Z432の車名の由来 (その2)
以前のエントリーで、“Z432の車名の由来は会議室の番号である”という新説は眉唾物だと書きましたが、先般、日産のエンジン博物館(旧本社の建屋)で開催された510ブルーバード発売45周年記念ミーティングに参加された田村さんが、この新説に該当する建物が実際に存在するかどうかを改めて見分してきて下さいました。
その結果を以下にご紹介します。
果たして、新説の運命や如何に!
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以前のエントリーで、“Z432の車名の由来は会議室の番号である”という新説は眉唾物だと書きましたが、先般、日産のエンジン博物館(旧本社の建屋)で開催された510ブルーバード発売45周年記念ミーティングに参加された田村さんが、この新説に該当する建物が実際に存在するかどうかを改めて見分してきて下さいました。
その結果を以下にご紹介します。
果たして、新説の運命や如何に!
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トミーテックのHPでアナウンスされましたのでご紹介します。
トミカリミテッドヴィンテージのT360としては第3弾となる、Honda T360(ホンダ PRカー)/(東芝サービスカー)が今年の8月に発売されるそうです。
ホンダPRカーは皆さんご存知のT360宣伝カーですね。
このカラーリング、個人的に大好きで既にTLVのT360をベースに自作しているのですが、いよいよモデル化されることとなりました。
嬉しいですね。^^
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今月は、エイプリルフール ネタしかアップしていませんね…。orz
S30Z、トヨタ2000GT、A550X、Sports360、T360・・・とアップしたいネタは沢山あるのですが、気ばかり焦って何も出来ずに1ヶ月が過ぎてしまいました。
体を痛めてしまった母親の世話に時間をとられて、なかなかブログを更新することが出来ないのですが、残念ながら母の怪我の快復が思わしくないので、ブログを更新できない状況はもうしばらく続いてしまいそうです。
とはいえ、ブログを全く更新しないのも心苦しいので、埋め合わせにYouTubeにアップされているイギリスの最初期型T360の映像をご紹介します。
Honda T360 comes out of the garage
Riding in a Honda T360 Truck
車体はきれいに仕上げられていますし、エンジンも調子が良さそうなので、この貴重かつ希少な個体は、遠い彼の地で長生きしてくれそうですね。^^
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このエントリーは、エイプリルフールのネタとして書いたものです。
内容は全く事実無根ですので、どうか誤解なきようにお願い致します。<(_ _)>
おふざけしていい日も終わりましたので、念のため訂正線を入れておきますね。
*****************************************************************************1962年に開催された第9回全日本自動車ショーにおいて初めて一般に公開され、カーマニアの注目を一身に集めたホンダ スポーツ360(以下、スポーツ360と表記)は、ホンダから“来春発売”とアナウンスされたものの、ついぞ発売されることなく歴史の闇に消えた悲運のスポーツカーである。
そんなスポーツ360が、自動車ショーでの発表からおよそ半世紀を経た今年の3月、ついに我々の前にその姿を現した。
スポーツ360といえば、これまでマニアの間で数多の現存説が語られてきたが、それらは噂の域を出るものではなく、実車の存在が確認されたことは唯の一度もなかった。
しかし、今回は違う。
我々は既に実車をこの目で確認しており、スポーツ360の存在は幻ではないのである。
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メインで使っているPCのハードディスクが、昨日壊れてしまいました。
なんの予兆もなく、突然に…。
データのバックアップはしばらく取っていなかったので被害は甚大です。
自分の怠慢が悲劇を招いたのですから自業自得なのですが、それにしてもロストしたデータが多すぎて、しばらく立ち直れそうにありません。。。orz
自分で集めた資料類は仕方がないと諦めがつきますが、頂き物の資料やメールなんかはそうはいかないんですよね。
はぁ…もうタメ息しか出ません。
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2012年2月26日にアップしたエントリーの『【用語解説】造形課に於ける“チーフデザイナー”とは』の補足として、第1造形課第4スタジオのスタジオチーフの職務と権限について田村久米雄氏に解説して頂いたので、以下にそれを掲載します。
とかく誤解されがちな、松尾良彦氏の肩書きと職務内容について、一人でも多くの方に正しい知識と認識を持って頂けましたら幸いです。
この部分を誤解したままで、S30Zのデザイン開発史の正しい考証・考察はできないと個人的には思います。
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過去のS30に関する多くの文献の記述をみると、取材者の多くはチーフデザイナーはその車種の開発全般に亘って権限があり、他部署にも自由に提案が出来るデザイン部署の責任者で、ジェネラル・マネージャーとしてデザイン開発全てに関与していた役職であったと解釈しているように感じます。
