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2008年10月26日 (日)

ボンドカーの謎解き ~42年目の驚駭の真実~

09/12/01 新資料の発掘により、このエントリーの考察に誤りがあることが判明しました。
               下記エントリーにて誤った箇所の訂正をしていますので、併せてご覧頂きますようお願い致します。

                   【再考】ボンドカーの謎解き 前編
08/11/04 一箇所を訂正、一箇所追記しました。
08/11/04 「ボンドカーの謎解きに関する補遺」に加筆・修整・画像の追加を行ないました。
08/10/30 「ボンドカーの謎解きに関する補遺」をアップしました。
08/10/28 二箇所追記しました。
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本題に入る前に、まずは注意書きを。
このエントリーは、福野礼一郎氏がF-ROAD誌に寄稿した「ボンドカーの謎 -42年目の驚愕の真相-」という記事に反駁するためのものであるため、当該記事のネタバレになる内容が含まれています。
ですから、福野氏の記事を未読で“ネタバレは困る”という方は、以下の内容を読まずに速やかにお引取り下さい。
もし読まれる場合は自己責任でお願いします。
 

では、本題です。

福野氏の記事をお読みになった方はご存知だと思いますが、あの記事の中で一番肝になっているのは、福野氏が様々な状況証拠から導き出した推論です。
その推論は何かというと「ボンドカーは1台しか存在しなかったのではないか。もしそうであれば、ボンドカーに関する謎など何もなかったことになる」というものです。
簡単に言えば、“ボンドカー1台説”を唱えられた訳ですね。
これまでの定説は「ボンドカーは2台作られた」ですから、この定説に疑義を唱える大胆な推理と言えると思います。
 
でもですね、この福野氏の大胆な推理を否定できる材料が、実はあるのですよ。私には。
それ故、このエントリーをおよそ1週間という私にしてはかなり長い時間を割いて書きました。
さて、福野氏の記事に対する反証の材料はいくつかあるのですが、どれから開陳しましょうかね。
まずは軽くジャブ的なものを・・・いや、回りくどいことは止めて、最初から必殺の右ストレートを繰り出してしまいましょう。

福野氏は“ボンドカー1台説”を唱えている訳ですが、これは現存車が1台しかない場合にのみ有効なものです。
仮にボンドカーが2台現存していたら…。ボンドカー1台説は誤謬ということになりますね。
現在、ボンドカーは確実に1台が現存しています。これは疑いようがありません。
それでは、もう1台の幻のボンドカーは何処に…。
実は、過去にノスタルジックヒーロー誌(以下、ノスヒロ誌と表記)の誌上で、“もう1台のボンドカー”が写真付きで紹介されたことがあるのです。
福野氏は、残念ながらこのことをご存じないみたいですね。
問題の“もう1台のボンドカー”を捉えた超貴重な写真は↓これです。
08102_nh_vol48_
(Nostalgic Hero Vol,48 P154より引用/ クリックで拡大表示)

ご覧のように、これはオープン仕様のトヨタ2000GTの廃車体ですが、このクルマがどうしてボンドカーと言えるのか。
それは、ドアハンドルの位置が量産モデルのそれよりも明らかに低く、この特徴がボンドカーと一致するからです。
また、フロントウインドウの上辺が水平ではなくて、Aピラーのトップ部分がフロントウインドウの中央部分よりも低くなっていることも、この廃車体をボンドカーと判断する理由のひとつです。
トヨタ2000GTのノーマル車は、フロントウインドウの上辺が水平になっていてボンドカーよりもAピラーが若干長いので、ノーマル車の屋根を切り取って製作したレプリカ車では、下から仰ぎ見た場合、写真の車輌ほどAピラーのトップ部分が低くはならないと考えられます。(下掲の画像参照)
08102__f  08102__a
                       (クリックで拡大表示)

因みに、この廃車体の写真が掲載されているノスヒロ誌は'95年3月に発売されました。('95年4月号です)
ということは、“もう1台のボンドカー”は'95年の初め頃まで現存していた可能性がありそうです。
その後の行方については、残念ながら分かりません。
廃車として処分されてしまい溶鉱炉の露と消えたのか、それとも生き長らえて現在もどこかに人知れず生息しているのか。。。
何れにしても、こうして写真が残っており、ボンドカーが過去に2台存在したことは間違いありません。
ですから、福野氏のボンドカー1台説は誤謬と判断してよいと思います。
推論による仮説が物証に勝ることはありませんので。

