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2008年10月30日 (木)

「ボンドカーの謎解き」に関する補遺

09/12/01 新資料の発掘により、このエントリーの考察に誤りがあることが判明しました。
       新たな考察を下記エントリーにて公開していますので、このエントリーは読み
飛ばして
             下さるようお願い致します。
                   【再考】ボンドカーの謎解き 前編

08/11/08 一部訂正しました
08/11/04 www.2000gt.net/さんの記述や読者様から寄せられた情報をもとに、
                  加筆・修整・画像の追加を行ないました。
08/10/31 一箇所追記しました。
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前回のエントリーでボンドカーは2台存在したことを乏しい資料から立証してみましたが、ボンドカーが2台存在したとなると気になるのが、2台のボンドカーはどこでどのように使用されたかです。
これを乏しい資料のみで解明するのは非常に難しいのですが、取りあえず現時点で分かる、或いは推測できる範囲のことを以下にまとめてみます。
 
まずは、フラット車(=予備車)について。

○フラット車(=予備車)は映画の撮影に使用されていないので、ロケ中に撮影された写真はありません。

(08/11/04:訂正)
○次は綱島工場の写真よりも後に撮影されたと思われるのが、↓このカラー写真です。
081030_f01 (クリックで拡大表示)
撮影場所や撮影時期は不明ですが、撮影用の小道具である「品川 2000」のナンバーが取り付けられていることから、映画のプロモーションが行なわれている時期に撮影されたものと思われます。

(08/11/04:追記)
○アメリカ・ニューヨークのショーに出展されたのは予備車であるとの情報を頂きました。
また、www.2000gt.net/さんに拠ると、パンナム機にボンドカーが積み込まれる写真は、アメリカに移送する際に撮影されたものだそうです。
ということは、↓この写真が撮影されたのは'67年春頃、或いは'68年の春頃である可能性が高そうです。
081104_   (クリックで拡大表示)

(08/11/04:訂正) 
次の写真も、プロモーションのために展示されているところを撮影したものと思われます。
この写真は、アメリカのテキサス・サンアントニオで開催された「HemisFair'68(サンアントニオ国際博覧会/'68年4月6日~10月6日)」に出展された時に撮影されたものであることが分かりました。
詳細はこちらこちらを参照下さい。
081030_promotion_800 (クリックで拡大表示)
撮影時期は不明。この写真でも、ウインドウフレームの上辺に歪みが確認できます。
この写真や一つの上の写真から分かるように、フラット車(=予備車)が映画のプロモーションのために駆り出されたことは間違いないようです。

(08/11/04:訂正)
手持ちの写真の中で一番古いと考えられるのは、綱島工場で撮影されたと思われる↓この写真です。
読者様から、「背景に2代目パブリカが写っているので、この写真が撮影されたのは2代目パブリカが発売された'69年4月以降ではないか」とのご指摘を頂きました。
調べてみるとなるほどその通りでるため、この項の位置をこちらに移動しました。
081030_72_9904_
(Nostalgic Hero Vol,72 P79より引用/クリックで拡大表示)
この写真では、運転席側のワイパーアームが正規の位置になく、また撮影用のナンバープレートが取り付けられていないことから、映画の撮影が始まる前に写された写真と判断しました。
この写真でちょっと気になるのは、フロントウインドウのフレーム枠の上辺(矢印の部分)が僅かに歪(ゆが)んで見えることです。

○フラット車(=予備車)が富士スピードウェイにおいて、マーシャルカーとして使用されたことは有名ですね。
この写真は、マーシャルカーとして酷使され、ずいぶん草臥れてしまったフラット車(=予備車)を撮影したものです。
081030_ (クリックで拡大表示)
ボンネットには中央に「SW」、その周りに「Fuji International Speedway Co.,Ltd」と書かれているようです。
助手席側のワイパーブレードはズッコケ、ノーズ部分のペイントは剥がれ落ち、片方のフォグランプカバーは失われ、車名の書かれたプレートはヨレヨレになっています。
一つ上の写真が“使用前”で、この写真が“使用後”という感じですね。
この写真でも、ウインドウフレームの上辺がゆがんで見えませんか?

○富士スピードウェイでマーシャルカーとして使用されたフラット車(=予備車)は、その後ハワイに渡ったようです。
ハワイでブルーメタリックに塗られていた時の写真が↓これです。
081030__2 (クリックで拡大表示)
リトラクタブルライトのカバーが浮いてしまい、左右のウインカーランプが失われていますね。
フォグランプのカバーも付いていないかもしれません。
ひつと上の写真ほど草臥れた感じはしませんが、しかし確実に“衰え”を感じさせる写真です。
そして、この写真でもウインドウフレームの上辺がゆがんで見えます。
この写真ではちょっと分かりにくいかもしれないので、フロントウインドウ部分を拡大した画像を作ってみました。
081030__3 (クリックで拡大表示)
上がハワイ時代、下が富士スピードウェイ時代の写真です。
ウインドウフレームの左右の角の部分を結んだ補助線を引いてみました。
どうでしょう? 明らかに運転席側が盛り上がっていますね。
それ故、フラット車(=予備車)はどの写真でもウインドウフレームの上辺が歪んで見えるようです。
このことは、トヨタ所蔵車の近影の写真でも確認できます。
081030_02
(出典は失念してしまいました…/クリックで拡大表示)

