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2007年4月 2日 (月)

日産2000GTの真実 その3

ずいぶん間が開いてしまいましたが、前回のエントリーの続きを書きます。
070402_a550x_01
●A550X(日産2000GT)はヤマハ主導の企画だった?
 
そもそも、2L級スポーツカーを企画したのは日産であったことは前回説明した通り。
では、開発を主導したのは日産とヤマハのどちらだろうか?
現時点で私が把握している事実関係を列挙すると…
 
・A550X(日産2000GT)は日産の企画だった。
・A**Xというのは、日産が試作車に用いた開発コード。
・エクステリアデザインを手掛けたのは、日産の社内デザイナー木村一男氏。
・インテリアのデザインを手掛けたのも日産のデザイナー。(誰がデザインしたかは不明)
・ヤマハ側のボディ設計のまとめ役だった花川 均氏が「日産から線図を受け取った」と証言しており、線図は日産で作成されたと考えられる。
・A550Xの開発に関わったヤマハの「開発部」のスタッフは、四輪車開発の実績が1車種しかない旧安川研究室のメンバー。
・ヤマハが全鋼板製モノコックボディのクルマの開発に関わるのはA550Xが初めて。(シルビアはラダーフレーム+鋼板ボディ)
・花川氏が「モノコック構造はセドリックを参考にして作った」と証言している。
 
 
ヤマハが初代シルビアの試作を担当した際、「日産からはシャシー関係のエンジニアが何度も(ヤマハに)足を運んできました。また、時々ボディ関係の方もみえていました。」(花川氏談)とのことなので、A550X開発時も日産のエンジニアがヤマハを訪れていたと考えるのが妥当でしょう。
なにせ、A550Xはヤマハにとって初の鋼板製モノコックボディ車でしたから。

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