(ここでちょっと読者様にお願いです。ボンドカーの廃車体の写真はノスヒロ誌に2度掲載されました。今回紹介したのは2度目に掲載された時の写真で、現在“1度目”の写真を探しています。写真はVol,1~30のどこかのページ掲載されているようです。当該写真の情報をご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示のほど是非よろしくお願い致します。<(_ _)> )

なになに? こんな廃車体の写真では、真贋の判断はつかないだろうって?
うーん…確かにそうかもしれません。
ボンドカーに関する予備知識がない方には、この写真は少々説得力に欠ける部分があるかと思います。(逆に、ボンドカーに精通されている方には、この廃車体の写真で十分納得頂けると思います)
それでは、先述のように福野氏の記事に対する反証の材料はいくつかありますので、それらを以下に記して持論である“ボンドカー2台説”の正当性を証明してみようと思います。

福野氏の記事の中に『「ボンドカーは2台作られた」というのは綱島工場の関係者の証言である』というクダリがありますね。
これ、実は正しくありません。
何故なら、ボンドカーを“2台作った”と証言されている方は、綱島工場の関係者以外にも存在するからです。
その証言者は誰かと言いますと、トヨタ2000GTのプロジェクトリーダー(主査代行)を務められた河野二郎氏です。
氏の証言は、ノスヒロ誌Vol,63('97年10月号)に掲載されています。
08102_63_9710
(Nostalgic Hero Vol,63 P108より引用/クリックで拡大表示)

どうでしょう?
ボンドカーの製作をプロデューサーのA・R・ブロッコリー氏から依頼され、トヨペット・サービスセンターの綱島工場に製作を指示した、いわばボンドカー製作の中心人物とも言える河野氏が「ボンドカーは2台作っています」と仰っていますね。
これでもボンドカーが2台作られたことを信じられませんか?

河野氏の証言の中でもうひとつ見逃してはいけないのは、トヨペット・サービスセンターの宮島社長が「急ぐなら、1週間で作りましょうと言った…」という部分です。
福野氏は記事の中で、撮影が始まるまでに時間的な余裕があったのに、なぜボンドカーは急いで作られたのだろうかと疑問を呈していますが、その理由は、河野氏の証言を読む限りでは、宮島社長が「1週間で…」と自ら期限をつけてボンドカーの製作を請け負ってしまったためのようです。
流石に1週間では無理だったようで、ボンドカーの製作に2週間の期間を要したことは周知の通り。

ちょっと横道に逸れましたので本題に戻りましょう。
トヨタの河野氏というとレース監督時代に色々とあったため、氏に対してダーティーなイメージを持っている方が多いようです。
ですから、この河野氏の証言を信じられないという方がきっとおられるでしょう。
このエントリーを書くにあたっては、当然そういうことも想定していますので、今度は別の視点からボンドカーが2台作られたことを立証してみようと思います。

福野氏は記事の中で、ボンドカーのディテールを仔細に検証したうえで、「(数多あるボンドカーの写真で)特徴がはっきり見分けられる場合は、奇妙なことにクルマの各部の個性はどの写真を見てもどれもとてもよく似ている」と仰っています。
なるほど、そうなんですか。
私は、福野氏が記事中で“バイブル本”と称している、吉川 信氏が自費出版したトヨタ2000GTの写真集を持っていないので、詳しいことは分かりませんが、とりあえずWebで採取した画像と手持ちの資料を精査した結果、2台のボンドカーの相違点を見つけました。
まずは下掲の2枚の写真をご覧下さい。(画像をクリックすると拡大表示します)
08102_63_9710_r   08102_72_9904_f
(Nostalgic Hero Vol,63 P105より引用)     (Nostalgic Hero Vol,72 P79より引用)

