ボンドカーのような事にならないように)なるべく早く書く所存です。
でも、あまり期待しないで下さいね。
私はいい加減な人間なので、また長く更新が滞る可能性は十二分にあります。(^^;

最後に。
参考までに、54号車の記事を全文、フランス語のまま載せておきます。
お読みになりたい方は、頑張って翻訳して下さい。
もし全文を翻訳できた方がいらっしゃいましたら、私にも訳文を読ませて頂けると有難いです。
不躾なお願いで恐縮ですが、是非よろしくお願いします。


このエントリーは「謎の試作車、ホンダスポーツX (後編) 」に続きます。

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EXCLUSIVITE MONDIALE.

La reputation de la marque Honda en motocyclettes n'est plus a fair lecteurs connaissent certainement le palmares sportif de l'usine japonaise  dont les succes ne se comptent plus depuis qu'elle est entree dans la competition.
Mais ce qui est maintenant evident, c'est que sa participation sportive etait le prelude a une offensive concertee sur le marche mondial de la moto.
Et c'est ainsi qu'aujourd'hui, Honda est le plus gros fabricant de deux roues.

Des bruits persistants, qui sont maintenant une quasi certitude, indiquent qu'une voiture de formule 1 verrait le jour l'annee prochaine.
C'est sans aucun doute le signe avant-coureur d'une nouvelle offensive sur le marche automobile cette fois.
Cette supposition est etayee par l'apparition du prototype 500 Sport, que les dirigeants de la firme japonaise ont aimablement mis a notre disposition sur le circuit de Suzuka, a l'occasion de notre visite au Japon. 

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DESCRIPTION GENERALE

La conception generale de cette voiture est tres classique, avec son moteur a l'avant et ses roues arriere motrices.
Le raisonnement qui a conduit les ingenieurs Japonais a adopter cette disposition sur une voiture qui, bien qu'elle affiche des pretentions sportives, est le meme que celui qu'a fait Colin Chapman en conservant le moteur a l'avant de sa Loutus Elan : l'espace disponible entre les roues avant est plus restreint que celui qui est situe les roues arriere.
Il convient donc d'y loger un organe de forte densite : le moteur, et de garder l'emplacement le plus vaste pour les bagages. 
Le desir de conserver un vaste coffre a bagages malgre les dimensions tres restreintes de la voiture a d'ailleurs conduit a l'adoption d'un systeme de suspension arriere tres particulier, que nous verrons en detail.
Une plate-forme avec deux longerons emboutis et un plancher tres nervure est soudee a la carrosserie en tole d'acier, afin de donner une structure monocoque.
La suspension avant est par triangles superposes de longueur inegale, le triangle inferieur etant a base tres large, et l'ensemble apparait d'emblee comme une etude tres moderne.
La suspension est assuree par des barres de torsion logees a l'interieur des longerons .
La direction est a cremaillere.
Les roues sont de 12 pouces.

La suspension arriere est particulierement ingenieuse .
Elle permet d'obtenir un coffre a bagages de dimensions relativement genereuses, eu egard a la petite taille de la voiture.
C'est un systeme a roues tirees, les elements de suspension qui assurent le guidage des roues etant en fait deux carters en aluminium.
A l'interieur de ces carters, une chaine entraine deux pignons, l'un etant relie a la roue, l'autre a un petit arbre de sortie de pont arriere.
Le carter de pont etant ainsi situe en avant de l'axe des roues arriere, il est possible d'obtenir un coffre a bagages dont le fond n'est pas obstrue par la transmission, classique.
Les freins sont a tambours sur les quatre roues, de 19cm de diametre.

C'est l'ingenieur Riozo Shimizu a dessine le moteur quatre cylindres, en s'inspirant naturellement des brillants resultats qu'il a obtenus sur les moteurs de motocyclettes qu'il a concus.

Je lui ai demande pourquoi la cylindree choisie etait 500cc.
Il me fut explique que les taxes frappant les automobilistes au Japon augmentent de facon spectaculaire avec la cylindree et que le fait de pouvoir realiser une voiture aux performances convenables, mais de tres petite cylindree,  etait, sur le marche national, un argument de vente serieux.
Cependant, ce choix n'a, parait-il, rien de definitif, et actuellement des moteurs de 700 et meme de 1,000cc sont a l'essai, qui nous paraissent plus adaptes a nos marches.

