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2006年7月30日 (日)

訂正とニッケイタローのその後

【2011/11/13 追記】
× ニッサン・コンスタック号
○ ニッン(日建)・コンスタック号
 
…です。ご参考まで。
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7月23日のエントリーに『これまで、「日本自動車工業が改称して日本軽自動車になった」というのが定説だったが、この定説は改める必要がありそう。』と書いたが、この部分の根拠とした広告(↑)をよくよく見ると、「発売元 日本自動車株式会社」と書いてあり「日本自動車工業」ではないことに気付いた。

発売元が日本自動車工業ではないと言うことは、つまり日本軽自動車と日本自動車工業が同時期に存在していたことを証明できなくなる訳で、残念ながら定説は覆らなくなってしまった。
早合点をして、なんともお恥ずかしいかぎり…。

さて、日本軽自動車は、第四回全日本自動車ショーに2台のニッケイタローを出展したあと、間もなく倒産してしまう。
しかし、生産設備は日建機械工業(株)に移り、車名をコンスタックに変えて1961年まで生産された。
(コンスタックの画像は「404notfound コンスタック」で検索すると見られる)
ニッケイタローは1956年と1957年の2年間に186台生産されたと言われているが、コンスタックの生産台数は定かではない。
コンスタックは果たして、何台くらい生産されたのだろうか? 
現在も生き残っている個体はあるのだろうか?

最終モデルであるコンスタックの生産が終了してから45年経過した現在、NJ号やニッケイタロー・コンスタックの名を知る人は極僅かだろう。
すっかり歴史の中に埋没してしまったと言っていい。
そんな忘れ去られた存在のクルマに、少しでもスポットライトを当てて衆目に晒したいと思ってこのブログを始めた。
しかし、マイナーなクルマはあまりにも資料が少なくて、ムギ球程度の光しか当てられていないのが現状である。
それでも、自分が今出来る精一杯のことはしていきたいと思っている。


次回は、軽自動車の始祖「オートサンダル」を取り上げる予定。

 

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2006年7月26日 (水)

NJ号はフルモデルチェンジしていた! 

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以前のエントリーにも書いたように、NJ号とニッケイタローは本当に同じメカニズムを共有するクルマなのか、前からずっと疑問に思っていたのだが、一枚の画像によって謎が解けた。
一番上の画像をよく見て頂きたい。 これは、日本軽自動車時代のNJ号の広告。
この広告にはこう書いてある。

「定員4名の幌型自動車にしてフレームはパイプ製梯子型で****用である。(*部分は判読不能)
前部に強制空冷頭上弁式V2気筒358cc機関を装備し変速機は前進4段後退1段の常時噛合式である。
前輪独立懸架で後輪はスパイラルベベルギア駆動。半浮動式。ブレーキは4輪制動である。
尚スティヤリングは高忠実性のラックピニオン式である。」

RRで全鋼製モノコック(セミモノコックと書かれた資料もあり)の日本自動車時代のNJ号とは全然別物になっている。
フレーム車ならば、ボディを載せ替えるだけで比較的容易にバリエーションを増やせるし、FRならば荷物の搭載スペースも確保できる。
庶民にとって、軽自動車と言えどもまだまだ高嶺の花だった時代であるから、ロードスーター型だけでは販売台数を稼げなかったため、フルモデルチェンジを行って商用モデルを加え、販路の拡大を狙ったのではないだろうか。

2枚目の画像は、モデルチェンジ後のものと思われるNJ号。
3枚目の画像は、ニッケイタローのピックアップトラックとロードスーターの広告。
ピックアップトラックの両車の外観は、全く同一である。
つまり、NJ号=ニッケイタローというのは、間違いではなかったと思われる。
しかし、ここで言うNJ号は初期のRR車ではない…ということのようだ。

前回のエントリーに書いたように1955年にRRのNJ号が生産されており、翌1956年にFRのNJ号の広告が雑誌に掲載されていることから、NJ号のフルモデルチェンジが行われたのは、1955年から1956年にかけてと思われるが、正確な時期は残念ながら分からない。
車名をニッケイタローに改称したのは1956年で間違いないだろう。

1957年に行われた第四回全日本自動車ショーには、ニッケイタローのピックアップトラック(TA型)とライトバン(LA型)が出展された。(4枚目の画像)
5枚目と6枚目は、珍しい当時のカタログ。

1956年のモーターファン誌・別冊には、ドアを開けた状態のニッケイタロー(RA型)の写真が掲載されている。
最後の画像は1957年版の自動車ガイドブック。
右のページの真ん中と下のクルマがニッケイタロー。上はフジキャビン。
左のページの上はスズライト(SL型)。下は昌和製作所のミニカだろうか?