左の写真は、山間部の路上で撮影されたものです。
回送運行許可番号標(以下、仮ナンバーと表記)が付いていることから、映画の撮影のために富士スピードウェイの近辺まで自走でボンドカーを運んた時のスナップと思われます。
この推測が正しければ、写真の撮影時期は映画の撮影中('66年8月以降)ということになります。
右の写真は、後ろに映っているクルマがカローラ、パブリカ、トヨエース、ハイエース、etc…とトヨタ車ばかりなので、撮影場所は綱島工場の敷地内ではないでしょうか。
もしそうならば、この写真は車輌が完成した直後('66年5月頃)に撮影された可能性が高そうです。
余談ですが、この写真では何故か“ケンカワイパー”仕様になっています。
これは恐らく、ボンドカーの製作に関わった誰かがおふざけで、或いは暫定的にこのような取り付け方をしたのだと思います。
そうなると、この写真が撮影されたのは撮影隊に車輌を引き渡す前と考えるのが自然です。
であるならば、この写真はやはり綱島工場で撮影されたと考えるのが妥当ではないでしょうか。

(08/11/04:訂正)
読者様から、「背景に2代目パブリカが写っているので、右の写真が撮影されたのは2代目パブリカが発売された'69年4月以降ではないか」とのご指摘を頂きました。
調べてみるとなるほどその通りであるため、この写真に関する記述を取り消します。
この写真に関する詳細は、こちらのエントリーを参照下さい。

さて、この2台の相違点は矢印で示した部分です。即ち、フロントウインドウの断面形状。
左の車輌は、この部分が明らかにラウンドしており、右の車輌はフラットです。
よく見比べると他にも相違点はあるのですが、ここでは触れないでおきます。
因みに、ボンドカーのフロントウインドウは、撮影時に取り外しが出来るよう、アクリル製に交換されていたそうです。

では、映画の撮影に使われたのはどちらかと言うと、上ですでに触れているように仮ナンバーが付いたフロントウインドウの断面形状がラウンドしている車輌(以下、ラウンド車と表記)です。
www.2000gt.netさんに映画をキャプチャした画像がたくさんあるので、その中からフロントウインドウの断面形状がよく分かる画像をお借りしてアップします。
08102_r01   08102_r02_2  
08102_r03 (クリックで拡大表示)

どうですか? 撮影車のフロントウインドウは明らかにラウンドしていますよね。
もう一枚、当ブログを支援して下さっている方から送って頂いた、ラウンド車の撮影中の画像もあげておきます。
08102_r04
(画像提供:BOND様 / クリックで拡大表示)

それでは、ボンドガールを伴って行なわれた“撮影会”に使われたのはどちらの車輌でしょうか。
これも写真を見れば一目瞭然です。
08102_bond_r01  08102_bond_r02_2
               (クリックで拡大表示)
どうですか? 明らかにラウンド車ですね。
下掲の画像は、撮影会の時に撮影されたラウンド車の車内の写真です。
08102_bond_r03  08102_bond_r04
               (クリックで拡大表示)   
“装備”が搭載されていますね。
つまり、映画の撮影とボンドガールを伴って行なわれた撮影会に使われたボンドカーは、同一車ということになります。

それでは、もう一方のフロントウインドウの断面形状がフラットな車輌(以下、フラット車と表記)はどこで使われたのでしょうか?
残念ながら、私にはフラット車(=予備車)がどこで使用されたのか、よく分かりません。
ただ、当時撮影された写真が何枚か残されているので、それを紹介しようと思います。
まずは、このカラー写真。
08102_f01  (クリックで拡大表示)
撮影場所は不明ですが、撮影用のナンバープレートが取り付けられていることから、プロモーションをしている時に撮影されたものと思われます。
撮影された時期は、背後の木々の葉の色や全体の雰囲気から秋頃でしょうか。
よく見ると、このフラット車(=予備車)はフロントのウインカーランプの色がアンバーです。
ラウンド車(=撮影車)が映画の撮影や撮影会で使用された時はどうだったかというと、ウインカーランプは白でした。

08102_bond_r  (クリックで拡大表示) 

因みに、上掲の綱島工場で撮影されたと思われるフラット車のウインカーランプは色が濃く、仮ナンバーが付いたラウンド車のウインカーランプは、フラット車よりも若干薄い色になっています。
ということは、2台は最初から色の違うウインカーランプが装着されていたのかもしれません。