それでは、もう一方のラウンド車(=撮影車)の方は、どうだったのでしょうか。
○まずはこの写真です。
081030__5 (クリックで拡大表示)
これは、綱島工場内で撮影された完成前のボンドカーです。
この個体がラウンド車(=撮影車)なのかそれともフラット車(=予備車)なのかは私には判断がつきませんが、福野氏が記事中で「このクルマ(綱島工場内で撮影された完成前のボンドカー)もまたボディの特徴は『撮影車=装備車』と似ているように見える。」と仰っているので、その言葉を信じてラウンド車(=撮影車)の方に分類してみました。

○ラウンド車が“映画の撮影”や“撮影会”に使用された車輌であったことは、前回のエントリーで解説しました。
下掲の写真は、前回のエントリーにもアップした、山間部の公道で撮影されたラウンド車(=撮影車)の写真です。
今回は背景が見えるよう、トリミングしませんでした。
081030__6 (Nostalgic Hero Vol,63 P105より引用/クリックで拡大表示)
よく見るとラウンド車のウインドウフレーム上辺は、フラット車のように歪んでいませんね。

○こちらの写真は映画のロケシーンを撮影したものです、
081030__7 (クリックで拡大表示)
やはり、ウインドウフレームの上辺は歪んでいません。

○ラウンド車(=撮影車)はプロモーションにも使用されています。
081030__8 (クリックで拡大表示)
この写真は、ボンネットに「TOKYO....FRANKFURT」と書かれているので、ドイツでのプロモーション中に撮影されたものと思われます。
ラウンドタイプのフロントウインドウが確認でき、ウインドウフレームの上辺に歪みは確認出来ませんね。
この写真から、プロモーションのためにヨーロッパに送られたのはラウンド車(=撮影車)だったと判断できると思います。

(08/11/08:訂正&追記 
○こちらは、ジュネーブショーで撮影された写真です。(トヨタスポーツな気分さんで反対側から撮影した写真を見ることができます)
081030__9 (クリックで拡大表示)
フロントウインドウの断面形状は今ひとつよく分かりませんが、ウインドウフレームの上辺はゆがみが無くシャキッとしています。
写真をよく見ると、フォグランプのカバーの下側 1/4程が、透明ではないですね。
トヨタスポーツな気分さんにアップされている写真をよく見ると、グローブボックスに映画の撮影のために取り付けられた“特殊装備”が確認できます。

○フォグランプのカバーや運転席側ワイパーブレードの停止位置が上掲の写真と一致するのが↓この写真です。
(08/10/31:追記)
フラット車(=予備車)の運転席側ワイパーブレードは、どの写真を見てもフロントウインドウの下辺からかなり離れた位置に停止しています。
081030__10 (クリックで拡大表示)
撮影場所は不明ですが、プロモーションを行なった時に撮影された写真だと思われます。

ということで、2台のボンドカーが何処で使用されたかを簡単に解説しました。
フラット車(=予備車)は映画の撮影には使用されなかったものの、プロモーションには使用されており、その後富士スピードウェイでマーシャルカーとして使われ、ハワイへと渡ったようです。
もう一方のラウンド車(=撮影車)は、映画の撮影と撮影会で使用された後はヨーロッパに送られ、彼の地でのプロモーションに使われたようです。
残念ながらその後の足取りは分かりませんが、日本に戻ったあと長い空白期間を経て、95年の初め頃ノスヒロ誌に廃車体となった姿をスクープされた(?)ようです。
 
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(08/11/04:追記) (08/11/08:年表の記述を訂正&追記)
上掲の記述や新たに判明した事柄を、分かりやすいように年表形式にまとめてみました。
下に簡単な解説も書きましたので、参照頂ければ幸いです。
081104_1108 (クリックで拡大表示)

◇上では福野氏の考察を尊重して、綱島工場で完成前の姿を撮影された車輌をラウンド車としましたが、実際には確証がないので、この年表では“ラウンド車又はフラット車のどちらか”としました。

◇劇中で確認できるのは全てラウンド車であるため、フラット車は映画の撮影に使用されなかったと判断しました。

◇'66年に開催された第13回東京モーターショーに出展されたボンドカーはラウンド車でした。
このことは、ブログの読者様から送って頂いた写真にて確認しました。(読者様の承諾を得ていないので写真の掲示は差し控えます)
写真からは、モーターショーに出展されたラウンド車のボンネット先端が、フラット車(トヨタ所蔵車)のように浮いていないことも確認できました。

◇ボンドカーは'67年に欧州各国のモーターショーに出展されており、そのうちスイスとドイツのショーに出展されたのは先述のようにラウンド車でした。
ということは、同じ欧州の国であるベルギーやオランダのショーに出展されたのもラウンド車だった可能性が高そうです。