何度も繰り返しますが、このブログのエントリー「造形課の組織図」をご覧頂けばお分かりのように、造形課にはデザイン実戦部隊として「カラーリング・スタジオ」「インテリア・デザインスタジオ」「エクステリア・デザインスタジオ」があり、エクステリア・デザインスタジオは第1〜3スタジオにはスタジオ・チーフ(総括:係長)と担当デザイナー、アシスタントデザイナー数名が配属されて居ました。
スポーツカー担当の第4スタジオは松尾チーフ(主任)、モデル案の担当デザイナーとして吉田章夫(ふみお/’67年4月下旬に第二造形課に転籍)、千葉 陶(いつき/本人の証言を得られていないので詳細は確定できませんが、’65年’〜66年半ばまで第4スタジオ、以降インテリア・スタジオに移動)、田村久米雄・西川暉一・桑原二三雄(’67年2月配属)でエクステリア・デザインを進めていました。
吉田さんが担当していたCA案(過去の文献ではA案と記載されていますが)を私が引き継ぎ、’67年11月、役員承認を得て、線図化作業、生産展開に移行します。従って、松尾さんはスタジオのマネージャーとして人員配置、作業の進行管理、他部署からの仕様に関する条件変更などのデザイナーへの伝達を担っていました。松尾さんは当時、総括職ではなく主任でしたので他部署との折衝は課長の四本さん、課長補佐だった猶井さんを経由しなければ出来ない立場にありました。
過去の文献でブルーバードやセドリックなどのH/Tデザインに松尾さんが関与したと記述がありますが、彼は第4スタジオ(マルZ計画スタート以前は前身であるアドバンス・スタジオ)に所属しており、他のスタジオのデザイン作業に関わることはできなかったはずです。(他のスタジオには担当デザイナーがおり、セダンのデザイン終了と共にH/Tデザインを担当しますので、わざわざよそのスタジオの年配のデザイナーに依頼する訳もなく、そのような話は聞いたことも有りません。)
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2011年11月26日に投稿したエントリー【S30Z】年表と写真で見るデザイン開発の経緯【Datsun240Z】に掲載した、デザイン開発に関する年表の日本語版の方を加筆修正したものに差し替えました。
今回の年表のアップデートは、田村久米雄氏から寄せられた下掲の解説文を基に行ないました。
年表と併せて、こちらの解説文もご一読頂けましたら幸いです。
尚、英語版の方も後程、加筆修正して差し替えます。
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阿部君達の線図化作業を監理しながら、’68年1〜3月頃にはエクステリア・パーツの線図的要素の強いバンパー、オーバーライダー、横バーグリルの図面化作業とオーバーフェンダー、テールスポイラーのモデリングを進めていましたが、(この頃、桑原君がマグホイールのモデリングをしている姿を目撃しています。)この時期に日産車体への出張(1週間)、IBMのコンピュータ講習の受講(1クール1週間)が3回と立て続き、会社に戻ってもモデルルームに行く時間的余裕は無く、スタジオで図面化作業をしていました。従って、この時、最終プロトタイプが出来上がり、造形課に搬入されていたはずですが私は見ていませんでした。(当然、ホイールがどう処理されていたのかも知りませんでした。)
ランプハウス、サイドマーカー、テールランプ類、ウインドーモール類はこの時点では全く手を付けてはいませんでした。
私はそんな動きでしたから、既にこの時期、モデルルームではオープン、タルガトップ、2by2などのプロジェクトの命題にないモデルの作業が西川君、桑原君を使って進行していたのだろうと思います。(これは、田村がモデルルームに降りてくる機会が無いので、出来ることだったのだと思います。)
IBM講習の3回目を合格すると、すぐに技術電算課に出向するよう要請され、1〜2週間で出向しましたので、私が第4スタジオを離れたのは ’68年4〜5月だったと思います。
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2011年12月26日にアップしたエントリー「イギリスのT360は凄い個体だった! 」の本文の一部を訂正しましたのでお知らせします。
当該エントリーでは、イギリスに現存しているT360のオリジナルの塗色をベージュと表記しましたが、再考した結果これを取り消すことにしました。
理由については、上記リンク先をご参照下さい。
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【2012/03/05】 リンクを1件追記しました。
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田村さんとメールをやり取りする中で、田村さんから「世間の人は“チーフデザイナー”という職種をかなり誤解しているのではないか」、という疑問が呈されました。
巷間で言われる“チーフデザイナー”というのは、恐らく「デザインの実務を担当した当事者でクリエイティブな作業を直接行なった人物」、或いはもう少し広義に「デザインを行なった組織のリーダーで、自身ではクリエイティブな作業は行なわなくとも、部下のデザイナーたちが創作したデザイン案に対して意見や助言を述べたり、デザイン案の取捨選択をすることで、デザインを纏め上げた人物」、というのが一般的な解釈だと思います。
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