(08/10/28:追記)
誤りに気付いたので追記します。
まずは下掲の画像をご覧下さい。
081026_ (クリックで拡大表示)
この写真は、2つ上のフラット車のカラー写真と同じ日に同じ場所で同じ車輌を撮影したものと思われます。
ご覧のように、ウインカーランプの色はどうもアンバーではなかったようです。
よく見ると微妙に色が付いているように見えなくもありませんが、アンバーと言い切れる程のものでもないようです。
で、2つ上の写真をよーく見てみると、ウインカーの後ろ1/3くらいが色が着いていません。
これと同じ状態は、(ちょっと分かりにくいですが)劇中のスモールランプが点灯しているシーンでも確認できます。↓
081026__2  (クリックで拡大表示)
ということは、やはりウインカーランプには色は着いていなかったと考えるのが妥当なようです。
ですから、上記のウインカーランプに関する記述は取り消させて頂こうと思います。
誤った情報を発信してしまい、大変申し訳ありませんでした…。
--------------------------追記ここまで--------------------------------

こちらの写真の詳細は不明です。
ただ、写真のファイルネームが“promotion”となっているので、何処かで映画のプロモーションを行なった時に撮影されたものと思われます。
(08/11/04:追記)
この写真の詳細が判明しました。詳しくは こちらのエントリーを参照下さい。
08102_bond_promotion_  (クリックで拡大表示) 

こちらの写真は、車体をブルーメタリックに塗られていたハワイに渡っていた時のものです。
比較のために、下に撮影会で撮影されたラウンド車(=撮影車)の写真をくっ付けてみました。
右はフロントウインドウ部分の比較画像です。断面形状の違い、分かりますかね?
08102_fr01   08102_fr02_2
                                   (クリックで拡大表示)

一時ハワイにあった個体が現在トヨタが所蔵しているボンドカーですから、トヨタ所蔵車の近影の画像でもフロントウインドウはフラットです。
08102_toyotaf  (クリックで拡大表示)

あれれ…。
ということは、トヨタ所蔵のボンドカーは撮影車ではなかった?
うーん…これはどうでしょうね。 正直よく分かりません。
ラウンド車とフラット車の相違点はもうひとつあるので、まずはそちらを見てみましょう。
ラウンド車とフラット車のもうひとつの相違点というのは↓こちらです。
08102_bond__   08102_bond___2
                                   (クリックで拡大表示)
左がラウンド車(=撮影車)、右がフラット車(=トヨタ所蔵車)です。
ご覧のように、トランクフード後端の折り返し部分の形状が違います。
ラウンド車の折り返し部分は、端っこが少々寸足らずになっていて、アウターパネルとのチリが合っていません。
片やフラット車の方は、折り返し部分が寸足らずになっていないため、アウターパネルとのチリはきちんと合っています。

さて、それではトヨタ所蔵車の同じ部分はどうなっているでしょうか。
鮮明な画像が手に入らなかったので少々分かりにくいかと思いますが、↓このようになっています。
08102_bond___3  (クリックで拡大表示)
どうでしょう。チリは合っていますか? それとも合っていませんか?
私には、少なくとも折り返し部分が“寸足らず”になっているようには見えません。
つまり、この部分からも「トヨタ所蔵車=撮影未使用車=予備車」と言えるように思うのです。
もちろん、トヨタ所蔵車は寸足らずの部分を長い年月の間に補修した可能性があります。
また、トランクフード自体を交換した可能性もあるでしょう。
でも、“補修”や“交換”されたことを証明できる資料はありませんので、現状では“補修”や“交換”を肯定も否定もしないのが賢明です。
ですから、トランクフードによる判断では「トヨタ所蔵車=撮影未使用車=予備車」である可能性は50:50。
ここに、フロントウインドウの件を加味すると、トヨタ所蔵車が撮影未使用車(=予備車)である可能性が高くなります。
ただ、この件をあまり追求すると色々と差し障りがありそうなので、ここではこれ以上詮索しません。
あとは読者諸兄の判断にお任せします。

