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2009年11月21日 (土)

【再考】ボンドカーの謎解き 前編

先日のエントリーにちょこっと書きましたように、ホンダ関連の調べものをしていたら偶然ボンドカーに関する記述がある資料を発見しまして、その資料の記述から色々と調べ直したところ、これまで気が付かなかったいくつかの事柄に気付くに至りました。
で、お恥ずかしい話なのですが、以前のエントリーに書いた私の考察には誤りがあったことも判明しました。
そこで、今回と次回のエントリーであらためてボンドカーに関する考察をやり直して、以前の考察の誤りの訂正と、より真実に近いであろう新たな考察の提示をしようと思います。

長くなると思いますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。


■ボンドカー(撮影車)の行方と予備車の有無について

『特選外車情報 F-ROAD 2008年9月号』(以下、エフロード誌と表記)に掲載されている、福野礼一郎氏のボンドカーに関する記事では、エンジンルームの溶接痕から、トヨタ博物館に収蔵されている車輌(以下、トヨ博車と表記)が映画の撮影に使われた本物のボンドカー(以下、撮影車と表記)であると結論付けています。
確かに、これはかなり説得力のある考察だと思います。
私は以前のエントリーで、フロントウインドウの形状などからトヨ博車は予備車(映画の撮影には使われたなかったもう一台の車輌)ではないかと推測しましたが、この推測は再考した結果誤りであることが判明しました。
トヨ博車は、福野氏が考察した通り撮影車で間違いありません。
ここにお詫びして訂正させて頂きます。(陳謝)

で、私は何を根拠にトヨ博車=撮影車と判断したかですが、実は私の根拠は福野氏の溶接痕とはちょっと違います。
そして、その根拠からはトヨ博車の素性のみならず、予備車が確実に存在したことも証明できてしまいます。
そんなうまい話があるかと思われるかもしれませんが、これがあったんです。
その根拠とは、以下のようなものです。

まずは、撮影車のエンジンルームをご覧下さい。
091120_bond01 (クリックで拡大表示)
福野氏は、四角の赤枠で囲まれた部分の溶接痕から、トヨ博車が撮影車であることを立証しました。
が、ここで注目して頂きたいのは、その溶接痕ではなくて、溶接によってホイールハウスに接合されているインナーパネルのフランジ(合わせ代/白矢印)の部分です。
フランジは、2cmくらいの幅でホイールハウスの縁に沿って円弧を描いている箇所、といえばお分かり頂けるでしょうか。
エンジンルームに張り出したホイールハウスと、ワイヤーハーネスが留められているインナーパネルは、このフランジを介して溶接により接合されています。
撮影車のフランジの形状を、よくご覧下さい。

そして、次にご覧頂きたいのは、フランスの2000GTサイトの↓こちらのページです。
http://www.2000gt.net/Presse/Car/Car67.php
右端の画像をクリックすると、ボンドカーのエンジンルームの写真が掲載されている雑誌記事が表示されます。
この雑誌記事は、CAR誌 1967年7月号をスキャンしたもののようです。
どうでしょう? CAR誌に掲載されている2000GTのオープンモデルは、何処をどう見てもボンドカーですよね?
1967年7月というと、日本やアメリカ、欧州で映画 007「You Only Live Twice」が封切られた翌月です。
つまり、ボンドカーが一番脚光を浴びていた時期に発行された雑誌、ということになります。
エンジンルームの写真を拡大した画像がありますので、以下に示します。 
CAR誌に掲載されているボンドカーのフランジをよくご覧下さい。
091120_bond02 (クリックで拡大表示) 
 
下掲の画像は、CAR誌に掲載されているエンジンルームの写真と、トヨ博車のエンジンルームを撮影した写真(ここでトヨ博車の写真を使うのは適切ではありませんが、撮影車の適当な写真が見つからなかったので、やむなく代用します…)を並べたものです。
091120_bond03 (クリックで拡大表示)
明らかに2台のフランジの形状は違いますね。
二つの写真を重ねてみると…。
091120_bond04 (クリックで拡大表示)
当然ですが、フランジの形状は一致しません。(よく見ると、ホイールハウスの形状も違うような気がします)
溶接痕が一致しないことは、言うまでもないでしょう。
しかしながら、CAR誌に掲載されているのは紛れもなくボンドカーです。
CAR誌に掲載されている車輌のフランジの形状が撮影車と一致しないということは、つまり、このCAR誌の車輌が“予備車”だということです。
CAR誌のボンドカーが予備車であるならば、これとフランジの形状が一致しないトヨ博車は必然的に撮影車ということになります。
実際に、トヨ博車と撮影車の写真を見比べてみると、両車のフランジ部分に明確な差異は認められませんし、福野氏の記事にあるようにトヨ博車と撮影車のフランジ部分の溶接痕は酷似していますから、トヨ博車は撮影車だと断定して差し支えないでしょう。
つまり、本物のボンドカー(撮影に供された車輌)は現存していて、現在はトヨタ博物館に収蔵されている、ということになります。