◇アメリカ、ニューヨークのショーに出展されたのは予備車(フラット車)だったとの情報を頂いているのですが、私自身は写真での確認が出来ておらず確証がないので、年表では?マークを付けました。
アメリカで使用されたのが予備車(フラット車)であれば、お隣の国であるカナダで使用されたのもフラット車であった可能性が高そうです。

◇アメリカのテキサス・サンアントニオで開催された「HemisFair'68('68年4月6日~10月6日開催)」に出展されたのはフラット車でした。

◇読者様から教えて頂いたのですが、ボンドカーは'68日本グランプリ('68年5月3日開催)でマーシャルカーとして使用されたそうです。
この時は、まだボンネットにFISCOのペイントがなく、赤枠の仮ナンバーを装着していた可能性があるとのことです。
仮にフラット車が「HemisFair'68」の開催中、常時展示されていたとすると、'68日本グランプリに於いてフラット車がマーシャルーカーを務めることは物理的に不可能ですから、マーシャルカーを務めたのはラウンド車だったことになります。
そうなると、山間部の公道で仮ナンバーを取り付けた状態で撮影されたラウンド車の写真は、“映画の撮影中”ではなくて、“'68日本グランプリが開催された時期”に撮影されたのかもしれません。
'68年における一番のポイントは、フラット車が「HemisFair'68」にいつ頃出展されたかだと思います。
これが判明すると、事と次第に拠ってはボンドカーが2台存在したことが証明されるかもしれません。
おそらくこの辺の資料はトヨタに残っていると思うので、トヨタにコネのある方、是非調べてみて下さい。

◇当初、映画の撮影前に写されたと考えていた、綱島工場で撮影されたと思われるフラット車のモノクロ写真は、2代目パブリカ('69年4月発売)が背景に写っている事から、'69年4月以降に撮影されたと考えるのが妥当なようです。
また、'69年10月10日に開催された'69日本グランプリでは、マーシャルカー(フラット車)のボンネットにFICSOのペイントが確認できるそうなので、上述のモノクロ写真が撮影されたのはグランプリ以前('69年4月~10月頃)ということになりそうです。

◇承諾を得ていないので詳しいことは書けませんが、トヨタ所蔵車が撮影車であるとの情報も寄せられています。

ボンドカーに関する情報、或いは年表で“?”になっている部分の情報や写真をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご連絡頂けると助かります。
年表を完成させるためご協力頂けますよう、よろしくお願い致します。

※ 出典を明示していない画像は全てwww.2000gt.net/さんからお借りしました。


************************************************************************
以下の画像はコメントの補足用のものです。
エントリーの本文とは関係ありません。

●画像1
081030_nh63 (クリックで拡大表示)

●画像2~4
081030_toyohaku1 081030_toyohaku2
081030_toyohaku3 (クリックで拡大表示)

●画像5~7
081030_yobi1 081030_yobi2_2
081030_yobi3 (クリックで拡大表示)

 
 

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TOYOTA 2000GTの真実」カテゴリの記事

コメント

偶然ブログを拝見させていただきました。私もトヨタ2000GT、とりわけボンドカーが大好きで、これまで関連の文献には必ず目を通してきました。ただし、ここしばらくは訳あってクルマの世界からは離れておりますので、最近の事情は詳しくありません。また、きっかけとなったF-ROAD誌も読んでおりませんので、この件に関してコメントできる立場ではないかもしれません。ただし、ブログで拝見する限りでは、福野さんがボンドカー1台説を唱えられているようで、それに対する反論が展開されているようですが、そもそも不思議なのは、福野さんは、1997年頃のカーイーエックス(Car Ex)誌のトヨタ2000GT特集で、もう1台のトヨタ2000GTの行方について、「訳あって詳しくは言えないが」「すばらしい状態で現存する」と言い切っていることです。つまり、福野さんは、もう1台の行方、現状を良く承知されつつも、それを世間に知られると困る何らかの事情があって、あえて1台説を唱えているような気がいたします。いずれにいたしましても、福野さん自身は、この矛盾の理由を一番良くご存知だとは思いますが。。。

投稿: シロ | 2009年3月21日 (土) 午前 02時33分

>シロさん
初めまして。コメントありがとうございます。
なるほど、福野氏は古いCar Ex誌でもう一台のボンドカーについて言及していたのですね。
このことは全く知りませんでした。ご教示下さりありがとうございます。
福野氏は「すばらしい状態で現存する」と言い切っているとのことですが、この記述は明らかにおかしいです。
こんなことを書いているようでは、とても彼がもう一台のボンドカーの真相を知っているとは思えません。
福野氏といえば、“綿密な取材”をすることで有名なライターさんですが、少なくともこの件では全く取材をしていないと思います。
恐らく彼は、もう一台のボンドカーの現物はおろか、写真の一枚すらも見ていないでしょう。
もし見ていれば、間違っても「すばらしい状態で」などとは書けないはずですから…。

ということで個人的には、真相を知らないからこその“矛盾”ではないかと思います。
もしかしたら、Car Ex誌の記事のことはすっかり忘却の彼方なのかもしれませんね。