(08/10/28:追記)
トランクフードの折り返し部分について追記です。
なんとも悩ましい画像を見つけてしまいました。↓
081028_  (クリックで拡大表示)
これはフラット車がブルーメタリックに塗られていた時に撮影された写真なのですが、どうでしょう。 問題のチリの部分。
明らかに合っていませんが、ラウンド車(=撮影車)のように下端に向かって広がった形(一つ下の画像を参照下さい)でもありません。
これは、たまたま光の加減でチリが合っていないように見えているのか、それとも経年の変化によりトランクフードにズレが生じてこうなったのか、はたまた第3のトランクフードがあったのか…。
理由はよく分かりませんが、このような状態に見える写真もあるということで、取りあえずアップしてみました。
----------------------------追記ここまで-------------------------------- 

このボンドカーのお尻画像で、もう一つ注目して頂きたい部分があります。
それは何処かというと、ナンバープレートです。
まずは下掲の画像をよくご覧下さい。
08102_f_2  (クリックで拡大表示)
このナンバーレート、明らかにニセモノですよね。
何故なら、封印を取り付けるための台座がなく、また数字や文字が浮き文字になっていなくて、平面に描かれているだけだからです。
つまり、このナンバープレートは撮影用の小道具なのです。
このことは、ラウンド車(=撮影車)に仮ナンバーが取り付けられた写真があることからも証明されると思います。
もし、この「品川 5 ま 20-00」のナンバープレートが本物だったら、態々仮ナンバーなんて使用する必要はないですからね。

ということで、2台のボンドカーの相違点を解説してきましたが、おそらく「これらの相違点は、何らかの理由で部品を交換したために生じたもの」と抗弁される方がいらっしゃると思います。
もちろん、私もその可能性は否定しません。でも、その抗弁はあくまでも推論ですよね。
こういう謎解きをする場合は、可能性ではなく妥当性で語るべきだと私は思うんです。
私がここに書いたことは全て、妥当性を担保してくれる証拠を提示していますので、異論反論を唱える場合も、是非とも証拠を提示したうえでお願いしたく…です。
推論をいくら重ねても、真実に辿り着くことはできませんからね。

ということで、私なりの視点でボンドカーの謎解きをしてみました。
私の論旨は「ボンドカーは2台存在した。その証拠はある。物証に合致する証言もある。2台のボンドカーの相違点も確認できた。トヨタ所蔵車は撮影車ではない。」です。
ド素人が乏しい資料から検証した結果ですから、必ずしも皆さんを十分納得させられるものではないと思いますが、少なくとも現時点で「ボンドカーは1台しか存在しなかった」と判断するのは明らかに早計であることを、ご理解頂けたのではないかと思います。

ですから、福野氏の記事を鵜呑みにして「ボンドカーは1台しかなかったのかぁ!」と、どうか早合点しないで下さい。
これ、私からのお願いです。

※出典を明示していない画像は全てwww.2000gt.netさんからお借りしました。
 

 

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TOYOTA 2000GTの真実」カテゴリの記事

コメント

三妻様

例のページの切り抜き(他の記事は私に言わせりゃ○○(←自主規制)同然です)片手に、ディスプレイと交互に睨めっこしながら読ませていただきました。

なるほど興味深かったです。やっぱり2台あったということになりそうですね。となると、2台のボンドカーがいかにやりくりされたのか、ラウンド車の足跡は…謎は尽きません。

このエントリーと例の記事、他乏しい私の資料から総合すると、唯一確信できることがあります(恐らく、お分かりいただけると思います)。そこから先はやはり推論になってしまいますが…。ここは是非とも、総本山に本腰入れて調べてもらいたいところですね。

いずれにせよ、あれほどまでに美しいクルマがこの世にある、そしてそれが40年以上前の日本で作られたという事実は日本人の誇りだと心から思います。

投稿: 446 | 2008年10月26日 (日) 午後 10時12分

>446様
冗長なエントリーを最後までお読み頂きありがとうございます。
そうですね、ボンドカーが2台あったことは、ほぼ間違いないと思います。このことは、コアな2000GTファンの方には実は常識みたいです。
2台がどうやり繰りされたかについては、残されている写真をさらに精査すれば、ある程度分かるように思います。
ラウンド車の足跡はどうでしょうね。
あの廃車体の写真がどこで撮影されたのかを解明して車輌の所有者を特定することができれば、ある程度の顛末はわかりそうですが、でも謎は謎としてとっておくのも一興かもしれません。^^;
唯一確信できること…うーん、なんでしょう。私は察しが悪いのでちと分かりませんが、でも福野さんには更なる追跡調査を是非して頂きたいですね。
現状のまま放置されたのでは、「トヨタ2000GT、ヤマハ開発説」の二の舞になってしまいますから…。
日本人の誇り…私もそう思います。その誇れるクルマの正しいヒストリーを、ボンドカーの件も含めて後世に残していければと思っています。