Le groupe 4 cylindres eu alliage leger, chemise humide ,est incline a 45° sur la gauche.
Le vilebrequin est a trois paliers, a rouleaux.
L'alesage est de 52mm, la course de 59mm.
La distribution se fait par deux arbres a cames en tete entraines par chaine, le distributeur etant monte en bout de l'arbre a cames d'admission, tandis que la pompe a eau est en bout de celui d'echappement.
Les chambres de combustion sont naturellement de forme hemispherique.
Les bougies en sont dirigees vers le centre.

L'alimentation est assuree par quatre carburateurs Keihin, qui rappellent dans leur principe les S.U. anglais.
Le ventilateur est entraine en bout de la dynamo, situee sous les carburateurs, cependant que le radiateur occupe une position deportee vers la droite, la batterie d'accumulateurs etant placee a gauche.

Dans la version que nous avons essayee le moteur developpe 40 chevaux SAE a 8000 t/mn alors que son couple maximum se situe vers 6000 t/mn.
Ce rendement excellent de 80 chevaux au litre n'est naturellement pas surprenant a quiconque connait les rendements obtenus par Honda sur ses motocyclettes.

Des vitesses de rotation aussi elevees avec une faible cylindree commandent l'utilisation d'une boite a cinq rapports.
Celle-ci n'est cependant prevue qu'en supplement, et la voiture sera livree avec une boite a quatre sont synchronises.
Ce fait peut etre considere comme un indice de la volonte de Honda de vendre cette voiture bon marche.

AU VOLANT

La carrosserie dela voiture d'essai etait peinte en rouge vif.
D'une ligne dite <italienne> qui n'est pas sans rappeler l'Innocenti Sprite, en plus petit.
Une particularite : les phares sont sous plastique.
Les glaces laterales sont escamotables par manivelles.
Les sieges, ainsi que le tunnel de transmission , sont recouverts de similicuir.
Le volant a trois branches est en bois, tandis que le tableau de bord est tres honorablement equipe.
On y trouve, disposes en cadrans circulaires genre aviation, le compteur de vitesse, le compte-tours -dont la zone rouge commence a... 8000 t/mn!
l'amperemetre, la jauge a essence et la temperature d'eau.
Il manque principalement un manometre de pression d'huilee, ce qui s'explique partiellement par l'utilisation de paliers a rouleaux.

La position de conduite est certainement tres satisfaisant pour une personne de petite, ou a la rigueur, de moyenne stature.
Un pilote de grande taille sera, sur ce plan, tres a l'etroit.
De ce fait, je n'ai pas pu juger une position des pedales, car mes jambes occupaient une position si peu naturelle qu'il m'etait impossible de tenter d'accelere et freiner en meme temps.
Par ailleurs, le sommet de ma tete depassait assez nettement le haut du pare-brise, et le casque fut le bienvenu pour apprecie la position du tres court levier de vitesses au plancher, muni d'un large pommeau et installe a bonne portee de la main.

Il se degage de l'ensemble une impression de robustesse qui s'explique lorsque l'on connait le reseau routier japonais, dont l'etat souvent deplorable exige des elements sur dimensionnes.

C'est accompagne de Giichi Suzuki, ex-pilote officiel en motos et maintenant au departement des essais, que j'ai entrepris l'essai de la voiture.
Le mauvais temps est malheureusement venu contrarier le cours de nos essais, et la pluie qui detrempait  le circuit nous a ration.
Il nous a donc fallu nous contenter d'une appreciation dans ce domaine : disons tout de suite que malgre le bruit engageant emis par le moteur, nous n'avons pas ete fortement impressionnes.
Cinq cents centimetres cubes, aussi sportifs et brillants soient-ils, restent une capacite tres reduite.
Les 8000 tours autorises sont atteints avec facilite et sans aucune vibration sur les intermediaires et une souplesse inattendue autorise des reprises convenables en troisieme, rapport tres endurant.
Je pense que la clientele europeenne sera plus satisfaite d'un moteur de plus forte cylindree.

