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2008年1月29日 (火)

名車を生む力

○ホンダS360やT360/S500の試作車について研究・考察している「三妻自工 Web site」はこちらです。
○Web site that researches and considers the concept model of HONDA S360 and T360/S500 is
here.

先日、某ネットオークションで↓こんな本を買いました。
080129__01  080129__02   

名車を生む力』 いのうえ・こーいち 著 二玄社

目次:
○野崎喩が描いた軌跡のグラントゥリズモ(知りたかったことは教えてもらえなかった/25年目の再会でふたたびトヨタ2000GTについて/1960年代はじめの自動車王国で見聞きしたもの ほか)
○木沢博司が考えた世界のベイシックカー(ホンダがホンダらしかったころホンダのイメージの原点/ホンダ1300という個性的なクルマその反動がシビックにつながった/乗り手にすり寄ってはくれない骨太の前衛的クーペ ほか)
○立花啓毅が欲した生のオープン・スポーツカー(いきなり登場した真打ち キイマンは無類のクルマ好き/消費の時間と蓄積の時間積み重なってこその「車道」/モノがひとを育てる「蓄積」の成果として備わる「器」 ほか)
 
『トヨタ2000GT、ホンダ・シビック、ユーノス・ロードスター――。たとえクルマ好きでなくとも、この三台の日本車の名前に聞き覚えのある人は多いだろう。いずれも日本の社会状況が大きく変容を遂げようとしていた時期に開発されたクルマであり、それぞれの時代を映す鏡とも言えるモデルである。

 本書では、誰もが「名車」と認めるこの三台の製作において、中心となって関わった三名の開発者に、自動車愛好家としても名高い著者がインタビューを行ない、その誕生の背景を本人の直截な言葉を交えながら紹介している。その言葉の端々から、彼らがどれほどの情熱を傾け、また志を抱いてそれらを造り上げていったか、汲みとることができるだろう。
 時代だけでなく、世代すらも超えて人々の記憶に残る製品――クルマに限らず、本当によいモノは“生きる”時代を選ばない。そして、それは作り手の揺るぎない信念や、確固たる価値基準があってこそ成されるものなのだと、改めて気付かされるのだ。』
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この本一冊で、野崎さん、木澤さん、立花さんというその筋では有名なお三方のお話を聞ける(読める)とは、こんなお得な本はないぞ!ということで、ネットオークションで中古本を探して買った次第です。
このお三方の中で、シビックの木澤さんは残念ながら昨年お亡くなりになってしまいましたね…。
木澤さんと親交があった自動車ライターの山口京一さんが、ご自身のブログに「木澤博司さんの思い出」と題したエントリーを昨年の9月から10月にかけて書いておられるので、未見の方はご覧になってみて下さい。
http://diary.jp.aol.com/applet/ft2wexxspc/200709/archive
この本と併せて山口さんのブログを読むと、初代シビックについてより理解が深まるんではないかと思います。
 
さて、前置きが長くなってしまいましたが、本エントリーではこの本の中から、トヨタ2000GTのスタイリングを手掛けた野崎 喩さんのお話を取り上げようと思います。
ただし、あまり詳しく紹介してしまうと絶賛発売中の本の売り上げに影響してしまうかもしれないので(ないない…笑)、必要な部分だけを掻い摘んでご紹介致します。
  
まず内容についてですが、拙ブログの「トヨタ2000GTの真実」というエントリーとかなり似通っている印象です。
例えば、トヨタ2000GTの初期設計に関わったエンジニアが誰であったかや、初期設計のタイムスケジュール、“タッグマッチ方式”で設計図が描かれたこと、ヤマハの安川研究室のことや安川 力さん・花川 均さん(両名ともヤマハのエンジニア)の証言など、全て書かれています。
まあ、拙ブログもこの本も、トヨタ2000GTが誕生するまでのプロセス追っているわけですから、これらの事実関係についてはやはり外せないですよね。
因みに、この本が出版されたのは2003年12月。
私がトヨタ2000GTに関するエントリーを書いたのは、去年の4月から6月にかけてですから、私の方が後なのですが、この本ことはつい最近まで知りませんでした。
なので、拙ブログでは主にシャシー設計を担当された山崎 進一さんの証言を元に書いています。
一方、この本はデザイナーの野崎さんを取材して書かれているので、デザインに関する記述が充実しています。
もっと早くこの本のことを知っていたら、デザインに関することも以前のエントリーに色々と書けたのですけどねぇ。