投稿: mizma_g@管理人 | 2008年10月27日 (月) 午前 08時29分

いろいろ情報をもっているのですね
びっくりしました
私もをラウンド・フラット車の違いを見つけました。フロントバンパーとウインカーの取り付け位置です。ラウンド:フォグランプに対してウインカーがバンパーよりも寄っているフラット:バンパー・ウインカーともに同じくらいの位置にあると思います。比べると相違点はいろいろあるようですが一台の車両のパーツを途中で交換したなどいろいろな理由もまた考えられると思います
ほんとのところは三妻さんの言うようになかなか明確にはなりませんね
しかし旧き良き名車に対し純粋な気持ちでいろいろ「あーだ、こーだ」言うのはとても興味深いし気持ちが良い物ですね
今後はエス6・8など興味深い情報がありましたら是非お願いします
応援しています

投稿: 昭和37年式 ホンダS600 | 2008年10月27日 (月) 午後 07時27分

>昭和37年式 ホンダS600さん
コメントありがとうございます。
ウインカーとバンパーのズレ、私も最初は相違点だと思ったのですが、和服を着たボンドガールが運転席の横に立っているラウンド車の画像をご覧になってみて下さい。
不思議なことにズレはないんですね。
次に、フラット車のカラー写真をご覧になってみてください。こちらはウインカーとバンパーがズレているように見えます。
つまり、見る位置によってウインカーとバンパーの位置関係が変化して見えるんですね。
おそらくこれは、当該部分が曲面であるために起こる錯覚のようなものだと思います。
こんなこともあるので、検証作業はなかなか難しいのですが、その難しさが楽しい部分でもあったりします。
エスロク・エスハチも機会があれば詳しく調べてみたいですが、でもこちらは既にオーソリティ複数存在しますから、私の出る幕はないかも? ^^;
応援、ありがとうございます。

投稿: mizma_g@管理人 | 2008年10月27日 (月) 午後 09時10分

三妻様
 
 はじめまして、
いつも楽しく拝見させていただいております。
私も2台ではないかと思っています。

 私の父親が面白い話をしているので書き込ませていただきます。

 当時、日本橋にあった(ある?)の繊維問屋が(名前までは覚えていないと、)所有していたそうです。
ボディに豹柄?のような(昔のことで詳細不明)生地が張り込まれた状態で雑誌に出ていた、
と言っているのです。
私もVol.48出版前後に聞いた話だったので、聞きなおしてみましたがこの内容でした。
その時に今回のブログの内容にあるフロントウインドウの話をしたのですが、父親は当時からこの違いを認識していたようです。

 まったくウラの取れないで申し訳ありません。

投稿: hideboy | 2008年10月27日 (月) 午後 09時28分

>hideboy 様
はじめまして。コメントありがとうございます。
な、なんと! お父様はオープンの2000GTを目撃されたことがあるのですか!
凄いですね。目撃証言は初めて聞きました。
フロントウインドウの形状の違いにも気付かれていたとは、もの凄い観察眼ですね。
証言も傍証のひとつになります。
貴重なお話を書き込んで下さり、ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: mizma_g@管理人 | 2008年10月27日 (月) 午後 09時58分

三妻様、はじめまして。

私、福野氏の記事で初めてボンドカー及び2000GTに興味を持った程度のものです。

三妻さまと福野氏の記事を読ませていただきましたが、いくつかの疑問があります。

・福野氏の記事中「予備車はどこへいったのか」の章からの引用部分の続きには
 「いずれにせよトヨタ博物館のクルマが~」
とあり、福野氏は製造台数については結論をだしていません。
 福野氏の結論は博物館車が撮影車である、ということであって、三妻さまのおっしゃる福野説というのは論点がズレておられませんか?

