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2008年5月 6日 (火)

驚駭の写真から考察するHonda Sports500/S500の生産台数

○ホンダS360やT360/S500の試作車について研究・考察している「三妻自工 Web site」はこちらです。
○Web site that researches and considers the concept model of HONDA S360 and T360/S500 is
here.
 
ホンダS500の生産台数については、2月26日のエントリーの追記部分と3月4日のエントリーで取り上げました。
2月26日のエントリーでは、「別冊CG ホンダ・スポーツ」に掲載されているガレージ・スズキさんの記事を引用し、“S500は'64年2月と3月にしか登録されておらず、その登録台数の合計が500台前後であることから、生産台数もこの数に準じたものだったのではないか”というガレージ・スズキさんの考察に対して、福島で発見された試作車のように'63年に登録された車輌もあったので、実際にはもっと多かったのではないか、と推測しました。
 
3月4日のエントリーでは、2月26日のエントリーの補遺として'63年に登録されたS500の台数が記された資料を提示し、S500の登録台数はガレージ・スズキさんの推察した数字よりも50台弱多かったのではないか、と推測しました。
ちなみに、ガレージ・スズキさんが推察したS500の生産台数は「500台前後」。
私が提示した資料に記載されている'63年に登録されたS500の台数は「46台」です。
これらを合算すると「550台前後」になります。

  
ここで注意して頂きたいのは、この数字はあくまでも“登録された台数”であることです。
当然ながら、登録されなかった車輌はこの数字に含まれていません。
ですから、例えばテストやカタログ撮影のためにアメリカに送られた車輌や、リェージュ - ソフィアラリーに参加した車輌などはカウントされていません。
これら登録されなかった車輌も含めたら、さらに台数は増えますね。

ただ、個人的には「Sports500」と「S500」は区別するべきではないかと考えています。
ここでいう「Sports500」は車台番号が付与されなかった車輌で、「S500」は車台番号が付与された車輌です。
車台番号の有無で呼称を変えるのは、下掲のような資料(諸元表の一部ですが、これは型式認定用資料の写しと考えられます)があるからです。
080506_s500 (クリックで拡大表示)

どうでしょう、この資料を見るかぎりでは「ホンダ S500」という通称名は、AS280-64-10001号車から使用されたと考えられますよね。

ただ、ここで誤解して頂きたくないのは、「車台番号のある車輌=市販車」ではないことです。
この点、誤解されている方が結構いらっしゃるようなので、くれぐれもご注意を。
福島で発見された「AS280-64-10004号車」が、“市販車”ではなかったことは皆さんよくご存知ですよね。

ということで、このブログでは「Sports500」と「S500」は分けて考える(数える)ことにしようと思います。
ただ「Sports500」は試作車のみですが、「S500」は試作車と市販車が混在しているので話がちょっとややこしくなります。
そこで、ちょっと整理してみましょう。

まず、ガレージ・スズキさんの調査によれば、S500のデリバリーが始まったと言われている'64年1月以降に登録されたS500の台数は、2月に200台前後3月に250台前後で、合計すると500台前後とのことです。
この数字は、一般ユーザーに売られたS500の台数とみて、ほぼ間違いないでしょう。
ですから、 “市販されたS500の生産台数”500台前後と思われます。
08/05/26追記ガレージスズキさんの調査結果を覆す資料を発見しました。詳しくは こちらのエントリーをご覧下さい。そのため、以下の考察は誤謬である可能性があります。発見した資料の真贋が確定し次第、このエントリーを訂正する予定ですので、本考察は参考程度にお読み頂ければと思います。

次は、“市販はされなかったものの登録はされた”と考えられるS500の台数です。
要するに登録された(車台番号が打刻された)試作車の台数ですね。
これは、私が提示した資料に記載されている'63年に登録された46台が該当すると考えられます。
ということで“S500の生産台数”と定義した場合、上の数字と合算して「550台前後」になります。
尚、この'63年に登録された46台のS500ですが、おそらくテスト車やモニター車として使用されたのではないかと私は考えています。

最後は車台番号が付与されなかった(登録されなかった)車輌、即ち「Sports500」ですが、Sports500の台数を数えるのはちょっと難しいですね。
現時点で確実に分かっているのは、前出のアメリカに送られた2台の左ハンドル車と、リェージュ-ソフィアラリーに参加した2台の左ハンドル車、それとリェージュ-ソフィアラリーの時に練習用として使用された右ハンドル車1台だけです。
以上の5台は、車台番号の打刻開始日以前に海外に渡っているので、物理的にS500にはなり得ません。
よって、間違いなく「Sports500」と言えるのです。

あ、それと、'62年に開催された第9回全日本自動車ショーに出展された2台の試作車も、Sports500で間違いないでしょうね。
ショー出展車は、市販型とは排気量やボディサイズが違う“別物”でしたから、車台番号は付与できなかったはずです。
ということで、“Sports500/S500の生産台数”と定義した場合は「550台前後+7台」ですが、7台程度ではほとんど誤差の範囲内ですね。
となると、「550台前後」と表記しても問題なさそうです。
ただ、拙サイトの試作車一覧をご覧頂くと分かるように、ハンドメイドのグリルが装着された試作車は30台程度存在していました。
これらの内、何台が車台番号を付与されたかは残念ながら分かりませんが、Sports500が7台以上(最大20数台)存在した可能性はかなり高いと思います。
 
   
さて、ここまでは既出の情報をまとめただけですね。
驚くのここからですよ。
まずは下掲の画像をクリックしてみて下さい。
080506_s500_2 (この画像はBOND様よりご提供頂きました)

