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2009年3月 1日 (日)

'63年型(三八式)T360の有無

以前のエントリーで'63年型T360の有無について書きましたが、その後 真相が判明したので報告したいと思います。

まずは訂正から。
以前のエントリーに、福島で発見されたAK1号車の車台番号を「AK250-64-30001」と書きましたが、これはOT誌が誤って掲載した(誤植?)もので、実際の車台番号は「AK250-63-30001」だそうです。
このことは、↓こちらのブログに書いてありました。
ttp://plaza.rakuten.co.jp/echizenn/diary/200610130000/

車台番号中の“63”は製造年を表すものなので、'63年型のT360は間違いなく存在したようです。
以上、報告終わり。

…では、あまりにも素っ気なさ過ぎるので、もうちょっと書きます。

以前のエントリーで、「『ホンダT360特徴・諸元』をお持ちの方がいたら、車台番号の打刻開始年月日と始番号をご教示頂けないでしょうか」とお願いしましたが、その後『ホンダT360特徴・諸元』の現物をお借りすることが出来まして、車台番号打刻開始年月日と始番号を確認できました。↓
090301_ak

ご覧のように、T360の車台番号打刻開始年月日は「昭和38年(1963年)6月1日」、始番号は「AK250-63-30001」でした。
福島で見つかった車輌の車台番号と『ホンダT360特徴・諸元』に記載されている始番号は一致しますので、福島の車輌は“ナンバリングされた最初のT360”ということで間違いありません。
尚、この1号車は、“T360”として作られた最初の車輌ではないですし(T360を初めて名乗った車輌はXAK250 (第11回全国ホンダ会出展車) です)、量産車として作られた1号車でもありません。
福島の車輌は、量産モデルには見られない特徴を多数有する純然たる試作車ですので、誤解なきようお願いします。
話がちょっと横にそれたので元に戻しましょう。

'64年型の基点日は '63年9月21日で、T360は '63年8月に発売されましたから、この時系列から考えても'63年型のT360は間違いなく存在したといえます。
因みに、'63年8月に発売されたと言われているT360ですが、東京・愛知・大阪における当時の届出の記録を見ると、7月から届出が始まっていたことが確認できます。
090301_ak_2 (クリックで拡大表示)
この7月から9月中旬頃までに届出のされた車輌が '63年型ということになります。
果たして'63年型のT360は何台くらい作られたのでしょうね。

参考までに、今となってはなかなか見ることの出来ない '63年型T360の外観は↓こんな感じでした。
090301_ak_3 (クリックで拡大表示)
(Old-timer No,90 P12より引用)
この車輌は'63年の晩夏頃に東北を巡行した何台かのT360のうちの1台ですが、同じカラーリングが施されたT360の記事が「モーターファン'63年9月号」に掲載されているので、'63年型で間違いないと思います。
巡行に使用された車輌なので派手なカラーリングが施されていますが、そこは無視して下さい。
画像をよく見るとボンネットのHマークの横にグルーヴラインが確認でき、プラスチックボンネットが装着されていたことが分かります。
それと、メッキのライトリムがボンネットのライト穴の部分に付いていません。
これと同じ仕様は、当時の一般ユーザーが所有する'63年型と思われる車輌でも確認できるので↓、T360の最初期型はプラボンだったのではないかと個人的には考えています。
090301_63ak (クリックで拡大表示)
(フライング 37号より引用)

※大きいサイズの画像は別の機会にアップします
 

参考までに、T360の試作車でボンネットが鋼鈑製だったのはXAK250のみで他は全てプラボンでしたから、量産初期のT360がプラボンだったとしても何の不思議もないと思います。


 

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コメント

ブログ拝見 初期ホンダ車はこうしてみるとよく言われるようにホントに試作車=市販車でユーザーがテストにされた感じですね。こんな状況での販売店の苦労は大変だったと思います。 私がTでになったのは リアランプが37年の試作発表時には 赤とオレンジの二色だったのに 市販は赤一色のシンプルな物になりしたね。やはりコストの問題からでしょうか

投稿: ろくりん | 2009年3月 1日 (日) 午後 09時11分

追伸、 私の持ってる昭和37年のモーターマガジン12月号に T360の試作車のやや不鮮明な白黒写真載ってますが その写真でもあきらかにボンネット部分がドア周りと違う材質と確認できますね。あらためてブログ拝見して 発売前は試作車はボンネットがプラスチックだと再確認いたしました

投稿: ろくりん | 2009年3月 1日 (日) 午後 09時55分

>ろくりんさん
コメントありがとうございます。
T360は'63年6月に完成車の生産を始めて同年8月に発売していますが、生産開始といっても当初は量産のためのトレーニングであって、本格的な生産ではありませんでした。
生産ラインを稼動させて2ヶ月弱で出荷を始めていますから、初期の生産車は量産試作車(トヨタ流に言えば号口試作)そのものと言っても過言ではないと思います。
生産が始まってからも設変の嵐だったようですから、生産部門も販売部門も、サービス部門も相当大変だったでしょうね。
テールランプの設変は、やはりコスト削減のためだと思います。
例えば、中村良夫さんが記した『技研に於ける4輪開発の経過』という社内レポートにも「62年11月にAKのコスト高と高品性について議論され…」と記されています。
また、62年型はツインラジエター・ツインファンで、ラジエターの廃熱を利用した暖房が付いていましたが、量産車ではラジエターもファンも一つになり、アイデアものの暖房は省略されました。
それと、引き戸式のリアウインドーやシートベルトは量産車ではオプショナルになりましたし、荷箱の補強なども簡素化されています。
量産型は62年型と比べると間違いなくコストダウンが図られていますので、テールランプのシンプル化もコストを下げるためと考えるのがやはり妥当と思います。

T360のボンネットは、Hマークの両脇に縦のグルーブライン(溝線)があって側面にパーティングライン(分割線)が無いのがプラスチック製、Hマークの両脇にグルーブラインが無くて側面にパーティングラインがあるのが鋼鈑製です。
62年のショー出展車は前者に当て嵌まりますから、プラスチック製で間違いありません。
モーターマガジン誌に掲載されている写真でもグルーブラインが確認できますので、ぜひご覧になってみて下さい。

投稿: mizma_g@管理人 | 2009年3月 1日 (日) 午後 11時40分

さらに追伸、試作車は、 ツインラジエーターツインファン、は知りませんでした。試作車はラジエーターグリルが市販と違い真ん中で二分割デザインなんで ちょっと気になってましたが それが原因だったんですね、勉強になりました 。でこのツインラジエーターは後のスバル1000が最初と思ったらすでにホンダがトライしてたんですねえ

投稿: ろくりん | 2009年3月 2日 (月) 午前 08時46分

さらにすいません、 ふと思い出したこと スバル1000のデュアルラジエーター、 ホンダから 特許侵害のクレームついたとスバル1000開発の記録の中で読んだような。 スバルもサブラジエーターをヒーターに使う構造だったような。

投稿: ろくりん | 2009年3月 2日 (月) 午後 03時45分

>ろくりんさん
2ピースのグリルはそういうことだと思います。
2ピースのグリルはメッキされていましたが、量産型は1ピースでペイント仕上げですから、ここでもコストダウンが図られていますね。
ホンダがスバルにクレームをつけたという話は知りませんでした。
ラジエターを2つ装備して、1つをヒーターに使う構造はT360のプロトと一緒ですから、きっとホンダの特許に抵触していたのでしょうね。^^;

投稿: mizma_g@管理人 | 2009年3月 2日 (月) 午後 10時51分

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