・福野氏の記事中にある写真集とリンクの写真集は別のものではないでしょうか?

・サイドガラスの件も含めて、ムック本の記事中   
   代用アクリルからガラスへ変更された
   脱着式ウィンドシールド

 この件については、その信憑性をどのようにお考えでしょうか。

ガラス形状や廃車体の写真等、非常に興味のわく内容でしたので非礼を承知でコメントさせて頂きました。
私のような素人にもしお答え頂ければ幸いだと思っております。

長文、失礼いたしました。

投稿: open g | 2008年11月 2日 (日) 午後 04時45分

>open g 様
はじめまして。コメントありがとうございます。
お尋ねの件、返答させて頂きます。

>福野説というのは論点がズレておられませんか?
「博物館車が撮影車である」という考察の妥当性を増すために、「仮にボンドカーが1台しかなかったとすれば」と論を展開されているので、「その論は成立しませんよ」と突っ込みを入れたまでです。

>福野氏の記事中にある写真集とリンクの写真集は別のものではないでしょうか?
リンク先のページの最上段、右側にある写真と、エフロード誌P121 上段左端にある写真は同じもの(写真集の表紙?)だと思いますが、如何でしょう?
吉川 信さんが出版したトヨタ2000GTの写真集は1冊しかないと思うのですが…。
(追記)おそらく↓これですね。エントリー中のリンクも、後程こちらのページに変更しておきます。
http://sales.tachibana-inc.co.jp/4813317286/

>信憑性をどのようにお考えでしょうか。
否定できる材料が無いものについては、肯定的に捉えるようにしています。
推測・憶測だけで疑っていたらキリがありませんからね。

こんな感じでよろしいでしょうか。
放言だらけの不躾なブログですが、今後とも贔屓にして頂けたら幸いです。
何卒よろしくお願い致します。

 

投稿: mizma_g@管理人 | 2008年11月 2日 (日) 午後 09時22分

三妻様

ご回答、ありがとうございました。

>推測・憶測だけで疑っていたらキリがありませんからね
全く同感です。

最後に今一度、お聞きしたい事があります。

福野氏が記事中で製造は1台のみとは結論していない事についての認識はございますか?
それを福野説としてエントリーすることについては、どのようにお考えなのでしょうか?

これで最後にいたしますので、重なる非礼をお許しください。

投稿: open g | 2008年11月 2日 (日) 午後 10時11分

>open g 様
記事を読めば分かるように、福野氏は記事中で「ボンドカーは1台しか存在しなかった」とは断言していません。これは事実です。
しかしかながら、かなりの行数を割いて「1台と考えるのが如何に妥当かを力説されている」のも事実です。
これらの事実のうち、どちらを重くみるかで認識が変わるんじゃないでしょうか。
open g 様は前者を、私は後者を重くみている。そういうことだと思います。
つまり、お互いに事実を基にした見解ですから、どちらかが誤りということはないと思います。
故に、私が福野氏が力説されている件についてエントリーを書くことにも、何等の問題もないと考えます。

こんな感じでよろしいでしょうか。。。

投稿: mizma_g@管理人 | 2008年11月 2日 (日) 午後 11時32分

>福野氏は記事中で「ボンドカーは1台しか存在しなかった」とは断言していません。これは事実です。

上記のように認識されているならば、何故

>“ボンドカー1台説”を唱えられた訳ですね。

このような書き方をされるのですか?
製造台数については福野氏の「推測」「仮説」とするべきではないでしょうか。


投稿: why? | 2008年11月10日 (月) 午後 09時36分

>why? 様

福野氏は記事中で断言している訳ではないので「“説”を唱えられた」と表現しました。
「仮説」とするべきとのことですが、言われるまでもなく私は“説”と表現しています。
福野氏が断定しているかのような表現はしていません。
ですので、何故このような指摘をされるのか、私には正直理解できません。

因みに、「説」を辞書で引くと
1 ある物事に対する主義、主張。
2 うわさ。風説。
3 漢文の一体。道理を解釈したもの。また、自分の意見を述べたもの。
とあります。