投稿: mizma_g@管理人 | 2009年3月21日 (土) 午後 05時04分

mizma様、お久しぶりです。

CarEXの件は、F-roadで「"トヨタの2台のスポーツカー"の孫引きに過ぎない」と断言されてます。
「訳あって詳しくは言えないが」「すばらしい状態で現存する」という発言も、結局「事情通」(嗚呼、怪しい響き!)からの話を引用しただけとのことです。
とりあえず、CarEXは無視した方がよろしいかと。あと、ここ数年で氏のスタンスが僅かに変わったような気がします。どこがどうとは、自分でも表現しにくいですが。それを解明した上で、例の記事にフィルターをかけてみると、新たな発見があるかもしれません。何か気付いたことがあればまたご報告します。

投稿: 446 | 2009年3月23日 (月) 午後 07時47分

>446さん
コメントありがとうございます。
なるほど、CarEX誌の件はそういうことでしたか。
それにしても、出所が不明確で裏も取れない情報を引用するなんて、ちょっと福野氏らしくないですね。
だいたい「訳あって詳しくは言えないが」←こんな枕の付く噂話にろくな物がないことは、誰でも経験的に分かると思うのですが。^^;
福野氏のスタンスの変化といのうは、福野氏の著書や記事を殆ど読んだ事がない私はサッパリ分からないので、446さんが何かお気づきになりましたらご教示頂けると助かります。

投稿: mizma_g@管理人 | 2009年3月24日 (火) 午前 09時01分

またお騒がせいたします。ひょんなことから情報が入りましたが、********といわれている*********は、************が*****れ*****とのことです。***には******で******が期待されます。何の証拠もご提示できずにすみません。

投稿: シロ | 2009年5月14日 (木) 午前 03時18分

>シロさん
コメントありがとうございます。
申し訳ありませんが、シロさんのコメントの一部を伏字にさせて頂きました。。。
理由は察して頂けると助かります。
私も歯切れの悪いコメントしか書けず申し訳ありません…。

投稿: mizma_g@管理人 | 2009年5月14日 (木) 午前 07時54分

081030_5の綱島工場内の写真で手前の完成直前の車両の奥に写っているのはドア以外の外坂はおろか、フロントウインドフレームすらまだ付いていない2台目の車両ですね。ルーフは既にカットされています。ポップアップライトカバーや、ドライビングライトは組み付いたままですね。。周辺の片づき方を見ると、2台目の作業は中断放置されているようですから、当面の完成の目処は立っていなかったのではないでしょうか?

投稿: S-Y | 2011年3月 5日 (土) 午後 08時46分

すいません、よく見ると既にウインドウフレームやフロント周辺のパネルはボンネット以外は付いているようにも見えますね。何故か黒塗りですが、赤茶色の下塗り塗装?

投稿: S-Y | 2011年3月 6日 (日) 午前 12時39分

>S-Yさん
コメントありがとうございます。
081030_5の写真の奥に写っている車輌がボンドカーのベース車だったのか否かについては残念ながら不明なのですが、この時期に綱島工場に存在した2000GTがボンドカーのベース車であった確立は、かなり高いのではないかと個人的には考えています。
で、2台目の車輌の状況ですが、私にはまだ屋根を切り取られていないノーマルの状態に見えるのですが如何でしょう…。
ボディが黒っぽく見えるのは、恐らく下塗りしかされていないからでしょうね。
2台のボンドカーは、2週間で完成・納品するという契約だったようですから、この写真が撮影された際も、関係者は納期に間に合わせるべく必死に作業していたのではないかと思います。^^;
因みに、一番手間の掛かるボディの板金作業は5人程の方が担当されて、会社に泊まり込んで徹夜で作業にあたられたそうです。

投稿: mizma_g@管理人 | 2011年3月 6日 (日) 午後 04時29分

こんにちは、ご返答ありがとうございます。
そうですね、よく見るとルーフもまだカットされていませんね。でも、ドアのガラスフレームは確実にカット済みですから、これが二台目の仕掛り途中であることはまず間違い無いと思います。
ルーフすらまだということになると、二台の進捗度合いの差がまた広がったので、ますます二台目の完成目処立たず説に傾いてしまいました^^;

投稿: S-Y | 2011年3月 7日 (月) 午前 11時39分

>S-Yさん
コメントありがとうございます。
S-Yさんは、綱島の写真から「二台目の完成目処立たず説」に傾いてしまいますか。
私は逆に、1台目がほぼ完成間近となっていますから、2台目は1台目を雛形に出来ますし、改造のノウハウや作業の進め方などを1台目で学習できているので、2台目は1台目よりも短い期間で製作できたのではないか、と考えてしまいます。
尚、ボンドカーを2週間(14日間)で2台製作したという話の出典は、ボンドカー製作の総指揮を担当された塚越 昇氏のインタビュー記事(モノマガジンNo,323に掲載)です。
他に物的な証拠のない現状で、ボンドカーの製作期間について最も信憑性が高いのは、実際に製作にあたられた当事者の証言と考えるのが一番妥当ではないでしょうか。
確たる証拠の無い推論では、当事者の証言には対抗できないように思います。
 
