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2008年1月 7日 (月)

「馬鹿」とは。

以下、とある論客氏の日報より引用。

「馬鹿」とは何ぞと問う人のありて、以下の如く答う。

1.論理的に話せない者。
論理的に話すというのは、先ず以て根拠に基づいて話をするという事に尽きる。
但し、根拠は検証可能な物で無ければならない。
何故なら、議論とは感情や感覚の共有を求める事なのでは無く、
自己の主張の妥当性の検証を他者に依頼する事に他ならないからである。
故に、根拠は検証可能な様に再現可能性を担保した物が望ましい。
また、それに基づいて如何なる考察を経て結論に至ったのかを示す必要がある。
勿論、主張の際にその全てを語る必要は無いが、相手の質疑に回答出来ねばならぬ。
逆に傾聴する場合には此点に留意すれば、徒に煽動的であったり、教条主義的な主張に踊らされる事は少なくなるだろう。

2.根拠の検証を行わない者。
自己の物も含めて、特定の言説が提示した根拠が信の置ける物か否か懐疑し、
それに充分な検証を加える意思と能力を具備しているか否かという事である。
この事は対話者に盲目的な同意を求めるのではなく、妥当性の検証を依頼する議論の本義に適う事である。
一方で、これを行う事無く、他所で得た記述等を無批判に他者に吹聴して回る者が居る。
仮にその言説が正当な物であったとしても、その人物への評価は著しく減ぜられねばならぬ。
何故なら、その結論に至るまでの知的作業を行ったのは当該言説を為した本人であり、その者ではないからだ。
況して、その事を以って、言説の瑕疵や検証の責任を回避するに至っては論外である。

3.自己の主張を相対化出来ない者。
自説は絶対的な物足り得ない事を知るべきである。
完全なるに如くは無いが、如何なる言説も往々にして何等かの瑕疵を持つものだ。
但し、それ自体は何等恥じる事ではない、議論とは全知全能とは程遠い我々が、
衆知を結集して真理を追い究めて行く営みに他ならないのだから。
問題とすべきは、自説の瑕疵や不成立が明白であるにも関わらずに之を改めぬ者である。
恐らくは自尊心を保たんが為に徒に拘泥せんとするのであろうが、逆効果である事を知るべきだ。
対話者の多くはその者と以後、建設的な議論を行おうとする意思を喪失してしまうに違いない。
その段階に立ち至って、自己が不当に扱われていると憤慨しても遅いのである。

以上、私は斯かる議論の前提すら踏まえぬ者達を「馬鹿」と分類する。

-----------------------------引用ここまで--------------------------------

これは、議論する際に留意すべき点を示唆したものですが、考証(の真似事)をする時にもばっちりあてはまるので、自戒を込めて引用させて頂きました。
でも、おそらくこれを万回音読しても、私のような凡人には「馬鹿」になること避けることは出来ないでしょうね。

私がおかしな考証をしていたら、是非、指差して「馬鹿発見!」と指摘してやって下さい。(笑

先日ひいた風邪はまだ完治しておりません。。。



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