つまり「説を唱える」というのは、「主張を述べる」あるいは「個人的な意見を述べる」というように換言できる訳です。
実際に福野氏は、記事中で1台と考えることが如何に妥当であるかをかなりの行数を割いて説明されていますので、これを「主張を述べている」、あるいは「個人的な意見を述べている」と理解することには何らの問題もないと思います。
よって、ご指摘の箇所を訂正する必要もないと考えます。

投稿: mizma_g@管理人 | 2008年11月11日 (火) 午前 08時12分

1年半も前の事に今頃なんですが、福野氏の記事を最近読みましてこちらにたどり着いた者です。
現在トヨタ博物館にある車体がハワイから帰って来た時、撮影車と外観上違うと思ったのは、トノカバーの材質形状、テールランプカバーの塗装の有無、タコメーターの違い、トランク上のエンブレムの有無などですが、他の事はともかくとしてトノカバーをわざわざ作り直したりするでしょうか。
フラット車の当時写真でトノカバーがはっきり写っている写真はありますでしょうか。
私は長くこのトノカバーの違いで2台有ると信じていました。
ハワイから来た車が塗装を直されトヨタ会館に展示された時は写真を撮りに行って来ました。
そこそこ古びていてパネルの合いも悪く、ちゃんとレストアしないかなあと思ったものですが、オレンジ色のウインカーや量産車のワイパー、マフラーをつけている最近の写真を見るとそれはそれでオリジナルから遠ざかって行くようでがっかりします。
廃車体の写真は興味がつきません。
もう15年も前の雑誌の掲載ですので今はどうなっているのでしょうか。
フジのマーシャルカーは廃車になった後誰かが引き取って修理したとの都市伝説的なものは流布しておりましが。

投稿: スポーツ800 | 2010年7月27日 (火) 午後 12時55分

>スポーツ800さん
初めまして、コメントありがとうございます。
このエントリーの考察については、エントリーの冒頭に追記しましたように誤りがあることが判明しました。
詳しくは、「【再考】ボンドカーの謎解き 前編」をご参照下さい。
http://mizma-g.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-a8d9.html

福野氏が推測したように、やはりトヨタ博物館の車輌が撮影車で間違いないようです。
また、2000GTのボンドカーは2台存在したことも、間違いないと思います。
廃車体のその後は、私も大変気になります。
腐っても鯛ならぬ腐っても2000GTですから、恐らくそう簡単には潰されていないと思うのですが…。
もし現存していれば、何れその姿を現してくれるのではないでしょうか。
そうしたら、ボンドカーの製作台数が物証によって証明されますね。
富士のマーシャルーカーが現在トヨタ博物館に収蔵されている車輌ですから、廃車体は予備車の方ということになると思います。
撮影車と予備車が揃うところを、一度でいいので見てみたいですね。^^

投稿: mizma_g@管理人 | 2010年7月28日 (水) 午前 05時58分

三妻自工様

 つなない文章をお読み頂いてありがとうございます。
【再考】ボンドカーの謎解き 前編を読まさせて頂きました。
このような詳しい検証をされているならば2台存在した事は間違いないでしょうし、廃車体が予備車で有る可能性も大ですね。
現在国内外には何台かオープンボディにされた2000GTが存在しますが、そのようなご時世だとトヨタ博物館のオリジナルはますます価値が高いと思います。
出来うる限り撮影時の姿に戻せない物かと思います。
ボンドカーの謎解き 後編を楽しみにしております。

投稿: スポーツ800 | 2010年7月28日 (水) 午後 12時58分

>スポーツ800さん
こちらこそ、冗長なエントリーを読んで頂きましてありがとうございます。
現在の撮影車は、確かにちょっとガッカリするような状態なので、できることなら往時の姿に復元して欲しいと私も思っています。
天下のトヨタがその気になれば、復元することなど造作もないと思うのですが、なぜそれが為されないのか不思議でなりませんね。
これが欧米のメーカーなら、ディテールにまで拘って復元すると思うのですが…。
やはり、日本の自動車メーカーの認識は、遅れているのでしょうか。
とにかく、007の劇中車であり、たった2台しか作られなかった稀少車なのですから、相応の手当てをして欲しいですね。


投稿: mizma_g@管理人 | 2010年7月29日 (木) 午前 06時35分

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