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2008年11月 8日 (土)

トヨタに問い合わせてみました&新たに判明したこと

08/11/09 画像を追加

風邪をひいてしまって非常に体がしんどいので、手短に更新します。

まずは、先日「ボンドカーの謎解き」に関する補遺に追記した「HemisFair'68(サンアントニオ国際博覧会)」について。
昨日、トヨタに以下の2件を問い合わせてみました。
・HemisFair'68 にボンドカーは出展されたか。※出展されたのは間違いありませんが念のため訊いてみました
・出展されたとすれば、その期間はいつ頃か。

トヨタからの回答は「当時の資料が残っていないので分からない」でした。orz

HemisFair'68 は上にも書きましたが国際博覧会で、日本で言うところの大阪万博や筑波万博みたいなものでした。
そこに日本を代表する工業製品的な扱いで日本のパビリオンに出展されたとなれば、トヨタにとっては大変名誉なことですから、当時の社内報などに記録されていて然るべきだと思うのですが…。
もっと具体的に、社内報にHemisFairのことが載っていませんか?と訊くべきでしたかね。。。
まあ、あまり他人様のお手を煩わせては申し訳ないので、この件については何とか自力で調べようと思います。

因みに、Webからは、この件に関する情報を得ることはできませんでした。
唯一情報を得られたのは、既に紹介済みのwww.2000gt.net/さんからのみ。
www.2000gt.net/さんの こちらのページにアップされている当時の自動車誌には、フェアに出展された際に撮影されたボンドカーの写真が掲載されており、写真のキャプションとして以下の文章が付記されています。
『Ouarter scale model of the famous Toyota2000GT is high-lighting the Japanese government ex-hibit at the San Antonio HemisFair '68.
The scale model, especially built for the Texas Fair, is shown with the James Bond car "You Live Twics".
The production model of this sleek speedser from Japan set 16 world and international speed and endurance records.
The Japanese-government exhibit commemorates the 100th anniversary of the U.S,-Japanese Exchange and features Japan's latest engineering innovations in addition to the Toyota2000GT.
The San Antonio HemisFair '68, which runs from April 6 through October 6, will feature 25 other foreign exhibit and is considered to be the liveliest of recent major fairs held in the U.S. and Canada.』

ご覧のように“ボンドカーはフェアのために特別に作られたスケールモデルと共に展示された(意訳)”との一文があります。
博覧会においてボンドカーは日本政府の展示物として出展されましたから、博覧会の開催期間中('68年4月6日~10月6日)常時展示されていたと考えるのがおそらく妥当かと思われます。
そうなると、富士スピードウェイで'68年5月3日に開催された「'68日本グランプリ」と日程が完全に重複しますから、'68年5月3日にはアメリカと日本に1台ずつボンドカーが存在したことになります
ということは、ボンドカーは2台生産されたことになる。 
…と思うのですが、確証がないのが悔しいところです。

↓こちらは、『'68日本グランプリ』の映像からキャプチャしたグランプリ当日のボンドカーの姿です。
081108_68 (クリックで拡大表示)

ついでに、『'69日本グランプリ』の時の画像もアップしておきます。
081108_69 (クリックで拡大表示)
ボンネットのペイント、分かるでしょうかね?
(08/11/09:画像追加と追記)
BOND様にマーシャルカー時代のボンドカーの写真を送って頂いたので追加します。
081109_
この写真だと、ボンネットのペイントがハッキリと分かりますね。
残念ながらこの写真がいつ撮影されたのかは分かりませんが、車名の入ったプレートがまだ綺麗ですから、こちらの写真が撮影される以前で間違いないと思います。
写真をよく見るとルマン式スタートですから、おそらく耐久レースが行なわれた時に撮影されたものでしょう。
レースカーもマーシャルカーもノーズが向かって右側に向いていますから、左回り(逆回り)のレースだったようですね。
ご覧のようにマーシャルカーのノーズは、この時点でペイントが一部剥げ落ちてしまっています。
-----------------------------追記ここまで------------------------------------

もうひとつ。
Webを検索していたら、トヨタスポーツな気分さんというブログがヒットしまして、ブログにアップされている画像から、下掲の画像がオランダ・アムステルダムではなくてスイスのジュネーブで撮影されたものであることが分かりました。
081030__9 (クリックで拡大表示)
そんな訳で、前のエントリーや年表の一部を訂正しておました。