福野氏は、フランジの溶接痕からトヨ博車が撮影車であることを特定されましたから、溶接痕が一致しないもう一台のボンドカー(予備車)の存在についても、きっと肯定して頂けるのではないかと思います。

蛇足になりますが、撮影車と予備車のエンジンルームの相違点を以下に列挙しておきます。

・カムカバーの文字と書体が違う。
 撮影車は「TOYOTA GT」でTOYOTAの文字が全て繋がっている。(280A/Ⅰのカムカバーとほぼ同仕様)
 予備車は「TOYOTA 2000」で、TOYOTAの文字は離れている。(量産車と同仕様)

・オイルフィラーキャップの仕上げが違う。
 撮影車は、金属地のまま。
 予備車はメッキ仕上げ。

・アクセルワイヤーの取り回し方が違う。
 撮影車は、ワイヤーハーネスを通す孔から、予備車は12本のスリットがある右の上部アクセスハッチの下から車内に至る。
 市販車の当該箇所を複数観察したところ両タイプとも確認できたのですが、これはどういった理由で取り回し方を変えているのでしょうね?

・ホイールハウス上部の電装部品の有無。
 撮影車のホイールハウス上部には、電装部品なし。
 予備車のホイールハウス上部には、電装部品あり。(量産車と同仕様)

・上部アクセスハッチのインナーパネルの仕上げ方が違う。
 撮影車は、ボディと同色にペイント。
 予備車は、未塗装で金属地のまま(のように見える)。 また、上下のパネルを繋ぐ支柱(?)がない。

尚、予備車のエンジンルームを撮影した写真は、↓こちらのページ(本文の左最下部)にもあります。
http://www.2000gt.net/007/Bond2.php
この写真を予備車のものと判断したのは、ラジエターのアッパータンクに貼られた3枚のシールや、ラジエターキャップの基部から伸びるブリーザーチューブの取り回し方、カムカバーやオイルフィラーキャップの特徴、アクセルワイヤーの取り回し方、が予備車と一致するからです。↓
091120_bond05 (クリックで拡大表示)


■新たに発見した資料

ボンドカーが2台存在したことは上の説明でご理解頂けたと思いますが、駄目押しでさらなる資料を提示しようと思います。
まあ、こちらは傍証程度にしかならないかもしれませんが…。

まずは、下記のリンク先にアップされている、モーターエイジ(トヨタの広報誌)の画像をご覧下さい。
http://kyuusyamania.blog73.fc2.com/blog-entry-146.html
このモーターエイジ誌は、'66年10月に発行されたものだそうです。
日本で映画 007 「You Only Live Twice」のロケが行なわれたのは'66年8月。
ということは、ロケ終了後 間もなく発行されたトヨタの広報誌、ということになります。
モーターエイジ誌の左のページには、007の国内ロケが終わった後、2台のボンドカーがどのように使われる予定であったかが書かれています。

当時のトヨタの広報誌に拠れば、撮影車は東京モーターショーに出展した後、北米やカナダで映画のプロモーションに使う予定だったようです。
一方 予備車は、特殊撮影(スタジオ撮影?)のためロンドンに送られて、その後は欧州各地のモーターショーに出展する予定だったようです。
もし、ボンドカーが1台しか製作されなかった(予備車が存在しなかった)のなら、当時のトヨタの広報誌において、このようにボンドカーが2台存在することを前提とした“予定”が公表されることはなかったでしょう。
逆に言えば、2台のボンドカーの予定が公表されたということは、ボンドカーは当時、間違いなく2台存在していたということになります。
このように、当時のトヨタの広報誌からもボンドカーが2台存在したことが確認できる訳です。

それと、ここでもうひとつ注目して頂きたいのは、有名な“パンナム機にボンドカーが積み込まれる写真”が、ロンドンに空輸される際に撮影されたものであったということです。
通説では、この写真はアメリカに空輸する際のものとなっていますが、それは誤りだった訳です。
これは大発見! 
…と、私は喜び勇んだのですが、実はこのモーターエイジ誌の記事、2000GTオーナーの間では昔から知られていたそうです。。。orz
まあ、私の知識の無さは今に始まったことではないので置いておくとして、とにかくパンナム機に積み込まれた車輌の行き先はロンドンで、空輸の目的は撮影のためだった訳です。
そして、空輸されたのは予備車ということになります。
このロンドンへの空輸の件は、先述の予定の話とは違い“事後”に書かれていますから、情報の確度・信憑性は相当高いと言えるでしょう。