まあでも、せっかくこの本を取り上げたのですから、ちょっとだけデザインに関することを書いちゃいますか。
ホントにちょっとだけ。(笑
トヨタ2000GTのあの魅力的なスタイリングが誕生したヒミツは、二次曲線と双曲線、それと巡洋艦「鈴谷」のようです。(もしかしたら、二式水戦のフロートも関係があるかも?)
詳しくお知りになりたい方は、本を買ってお読み下さいまし。
 
そうそう、トヨタ2000GTといえば長いこと開発者の名前は伏せられてきた訳ですが、トヨタ2000GTが誕生するまでのプロセスについては、野崎さんが「Automobile Quarterly誌 1967年秋号」に寄稿されて公開されていたようです。(ただし、この時も個人名は記されなかった由)
このAQ誌、是非読んでみたいですね。どこかで手に入らないかな…。
 
あと、これは今回初めて知ったことなのですが、ヤマハが日産からシルビア(正確にはダットサン クーペ1500)やA550X(日産2000GT)の試作を請け負ったとき、ヤマハには板金工がいなかったため、日産の西岡幹夫さんという方がヤマハに出向いて、ヤマハの工員に技術指導をしつつ試作車を製作したのだそうです。
のみならず、この西岡さんという方は、日産とヤマハの関係が切れた後もヤマハに残って、トヨタ2000GT(280A)の試作にも関わられたのだとか。
それで、この西岡さんという方の技術は相当凄かったらしくて、木型に合わせて手叩きで作ったパネルは正確無比。
ヤマハの花川氏曰く「ハンダ盛りなんてぜんぜんなかった。ピチーッとラインを叩いて出すんです。それは見事でした。」とのことです。
トヨタ2000GT(280A)のホワイトボディが、元日産の板金工の手で作られていたというのは、非常に面白いエピソードですね。
 
最後に気になった点をひとつ…。
著者である いのうえ氏はこの本の中で、日産2000GT(A550X)のスタイリングについて「ボディにはBMW1600GTとの共通点を見出すことができ、BMWとの関係が深かったシルビアのデザイナー アルブレヒト・ゲルツの影響が感じられる。」と述べられているのですが、日産2000GT(A550X)が製作されたのは1964年、BMW1600GTがデビューしたのは1967年らしい(↓)ので、A550XがBMW1600GTの影響を受けることは物理的に不可能です。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~KYOno-arekore/page080.html

ただし、このBMW1600GTというクルマ、ルーツはグラースというメーカーが生産していた「グラース1300/1700GT(1963年デビュー)」でして、こちらを引き合いに出すのならば時系列の整合はとれると思います。
でもこの場合、BMWとは無関係になりますから“BMWとの関係が深かったゲルツの影響”とはいえなくなりますね。
ということで、いのうえ氏の書かれていることは全く的外れと言わざるを得ません。
ちょっと調べれば分ることなのに、何故態々こんなことを書くのでしょうかね。
正直、理解に苦しみます。

と、まあこんな感じです。
もっと引用したい箇所はあるのですが、まだ売っている本なので自重しておきます。^^;
トヨタ2000GTがどのようなプロセスを辿って誕生したかを知りたい方は、是非ご購読を。
シビックやユーノスロードスターの話も、含蓄たっぷりでなかなか面白いのでお薦めです。

 

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