トヨタスポーツな気分さんにアップされているジュネーブショーの画像をよく見ると、ボンドカーのグローブボックスに映画の撮影のために取り付けられた“特殊装備”が確認できます。
ということは、プロモーションのために欧州に送り込まれたのは、やはり撮影車(ラウンド車)の方だった可能性が高そうです。(少なくともエクステリアやインテリアの特徴は撮影車と一致しています)

現時点でお知らせしたいのは以上の2つです。
また気が付いたことがあれば追記致します。


 

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TOYOTA 2000GTの真実」カテゴリの記事

コメント

以前、2000GTの関係でトラックバックさせていただいた者です。

1996年8月2日号のmonoマガジン掲載の記事だったかと記憶していますが(この号は、2000GTについてすっごく有用な情報源だと思います)映画会社からのリクエストが「本番用1台+バックアップ1台の計2台」で、それを突貫工事で仕上げた話等々が実務担当者の苦労話として紹介されていました。オープントップの007映画用2000GTが2台存在したことは、半ば公式に明言されていると判断してよろしいかと思います。

上記雑誌には、撮影のためホテルに搬入していた際に映画会社のドライバーがフロントをぶっつけてドライビングランプのカバーを割ってしまった話なども紹介されていますし、福野氏がいったい何を根拠にあのような「妄言」を垂れ流すのか、大変理解に苦しむところです。

というか、当時の(直接の)関係者で存命の人はまだいくらもいるわけですから、なぜそういう人のところに「プロの物書き」が取材をしないのか、まったく理解不能です。ライターとしての基本を踏み外してるんじゃないかとさえ思います。

投稿: 惰眠 | 2008年11月29日 (土) 午前 12時39分

>惰眠さん
コメントありがとうございます。その節はトラックバックありがとうございました。
トラックバックのお礼をブログの方に書き込ませて頂こうとしたのですが、書き込みができなかったため不義理をしてしまい申し訳ありませんでした。。。

なるほど、古いmonoマガジンに2000GTの記事が掲載されているのですね。
有用な情報源と聞いては読まずにおれませんので、早速探してみようと思います!
ご教示ありがとうございます。

ボンドカーの製造数については複数の関係者の“2台”という証言がありますし、それを裏付ける二態のボンドカーの写真も存在していますから、疑いようはないと思うのですが…。
売文屋さんは有体のことばかり書いていては商売にならないので、センセーショナルなことを書いてしまうのでしょうかね。
まあ、福野氏が書いたことはあくまでも推測ではあるのですが、名の知れた人が“活字”にしてしまうと、それが事実であるかのように取られて広まってしまうので困るのですよね。

仰るように、ボンドカーの委細(特に製造数)については、実際に製作にあたった綱島工場の石塚氏や塚越氏に話を聞けばすぐに判明することですから、コネクションを駆使して是非取材して欲しいところですが、福野氏は当時の関係者の証言を疑っておられるようなので、取材など望むべくもなさそうです…。
この手の調べ物をする時は、証言と物証の両方を集めて吟味するのが定石ですから、最初から証言を疑って掛かっている福野氏の考察は片手落ちと言わざるを得ないでしょうね。


投稿: mizma_g@管理人 | 2008年11月29日 (土) 午後 08時08分

福野氏はどうして「1台しかなかった」と思い込み始めちゃったのか、そのことにも興味があります。

この件については、たぶんmonoマガジンとは別の記事で読んだのだと記憶していますが、当時MGMから劇用車のタイアップ打診を受けたトヨタ幹部の証言も存在します。

帰宅して関係の雑誌をひっくり返せば誰の発言かもはっきりするのですが、記憶している限りではこのトヨタ幹部、映画小道具タイアップのビジネスモデルをよく理解していなかったようで、MGMから持ちかけられた「劇用に特装したオープン仕様の2000GT2台の無償提供と、タイアップ料金(劇中でPRしてやるんだから、その分の宣伝料を寄越せという意味)ン千だかン万ポンド」の条件に激昂した由、自ら述べています。

要するに「トヨタが好意で車を使わせてやるのに、なんだって金まで払わにゃならんのだ(怒)」ということで、すったもんだの挙句、車両の無償提供(改造費用はトヨタ持ちだったかな?)のみでタイアップ料金ナシを飲ませたと、自慢げに語っていました。