ちょっと追記します。
「二台目の完成目処立たず」とお考えということは、もしかしたらS-Yさんは予備車は存在しなかったと思われておられるのでしょうか?
もしそうでしたら、↓こちらのエントリーでボンドカーが2台存在したことを立証していますので、ご一読頂ければと思います。
http://mizma-g.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-a8d9.html

投稿: mizma_g@管理人 | 2011年3月 7日 (月) 午後 10時33分

こんにちは。ボンドカー二台製作に全く異論はありません。ただ、一台の可能性を提示した福野さん指摘の疑問点を考えると、映画撮影〜東京モーターショーの頃まで二台目は完成していなかったと考えるのが最も自然だと思うだけですよ。

ちなみに、自分は最近の某スポーツカー開発に関わることが出来ましたが、発表間も無い今の時点ですら、開発秘話の創作、虚勢の証言、述べた事を正確に記述していない記事…なんかが見られます。

物証の無い証言はアテにならないという福野さんの意見には賛成です。

投稿: S-Y | 2011年3月 8日 (火) 午後 03時29分

>S-Yさん
コメントありがとうございます。
ボンドカー二台製作に全く異論はないとのことで了解致しました。
そういうことでしたら、福野氏が記事中で触れられているように、綱島の工場で撮影された写真に写っている完成の間近のボンドガーが“予備車”であった可能性があることも、是非ご考慮下さい。
予備車が使われなかった理由については、映画会社の人間に話を聞かなければ真相は分からないと思いますが、予備車はスタジオ撮影のため9月頃にロンドンに空輸されていますので、もしかしたらスタジオ撮影用として温存されていたのかもしれません。
ただ、ロンドンに送られたボンドカーは、ついぞ撮影に使われることはありませんでしたが…。

>ちなみに、自分は最近の某スポーツカー開発に関わることが出来ましたが、発表間も無い今の時点ですら、開発秘話の創作、虚勢の証言、
>述べた事を正確に記述していない記事…なんかが見られます。

S-Yさんのこのお話が、塚越氏が虚偽の証言をしたことの証明にはなりませんよね。
一つの例を一般化して印象操作をするのは、議論・討論の場ではテクニックとして有効かもしれませんが、過去史の考察をする場合はおかしな先入観を持ってしまうだけですから、このようなことは避けるべきだと思います。
S-Yさんが関わられたスポーツカーとボンドカーは全く別の案件ですから、やはり切り離して考察するべきでしょう。
塚越氏が証言された通り、ボンドカーは2台製作されていた訳ですから、製作期間についても、塚越氏は真実を述べられていると考えるのが妥当だと、個人的には思います。

>物証の無い証言はアテにならないという福野さんの意見には賛成です。

私もこの意見には賛成です。
同様のことを、少し前のエントリーに書いています。
http://mizma-g.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/360-516a.html
ただ、ここで注意しなければならないのは、証言の妥当性を担保する証拠が無いからと言って、その証言自体を否定してしまってはいけないということです。
“黒でなければ白で決まり”とはなりません。
ボンドカーの製作期間については「証言が事実である確証はないが嘘である確証もない」のですから、こういった場合グレー(未確定の事実)として扱うべきです。


投稿: mizma_g@管理人 | 2011年3月 8日 (火) 午後 09時28分

綱島の完成間近車両は撮影車でしょう。欧州を巡った車両はご指摘のようにミラーもバイザーステーも付いていませんが、これは「盗まれた」とするよりは「最初から付いていなかった」とする方が自然です(笑)。
こうすると、話は単純で、綱島写真の車両もパンナム積込写真の車両もバイザー付きの撮影車で、完成間近、および完成直後に特殊装備組み込みのために急いでロンドンに空輸されるところ(5月だから作業者が半袖長袖半々でも不自然では無い)で説明がつきますね。

撮影車が撮影直前にフロントをぶつけてフォグカバー割ったまま(もっと言えばフロントが歪んでボンネット先端に変な隙間が出来てしまってまでも)撮影強行した理由も、「ロンドンスタジオでの室内撮影にしか使用しない予定の(外観関係ない)予備車両の保護」(何のための「予備」?)というよりは、「予備車両がまだ出荷できる状態では無かった」という方が自然です。

別の可能性としては、ご指摘の通り2台同時に完成し、予備車の方もすぐにロンドンに送った。但しスタジオ撮影までの日程に余裕があったので費用節約のため船で送ったら、途中で難破しかけたか、通関で止められたか等の事態が発生してスタジオ到着まで半年近く掛かった、というのはあり得ます(笑)

投稿: S-Y | 2011年3月 8日 (火) 午後 10時50分

>S-Yさん
コメントありがとうございます。
本題に入る前に…。
今回のレスでは画像を用意しました。画像はエントリーの最下部に貼り付けてありますので、ご参照ください。