Les freins m'ont beaucoup decu.
Au bout de deux tours, ils avaient sensiblement perdu de leur efficacite, bien que n'ayant pas ete sollicites aussi durement qu'une piste seche l'aurait permis.
Les garnitures etaient, parait-il, usees, ce qui est possible, vu la garde importante a la pedale.
Neanmoins, des disques, car le diametre des tambours est trop limite par les petites roues de 12 pouces.

La boite de vitesses, pour n'etre pas desagreable, n'est cependant pas une realisation extraordinaire.
Il est preferable de decomposer assez sensiblement les manoeuvres si l'on veut eviter des grincements pignons inopportuns.
Par contre, la precision est satisfaisante, ainsi que la course reduite du levier.

Les plus grandes qualites de cette voiture sont la direction legere, precise et surtout extremement sensible.
On <touche> les roues comme dans une monoplace : c'est la premiere fois que j'eprouve cette sensation pour une voiture de tourisme.
La tenue de route est aussi remarquable.
Sa suspension etant tres ferme, la voiture se couche peu en virage.
Parfaitement equilibree, elle se laisse placer exactement ou le desire son pilote, repond instantanement aux moindres corrections, et manifeste un caractere neutre tout a fait imperturbable.
Je n'ai que tres rarement eu affaire a une voiture aussi saine et facile a conduire sur sol mouille.

CONCLUSION.

Avant de faire le bilan de la Honda500 Sport,il faut se souvenir que la voiture essayee etait un prototype, avec tout ce que cela comporte de solutions provisoires ou experimentales.
En tous cas,l'usine japonaise a realise une base extremement saine, a partir de laquelle une tres bonne voiture de Sport pourra etre realisee.
D'ores et deja, sa principale option parait etre sa cylindree : s'il faut complimenter M. Shimizu pour le rendement et l'agrement de son moteur, il faut aussi l'encourager a en augmenter la cylindree.
Le freinage devra, lui aussi etre ameliore nettement.

La Honda500 represente un curieux compromis entre la couteuse perfection mecanique : moteur a tres haut rendement,
suspension perfectionnee, et la recherche d'un bas prix de revient : tres petites dimensions generales, economise draconiennes telles que : premiere vitesse non synchronisee, freins tambours.

Ce modele devra se reveler un redoutable concurrent pour les constructeurs europeens de petites voitures de sport de grande diffusion.

Jose Rosinski.

「Caracteristiques」

MOTEUR:
4 cylindres en ligne refroidi par eau.
Bloc et culasse en alliage l'ger.
Chemises humides. Trois paliers a rouleaux.
Deux arbres a cames en tete entraines par chaine.
52mm × 59mm, 501cc.
4 carburateurs Keihin.
Puissance maximale : 40 ch SAE a 8,000 t/mn.

TRANSMISSION:
Boite a quatre rapports,2,3,4 synchronises.

CHASSIS:
Plate-forme avec deux longerons et plancher soude, caisse en tole d'acier soudee formant coque.
Suspension avant independante par triangles superposes, barres de torsion, amortisseurs telescopiques.
Suspension arriere independante a roues tires, transmission par chaines a partir d'un pont fixe.
Amortisseurs telescopiques et ressorts a boudins.
Freins a tambours.
Pneus Dunlop D2 5,20 × 12.

EQUIPEMENT :
Compteur de vitesses, compte-tours(10,000t/mn),amperemetre,jauge a essence, temperature d'eau.
Capacite du reservoir de carburant : 30 litres.

DIMENSION :
Longueur HT : 300cm. - Largeur HT : 147cm.
Empattement : 200cm. - Voie : 118cm.
Hauteur totale : 110cm - Hauteur a l'auvent : 75cm.

ESSAI :
Date : 5 mai 1963, conditions meteorologiques defavorables : pluie et brouillard.
Vitesse maximum : 140km/h (donnee constructeur).
Vitesses lues sur les intermediaires : 1re 40km/h, - 2e 70km/h, - 3e 100km/h.

Consommation : 6,5 1./100km (donnee constructeur).