MGMという相手方もあることですので、仮にトヨタ側の当事者のコメンタリーが信じられないとしてもMGM側の資料を調べるとかして、発注2台に対して納品1台であればトラブルになるのは必定ですから、そうした記録の有無を確認すれば自ずと結論は明らかだと思うのですが……。

なお本論とは外れますが、いわゆる「ヤマハ2000GT」説に関して、ヤマハの長谷川武彦元会長(初代自動車部・部長)自身が、トヨタ2000GTの仕事を請け負うまで自動車製造の経験がなかったこと、自動車部の創設(昭和41年)は2000GTのためだったこと、トヨタが要求する品質水準の完成車両を仕上げられず大変苦労し、問題解決の技術を得るため社内の反対を押し切って(トヨタのサジェスチョンに則って)渡欧しカロツェリアなどから工具・技術を仕入れてきたことを語っています。2000GTを生産した磐田の工場だって、既存の設備を使ったんじゃなくて2000GT製造のために新設してますし。

これらが何を意味するかといえば「ヤマハは、生産設備と実働の兵隊を貸した、(実績さえもない)下請け外注だった」。誇張気味の言い方ですが、そういうことと思います。(そういうスタートだったにも拘らず、困難を乗り越えてあれだけの完成商品をものにしたことが素晴らしい業績であることには変わりありません)

また「ロータスの設計そのまま」と言われるシャシーやサスペンションの構造についても、高木氏だったか野崎氏だったか、はたまた河野氏自身の発言だったか元記事が分からないので判然としませんが、トヨタ側の開発当事者自身が「本当なら『テストのために採用した』ロータスの設計から離れて独自のものにしたかったが開発期間が短すぎて叶わなかった、忸怩たる思いがあるし批判は甘んじて受ける」と話しています。

既刊の書籍、雑誌等々をそれなりに見ていくだけでも、これだけのことが分かるというのに……と、ホントため息が出てしまいます。

投稿: 惰眠 | 2008年12月 1日 (月) 午後 01時46分

>惰眠さん
福野氏の1台(予備車は存在しなかったのでは)説は、博物館の所蔵車が“予備車”ではなく“撮影車”であるという、自身の考察の信憑性を高めるためにひねり出したものではないでしょうか。
「博物館の所蔵車は“予備車”である」というのがトヨタの公式見解ですから、そもそも予備車は存在しなかったとなれば、自動的に博物館の所蔵車が“撮影車”ということになり福野氏の考察の正しさが証明される…。
こういう展開を福野氏は狙っているものと思われます。

MGMとトヨタ幹部との話は非常に興味深いですね。
ブログの方に河野氏とプロデューサーのブロッコリー氏がサウナで直接話をして車輌の提供の話を決めたことを書きましたが、考えてみれば口約束だけでそういう取り決めをすることはあり得ませんから、両者の間で合意事項を何らかの形で書面に残しているはずです。
そこには当然、提供する車輌の台数が明記されていて然るべきですね。
こういった重要な書面(物証/一次資料)を発掘してこそ真実が解明されるというものです。
福野氏が本気でボンドカーの真相を詳らかにしたいと考えているのなら、今からでも遅くないので是非この物証の発掘に取り組んで欲しいですね。

ヤマハの長谷川武彦元会長の苦労話は、私も↓ここで読みました。
http://www.jsae.or.jp/~dat1/interview/interview67.pdf
当時のヤマハの四輪に関する技術レベルがよく分かる、貴重な資料ですね。
根拠もなくヤマハを過大評価している人間には、この資料を百回音読させた上で、「安川研究室」について徹底的に調べさせたいと個人的には思います。^^;
余談ですが、私は二輪はヤマハばかり乗り継いだヤマハ大好き人間です。
ですから、この2000GTの件でヤマハを貶めるつもりは一切ありません。
私が望むのは、ヤマハの正しい歴史が広く認識されることです。
事実に基づかない誤った認識でヤマハを持ち上げられても、全然嬉しくないですからね。