ん?でも、待てよ。
映画で実際に流れた、パインウッド・スタジオで撮影されたシーンでは、2000GTではなくてアルファロメオを改装した車輌が使われていましたよね。
予備車は間違いなくロンドンに送られていたのに、何故パインウッド・スタジオでの撮影に使われなかったのでしょうか?
新たなる「ボンドカーの謎」が生じてしまいましたね。
ただ、撮影現場(スタジオ?)と思しき場所で撮影された予備車の画像を、実は私、持っていたりします。
しかしながら、事情があってここで公開することはできません。
詳細は不明ですが、予備車はイギリスに送られたものの、拠所ない事情でスタジオ撮影には使えなくなり、改装されたアルファロメオが代役を務めた、ということなのかもしれません。

ところで、予備車がロンドンに空輸されたのはいつ頃だったのたでしょうか?
まず確実なのは、モーターエイジ誌が発行される以前であるということです。
“発行前”の出来事でないと写真を掲載することはできませんから、これは間違いありません。
ということで、まずは '66年10月以前であることが確定します。
予備車は元々、撮影車にトラブルやアクシデントがあったときのバックアップ用として用意されたはずですから、国内でロケを行なっていた間は日本にあった、と考えるのが妥当でしょう。
そして、予備車がロンドンへ送られたのは特殊撮影のためですから、空輸はロケ隊の帰国と一緒、或いはロケ隊がイギリスへ帰国した後と考えるのが自然です。
そうなると、予備車がロンドンに送られたのは、ロケが終了した9月以降と考えるのが妥当でしょうね。
つまり、予備車がロンドンに空輸されたのは、国内でのロケが終了して以降、モーターエイジ誌が発行される以前で、'66年9~10月頃ということになると思います。
積み込みの作業をされている方達の服装を見ると、長袖のつなぎを着てい方もいれば、半袖のつなぎを着ている方もいますから、服装と推測される輸送時期は概ね合っているといえるのではないでしょうか。

ロンドンに空輸された予備車ですが、よく見るとサンバイザーが付いています。
福野氏はエフロード誌の記事の中で、撮影車のサンバイザーは撮影隊が撮影前に取り外して破棄したのではないか、と推測されていますが、もし福野氏の推測通りにボンドカーは1台しか存在しなくて、撮影前にサンバイザーが破棄されていたのなら、国内でのロケが終了したあと海外に空輸される際の車輌には、サンバイザーは付いていなかったはずです。
何せ、撮影前に破棄されているのですから。
しかしながら、実際には写真の通りサンバイザーは付いていました。
あれれ?…ですね。
福野氏は、撮影前に装備を施すため、ロンドンにボンドカーを送った可能性を記事中で示唆していますが、この推理は残念ながらはずれていました。
ロンドンへの空輸が特殊撮影のためであったことは、先述の通りです。
このサンバイザーに関しては、「破棄」ではなくて「ロケ中は外されていた」と記述しておくとよかったかもしれませんね。

などというつまらない揚げ足取りはさておき、福野氏が記事で指摘しているように、撮影車には、映画のロケ前に行なわれたと思われる撮影会の時を除くと、一貫してサンバイザーは付いていませんでした。
福野氏が推測した通り、恐らく撮影隊がサンバイザーは不要として処分してしまったのでしょう。
イギリスに送られた予備車にサンバイザーが付いていたのは、国内ロケの最中に撮影に供されることがなかったので、“撮影隊による処分を免れた”ということだと思います。

因みに、ボンドカー製作の指揮を執った綱島工場の塚本昇氏の証言によると、2台のボンドカーは共に撮影に使うと伝えられていたため、全く同じに仕上げたそうなので(出典:MONOマガジン No,323 P240)、予備車にもサンバイザーが付いていたことは十分あり得ますし、実際に予備車にサンバイザーが付いていたことは、このパンナム機への積み込み写真によって証明されたと言えるでしょう。

しかしながら、この予備車のサンバイザーは、車輌が欧州に渡った後、ステーやルームミラーもろとも消え去ってしまいます。
予備車のサンバイザーとルームミラーは何処へ…。
サンバイザーだけが無いのならともかく、ステーやルームミラーまでないのはちょっと尋常ならざる状態ですから、私は空輸した際に盗難に遭ったのではないかと考えていますが、今となってはこの件の真相を探ることは困難でしょうね。


ということで、長くなりましたので本日はここまでとします。
今回のエントリーで、ボンドカーが2台存在したことはご理解頂けたと思うので、次回は2台のボンドカーの特徴や相違点をおさらいした上で、それらを頼りに2台の足跡を辿って、モーターエイジ誌に記載された「予定」がその通りに実施されたか否かについて検証してみようと思います。

  

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コメント

9月初旬、湯布院 岩下コレクションにて、ボンドカー2台のうちの1台僕持ってますよ、と おっしゃるおじさんと、お話をしました。ガレージはつくば市だそうです。九州まで1人でドライブ中の途中でした。

投稿: 渕上秀孝 | 2017年9月21日 (木) 午後 06時32分

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