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コメント

おじゃまします。。。
う〜ん、凄いですね・・
何が凄いかって、フランスからの問い掛け(?)が解明の手引きというのが
次編も楽しみにしております。

投稿: nash | 2010年4月 1日 (木) 午前 09時36分

>nashさん
コメントありがとうございます。
私も、まさかフランスから54号車の情報がもたらされるとは、思ってもみませんでした。
朗報は意外なところからやってくるものですね。
どうやら、国産車だからといって国内にばかり目を向けていてはいけないようです。
後編も是非ご期待下さい!


投稿: mizma_g@管理人 | 2010年4月 1日 (木) 午後 10時31分

このウェブサイトの元になった写真、先日、4月11日にトゥルーズに住む、ベルナール(フランス語読み)を訪ねた時に、彼から見せて貰いました。彼とは、2004年に始めて会ってから、パリで1回、東京で1回会って、今回、初めて、自宅も訪問し、美人の奥さんと2人の息子さんにも会ってきました。とても、良い友人です。

投稿: 燃費男の宮野です。 | 2011年4月20日 (水) 午後 10時06分

>燃費男の宮野さん
はじめまして、コメントありがとうございます。
ご芳名は、前々から存じ上げています。
トゥルーズに住むベルナールさんというと、上掲の記事を送ってくれた方と同一人物かもしれませんね。
エントリーではBernardを英語読みでバーナードさんと書いてしまいましたが、これは私がフランス語読みを知らなかったためです。
無知をさらしてしまい、お恥かしいかぎりです。^^;
私はベルナールさんとはお会いしたことはありませんが、時々メールのやり取りをしています。
彼の熱心な探究心には、毎度関心させられています。

投稿: mizma_g@管理人 | 2011年4月21日 (木) 午前 07時07分

諸元欄の" Voie:118cm " は、トレッド118cmの意味です。
前後どちらのトレッド? それとも前後同幅だったのでしょうか?

投稿: ポンコツ | 2011年5月 5日 (木) 午前 02時15分

>ポンコツさん
コメントありがとうございます。
Voieはトレッドのことでしたか!
ご教示ありがとうございます。早速エントリーの方、手直ししておきました。

因みに、エスシリーズのトレッドはS500~S800の途中までがF:1150mm R:1128mm、S800の最終型のみF:1162mm R:1150mmでした。
所謂ナローボディのスポーツ360/500もトレッドは前後で違っていて、リアの方が狭くなっていました。
この118cmが前後どちらを指しているのかは、ちょっと分からないですね。
可能性としては“フロント”の方が高いように思いますが、この試作車は他の試作車や量産車と仕様の違うところが多々ありますので、前後同じ幅だった可能性も否めないと思います。

投稿: mizma_g@管理人 | 2011年5月 5日 (木) 午前 06時57分

みつま様

MOTOR PRESS の書き込みに大変貴重な情報/写真/映像を頂き、誠にありがとうございます。
薄れかけていた約半世紀前の記憶が徐々に蘇って来ました。 定かではないですが、ドアには
ナンバーは書かれていなかったと思います。 みつまさんの情報にきっと藤原さんもびっくり
しているでしょう。 今後とも MOTOR PRESS を宜しく応援してあげてください。
尾崎郁夫(元 ESSO RACING TEAM)

投稿: Ikuo Ozaki | 2011年10月14日 (金) 午前 10時08分

尾崎 様

初めまして、コメントありがとうございます。
当方が、MOTOR PRESSさんでお知らせした情報が、尾崎様の古い記憶の糸を手繰り寄せる切っ掛けになりましたら、これ以上嬉しいことはありません。
何か面白いエピソードを思い出されましたら、是非、MOTOR PRESSさんで公開して頂ければと思います。
なるほど、尾崎様が目撃されたホンダスポーツにはナンバーは書かれていませんでしたか。
当時、鈴鹿ではS360やT360などがテストされていたそうですから、日本GPが開催された時に鈴鹿にS360があった可能性は十二分にありますので、きっと尾崎様の記憶に間違いはないと思います。
本田さんとS360の組み合わせをご覧になれたのは、本当にラッキーでしたね。
マニアックな情報を毎日発信されているMOTOR PRESSさんは、私のお気に入りのブログです。
今後とも、楽しく拝見させて頂く所存です!


投稿: mizma_g@管理人 | 2011年10月14日 (金) 午後 12時40分

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