それでは本題です。
S-Yさんはおそらくご存じないと思いますが、そもそもボンドカーの納期を2週間としたのはトヨタの方なのです。
Nostalgic Hero Vol,63に掲載されている河野二郎氏のインタビュー記事によれば、トヨペットサービスセンターの宮島社長が『急ぐなら1週間で(ボンドカー)を作りましょう』と言ったのだそうです。(添付画像1)
映画会社の要望は2000GT 2台の貸与だったので、1週間×2台で納期が2週間となった訳です。
トヨタ側(正確にはトヨペットサービスセンター)から2週間で作ると申し出たのですから、この納期を綱島工場の方達が守ったのは当然のことでしょう。
それに、1台目のボンドカーを早期に完成させているのですから、2台目が完成するまでに3~4ヶ月も要したと考えるのは明らかに不自然です。
また、2台を貸し出す契約だったのに1台しか用意できなかったとなれば、トヨタは赤っ恥をかきますし、場合によっては契約不履行で違約金を取られかねません。(余談ですが、映画会社は当初、タイアップ料として3000万円の支払いをトヨタに求めています)
それと、ボンドカーが製作された'66年には、ボンドカーと同様に280AⅡをベースとした耐久レース用の車輌が製作されています。
綱島工場で撮影された写真に写っている下塗り状態の車輌が、この耐久レース用の車輌であった可能性も、何らの証拠も無い現時点では捨て切れないことをここに付記しておきます。
 
また、モノマガジン誌の塚越氏のインタビュー記事によれば、2台のボンドカーは共に撮影に使われると聞かされていたため、全く同じに仕上げたそうです。
ということは、撮影車に取り付けられたバイザーやミラーは、予備車にも同様に取り付けられていたと考えるのが妥当でしょう。
予備車にもバイザーやミラーが取り付けられていた可能性があるのですから、“バイザーがあるから撮影車だ”と断言するのは現時点では無理があると思います。
 
とは言え、河野氏の証言も塚越氏の証言も、残念ながら裏は取れていませんので、信用ならんと言われればそれまでです。
しかしながら、お二方の証言が虚偽のものであることが何がしかの物証で証明されない限り、この証言を否定することは何人たりともできません。
そして、部外者の証拠を伴わない推論よりは、当事者の証言の方がはるかに説得力があると個人的には考えます。
ここでいう説得力とは、他者を納得させる力のことです。

撮影車のボンネット先端に、隙間が出来てしまっているのは仰る通りです。
しかしながら、これを撮影会前日のアクシデントによるものとするのは、正しくないように思います。
何故なら、撮影会で撮影された写真を見る限りでは、ガラス製のカバーが失われている以外に、車体に傷や損傷が見当たらないからです。
因みに、このボンネット先端の隙間は現在のトヨ博車(撮影車)でも確認できます。(添付画像2~4)
添付した画像を見る限りでは、隙間が出来ているのはボンネットとノーズパネルの形状が、上手く合っていないためのようですね。
もし、S-Yさんが仰るようにアクシデントによってフロントが歪んで隙間が出来たのならば、ボンネットに隙間のある現在のトヨ博車にもその歪みが残っているはずですが、画像ではそのようなものは確認できませんし、ボンネットのチリが狂っている様子もありません。
ということは、ボンネットの隙間は車体の歪みが原因で出来たのではないということです。
このボンネットの隙間に関しては、単純に“工作精度によるもの”と考えるのが妥当でしょう。
参考までに予備車のボンネットはどうなっていたかというと、先端に隙間はありませんが、後部の方が若干浮いたような状態になっていたようです。(添付画像5~7)
もし、この浮きを修正するためにボンネット後部を下げていたら、先端が持ち上がって撮影車と同様に隙間が出来たかもしれませんね。
 
他にもS-Yさんの推理が書かれていますが、それは裏づけの無い推論でしかありません。
このブログは、私が開設したものなので自身の思うところを、論拠を示しつつ自由に書いていますが、私の書いたことに対して反論される場合は反証を付けて下さるようお願いします。
これは、不毛なやり取りが続くことを防ぐためですので、何卒ご協力の程を。

S-Yさんもよくご理解されているように、証拠が伴わない言説はアテになりません。
ということは、反証が示されないS-Yさんの私に対する反論も、アテにならないということです。
可能性を論ずるだけの推論に、他者を納得させる力はありません。
証拠の重要性について先に言及されたのはS-Yさんなのですから、“言行一致”となるよう、ご自身の主張の正当性を担保してくれる証拠を、是非ご提示下さい。
もし証拠を提示できないのであれば、それはアテにならない主張ということになりますから、そういったものをここに書き込むのはお控え頂ければと思います。

投稿: mizma_g@管理人 | 2011年3月 9日 (水) 午後 08時37分

管理人さん>

自分の言い方に言葉足らずな所があり不毛な議論とお感じになったとしたら本意では無かったので失礼しました。福野さんや私は人の証言よりも「当時の車両の画像資料」を重きに推論を組み立て、管理人さんは「当時の方々の証言」を中心に推論を組み立てるという別のアプローチを取っているのだから、議論にならない所があるのは仕方ないですね。批判と受け取られたのであれば、それは本意では無いので申し訳ありません。

いずれにせよ、今更ですが福野さんの記事で興味を持った本件に対し、このブログを起点として色々な資料を新たに目にすることが出来て、自分なりに謎解きを進めることが出来ました。ありがとうございました。今後はどこかできちんとした自分のブログを立ち上げ、その中で今回ご指摘を受けたポイントも含め、画像による論拠解説付きできちんと自説展開したいと思います(笑)失礼いたしました。