バックボーンフレームについては、シャシー設計を担当した山崎氏が、全高を低くするためにはラダーフレームではダメで(乗員のヒップポイントを下げられないため)バックボーンフレームにすることは不可避であったことや、トヨタにテスト用のエランがあったものの常にテストに駆り出されていたため車輌を分解して研究するようなことはできなくて、ロータスが使っているのなら2000GTにバックボーンフレームを使っても大丈夫だろうと考えて採用したこと、2000GTは当初は量産の予定がなかったので280Aのフレームの仕様は暫定的なもので、もし量産となったら設計しなおすつもりであったことを、カーマガジン誌(だったと思います…)で証言されています。
2000GTのフレームはロータスのパクリと言う方がよくいますが、じゃあバックボーンフレー以外にどんな選択肢があったのかと小1時間問い詰めたいですね。
モノコックボディの採用は技術的に無理があり、5ナンバー枠に収めるため全幅も拡げられないとなれば、誰が考えても選択肢はひとつでしょう。
そういった事情など全く無視しての短絡的なパクリ認定は、不快以外のなにものでもありませんし、技術者を貶める行為は本当に許せません。

おっと、つい長くなってしまいました。^^;
2000GTについては、当時の関係者の証言が沢山活字になっていますから、福野氏にはそれらに目を通すことを勧めたいですね。
そしてもっと大事な、というかまず最初にするべきなのは、一次資料の発掘と精査です。
一次資料にあたるのは基本中の基本ですからね。

投稿: mizma_g@管理人 | 2008年12月 1日 (月) 午後 09時19分

僕も長谷川氏のコメントは、その社内報のPDFで読みました(笑)。
ところで、monoマガジンのバックナンバーですが、あれは典型的な「そのとき限りの読み捨て雑誌」なので、今となっては入手はなかなか困難かと思います。国会図書館にでも行けば閲覧とコピーは可能でしょうが……。

5ページの記事をスキャナで読み込んで白黒化した、合計およそ2.3メガのJPEGファイルをメール致します。やや見づらいとは言え、記事本文も読めると思います。

なお、このmonoマガジンの記事4ページ目にボンド映画のタイアップ話が出てます。話を持ちかけたのは東和映画、タイアップ料は3千万円で、トヨタ側の窓口はトヨタ自販・事業部の田代慎一郎という方でした。

それと、ロータスの足回りについて僕が読んだのはスーパーCG33号で、ロータスのものを試しに使ったまま製品版まで行ってしまったことを述べているのは野崎喩デザイナーでした。

投稿: 惰眠 | 2008年12月 6日 (土) 午後 02時20分

・・・と思ったらホストから配信不能っぽいエラーメールが帰ってきました。
プロフィール欄にあるgooアカウントのアドレスはNGだったでしょうか。

投稿: 惰眠 | 2008年12月 6日 (土) 午後 03時01分

>惰眠さん
コメントありがとうございます。
gooメールは活きているはずですが…。たぶん残容量が少ないので受信できないのだと思います。
アドレスをニフティのフリーメールに変更しましたので、お手数でも再送して頂けませんでしょうか…。
ここにアドレスを書いてしまうとスパムの嵐になりそうなので、またプロフィールのページの方からお願い致します。。。

monoマガジンは、仰るように探してもなかなか見つかりませんでした。
流石に国会図書館までは行けないので、お見せ頂けるのはとても助かります。
メールの到着、楽しみにしています!

なるほど、ロータスの件は野崎氏の証言だったのですね。
私が書いた山崎氏の証言は、調べてみたらカーマガジン誌の326号に掲載されていました。
同じような証言は、確かノスヒロ誌にも掲載されていたと思います。
カーマガジン誌の記事、もし未読でしたら私も画像にして送りますので、遠慮なくお申し付け下さい!

投稿: mizma_g@管理人 | 2008年12月 6日 (土) 午後 06時33分

転送モードでニフティのアドレスに再送しました。今度は大丈夫そうです。ちなみに、これらの記事ではトヨタ博物館所蔵車が撮影に供された劇用車だろうと考えているようです。根拠は示されていませんが(苦笑)。

投稿: 惰眠 | 2008年12月 6日 (土) 午後 08時34分

>惰眠さん

メール届いていました! これから読ませて頂きます。
博物館の車輌については、詳しいことは言えないのですが、予備車であるというかなり有力な証言も実はあるんです。
トヨタ博物館がどのような理由で所蔵車を撮影車と判断したのか、機会があれば是非伺ってみたいですね。

投稿: mizma_g@管理人 | 2008年12月 6日 (土) 午後 11時59分

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