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2009年5月 7日 (木)

トヨタ2000GT/日産2000GTのヤマハ開発説などに関するいくつかの疑問

追記あり

相変わらず“A550X”や“日産2000GT”で検索して当ブログにお越しになる方が多いですね。
このエントリーを書いている時点で、左のサイドバーにある“検索フレーズランキング”の1位はA550X、日産2000GTは6位になっています。
4月25日のエントリーの最後に、“「トヨタ2000GTや初代フェアレディZのルーツは日産2000GT」なる説の妥当性について検証するエントリーを書く”と書きましたが、その前に、巷間で言われているトヨタ2000GT/日産2000GTのヤマハ開発説トヨタ2000GT=日産2000GT説について個人的に疑問に思ったことがいくつかあるので、それらを以下に列挙してみようと思います。

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● スペースフレームにFRPボディを架装した四輪車「YX30」の開発経験しかなかったヤマハ発動機が、いつどのようにして鋼鈑モノコックボディや鋼鈑ボディ+バックボーンフレームのクルマを開発する技術を身に付けたのでしょうか?
● 国内四輪メーカーの雄、トヨタ/日産ですら持ち合わせていなかった高性能スポーツカーの開発技術を、二輪車メーカーのヤマハ発動機はどのようにして身に付けたのでしょうか?
  (因みに、ヤマハ発動機でスポーツカーの研究をしていたのは、安川研究室という20名ほどの小さな部署です)
● 初代シルビア(CSP311)、日産2000GT(A550X)、トヨタ2000GT(280A)のホワイトボディを製作したのは日産の板金工 西岡幹夫氏だった訳ですが、果たして鋼鈑ボディを製作する技術を持ち合わせていなかったヤマハ発動機に、鋼鈑ボディ車を開発する技術があったと考えるのは妥当なのでしょうか?
  (コンピュータによるシミュレーションなど出来なかった時代に、実車を製作せず机上の修練のみで開発スキルを上げることは可能だったのでしょうかね?)
● 日産2000GTをモノコックボディ車(一部にサブフレームを使用)として開発する技術がありながら、トヨタ2000GTに重量的に不利なバックボーンフレームを採用した理由は何なのでしょう?
● ヤマハ発動機のエンジニア 花川 均氏の証言に拠れば、日産2000GTのモノコックボディはセドリックを参考にして設計したそうですが、この“日産車の技術”が応用された日産2000GTの設計図をヤマハ発動機がトヨタに持ち込むことは、機密の漏洩になるのではないですか?
  (もしかしたらヤマハ発動機は、己の野望を実現するためなら機密漏洩も厭わない、不実な企業なのでしょうか?)
● 日産2000GTの設計図をトヨタに持ち込んで出来上がったのがトヨタ2000GTならば、日産からトヨタやヤマハ発動機にクレームがついて然る可きだと思いますが、そのような話は寡聞にして聞いたことがありません。(実際にトヨタ2000GTは恙無く発売されていますし…)日産がトヨタやヤマハ発動機にクレームをつけない理由は果たして何なのでしょうか?
● トヨタ2000GTと日産2000GTは全長や全幅、ホイールベースなどの数値が近いものの、エクステリアデザイン、エンジンの気筒数、ボディ構造、前・後車軸の位置、グリーンハウスの相対的な位置、乗員の着座位置など、相違点が沢山あります。この二車を同じ設計のクルマと断定する理由は何なのでしょうか?
● トヨタや日産とのジョイントプロジェクトでヤマハ発動機側のトップを勤めた安川 力氏は、トヨタ2000GTと日産2000GTを“全く別の企画”と処断して両車の関連を否定していますが、トヨタ2000GT=日産2000GT説を唱えている方々は、この安川氏の証言をどのようにお考えでしょうか?
   当然、安川氏の証言は否定されると思うのですが(でないとトヨタ2000GT=日産2000GTなる説は成り立ちませんね)、果たして何を根拠に当事者の証言を否定するのでしょう?

トヨタ2000GT/日産2000GTのヤマハ開発説」や「トヨタ2000GT=日産2000GT説」が誤謬でないのならば、以上のわたくしの素朴な疑問に答えるのは容易いことだと思います。
これらの説を唱えている方々におかれましては、もしこのエントリーをご覧になりましたら、自説が正しいことを証明する絶好の機会ですので、是非わたくしのこれらの疑問にお答え頂きたく、お願い申し上げます。

2009/05/09:追記
因みに、↓これは偽装した日産2000GTの写真です。
090508_a550x (クリックで拡大表示)
偽装しているということは、日産2000GTはその存在や情報を外部に知られたくない秘匿車であったということです。
日産2000GTが開発された1964年当時、日産が産業スパイなどによる機密の漏洩にどれだけ神経をとがらせていたかは、同年にNHKで放送された「特命試走車」という番組で知ることが出来ます。



特命試走車 (2/4)
特命試走車 (3/4)
特命試走車 (4/4)

映像を観ると分かるように、開発中の車輌やエンジンの情報は徹底的に隠され、モノにならなかった試作エンジンはハンマーで叩き壊したうえで関係書類を焼却処分しています。
ライバル会社に社内の情報を知られないために、そこまでしていたんですね。

このような事実を踏まえたうえで、「ヤマハ発動機は日産2000GTの設計図をトヨタに持ち込んだ。雛形となる日産2000GTの設計図があったから、トヨタ2000GTは短期間で開発することができた。つまり、トヨタ2000GTは日産2000GTの直系のクルマである。(トヨタ2000GT=日産2000GT)」なる説の信憑性/妥当性を再考して頂けたら有難いなぁと思う次第です。

まあ、別に色々な考え方があって構わないと思いますし、その考えを開陳するのも個人の自由だと思いますが、確たる証拠も無く推測・憶測を重ねて可能性を論じるだけでは甚だ説得力に欠けますし、そういった論を開陳することによって、苦労してクルマを開発した先人達の功績を結果的に貶したり歪めたりすることになるのであれば、努めてそういった行為は自重するべきではないかと私は思うのですが、如何でしょうね。


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