追伸:今回エントリーしていただけたという画像資料なのですが、何故かこちらからは見ることが出来ませんでした。お手間をかけていただいたのに残念です。

投稿: S-Y | 2011年3月 9日 (水) 午後 10時24分

管理人さん>

エントリー、見ることが出来ました。見る場所を間違えていただけでした。失礼いたしました。
ちなみに、画像2〜4がどこのショーなのかが判らなくて困っています。ご存知でしたらご教示下されば幸いです(ジュネーブショーでグローブボックスに組み込まれていたVTRが、このショーでは外されていて穴だけになっているんですよね)。

投稿: S-Y | 2011年3月 9日 (水) 午後 10時35分

>S-Yさん
コメントありがとうございます。
S-Yさんのコメントを、批判と受け取っている訳ではないので、どうか誤解なきようにお願いします。。。

当方が「予備車が撮影に使われなかったこと」についてあまり考慮しないのは、もう1台のボンドカーが間違いなく“国内ロケ時のバックアップ用”として用意されたものであったと、現時点では断定できる状況にないからです。
塚越氏のインタビュー記事によれば、綱島工場には2台のボンドカーは共に撮影に使われると伝えられていたそうですが、この証言は伝聞の話を述べたものであり、しかもそれが何処から伝えられた話なのかは残念ながら不明です。
つまり、映画会社が2台の2000GTをどのように使うつもりであったかは、今の段階では判明していないのです。
ということは、“2台のボンドカーのうちの1台は国内ロケ時のバックアップ用の予備車だった”とする福野氏の主張は、単なる推論でしかないということになります。
もちろん、可能性としては予備車であったことが十分考えられますが、もしかしたら映画会社は“1台は撮影用、もう1台はプロモーション用”との認識だったかもしれませんし、またあるいは、上で私が述べたように“1台は国内ロケ用、もう1台はスタジオ撮影用”と考えていたかもしれません。(もし私の推測通りであったならば、塚越氏の証言とは矛盾しません)
このように、2台のボンドカーの用途が現時点では判明していないので、福野氏の不確実な言説に引っ張られて誤った考察をしてしまわないよう、私は「予備車が撮影に使われなかったこと」については特段考慮しないのです。
もう1台のボンドカーを国内ロケの予備車だったと断定するには、やはりそれを裏付ける証拠が必要でしょうね。

一方の、私が論拠としている河野氏や塚越氏の証言ですが、こちらは別の出版社が違う時期に取材したものでありながら、夫々の証言に齟齬が生じていません。
このように、口裏を合わせられない状況で語られた当事者二人の証言に齟齬が生じないのであれば、双方の証言が互いの証言の信憑性をある程度担保しあうことになりますから、一定の証拠能力があると判断して差し支えないだろうと考えて、論拠とした次第です。
まあ、証拠能力が十分あるとは言えませんが、それでも裏付けとなる証拠の無い推論には十分対抗し得るのではないかと個人的には考えています。
私がこのボンドカーの件で証言を重視しているのは、こういった理由からです。

立ち位置が違えば見え方も変わって来ますから、S-Yさんと私の見解に相違が生じるのは致し方ありませんね。
ただ、真実は一つであり、夫々目指す方向は一緒のはずですから、最後には同じところにゴールできるのではないかと思います。
S-Yさんがブログを立ち上げられることには大賛成です。
早くゴールに辿り着けるよう、お互い頑張りましょう!
あ、ブログを開設されたら、是非相互リンクをお願いします。^^

最後にお尋ねの件ですが、画像2~4はトヨタ博物館に収蔵されているボンドカーの画像です。
画像5~7はファイルネームがGeneve67となっているのですが、右側の画像に写っている車輌の前に置かれたパネルをよく見ると「Superwagen(日本語に訳すとスーパーカー)」というドイツ語と思しき単語が書かれているので、フランクフルトで撮影されたものではないかと個人的には推測しています。
ただ、ジュネーヴのあるスイスは公用語としてドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語を使っているらしいのでジュネーヴの線も捨て切れないのですが(ジュネーブショーは2月と3月の2回ショーが開催されているので、一般によく知られているジュネーブショー時の写真と背景が違っていても、それがジュネーヴでないことの証明にはならないようです…)、調べてみたらジュネーヴはフランス語圏らしいので、素直にフランクフルトと判断してみました。
真相は残念ながら不明です。(ご存知の方がいらっしゃいましたら、是非ご教示下さい。。。)

投稿: mizma_g@管理人 | 2011年3月10日 (木) 午後 08時17分

偶然ウェブを見て「アメリカのサンアントニオ国際博覧会に出展された時に撮影された」というボンドカーの写真を目にしました。情報量が多いので他の部分を読んでいませんが、模型の2000GTの方は銀座の天賞堂が製作したということを、その当時に聞いた記憶があります。本当かどうか判りませんが、このことはどこかで触れていますか?実車からは外れますが、模型はどこに行ったのでしょうね。