どうですか! 
右を見ても左を見ても、S500だらけです!!( S500と表記していますが、車台番号の有無は残念ながら分かりません…。外観が市販型S500と同一なので便宜上S500と表記しました)
試しに数えてみたところ、向かって左の列に12台、中央の列に13台、右の列に13台、この画像では分かりにくいかもしれませんが、右側にもう一列あるらしく、その最後尾の2台が画像の右上の端っこに写っています。
つまり、合計40台のS500がこの一枚の画像に写っているのです!!!!!
中央と右の列の台数から察するに、1列が13台の隊列だったようなので、13台×4列で52台のS500がこの場にあったのかもしれません。
どうです、凄いでしょ?
08/05/08追記:50台以上のS500があったことが確認できました。証拠の画像を08/05/08のエントリーにアップしましたので是非ご確認下さい)

それで、この画像に写っているS500ですが、ほぼ全車、ボディとドアの色を塗り分けたツートンカラーになっています。
車体色がスモークブラックの車輌はドアがアイボリーホワイト、車体色がアイボリーホワイトの車輌はドアが赤(スカーレットよりかなり明るい赤です)、車体色がスカーレットの車輌はドアがアイボリーホワイトのようです。
左の列の後ろから2番目の車輌は、車体色がエレファントグレーのように見えるのですが、これは光の加減でたまたまそう見えるのかもしれません。
この車輌のドアの色は不明です…。
因みに、フロントグリルはどれも市販型と同じプレス品になっています。

このような塗粧が施された車輌は、キャラバン隊や鈴鹿サーキットのレンタル車、あるいは販売店での試乗車として使用されたようですから、画像の大量のツートンカラー車が“市販車”でなかったことは間違いありません。
ただ、この大量の車輌をどうカウントするかは非常に悩ましいところです。
車体番号が付与されず登録されなかったものについては、「Sports500」としてカウントできますが、登録された車輌は登録された時期が特定できない場合、'63年や'64年2月・3月に登録された分と重複するのを避けるため、カウントを保留しなければならなくなります。
そうなると、“Sports500/S500の生産台数”は…

S500の生産台数(550台前後) + ツートンSports500 + '63年と'64年2月・3月以外に登録されたツートンS500

…となります。
分かりにくいですかね。(汗
もう少しなんとかしてみましょうか。

ツートンカラーのS500は、Old-timer誌90号の巻頭記事で確認できますね。
Old-timer誌に掲載されているツートンカラー車の写真は、'63年の夏頃に行なわれたパレードの時に撮影されたものとのことですが、写真をよく見るとナンバープレートが付いていますので、正確な撮影時期は車台番号の打刻が始まった9月19日以降と思われます。
また、朝日新聞の'63年11月10日付けの記事でもツートンカラー車を確認できます。↓
080506_631110_ (クリックで拡大表示)

この様に、ツートンカラー車は'63年に既に存在しており、ホンダが所有して使用していました。
ということは、'63年中に登録された46台も一般ユーザーに渡ったものではなく、殆どがホンダの所有車だったのではないでしょうか。
何故50台近い車輌をホンダが登録したかというと、恐らくテストや宣伝、販促活動に使用するためでしょう。
宣伝や販促活動をするために最適の車輌といえば、ツートンカラーで非常に目立ち、社名やロゴも入っている上掲の画像の車輌です。(というか、宣伝や販促活動に使用するために派手なツートンカラー車が作られたのでしょうね)
つまり、ツートンカラー車の大部分は“'63年に登録された”と考えられるのではないでしょうか。

'63年に生産されたSports500/S500の正確な台数は分かりませんが、仮に大量のツートンカラー車が全て'63年製だったとすると、その台数は50数台
私が今までに確認した、ハンドメイドのグリルが装着された試作車('63年製)は凡そ30台
これらを合計すると80数台になります。
ここから'63年に登録された46台を引くと34台強
これがSports500(未登録車)の台数になります。(この中にはアメリカテスト車やリェージュ-ソフィアラリー出場車、第9回全日本自動車ショー出展車などが含まれています)

そうなると“Sports500/S500の生産台数”は…
'64年に登録された車輌 500台前後 + '63年に登録された車輌 46台 + Sports500(未登録車) 34台強」で

580台前後

…となります。
内訳は、Sports500が34台強で、S500が550台前後です。
まあこれは、ツートンカラー車が全て'63年製だった場合の数字ですけどね。^^;

因みに、Old-timer誌95号に掲載されている浜松製作所の生産記録によると、'63年各月のSports500/S500の生産台数は…
07月 12台
08月 20台
09月 23台
10月 22台
11月 50台
12月 13台
…で、合計140台です。
実際には6月16日から生産が始まっており、翌17日には1号車が完成していましたから、生産台数はもっと多かった可能性があります。
この'63年の生産分のうち、Sports500(未登録車)とホンダが登録したと思われる車輌以外は、市販車として一般ユーザーの手に渡ったと考えられます。
その数はおよそ60台前後
このうち何台が現在も生き残っているのでしょうね。

尚、「エスごろっぴゃく(600ccのエンジンに換装されて販売された車輌)」は、帳簿上S600として扱われたと考えられるので、この稿では取り上げませんでした。
第二回日本グランプリ出場車は、どう扱いましょうかね。
登録はされなったようですが、車台番号は打刻されていたのでしょうか…。
エンジンが換装されていましたから、やはりS600でしょうかね。
 

 

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