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2006年7月23日 (日)

日本自動車工業 NJ号  

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全長:2830mm(2910mmと書かれた資料もあり)全幅:1260mm、全高:1200mm、ホイールベース:1650mm。
車両重量:450kg、エンジン:強制空冷V型2気筒(ボア×ストローク:φ60.0×63.0)、排気量:358cc。
圧縮比 6.5:1、キャブレター:(日立22HD-1)、最高出力:10HP/5800rpm、最大トルク:2.0kg-m/2800rpm。
潤滑方式:ドライサンプ。
トランスミッション形式:3段M/T、 変速比:3.62、1.85、1.00、R-1.00 最終減速比:6.50。
ステアリング形式:ラック&ピニオン サスペンション形式:Fコイルスプリング、Rコイルスプリング、独立懸架。
ブレーキ:Fドラム Rドラム、 タイヤ:4.00-12、ボディ:モノコック構造 価格30万円。

当時の広告(一枚目の画像)によると、NJ号は日本軽自動車が製造して日本自動車が販売していたようだ。
これまで、「日本自動車工業が改称して日本軽自動車になった」というのが定説だったが、この定説は改める必要がありそう。
(7/29追記:画像をよくよく見ると、「発売元 日本自動車」と書かれており「日本自動車工業」とは別の会社である可能性が高いので、この部分は当方の勘違いと言うことで取り消させて頂きます。)


モーターファン誌の資料によると、NJ号は1953年の5月頃に発表され8月に生産を開始。
その年に20台(8月2台、9月3台、10月3台、11月4台、12月8台)が製作されている。
翌1954年は、1月0台、2月5台、3月16台、4月19台、5月20台の計60台が製作され、合計80台が製作されたらしい。
ここで“らしい”と書いたのは、総生産台数85台という説もあるから。
1955年の生産台数は0台になっている。
(7/24追記:NJ号が鑑定された回の「なんでも鑑定団」を見返したところ、アップで映されたシリアルプレートに昭和30年(1955年)10月、もしくは12月の打刻があることに気付いた。この打刻は製造年月だと思われる。どうやらNJ号は、1955年にも生産されていたようだ。とすると、やはりNJ号の生産台数は85台なのだろうか?)

1955年もしくは1956年以降、日本軽自動車がNJ号を直接販売するようになったらしいが、日本軽自動車時代のNJ号の生産台数は不明。 
ご存知の方がいらっしゃいましたら、是非ご教示下さい。
NJ号は、基本的なメカニズムはそのままに外観のみ変更を受け、車名を「ニッケイタロー」と改称して1957年まで生産を続けられた、というのがこれまた定説だが、この定説もちょっと怪しそうだ。

つづきはまた後日。

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2006年7月22日 (土)

本日もテルヤンの画像

 

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上の画像は「自動車のアルバム 1956年版」。
右下のクルマがテルヤン。
テルヤンの外観は、一昨日アップした画像のものと同じに見える。
テルヤンの上のクルマは、日本自動車のNJ号。
NJ号は先日、テレビ東京のなんでも鑑定団で鑑定されていた。
鑑定結果は、確か280万円だった。
(7/25追記:280万円で間違いありませんでした。→http://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/database/20060704/02.html

下の画像は1957年の「モーターファン別冊付録ユーザースガイド」。
左のページのクルマがテルヤンだが、一昨日アップした1954年式と思われるテルヤンとは外観がだいぶ違う。
特にフロントの造形は、まったく別物と言えそう。
テルヤンは試作のみに終わったクルマだが、開発の過程で大幅なフェイスリフトを受けていたようだ。
もうひとつ、1954年式テルヤンとの大きな相違点は屋根がないこと。
おそらく非力なエンジンでもそこそこ走るよう、車体を軽量化するために屋根をなくしたのだと思うが、真相は如何に。

右のページのニッケイタロー号は、NJ号の後継車。
日本自動車から日本軽自動車に社名が変わった後に発売されたモデルと言われている。
基本的なメカニズムはNJ号のそれを踏襲していると物の本には書いてあるが、RR車のNJ号をベースにして
ピックアップトラックやバンを本当に作れたのだろうか?
荷箱や荷室のかなりのスペースを、エンジンや補器類に占領されそうだが…。

 

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2006年7月20日 (木)

モーターファン 昭和29年11月号 から

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三光製作所のテルヤン(SK-36型)。

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ヤフーブログから

引っ越してきました。

どうぞよろしく。

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