投稿: shaw | 2011年9月 5日 (月) 午後 09時39分

>shawさん
コメントありがとうございます。
サンアントニオ国際博覧会に出展された2000GTのスケールモデルが、天賞堂が製作したものだというお話、どこかで読んだ覚えがあるなと思って昨夜色々と探してみたのですが見つかりませんでした…。
もしかしたら、私の記憶違いかもしれません。
ただ、天賞堂といえば鉄道の精密模型で有名ですし、クルマだと実車を忠実にスケールダウンしたシガレットケースなども作っていますよね。
私も、初代シルビアのシガレットケースを持っていますが、全体のプロポーションだとかディテールの造形だとか、もの凄く良く出来ています。
件の2000GTのスケールモデルが天賞堂のものという話も、あながちない在り得ない事ではないと思います。
あのビックスケールの精密モデル、行方が気になりますね。
余談ですが、2000GTと同じくらいのスケールで製作された初代シルビアの精密モデルは、日産が所有しているようです。↓
http://mogedon.exblog.jp/11506722/ 
(上から17番目の画像です)


   

投稿: mizma_g@管理人 | 2011年9月 6日 (火) 午前 05時44分

前略 トヨタ2000GTボンドカーの記事楽しく拝見しました。
参考になるかどうか不明ですが、当方の知人で元トヨタ自工社員のOさんから聞いたトヨタ2000GTボンンドカーの話を。
Oさんによれば、本番車、予備車の2台が存在することは間違いないということです。Oさんも2台目撃されています。
本番車、予備車とも試作車をベースに突貫工事の手作りで改造された車だそうです。何台か製造された試作車の中からレース用車両、トライアル用車両も製作されたそうです。ボンドカー用の車両もこれらの試作車・レース用車両を元に改造されたとのことです。
製作作業はほぼ2台同時に進められたそうです。
映画会社とのやりとりをする中で、完成したら記録用写真を撮って、映画会社から修正依頼があればまた作り直して写真を撮ってという作業を短期間で繰り返していたようです。
部品等はすべて手作りのため、ふたつと同じ部品はなく、さらにベース車両自体が2台とも完全生産車ではではないため、微妙に細部の作り、寸法等が異なっており、ボンドカー改造用に製作した部品も現場での現物合わせで取り付けられた聞きました。製作、改造が間に合った車を先に出したらしく、工場では本番車、予備車という仕分けはしていないとのことでした。前述のように改造はすべて手作業のため、間に合う車両の方を出した。つまり本番車、予備車、言い換えれば1台目というか1号車、2号車が途中で入れ替わった可能性があること。さらに上記のように製作途中で何度か手直しを入れ、その都度写真を撮っていたため修正部品等の都合で本番車、予備車の区別が出来ない写真が出回った可能性があるとのことです。当時はとにかく映画の撮影に間に合わすことを優先していたため、詳しい資料も残していない状態で作業は進められていたとのことです。
ベース車両の2台が元々同じ仕様ではなかったため、同じ車(ボンドカー)を2台作れなかったということだそうです。
なぜ2台作ったか?という点について、Oさんは1台は本国撮影用、もう1台は日本国内撮影用兼予備車というふうに聞いたとお話くださいました。
上記の話の出所はOさんと拙者の話の中ということになりますので、信憑性については拙者も判りません。
でもOさんは、トヨタ2000GT製造当時にトヨタ自工に在職されていた方なので拙者はOさんのお話の内容に納得している次第です。

投稿: TY | 2012年12月 9日 (日) 午後 08時29分

>TYさん
コメントありがとうございます。
当時の関係者の方の証言、興味深く拝読させて頂きました。
まず、ボンドカーは2台製作されていたということで、この件に関しては予備車となったもう1台の車輌が現在レストア中であることが確認されたので、証言と現物の両方で確認がとれました。
なるほど、2台のボンドカーは元々"撮影車"、"予備車"という区別はなかったのですね。
結果的に国内撮影に使用されたのが撮影車で、撮影には使われなかった方が予備車になった、ということで理解致しました。
「修正部品等の都合で本番車、予備車の区別が出来ない写真が出回った可能性がある」とのことですが、幸いなことにベース車輌自体の作りの違い(溶接痕やインナーパネルの形状の違いなど)によって、2台を識別することは可能です。
ただ、当時の写真でその"作りの違い"を確認できないものに関しては、2台を区別するのは難しそうですね。。。
それと、2台の製作時期ですが、やはり関係者の方は2台は同時期に製作されたと証言されていますね。
これは、関係者の方は例外なく皆さんそう証言されているのですが、何故か部外者が「予備車が完成したのは、撮影車の完成した後」だと推理しています。(確かWikipediaにもそんな記述があったと思います)
何故、複数の関係者の証言が全て一致しているのに、部外者がそれに異議を唱えるのか…私には理解できませんが、TYさんが知らせて下さったOさんの証言は、他の関係者の方達の証言と一致していますから、私は十分に信用できるものだと思います。
貴重な証言をお知らせ下さり、本当にありがとうございました。
こんな場末の泡沫ブログですが、貴重の証言をこうして紹介することができて、非常嬉しく思います。

投稿: mizma_g@管理人 | 2012年12月10日 (月) 午前 10時31分

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